Unknown Fantasy
狐浪 ハニワ
1章 懺悔と始まり
全てを其方に背負わせる私を許して欲しい
其方の歩む道は想像を絶する苦しみや哀しみがあるだろう
それでも私は全てを託す
その道には必ず多くの光があるはずなのだから
其方は決して独りではない
己が意思を強く持って進め
愛する子よ
あっという間の出来事だった。最強を誇る王都が突如魔物に攻め込まれ崩壊したのは。
1日目には多くの騎士が魔物に殺され、2日目には王が殺された。そして、3日目には王都に住む民がほとんど殺されたのだ。王も民も居なくなった王都は魔物の巣窟と成り果て、生き残った人々は命からがら各地に逃げた。
しかし、悲劇はこれだけでは治まらなかった。
魔物は各地の人々をも襲い、まるで人間を滅ぼそうとするかのように執拗に狂気を振り撒いた。やがて、ひと月も経つ頃には生き残った人間は世界規模でもほんの一握りの数まで減ってしまっていた。
このまま人間は滅ぶだけなのか…残った人々は絶望の中、いつ襲われるのかわからない恐怖を抱きながら生きていた...。
「砦に奴らを近付けるな!」
怒号と轟音、砂埃や炎、そして鉄の匂いが充満する戦場で男は声を荒らげた。鎧を身に纏ったその男は剣を振るい魔物達を斬り捨てつつ、仲間に指示を飛ばし味方を叱咤激励していく。
その成果あってか魔物の勢いは徐々に弱まっているようだが、まだ気を抜くことはできない状況だ。
何故彼らがここまで必死に戦っているのかというと、この砦には生き残った人々が集まりどうにか暮らしているからだった。残り僅かとなってしまった人々を守る為に生き残った騎士達は攻め込んで来る魔物の相手を命懸けで常にしていた。
「連日の戦いで皆疲れていると言うのに...!」
騎士達の先陣を切って戦う男、ウェイン・ジャキーは苛立ちを込めて呟いた。彼はこの砦を守る騎士達をまとめるリーダー的存在でありながら、常に自ら進んで最前線で戦う豪傑だった。
しかしどんな猛者も毎日のように戦い続けていては疲労は溜まるばかりだ。もちろんそれはウェインも例外ではない。
「だが、ここで俺達が倒れるわけにはいかない!」
疲労で萎えかける身体を気力で叱咜し、次々と襲いかかる魔物達を切り伏せていく。
「ウェイン!物見から北の森より新手が来ると知らせがあった!」
「まだ来るのか…!」
仲間の知らせにウェインは顔を顰めたが、知らせはまだそれだけではなかった。
「しかも新手は毒を撒き散らすタイプの魔物だ。このまま砦近くまで来られると最悪毒が砦の中まで届きかねないぞ。どうする?」
「毒の強さにもよるだろうが砦には多くの怪我人や病人がいるんだ、近付かせるべきじゃない。新手の数は?」
「確認できたものはせいぜい10匹程度らしいが...って、まさかウェインお前...!」
「ああ、俺が先行して新手の足止めをする。ここらの魔物共を片付けたらこっちに来てくれ。指揮はハース、任せたぞ」
状況を判断しそう告げるとウェインはすぐに森へ向かおうと動き出す。それを見たハースと呼ばれた男は慌ててウェインに懐から取り出した物を投げた。
「これは...」
投げられた物を反射的にキャッチしたウェインは手の中の解毒草を見て少し驚いたような表情を浮かべる。魔物が蔓延るようになってしまったこのご時世、こういった薬草類も貴重品になっていたからだ。
「俺が持ってる分はそれで最後だが、無いよりマシだろう。毒にやられたらそれを噛んで耐えろ。必ず行くからそれまで死ぬなよ?」
「お前もな」
2人はニッと笑い合うと、お互い背を向けてそれぞれ別の方向へと走り出した。
ハースに指揮を任せたウェインは1人、北の森から迫る新手の魔物の足止めに向かいながらこれまで幾度となく考えてきた魔物の異変について思考を巡らせていた。
(王都が崩壊するまで魔物はここまで積極的に人間を襲うことはあまり無かった。そもそも魔物も種族が異なれば協力して襲うなど有り得なかったはず...今では種族も関係なく全ての魔物が人間の敵だ)
魔物と言っても一概に全てが害を及ぼすことは無かった。獣と同じで大人しい種族もいたのだが、ひと月前の王都襲撃及び崩壊以降はそれが一変し、例外なく全ての魔物が凶暴化してしまった。砦へ様々な場所から逃げ延びてきた人々は皆、魔物の異常行動について語っていたので間違い無いだろう。
(何か...何か原因があるはずだ。それがわかればまだ...)
ウェインは人類の未来を諦めていなかった。砦に逃げてきた者の中には未来を悲観し、絶望する者も居たが彼はそんな人々を励まし続けてきた。
(俺は、諦めない)
剣を握る手に力を込め、意識を新手の魔物の足止め及び討伐に集中する。
森の近くに来ると確かに魔物の唸り声や動く気配がしていた。それに何より異様な臭いが漂い、毒を撒き散らしているのがすぐに解った。
ウェインは兜の面頬に布を押し込み気休め程度の防護を施すと、気配を断ち物音をなるべく立てないように森の中へと進み出す。1歩1歩進むごとに臭気は濃く強くなっていく。長居は出来ないが焦って魔物達に勘づかれる訳にもいかない。相手は複数でこちらは1人なのだから。慎重に、かつ出来る限り素早く進むウェインの目にとうとう標的が映った。まずは木の陰に隠れ魔物の様子を伺う。
植物のような見た目の魔物だが、植物と明らかに違う点は自分の意思を持ち、動けるという点だ。根の部分が足の代わりを果たし砦へと移動しているのだ。
(数は...報告通り10匹のようだな。このタイプの魔物とは戦ったことがあるが、ここまで強い毒を撒くことは無かったはず...)
毒は毒々しい色の花から花粉のようなものが出されているのが肉眼でも見えた。これ以上撒かれ続けては被害が出る可能性が高い。それにウェインもいつまでも耐えられる訳ではない。戦いを仕掛けやすい方向へと素早く移動し、近くの魔物に奇襲をかけようと1歩動いたその瞬間...。
「っ!?」
魔物達の奥に新しい魔物が現れたのだ。それだけなら少し驚くだけで済んだのだが、新たに現れた魔物はウェインも見たことも聞いたこともない正体不明のモノだった。
「何、だ...?」
思わず呟いてしまったウェインはソレから視線を外せずにいた。
――ソレは、獣のような形をしていた。しかし形だけで獣とは全く異なり全身が真っ黒だった。否、黒と言うより「闇」そのものだった――
ウェインが動けずにいると、その闇はウェインの存在を知っていたかのように視線をこちらに移し、赤い目をニヤリと歪ませた。
「!」
我に返った時には遅かった。闇が嗤った次の瞬間には魔物が全て示し合わせたかのようにウェインの方へと向いて奇声を上げていた。
「っ...クソ!」
反射的に背後へ大きく跳んで魔物が延ばしてきた茨の蔦を避けたが、状況は最悪だった。足止めどころか生き残れるかすら解らない。魔物は10匹...それに加えあの闇を象ったような存在。闇の魔物は奥でニタリと笑みを浮かべたまま動かないが底知れぬ恐怖を孕んでいる。
「それでも俺は戦わなければならないんだ!!」
心身を蝕む恐怖を払い除けるように、ウェインは雄叫びを上げ魔物の群れに向かって走り出す。鞭のようにしなる茨の蔦を剣で次々に切り落とし、本体の魔物をやっと1匹切り捨てる。その勢いのまま次の魔物へと向かうウェインだが、完全に無傷というわけにはいかなかった。鎧を茨の蔦に叩かれ数ヶ所打撲を負い、左腕関節部分の僅かな鎧の隙間を棘で裂かれ流血が零れていた。それでも彼は攻撃の手を止めることは無い。
「オオォォォッ!!!」
2匹目の魔物を一刀両断し迫る茨の蔦を素早く避ける。魔物自体の動く速さは遅いのだが、蔦に関してだけは段違いに速い。一瞬の判断ミスであっという間に絡め取られ魔物の餌にされてしまうだろう。ウェインはその状況の中でも果敢に攻め続けた。
「はぁ...っ...はぁ...」
毒を散らす魔物を半分に減らす頃には流石のウェインも疲労で動きが鈍くなってきていた。原因が疲労の他にもあったからだ。
(毒を吸いすぎた...視界が歪む...)
やはり布を口元に当てただけの防護では完全に防ぐことはできず、毒はウェインの肉体をじわじわと蝕んでいた。異常な程のだるさと息苦しさ、時折身体に痺れも走りかなり危険な状態だ。ついでに視界が歪むせいで吐き気もせり上がってくる。
(ハースから貰った解毒草を使うしかない。効くか解らないが...)
魔物の蔦が届かない範囲まで移動し、急いで解毒草を口に含む。その途端、物凄い苦味と独特な草の香りがウェインの味覚を刺激し、視界の歪みや息苦しさなどを一時的に正常に戻してくれる。
しかしきちんと調合された解毒薬でなければ毒を消すことはできないことを知っているため、あくまでこの解毒草はその場しのぎでしかない。できるだけ早く治療を受けなければ結局の所ウェインに待つのは死だ。
一呼吸つけた所で冷静にウェインはこちらにじりじりと近付いてきている魔物達を観察した。
(毒吐きの魔物自体は何とかなるが...あの黒い魔物は一体何なんだ?現われてから動かずにじっと見ているだけだ...)
異質な存在感を放っている正体不明の魔物は戦いに参加しては来ないが、ウェインのことをずっと気味の悪い笑みを浮かべたまま見つめていた。
(まるで俺を観察しているような、品定めしているような気がしてならないな)
いつ襲ってくるか解らないため警戒はしていなければならないのだが、その姿を視界に入れる度に背筋が凍るような言いようもない不安と恐怖を感じずにはいられなかった。
「...怯んでる場合ではないな。ハース達が来る前に残りの魔物共も倒さなくては」
解毒草の効果も長く続く訳ではない。ウェインは動けるうちにせめて毒吐きの魔物を殲滅するつもりで再び剣を強く握り直した。と、それと同時に砦の方向から勝利を知らせる角笛の重低音が聞こえてきた。
「!!魔物共を倒し終えたのか...!」
仲間からの吉報にウェインの気持ちが高揚する。
そんなウェインの感情を読み取ったかのように、闇の魔物は突然、気味の悪い咆吼を上げた。その咆吼は砦の方にまで届く不気味な音として響いた。
「っ!何...ッ?!」
不意の咆吼に驚き、闇の魔物へと視線をやったウェインはあり得ないものを見た。闇の魔物の赤い瞳を見、瞬きした次の瞬間にそれは目の前に存在していたのだ。そして魔物はニタリとおぞましい笑みを浮かべ、鋭い刃のような前足を振り上げ、ウェインに叩きつけようとしていた。
(やられる...!)
避けることも防ぐ暇もない刹那、思わず目を瞑ったウェインは来るだろう衝撃を待つほか術は無かった。
だが、しかし。
「ギャァァ!!」
獣のような悲鳴と何かが吹き飛ぶ音が耳に届く。
「...?」
予想していたものとは違う音に目を開けるとそこには...。
「大丈夫?」
1人の少女が剣を片手にウェインを庇うように立っていた。先程まで目の前に居たはずの闇の魔物は、数メートル先で手傷を負った獣のような唸り声を上げながら少女を睨んでいる。
「一体何が...君は...?」
闇の魔物と突然現れたこの少女、何が何だか解らずにウェインは困惑するしかなかった。それを理解しているのか少女は闇の魔物を油断なく見ながら言う。
「詳しい説明はあの黒いやつと周りの魔物を倒してからね」
「待て!アレは普通の魔物とは違う...危険だ!」
警告に少女は決して臆することなく頷いた。
「大丈夫。私は負けないから」
そう言うと少女は闇の魔物に向かって走り出す。一体どうやってあの底知れぬ魔物を倒すのかわからないウェインは、ただその背を見ている事だけしか出来なかった。
少女が向かって来るのを見た闇の魔物は一声鳴き、残っていた植物の魔物達に指示するかのような動きをみせる。それを受けて魔物達は本来ならまずしない筈の連携を取り始める。植物の魔物達は闇の魔物を庇うように前に出、自分達の茨の蔦を網のように広げた。入ったものを確実に捕らえるような陣形を取り獲物を待つつもりなのだ。
(あの黒の魔物が他の魔物共を従わせているのか?植物タイプの魔物はあんな連携なんてしない。それに、あの状態ではとても進むことなど...)
ウェインがそう思った時、少女は走りながら剣を構えた。
「闇を祓う光」
少女がそう呟いた瞬間少女の剣が光り輝き、辺りを照らし出す。するとその光を感じた植物の魔物達は恐れるかのように全身を蠢かしだした。
「あなた達にも生きる権利はある...でも、ごめん。私には護るべきものがあるから...!」
一閃、少女が剣を振り抜くと光の弧が放たれ植物の魔物達を全て両断した。
「!!」
たった一撃で魔物達を全滅させただけでもウェインは驚きだったと言うのに、少女は更に驚くべき事をする。
全ての魔物を倒されてしまったのを見た闇の魔物は、分が悪いと判断したのかこの場から逃げ出そうとその身を翻していた。
「逃さない!」
「な...!?」
少女は闇の魔物よりも離れた位置に居たことをウェインは確かに見ていた。なのに今、少女は逃げようとしている闇の魔物の正面に居た。瞬きもよそ見もしていないというのに何故なのか。理解出来ない事があまりにも多すぎて訳が分からない。
ウェインが混乱しているのを他所に少女は剣を闇の魔物に振り下ろした。
「ギャ!ギギ...ギ...」
あの不気味な闇の魔物は呆気なく少女の一撃で葬られ、戦いは終わった。躰を斬られた闇の魔物は血を流すこともなく、黒い霧が胡散するように緩やかに消えていく。その様子を少女は静かに見つめていた。
「―――ないから...」
何かを呟いた後少女は剣を鞘に戻し、くるりとウェインのほうに向いた。
落ち着いて少女を見てみると年齢はウェインと同じくらいか、もしくは少し下くらいだろうか。青く綺麗な瞳が印象的な若い女性だ。白い燕尾服のような変わった上着を着ていた。
「君.........グッ...!」
口を開いた途端ウェインの視界は歪み出し、全身には激しい痛みが走り耐えられずに崩れ落ちてしまった。
「大丈夫!?」
ウェインの様子に少女は慌てて駆け寄ってくる気配がしたが返事をする余裕すらなかった。一体彼女は何者なのか、聞きたいことは山ほどあったのだが、戦いが終わり気が抜けたせいか毒が再びウェインを蝕み出したのだ。
「かなり強力な毒を受けてる...!しっかりして!」
(戦いは...終わったのに、ここまで...か...)
少女の声が遠のいていく。視界は真っ暗で痛みや苦しみも麻痺して感じない。
(すまない...皆、ハース...)
ぼんやりとそう思いながらウェインの意識は深い暗闇に落ちていく...。だが、そんな中。
“貴方を死なせない”
混濁する意識に届いた少女の声と温かな光。途端に冷えていく感覚が消え、意識が覚醒していく。それはまるで陽だまりにいるような穏やかで心地よい感覚で、ウェインは眠りから覚めるように目を開けた。
「間に合って良かった」
意識を取り戻したウェインの視界にあったのは安堵したように笑う少女の顔だった。
「...君が、俺を助けてくれたのか...?」
いつの間にか地面に横たえられ、兜を外されていたことに気が付き少女に問う。
「うん。初めて他人の怪我の治癒をしたけど、きちんと治せたはずだよ」
そう言われて自分の左腕やあちこちの傷が消えているのを確認しまた驚く。20年生きてきた中で今日ほど驚くことが多い日はなかっただろう。
ウェインは上半身を起こし、ずっと聞きたかったことを尋ねた。
「君は一体何者なんだ?」
「私は...」
少女は少し間を開け、考える様子を見せてからこう言った。
「私は、ミーネ。この世界では無い別の世界から来た者なの」
――この出会いがウェインの運命を変え、そして、
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