【003】「オレがやる」
RPGのRPの部分の正式名称である。意味は『役割を演じる』
本来、ゲームにおいては『攻撃を行う戦士』や『回復を行う神官』といった戦闘での役割分担を指す。がAWOのようなネットゲームでは少し意味合いが変わってくる。
重要視されるのが「
ゲームの中のキャラクターに『なりきること』――それがロールプレイヤーたちのプレイスタイルだ。現実の自分とはまるで違う、別の自分になりきることに楽しみを見出すものは少なくない。
寡黙な女戦士であれば言葉少なに剣を振るい、陽気な盗賊であれば軽口と共に罠を外す。
イーワンもある意味ではロールプレイヤーだと言っていいだろう。現実の自分とは違うゲームの中で『男性』として振舞っているのだから。
AWOで、ある1人のプレイヤーがこう考えた。
――自分たちの国を作ろう。
彼は筋金入りのロールプレイヤーであり、ひどく凝り性だった。
言動や振る舞いのような『個人』で完結するロールプレイでは満足できなかったのだ。
真の王者として振る舞う為には、付き従う臣下が必要であり、統治する民と土地が必要だと考えた。
故に、彼は国を作ろうとしたのだ。
彼は志を共にする仲間を集め、ギルドを立ち上げた。
ある者は王に従う臣下として。
ある者は重要な役職を求める野心家として。
ある者は田舎から騎士になることを夢見る若者として。
集まった者はメンバーは気合の入ったロールプレイヤーばかりが揃っていた。
現実の世界とは全く違う自分として、彼らは真剣に生きていた。
そんな1人の
彼らは本当にAWOの世界に生きており、それはゲームの運営会社さえも認めるほどだったと言えばその熱の入り方も分かるだろう。
彼らは自分たちの国を求め、数え切れない冒険の末に求める全てを勝ち取り、遂にはそれを実現してしまった。
ゲームの世界観に影響さえ与えてしまうほどの軍事力を持ち、それでいて実権を握る
それがAWOで建国した唯一無二のギルド――『ドラグハイヴ帝国』
そしてその
彼と彼の帝国にとって、AWOの世界はまさに『真』の異世界だった。
とまあ、ここまでならゲームの中の話で感心して終わりだったのだが。
「……マーシュさん、帝国について詳しく聞かせてくれ。出来れば、帝国の成り立ちや歴史も含めて」
ここがゲームとは違う別世界であるとなれば話は変わってくる。
「あ、あぁ、それは構わないが、私も学があるわけではないので詳しいお話はできないと思うよ」
「もちろん、分かる範囲で十分だ」
マーシュの説明はざっくりとしたものだったが、まだこの世界についてほとんど知らないイーワンにとってはむしろありがたかった。
要約するとドラグハイヴ帝国は比較的新しい国家であり、歴史は浅くまだ6年ほど。元々は冒険者であった現皇帝ジョシュアが当時、この近辺を支配し圧政を強いていたフォーシェン王国に対して仲間たちを率いてクーデターを起こした。
ジョシュアたちは一騎当千の活躍で瞬く間に王城を制圧、王を討ち取り政権を掌握した。ジョシュアにクーデターを持ちかけたのがフォーシェン王国に滅ぼされた亡国の姫であるということも手伝い、今代の英雄譚として民衆には非常に人気がある――とのことだ。
「皇国に変わってからは税も少なくなり、治安も良くなった。ジョシュア皇帝は名君だと評判だよ」
「そう、か」
マーシュが話した『ジョシュア皇帝の英雄譚』――亡国の姫に力を貸し、悪政を強いる王を討ち取る――というモノにイーワンは心当たりがあった。
『フォーシェンの落日』――ゲーム時代、その超高難易度で有名だった
低確率で発生する亡国の姫を悪漢から助け出すというクエストから始まり、最終的にはエルダーヴァンパイアに成り果てた王を討ち取ることでクエストクリアとなる一連のクエストの通称である。
高難易度と複雑な分岐条件により攻略法を見つけ出すのが困難なことで悪名高いクエストであり、この『フォーシェンの落日』を初めてクリアしたのが当時まだ
ロールプレイヤー専門ギルドではあるが、いや。だからこそ、というべきか。
ギルドメンバーの多くは『英雄』を名乗るに相応しいだけの
このクエストの報酬がプレイヤー初の建国を行うきっかけになった事もあり、ドラグハイブ帝国の活躍を語る上では欠かせないエピソードでもある。
――ジョシュアさん、ゲームのままなのかな……?
ドラグハイヴ帝国について聞く限りでは細部――というよりはNPCの視点ではこうなるであろう、という歴史そのものであった。
イーワンの知るギルド、ドラグハイヴ帝国とそう大きな差異があるようには感じ取れない。ならば、ドラグハイブ帝国のギルドマスター――皇帝ジョシュアはイーワンの知る人物と同一人物なのか、ということだ。
考えてみればAWOの世界に飛ばされた、というのならイーワン1人だけとは限らない。
イーワンが今ここにいるように、ジョシュアもこの世界に来ていてもおかしくはない。
――その割には時間軸がおかしいんだけど……
マーシュの話に寄ればジョシュアが表舞台に出たのは亡国の姫と共に戦い始めた6年前。少なくてもこの時からジョシュアという人間は認知されており、場合によってはもっと以前からこの世界には『ジョシュア』という人間が存在していたことになる。
もちろん、矛盾や不可解な部分はたくさんある。イーワンのこの身体も17、8歳くらいだろう。それ以前の幼年期がどうなっているのか見当もつかない。
未だに何がどうなってるか、まったく分かっていないのだから。
――とりあえず会いに行ってみようか。
何にせよ、ジョシュアは現状では唯一といっていい手掛かりだ。
何が分かるかは分からないが、何も分からないよりは余程いい。
「ええっと、私の知っているところではこんな所でしょうか?」
「あ、あぁ……うん。ありがとう、とても参考になった」
「そうですか? 何にせよお役に立てたなら良かった」
イーワンがそう答えるとマーシュは不思議そうな顔をしながら頷く。常識の無い奴だと思われてしまったのだろうか。男の評価などどうでもいいが、ビビのような少女に嫌われるのは困る、というか凹む。
ともかく、当面の目的は定まった。
「マーシュさん、ギルマス……じゃなかった。ジョシュア皇帝はどこにいるかわかるか?」
「ん? 皇帝なら余程の事がない限りは帝都にあるドラグハイヴ城にいるはずだよ」
ドラグハイヴ城――ギルドだった頃のドラグハイヴ帝国のプライベートエリア、ギルドホールの通称だ。本当に何から何まで徹底しているギルドである。
「マーシュさん、オレは帝都に行ってみようと思う」
「帝都はこの村からだとかなりの長旅になりますよ?」
「あ、そうか。う~ん……どうしたものかな」
当たり前だが剣と魔術のファンタジーであるAWOでは車や飛行機といった近代的な移動手段はない。
「マーシュさん、この村の馬車や馬を借りることは出来ないか?」
プレイヤーの主な移動手段は特定の地点へ瞬間移動を可能にする様々な『ショートカットスクロール』そして移動速度に優れた『馬』である。
特に未探索の地点や懐が寂しい初心者が主に利用するのが馬車、あるいは騎馬である。ショートカットスクロールのほとんどは1度、足を運んだことのある場所にしか移動できない。基本的には現在地を記録して、そこへの移動を行うという代物だからだ。また基本的に使い切りの消耗品でもある為に、懐に優しくない。そういった事情があり活動範囲の狭い初心者の間は馬の方が何かと都合がいい。
各地に点在する首都や主要拠点にはNPCやプレイヤーによって組まれ拠点同士を繋ぐ『キャラバン』もある。移動にかかる経費を出し合い、大人数で行動することでリスクが大幅に減ることもあり、初心者には人気の移動手段だ。特にNPC主体のものは護衛という形でクエストが発行される事も多く、これも金銭的余裕のない初心者にとってはありがたい。
ただイーワンほどの高レベルになると馬はほとんど使う事が無かった。馬は管理の手間が面倒で、高レベルプレイヤーのほとんどは『必要な時にだけ用意する』というパターンが一般的だ。
イーワンはそれに加え、女性との相乗りを好む為に相手に合わせて馬を変えるのが当たり前になっていた。故に自分の馬は手放して久しい。
その気になれば走ってでも行けるだろうが、さすがに現実となった今のこの世界でそれはイーワンだって尻込みしてしまう。この辺りの森でさえ、ビビの案内が無ければ村に辿り着けたか怪しい。とてもではないが、1人旅をする気にはなれなかった。
「馬、ですか……いるにはいるのですが農耕馬でして、お売りするというわけには……」
「……ですよねー」
半分予想できていたとはいえ、実際に言葉で聞くとがっくりとクるものがある。
馬というものはコストのかかる生き物だ。世話は手間がかかるし、飼葉も水も必要になる。このカルハ村のように小さな村では貴重な労働力でもある。
金ならあるが、大金を積めば売ってくれるというものではないのだろう。
申し訳なさそうに項垂れるマーシュの姿を見れば、無理を言っているのが分かるだけに罪悪感がチクリと胸が痛む。
「代わり……と言ってはなんですが、この村に定期的に来る行商人がおります」
落ち込むイーワンを見かねたのか、マーシュが口を開く。
「行商人?」
「私の方から彼女の馬車に乗せてもらえないか頼んでみましょう。もしかしたら帝都まで送ってもらえるかもしれませんし、そうでなくてももう少し大きな街に行けば馬車もあります」
「おとうさん、それってファイおねえちゃんのこと?」
イーワンの思考が止まる。『彼女』『お姉ちゃん』という単語。それが意味する事はただ一つ。はやる気持ちを必死になり、押さえつけ落ち着いた声音を意識して尋ねる。
「その行商人って……もしかして?」
「ん? ああ、その行商人はファイ・タータマソという女性でして。女だてらに商魂のたくましい人で、こんな田舎の村にまで私の木工を買いに来てくれるのですよ」
そう言ってマーシュは部屋の片隅に置かれた木工細工に目線を投げる。それを追い掛けてみれば、小さく素朴ながらも品のいい木工細工が目に入る。おそらくマーシュの作品のひとつであろう。イーワンから見てもその出来はなかなかのモノだと思えた。
しかし、それ以上にイーワンの興味を引いたのはファイという女性についてだ。
相手が女性。
イーワンにとってそれは何より重要といっても過言ではない。
それに帝都に向かう足が手に入るというのなら渡りに船だ。断る理由が見つからない。しかも女性である。
「じゃあ――」お願いします、そう続けようとしたその時だった。
「ま、マーシュさん! た、大変だっ!」
駆け込んできたのは滝のような汗を流し、息を切らした村人。その顔色は血の気が引き蒼白になっており、その表情は恐怖と焦燥に歪んでいた。
「そ、そんなに慌てて何があったんだ!?」
「は、
――◆――
<
白晶犀はその名の通り水晶のような透き通った角が特徴の石灰のような分厚い体皮をしたサイのモンスターで、森林狼と同じくリュシーナ地方では広く見られるモンスターである。
しかし森林狼が初心者用のモンスターだという点とは違い、白晶犀は中級者でないと勝つのが厳しいモンスターだ。
森林狼が出没するエリアよりもさらに奥、リュシーナ地方の森林に点在するダンジョンに登場するモンスターが白晶犀だ。森林狼を倒し、違うエリアで成長したプレイヤーが初心者の頃には辿り着けなかったエリアを振り返って探索した時にこのモンスターと戦う事になる。
森林狼とは比べ物にならないほど体力が多く、その体皮は生半可な攻撃では弾き返されてしまう。角を使った突進攻撃は多少ダメージを与えても怯まずに高速で突っ込んでくるので、油断するとあっという間にやられてしまう。
しかし突進攻撃は直線的で小回りが利かず絡め手も使ってこないので、白晶犀と戦えるレベルのプレイヤーならさほど苦戦する事はない。
――おかしいな。白晶犀はダンジョン内を徘徊するタイプのモンスターなんだけど。
慌てた様子のマーシュについていき、家を出ればカルハ村は騒然としていた。
人だかりが出来ている辺りを覗き込んでみれば、そこには息を切らした村人がいる。
弓を背負っているという事はおそらくは狩人なのだろう。
彼らがなんとか持ち帰った情報を要約するとこうだ。
いつものように狩りをする為に森の奥に入ったのだが、どうも森の様子がおかしい。獲物は見当たらず、気配もまるで息を潜めるかのように静まりかえっていた。
特に異常だったのは森林狼の死体だ。1体ではなく群れ。それもまだ若いオスも多く死んでいた。この近辺で森林狼は食物連鎖の頂点といってもいい。
それをこんな風に殺せる存在は限られている――例えば白晶犀のように。
狩人の勘は的中した。近くを調べたところ見慣れぬ足跡――白晶犀の足跡――を見つけ、それを追い掛けて背筋が凍った。
そこには水場で休む白晶犀の群れがいたのだ。白晶犀は森林狼以上の強さを持つモンスター。森林狼でさえ脅威であるカルハ村の戦力では、ハッキリ言って勝ち目はない。
震える足を押さえつけ、必死になって村に知らせを持ってきた――という事らしい。
「白晶犀なんて……どうしてこんな所にいるんだ! もっと奥地に住んでいるはずだろう!?」
「俺たちだって知らねぇよ! とにかく白晶犀がいたんだ! 早く逃げないと全滅だぞ!」
「逃げるったってどこにッ! 畑も無しにどうやって生きていくんだよ!」
「ばあちゃんだって置いてけないぞ! 子供だって来月には生まれるんだ!」
カルハ村の様子は阿鼻叫喚と言っていい状況だった。
この村には当然だが防衛戦力は無い。冒険者や衛兵なんてものはいないし、村の男衆は農耕で身体こそたくましいが、武器がない。あるのはせいぜいピッチフォークや斧程度である。
つまりこの村に為す術は無い。絶体絶命、というやつだ。
「オレがやる」
イーワン以外にはこの村を救う事はできない。
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