第2話

「勝者、カリバーン!」

 瞬く間の出来事だった。

 作戦もクソもない、ただ近付いて相手を攻撃するだけ。それなのに、グングニルは手も足も出ずに負けた。

「おい語、こいつぁ……」

「強くなってる、どころの話じゃない」

 コミュニティメンバーの四人もかなりの強さだが、迷うことなく中央突破したレイナもかなりの腕前だった。

 ウィルオウィスプの頃も確かに強かった。しかし、今ほどではない。

 早く、強く、そしてなによりも凄烈だ。昔と変わらぬ強引な戦い方だというのに、美しいと思っていしまった。彼女の魅力であるがゆえ、見るものすべてを虜にする豪然たる姿。細い身体でよくもあんなことができるなと思ってしまった。

その身からにじみ出る強剛さは、リズのそれとは相反しているように見えた。

「もしも今スレイプニル対カリバーンで戦ったとして、勝てる要素は一つもないわね。個人の強さもそうだけど、統率力が素晴らしい。レイナが試合を動かしたと言っても間違ってないと思うわ」

「コンダクターのレイナなんて見たことなかった。この二年、本当に遊んでたわけじゃなさそうだ」

 コンダクターで個人の強さを魅せつけるなんてのは難しい。基本後衛で、ストライカーやラウンダー、ゲイナーなんかの前衛には腕力その他もろもろでも勝てないからだ。

 うちのコミュニティは二週間、試合の申し込みをされない。が、二週間経ったあとは戦わなければいけないんだ。

 コミュニティストラグルは、基本的に拒否ができない。拒否権が得られるとすれば、教師が止めたときくらいなものだ。

「見ていたか語。これが、今私がいる場所だ」

 ケージから出てきたレイナが、昔と変わらない強気な眼差しを向けてくる。

「強くなったな、レイナ」

「なんで上から目線なんだ、いくら私でも怒るぞ」

「確かに、お前が本気で怒ってるとこは見たことないな。いっそ怒ってみたらだうだ」

「口の減らない男だな。それでこそ、私の物に相応しい」

 それを聞いて、リズが俺の前に出てきた。

「違う。語はレイナの物じゃない。だって、私の夫だから」

「いやだからそれも違うって。肯定した覚えないし」

「確かリゼットだったか、悪いな。それを決めるのは私でもお前でもない、コミュニティストラグルだ。二週間後……いや三週間後、キャプチャーバトルで勝負を決める。そこで勝てば語はお前の物だ。それでどうだ?」

 スレイプニルは二週間、申し込みを受け付けていない。しかし対戦の申し込みはできる。一週間以内に一回キャプチャーバトルをして仲間を集めろ、ってことだ。

「――わかった」

「いやわかったじゃねーから、レイナの物にもお前の物にもなんねーから」

「ならば語にも褒美をやろう。スレイプニルが勝った場合、この二年間の出来事を語ってやろう。そして、この学校に帰ってきた理由もな」

「それ、今じゃダメなのかよ」

「褒美にならんだろう? それともなにか、私が今まで何を考え何をしてきたのか、まったく興味が無いと言うのか?」

 興味はある。それにウィルオウィスプに在籍していた奴らだって、レイナが学校を去った理由を知りたいと思っているはずだ。

「俺一人では決められない」

「校則では、コミュニティストラグルは回避できないとされている。お前に選択権はないよ」

「決めるのは覚悟だけでいいってことか?」

「薫は一年生にして総合順位十二位。リゼットは総合順位三位。この二人も欲しいのだが、まず最初は語、お前が欲しい」

 そんな優秀な奴を差し置いて俺を取りにくるのか。こいつがいったいなにを考えているのかわからない。

「って、今リズが三位だって言ったよな。それマジ?」

「私だって総合順位表くらい見るぞ。年度の始めだし、自分の周りがどんなやつらか知っておく必要もあったしな」

 リズに視線を送ると、指でVサインを作っていた。強いだろうなとは思っていたが、初日にして総合順位三位とは……。

「それじゃあ、二週間後を楽しみにしていようか」

 気丈な笑みを浮かべたまま、メンバーと共に歩いていった。

 レイナはなぜそんなにも俺に執着するのだろう。総合順位とかそういうのじゃないくて、戦闘力そのものが低いんだぞ。未完成な流動魔法とセーフクラフトが使えた程度では埋められない穴もある。

「考えてる時間はないわよ。さっさとコミュニティルームに集合。さっそくミーティングをするわ」

 俺たち六人は姉さんに言われた場所へと向かう。

 軍事棟の二階、真ん中のエレベーターから四つめの部屋。そこには『スレイプニル』と書かれた電光掲示板が設置されていた。

 中に入ると、少しだけ懐かしい気持ちになった。

 コミュニティルームはどこも同じだが、九人で使うには広い。中央には大きめの丸いテーブルと九個のイス。テーブルの中央にはホログラムを出現させるための球体が埋め込まれている。壁際にはロッカーがあり、着替えや私物を入れられる。ドアと対面の壁には大きめのスクリーンが設置されていた。

 なにもかもが、二年前と変わらない。もう戻ってくることもないと思ってたのに、こんな形でここに来るなんてな。

「はいはい、みんなテキトーに座ってね」

 望未が場を仕切り、皆イスに座った。望未から時計回りに京介、薫、俺、リズ、カティナの順だ。

「おいリズ、腕を離してくれないか」

「イヤ。今まで離れていたぶん、これからはいつも一緒にいるの」

「はいはいもうこれでいいです……」

 俺とリズだけ、妙に席が近い。それに伴って薫も俺に近付いてくる。

 ため息が出てしまうが、どうせ学校でだけのこと。家に帰れば俺は一人になれるんだから、満足するならさせてやればいい。

「夫婦漫才はテキトーに切り上げてね。それじゃあ自己紹介からいこうか。まずは私から」

 一度咳払いをしてから、再度自己紹介を始めた。律儀なんだか自意識過剰なんだか。

「三年五組、徳倉望未。不本意ながらもメインロールはコンダクターよ。総合順位は七百十二位、切り札は特になしって感じね。じゃあ次は京介で」

 少し嫌そうな顔をした京介だが、ちゃんとイスから立ち上がった。根は真面目な奴だ。

「んだよいきなり回すなって。あー、俺は三年五組の紫宮京介。メインロールはゲイナーというか、ゲイナー以外やらせてもらったことがない。総合順位は千九百三十位で切り札はなし。次はリズでいいな」

「うん。リゼット=サリファ、明日から三年五組。メインロールは特に無し。総合順位は三位。傑に拾われて育ててもらった。一応切り札はあるけど、できればまだ見せたくない。次は薫で」

「なんなのこれ、指名制なの? まあいいや、僕は一年三組の鳴神薫。メインロールはラウンダーだけど、苦手なロールはないよ。僕も切り札を思ってるけど、お披露目はまだ先ってことで。総合順位は十二位だ。ここで兄さんにバトンタッチしたいところだけど、カティナ先輩に任せます」

「え、え、えっと、二年一組のカティナ=オルディフです。メインロールはスナイパー、総合順位は七十六位。切り札は『多重歪曲射撃』で、打ち出した魔法弾を拡散させつつ自在に曲げることができます。よろしくお願いします……!」

「おう、これからよろしくな。って、なんで俺が最後なんだよ……」

「いいから早くしろよ」

「うるせーな黙ってろ。俺はえーっと、三年五組に入るらしい鳴神語だ。メインロールはストライカー、切り札はなし。一応薫の兄で鳴神傑の孫、流動魔法も少しは使える。あとはセーフクラフトも少しだけ。一年の頃は軍事科だったが、二年さぼってたから総合順位は二千三百位だ。と、これで全員終わったか」

 自己紹介がひと通り終わると、望未が二回手を叩く。

「早速で悪いけど、二週間後の対カリバーン戦に向けての会議を始めるわ」

 望未は自分のトラフィックギフトを操作し、テーブルのコンソールと無線を繋いだ。テーブル上の球体からは半透明のモニターが出現。カリバーンのメンバー五人をホログラムとして表示した。

「まず、私たちでは力量差がありすぎる。最低でもあと二人、つまり八対五であっても、勝ち目は相当薄い、というかゼロに近いわ。総合順位四位でリーダーのレイナは言わずともがな、総合順位一位の霊法院断真もいる。他の三人も全員、総合順位が二十位以内に入ってる。ただし、この三人というのはレイナ同様に今日転校してきたばっかり。バトルスタイルやメインロールすらも不明よ。一応グングニルとの試合が情報としては有力なんだけどね……」

 会話の途中で渋るのも当然だった。なにせあの試合、ただ力任せに押さえつけただけ。カリバーンの情報がないがゆえ、ここまで単純な戦法に出るとは思わなかったのだろう。

「わかってるとは思うが、俺たちはカリバーンとのキャプチャーバトルまでは一回しかコミュニティストラグルができない。一人は戦って奪うとして、残り二人は勧誘の必要がある。望未が言う最低人数を集めるのにも一人は勧誘しなきゃならない。この状況、どうするんだ?」

「勧誘するに決まってるでしょ? 一応ブラスターの目処は立ってるんだけど、この人はキャプチャーバトルで取りにいくわ」

「どこの誰だよ」

 テーブルの中央に、ある人物のプロフィールが表示される。

「四年生の宗方霞。ブラスター使用率が八割を超え、総合順位は二百二位。是非とも手に入れたい人材だわ」

「二百二位って大丈夫なのか? 今のままでも総合順位だけみればキツイんじゃないか?」

 主に俺と京介が足を引っ張ってるわけだが、これは口に出さないでおく。

「総合順位は実践には影響ないとは言い切れない。けど、特にブラスターやヒーラーは総合順位で戦闘力は測れないわ。宗方先輩の試合は何度か見たけど、彼女は今のコミュニティ内でも頭ひとつ抜きん出てる」

「お前がそう言うならいいんだが……」

 その時、チャイムが鳴った。

 コミュニティルームはオートロック、外には呼び鈴が設置されており、それを押して中に入れてもらうのが普通だ。コミュニティメンバーならば学生証が鍵になるので、この呼び鈴は部外者用になる。

 望未がコンソールを操作し、ルーム内のカメラに繋ぐ。

 モニターには、無精髭を生やした男が映された。燃えるように赤い髪の毛が印象的だ。

『用事があってきたんだ、入れてくれないかな?』

 軽薄そうな笑みを浮かべたその人は、片手を上げて挨拶をした。なんというか、初対面にしてはかなり軽い口調だな。

 ドアが開き、その人物が部屋に入ってきた。

「ありがとう。君がリーダーの鳴神語くん?」

「ああそうだが、実質仕切ってんのは望未だ。それよりアンタは?」

「俺は五年のリュート=マゼンタ。スレイプニルに入れてもらおうと思ってきたんだよ」

「いきなり過ぎて懐疑心がマッハなんだが。一体なにが目的なんだ? こんな新設のコミュニティに五年生がわざわざ入るなんてどうかしてるぞ」

 リュート先輩は頭をかき、少し間を置いてから話を続けた。

「なんというか、霊法院断真にはちょっとばかり因縁があるんだ。今までコミュニティに入らなかったアイツを叩きのめすいい機会が巡ってきたと、そう思った」

「総合順位九十一位、リュート=マゼンタ。現在はそうでもないようだけど、一年生と二年生の時はかなりいい成績だったみたいですね。特に実技は一位になったこともあるみたいじゃないですか?」

 俺とリュートの会話に、望未が割って入る。このやりとりの間にもトラフィックギフトを操作し、リュート先輩の情報を入手していたらしい。

「横槍入れてごめんなさい。私は三年の徳倉望未です。よろしくお願いしますね」

「キミが実質ここを仕切ってる子か。でもそんな情報に意味はない。今勝たなければ、意味がないんだ」

 一瞬にして空気が変わった。今までの軽薄な笑みは消え、その瞳には決意の炎が揺らめいているように見えた。

「――いいわ、合格。スレイプニルにようこそ。ちなみに年上とか年下とか関係ないから、その辺よろしく」

 望未の言葉を聞き、リュート先輩……リュートの気迫が消えた。またさっきと同じく笑みを浮かべている。

「いや待て待て、リーダー俺じゃねーのかよ。それにこんなにあっさりと受け入れて」

「仕事はちゃんとしてくれるんでしょう? それなら問題ないわ」

「裏切らないって保証は?」

「保証はない。けれど今は、時間がないのよ。それに裏切ったら報復するからいいわ」

「怖いこと言うね。なにはともあれ、これからよろしく」

 そう言って、リュートはこちらに近づき、そして自分の学生証を望未に渡した。

 コミュニティ登録できるのは、なにも教師だけではない。コミュニティの責任者ならばだれでも登録できる。一応不正のことも考慮して、登録内容はちゃんと教師が確認しているようだ。

「ちなみにこのコミュニティは基本的に無礼講だから、先輩も後輩も関係ないわよ。ということでリュート、今日からよろしくね」

「ありがとう。恩に着るよ」

「その恩はこれから返してくれればいいわ。ロールの希望はある?」

「俺はディテクター専門だと思ってくれ。それ以外はやらないつもりだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。霊法院先輩のメインロールはラウンダーだ。ラウンダーに対してディテクターで挑むってのは厳しいんじゃないか?」

 俺は思わず口を挟んでいた。

 ディテクターは職種の中で唯一コンダクターのサーチに引っかかることがない。隠密行動に秀で、元々コンダクターのセンサーに引っかからないので、どんなエンハンスを持っていても発動されると厄介な存在。しかしながら能力上昇が最も低く、魔法もほとんど使えない。ハマれば強いが、一対一には向かない。そういう職種なのだ。

「まあいいんじゃない? 仕事してくれるって言うならなんでもいいわよ。リュートも座って、作戦会議に加わってもらえる?」

 こうしてまた、カリバーンの情報が表示されていく。

「さて七人揃ったわけだけど、あと二人はどうしようかなって感じね。ヒーラーの目処も立ってないのよね」

 指でテーブルをコツコツと叩きながら、望未は深くため息を吐いた。

 ヒーラーが決まらないというのもそうだが、ヒーラーは最も使用率が低いロールである。

 使用率が高いロールはストライカーとゲイナー、次いでラウンダーとディテクター、スナイパー、コンダクター、ブラスター、フォーサーときてヒーラーだ。

 戦闘力が低く、回復をメインとするロールだけにコミュニティへの貢献度が低くみられがちだ。しかし実戦闘での生存率を上げる重要な役目でもある。非常に扱いが難しく、戦闘に直越敵な影響を及ぼしづらいというのが原因だろう。

「それなら俺にあてがある」

 手を上げてリュートが発言した。挙手するあたりに誠実さが感じられた。

「知り合いかしら?」

「一応幼なじみだ。一年二組の花峰ほのか、専属のヒーラーだよ」

「ふーん、入学したてで五百六十位とはなかなかやるわね。というか無駄に実技順位が高いわね。ヒーラーで学年十八位ってどういうことよ」

「ほのかは花峰流古武術の使い手なんだよ。接近戦だけやらせても、この中でかなりいい線いくと思うがね」

「逆になぜヒーラーなの? そこまで強いのなら、ストライカーに転向した方が全然戦えるでしょうに」

「アイツは身体能力的に強打には向かない。身長も低く痩せ型でな、全体的に攻撃が軽いんだ。本人もそれに悩んで、その上で決めたこと。それ以上は俺にもわからん」

「なるほどね……」

 アゴに手を当てて目を閉じ、望未はなにかを考え始めたようだ。が、すぐに顔を上げた。

「考えても無駄ね。明日にでも会いに行きましょうか。全員ケータイ出して、連絡先を交換したら解散ね」

 望未に言われた通り、皆MDマテリアルデバイスを取り出した。携帯用通信機器【MD】をケータイと呼ぶ人は少なくない。MDでもケータイでもどっちでも通じる。

 頭はいいが割りとテキトーなのが望未だ。そういうところもまあ嫌いではないが。

 言われたとおりに連絡先を交換し、それから家に帰った。

 この学校の敷地内には学生寮がある。しかし鳴神一族の落ちこぼれとしては、学生寮にはいたくなかった。俺はじいちゃんに頼み、中等部入学と同時に学校から離れた場所にアパートを借りさせてもらった。最初は慣れない一人暮らしでかなり苦労したな。

 薫はじいちゃんではなく両親に学費を出してもらっているため、渋々ながら寮生活だ。

「で、なんで俺の部屋にお前がいるのか」

 しかも部屋に戻ってみれば、いつくかのダンボールが積まれていた。部屋は広かったはずなのに、今はかなり狭くなっていた。一体なにが起きているんだ。

「今日からここが、二人の家」

「腕を抱き込むな、顔を赤らめるな」

 リズは発育がいいため、柔らかい感触がダイレクトに伝わってくる。

「だって、傑がそうした方がいいって」

「じいちゃんはなにを教えてんだよ……」

「早くひ孫の顔を見せてくれって言ってた。お世話になった身としては今すぐにでもひ孫の顔を見せてあげたい」

「服を脱ごうとしないで、とりあえずダンボールを片付けようか」

 腑に落ちないといった顔をするリズをよそに、俺はダンボールを開けはじめた。

「あ、それ下着」

「あーもう! 俺はなにをしてるんだ!」

 他人の荷物を片付けようとなんてするからいけないんですねそうですね。

「って、どれだけ勝手なんだよ……」

 じいちゃん、マジでやってくれるな。

 リズが荷解きを始めたのを確認し、俺は夕飯を作る。今日はいろいろと疲れたので、簡単に済ませてしまおう。

 料理をしながら、リズに視線を向けた。座ったり立ったりして荷物を片付けているだけなのに、彼女の姿は美しく見えた。

 なにをしていても様になるとは、あの頃からは想像できなかった。

 今日まで忘れていたが、リズがじいちゃんの家に来たときのことは覚えている。その瞳には光がなく、視線も常に宙をさまよっているような状態だった。生きているのか死んでいるのかわからない、まるで人形みたいだなと思った。

 ボサボサの長髪とうつろな目は、白い無地のワンピースを着ていても、子供の無邪気さや純真などは感じられなかった。

 詳細は知らされなかったが「心に傷を負っている。癒やしてやれなどとは言わないが、一緒に遊んでやってくれ」と、じいちゃんに言われた。リズの過去を聞きたかったが、子供心にもそれはできなかった。聞いてはいけないと、じんちゃんの目がそう言っていたようにも見えたから。

 できたてのチャーハンをテーブルに運ぶと、リズの荷解きは終わっていた。見た目よりも荷物が少なかったのか、ダンボールは全部たたまれていた。部屋着にも着替えたようで、いつの間にかキャミソールとホットパンツになってる。

 二人で向かい合い「いただきます」と言ってから食べ始めた。

「なあリズ」

「なに、アナタ」

「そういうのはいいから。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「答えられることならいくらでも。今すぐに服も脱げる」

「肩紐に指をかけんでよろしい。そうだな、なんでそんなに俺に執着するんだ? 自分で言うのも悲しくなるが、俺はそこまでいい男じゃないぞ?」

「そんなことはない。語はとてもいい男だ。奉からわたされた写真や動画でもいい男だったけど、こうやって見るともっといい男。それに昔も今も、私の身を案じてくれている」

 あの人は勝手になにをしてんだよ。まあいいや、姉ちゃんは昔から俺と薫の写真とりまくってたしな。

「昔って、俺なんかしたっけか」

「私が崖から落ちそうになったとき、すぐに駆けつけて助けてくれた」

「そんなこともあったな。無我夢中でよく覚えてないけど。じいちゃんの家ってすげー田舎だったもんな。海が近くて景色はいいんだが、子供が遊ぶには危ない場所だった」

「森で魔物に襲われたとき、私の前に出て守ってくれた」

「そんなことあったっけか、それは覚えてねーな」

「転んで怪我をしたり病気になったときに介抱してくれた」

「だってそういうときに限ってじいちゃんいねーんだもん。子供二人置いてどっか行くかよ普通」

「私が傑の家から離れるとき、泣いて止めようとしてくれた」

「それは……」

 そんなことも、あったな。

 友人と呼べるようになった少女だ。そりゃそうなるだろ。その悲しんだ記憶を閉じ込めたい意味でも、無意識に忘れていたのかもしれない。

「まあ、元気でなによりだ。それより、じいちゃんの家から出てたあとはどこにいたんだ?」

「傑が紹介してくれた施設。ある程度の基礎を学んだらまたここで鍛えてやると、そう言われたの」

「んだよ、心配してた俺がバカみたいじゃねーか」

「今まで忘れてたのに?」

 真剣な眼差しが、俺の瞳を射抜く。吸い込まれそうなエメラルドの瞳は、俺の考えすらも見通しているのではと、そんな気さえしてしまう。

「忘れてたことについては申し訳ないと思ってるさ。だからその、あまり責めてくれるな……」

「いい、別に責めているわけじゃないから。それに、これからいっぱい愛してくれればいいから」

「だから顔を赤らめるなよ。表情が変わらないところがまた本気っぽくて怖いわ」

 そう言ったあとでチャーハンを口に詰め込んだ。恥ずかしかったからでは、きっとない。

 ジュースを買いに行くのにも腕を絡めてついてくるし、風呂には一緒に入ろうとする。前者はまだいいとしても、後者はちょっと刺激が強すぎる。嫌なわけじゃないんだが、心の整理がつかないというかなんというか。

「まあそりゃ寝るときもこうなりますわな」

 ベッドは一つ、予備の布団はなし。となれば、当然同じベッドで寝るしかない。

 今はリズに背中を向けている。しかし、彼女は俺の背中を抱き、首筋の匂いをかいだり頬ずりを続けていた。背中に当たる膨らみが、なんとも言えない気持ちにさせてくれる。

「なあリズ、わざわざくっつく必要はあるのか?」

「ベッド、狭い」

「一応ダブルベッドなんですけどね……」

 この部屋にある家具は、全部じいちゃんが独断で買ったものだ。その中で、なぜ一人暮らしにダブルベッドなのか、というのは気になっていた。じいちゃんは「広いベッドの方が落ちなくて済むじゃろ?」なんて言ってたが、きっとこうなることを予想していたに違いない。さすがに用意がよすぎるそ。

 リズが身動ぎすると更に押し付けられる膨らみ。首筋や耳の裏に当たる温かな吐息、時折発せられる艶かしい声、位置を変えながらも身体に絡む柔らかな太もも。自分とは違う体温を意識してしまうと、心臓を吐き出してしまいそうなほどに心拍が上昇していく。

「語、大丈夫?」

「な、なななななにがだ?」

「脈拍が正常とは違うようだけど」

「お前が抱きついてるからだよ」

「私に抱きつかれるのはイヤ?」

 背中越しから聞こえてくる声は、心なしか寂しそうだった。顔は見えないが、きっと無表情なんだろうな。

「イヤではないんだが、いかんせん慣れてないからな」

「女性に対してこういうことをされてない、と。いいことだけど、私には慣れて」

 より強く、彼女は俺の背中を抱いた。胸と腹に食い込む指が、少しだけ痛い。

「わかった、わかったから力を抜け」

「うん、わかった」

 腕力があるため、無意識に力を込められると困る。

 しかし、こちらの言うことには従順。素直で聞き分けがよく、扱い易いのはいいことだ。

「それじゃあ、おやすみ」

 一瞬だけ、俺の首筋に柔らかいものがあたった。それがなにかを理解するまでに少々時間を要したが、あまり考えないようにした。いろいろと考えてしまうと、余計に眠れなくなってしまう。

 静かな寝息が聞こえてきて、俺はため息を吐いた。

「寝るのはええだろ……」

 これが毎日続くのかと思うと、身が保つか心配になってしまう。そんな、今までとは違う一夜だった。

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