【010】「ただの女好き……じゃダメ?」
視認できる敵の数は<
弓持ちが3人、手斧が3人、長剣が5人。足元で痛みにのたうち回っているヤツを入れれば12人か。
ゲーム時代なら連中の平均レベルはおそらく26~28といったところか。イーワンを抑えるなら、頭数が6ケタは必要だ。負ける要素は皆無といっていい。
無論、視認できる12人が全員とは限らない。むしろ相手の目的や性質を考えれば、もう数人はいるだろう。油断は出来ない。
イーワンが使用したスキル<
戦線を維持することを求められる
相手を自動で探知し、後退することを封じることが出来る。スキルの使用者がSTRで勝っていれば、敵を自分の方に引き寄せることが可能なのも優秀な点である。
難点があるとすれば鎖を受けた相手からの攻撃は自動命中になってしまう事か。その為に回避を成功させるのが大前提であるAGI型の
相手を引き寄せる効果も便利ではあるが、これは対象が増えれば増えるほど成功率が下がる。スキルを使ったこちらは1人分のSTRだが、抵抗する側は全員の合計だからだ。一応、念のために鎖を放ったのは弓を持っていた相手にだけ絞ろうかとも思ったが、手応えからすると杞憂だったようだ。この感覚ならこの場にいる盗賊全員を相手にしても、余裕があっただろう。
殿の栄誉の影響で逃げられない事を悟った男がイーワンに向かってくる。
目に涙を浮かべ、口の端が
本人にとっては決死の一撃のつもりだろうが、イーワンにとってはアクション映画のワンシーンのようにスローモーションに感じる。
剣を握る手は力が入り過ぎて、動きがぎこちないし、脇も開いている。これでは仮に当たったとしても、威力は半減だ。足運びも悪い。気が急くあまりに大股開きで間合いを詰めたからだ。下半身がブレると、身体の軸が揺れる。
武器を腕力だけで振るには限界がある。だからこそ体重を乗せて振るうことが重要だ。それだけで威力は格段に上がる。
イーワンは落ち着いて振り上げられた剣、その柄を狙って銀棍を突き出した。右手だけで槍のように先端を突き出すコンパクトな動きだ。
振り上げた丁度、その真上。動きが止まった一瞬を狙って、突き出された銀棍によって、男の手から剣がすっぽ抜けた。だるま落としのような曲芸じみた技。
雄叫びと共に男が手を振り下ろすが、その手に剣はない。当然、イーワンは無傷。
「……あれ? 俺の剣どこいった?」
何が起こったか理解出来ない、という顔をする男。手の中にあったはずの手ごたえが突然消失したのだ。無理もない。
だがそれはこの場において、致命的な隙だ。イーワンの銀棍が
「っ! 殺すな、イーワン!」
背後から叫ばれたその声に反射し、イーワンの腕が止まる。一時停止のボタンを押したかのように、銀棍がピタリと静止した。一度、加速した攻撃を止めるのは慣性に真っ向から逆らう以上、より高い筋力が必要になるが、イーワンにはこの程度は基本テクニックだ。
攻撃をキャンセルして、フェイントをかけるなんて中級以上のプレイヤーなら出来て当然の技術。
「でも、いいの?」
「……」
ちらりと視線を背後のファイに投げかける。ファイは鉄本を構えながらも、憮然とした表情。納得がいかない、腹に据えかねるといった表情だ。短い付き合いながらも機嫌が悪いのは手に取るようにわかった。
「殺すこと、ないだろ。アンタ、余裕じゃないか」
「まぁ、ね」
言われてから初めて、イーワンは相手を殺すのに躊躇いが無かったことに気付いた。当たり前のように、反射的に相手を排除しようとしていた。もちろん、ファイに矢を射られたことで、イーワンは少なからず動揺しているのは確かだ。それでも、人殺しに躊躇いを感じないほど、自分は冷酷だっただろうか。
まるで自分が違う人間になったようだ。
――違う。
――今の自分は『イーワン』だ。『███』じゃない。
思考にかかったノイズは焦燥に満ちたファイの声に遮られる。
「イーワンっ!!」
イーワンよりも早く混乱から立ち直った男が殴りかかる。武器がないから、それしかなかったのだろう。
「っと!」
ファイの声に我に返り、男の拳を咄嗟に腕で防ぐ。今はそんな事を考えている場合ではなかった。
動揺していても、身体に馴染んだ動きに淀みはなく男の拳を弾く。拳打は意外とデリケートな攻撃だ。インパクトの瞬間が少しズレるだけで、威力は半減する。相手を的確に倒すには相応の技術が要求されるのが拳打だ。
男の拳打は大振り過ぎるし、フォームも悪い。拳を弾いたイーワンは銀棍を手で滑らせて、長さを調整。
最小のモーションで隙だらけの腹を打った。
全力ではない。優しく、死なない程度に力加減をして、だ。
「ぐぎゃ」というヒキガエルのようなうめき声が男の口から飛び出て、地面に転がる。右の脇腹は肝臓の位置。破裂しないように気を付けたつもりだが、しばらくは地獄の痛みにのたうち回ることになるだろう。
AWOには攻撃部位によるダメージギミックが実装されている。
例えば目に攻撃を受ければ回復するまでのしばらくの間は視界に重度のペナルティを負う、といった具合だ。攻撃を受けた箇所により、それに応じたバッドステータスやダメージの増加が適用される。
腕を切り落とされれば武器は握れないし、足を折られればまともな動きは不可能になる。
筋力で男性キャラに劣る女性キャラが対等に戦えるのは、この仕様が大きい。男性キャラは股間にダメージを受けると気絶や行動キャンセルなどかなり深刻なダメージを受けるからだ。
ただダメージを与えるだけではなく、どこをどう攻撃すれば戦闘を有利に進められるか考えるのは上級プレイヤーなら出来て当然の事だった。
イーワンが好んで使用する内臓攻撃もその1つである。
イーワンの攻撃能力は実はさほど高くない。ステータスもパリングの成功率を高める為に最適化されているし、装備もそれに準じている。何よりもスキル構成が
総合的な防御力だけに絞るならば、イーワンはサーバーでもトップだろうという自負がある。しかし、攻撃能力は戦闘においてメインの火力源になる
おそらく数段格下の
そんなイーワンの弱点をカバーしているのが内臓攻撃だった。
内臓攻撃にはダメージを倍増させる効果がある箇所が多い。特に肝臓はその代表例だ。心臓のように肋骨に邪魔される事も無い。狙わない理由がない。
パリングによって相手の体勢を強引に崩し、こういった弱点を的確に突く事でイーワンの戦闘力は数値以上のものになる。
逆に言えば、こうした小細工をして『ようやく』という辺りが本職との火力差にほかならないのだが。
そんな事を考えているうちにさらに2人に襲い掛かる。
手斧を持った男たちだった。
最初に倒した2人よりも動きはいい。バッドのフルスイングのように振り回される手斧を見切り、上体を逸らすことで回避する。頬を殺意の風圧が撫でるが、刃ではない以上害はない。
大振りな攻撃は使い所が難しい。当てた時のメリットは大きいが、外した時のデメリットがそれ以上に大きい。大きな隙はそれだけで致命傷になりかねない。
落ち着いてイーワンは空振りをした男の腹に膝蹴りを叩き込む。男は踏み込みが甘いせいで片足が地面から浮いている。これでは腹筋を引き締めることはできない。イーワンの膝蹴りは簡単に男の意識を奪った。
それとほぼ同時に振るわれた手斧は銀棍を使って逸らす。
武器の性能やイーワンとのステータス差を考えれば、正面から受け止めたところで何の問題も無いが反射的にパリングしてしまったのは廃人ゲーマーの本能だ。
「……は?」
手斧の勢いをそのままに方向を変える。男は抵抗さえなく、自分の手が違う生き物に変わったかのように感じただろう。意志とは違う動きを強制されると人はバランスを大きく崩す。
咄嗟に肉体が意思とは関係なく動いてしまい、それが致命的な結果をもたらす。
銀棍が手の中で風車のようにくるりと回って、男の鎖骨を砕いた。
軽い手応え。守る筋肉の少ない鎖骨は脆い。的確に打てば砕くのは容易い。
一瞬で2人が倒されたことでそちらに気を取られたのが分かった。その意識の隙に合わせ、イーワンは報復の縛鎖の効果を使った。軽い手応えと共に3人の男が宙を舞う。
「うぉッ……!?」
「
手元に引き寄せられた3人の男たちを神速の突きが襲い掛かる。空中でまともな防御行動が取れる方法は多くない。
こんなゴロツキの盗賊にそんな高等技術があるわけもなく、それぞれ急所に叩き込まれた一撃によって意識を失う。
<
イーワンは銀棍を使いこなす為に棒術系のスキルが多く存在する
イーワンが好んで使う棒術の他にも素手格闘のスキルが存在しており、その中には武器を使用しない素手での攻撃を大きく底上げする
そしてそれとほぼ同時に背後から炎弾が飛ぶ。
炎弾はイーワンを器用に避け、足がすくみ動きの止まった盗賊を正確に打ち抜いた。
ファイの援護射撃だ。こういう時、後衛がいると安心感が違う。
炎弾をまともに受け、短剣を持った男がまた1人倒れる。
「アンタ、本当に何者なんだいっ!?」
そう言われても困る。自分が何者かイーワンの方が聞きたい。
そう言えばまた烈火の如く怒ることが分かり切っていたので適当に誤魔化すことにする。
「ただの女好き……じゃダメ?」
「ふッざけんなッ!!」
「デスヨネー」
なにはともあれ。
これで残りは5人。もう半分、後半戦だ。
そう思った矢先、イーワンに飛び掛かる影があった。
それは手足が異様に長い猿だ。目は死体のように白濁しており、光は無い。粘り気のある唾液が歪んだ口からこぼれ、毛並みを汚している。
この醜悪な猿の名前を<
AWOでの適正レベルは76。レベルだけで見れば白晶犀よりも数段格上のモンスターである。
それが気配はなかったのに突如現れ、イーワンに見事な奇襲をかけてきた。
この
――
「なっ……!? このサル、いったいどこからッ!?」
飛びついてきた
「落ち着きなって。どっかに召喚師がいる」
この長く強い腕で相手を抑え込み、毒の唾液が滴る牙で噛みつく、というのが基本になる。
イーワンの扱う銀棍のような長柄武器はリーチが最大の武器になる。しかし、長いリーチは懐に入られると、途端に動きが取りづらくなってしまう。イーワンはそういった事態にも対応できるスキルがあった。
いつも相手のリーチの外から戦うことができれば、それが最上だが今回のように奇襲を受けたり乱戦になれば、それが出来ない事もある。
有利な条件を揃えるのは当たり前だが、それが出来なかった時に備えないのはバカのすることだ。
「――僧技」
イーワンは銀棍から手を離した。
急に手応えがなくなったことでモンスターである
身体を身体を丸めるように折り畳み、体勢を低くして一歩と踏み込む。
バチリと。
握りしめた拳から雷光が爆ぜる。
「
しっかりと脇を引き締めて放つ右の
イーワンの腕用装備である<セリエラの白銀腕甲>は拳を握りしめた時、強固な金槌へと変わる。拳打による戦闘スタイルを視野に入れ、作成の段階で握りしめた際に隙間がなくなるよう調整されているからだ。
脳を失い、力の抜けた
背後からイーワンの肉を食い千切ろうと新たに
しかし、イーワンはその奇襲を予測している。
「
夜の闇に不釣り合いな雷光が弧を描く。蒼い軌跡を闇に残し、イーワンの後ろ回し蹴りが
敵を確実に仕留めたことを手応えのみで把握し、
そこに3匹目の
空中に浮かんだ複雑な魔方陣から醜悪な
予想通り。位置までドンピシャ。
「甘いんだよ」
「
雷を帯びた左腕で
野生の本能で、致命的な脅威を感じ取った
「吹き飛べ、クソ猿」
轟音と共に戦いを見ていた全ての者の視界が白く染まる。落雷を連想させるその音と共に、イーワンの手の中で
消費する魔力に対して、威力が非常に高いのが特徴だ。
僧技には格闘ゲームのようなコンボが数多く存在する。スキルの硬直や予備動作の隙を違うスキルを使って無くす『キャンセル』という
これも例によって開発スタッフの趣味らしい。なんでも20世紀のレトロゲームの復刻版で育ったらしいが、今の世代のユーザーにはちんぷんかんぷんだ。マニアックな人気は確からしく、サーバーランクの上位にはなぜか天狗の仮面を被った空手家までいる。衝撃波を飛ばすどこが空手なのかはイーワンにはよく分からない。
銀棍で扱う棒術関係ならともかく、イーワンの素手格闘系のスキルの熟練度はさほど高くない。だが、それでもこのように間合いが詰まってしまった際の『不意打ち』としては上等だ。
僧技のコンボ派生はAWOの全クラスでもトップクラスの豊富さを誇る。広い応対力はそれだけ読みにくい攻めになり得るし、そのわずかな読みが勝敗を分けることは少なくない。
敵の連携が途切れたのを感じたが、警戒は怠らない。
相手の正確な数が把握できていない以上、不意打ちの危険は常にある。
イーワンが
それはイーワンがPK殺し――
PKたちが使う
それがイーワンが
こんな状況は『慣れて』いる。
その膨大な戦闘経験がわずかな衣擦れの音を聞き洩らさない。
上体を逸らし、わずかに首を傾ける。
数瞬前まで、イーワンの首があった空間を剃刀のように薄い刃が切り裂いた。
「……素敵。身体が火照っちゃう……もう、我慢できないわ、ボウヤ」
戦いは後半戦へと移り変わる。
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