【019】「テメェはまた女連れかよ」

 荷を積んだ荷猪車にちょしゃを商会の小僧に預け、2人はシラタキ商会へと足を踏み入れる。

 よく磨かれた扉を開き、最初に飛び込んできたのは思わず耳を覆いたくなるような喧騒だ。

 シラタキ商会の1階は大きく開かれたロビーになっていた。

 扉同様、顔が映り込むほど見事に磨かれた床を気にも止めずに商人たちが行き交い、広間にいくつも供えられた卓では秤やら羊皮紙を広げ、何やら金品のやりとりを行っているのが見て取れる。

 人と人を行き交う物品は様々だ。艶の良いなめし革を広げる商人のすぐ後ろでは、違う商人が何やら上等そうな楽器を手に熱弁を振るい、身の丈を超えるような武具を壁に立て掛け商談を行う者の隣で、小指の先ほどの大きさの薬瓶を買う者もいる。

 ここでは軽食も出しているのか、食事を取る者までいた。喧騒に混じり僅かに聞こえる油の音が食欲をそそるが昼食にはまだ少し早い。

 多くの人がそれぞれの品を携え、損得勘定の算盤そろばんを弾くそこはひとつの市場と言っていいだろう。


「ほら、ボケっとしてないで行くよ」


 ファイはすいすいと広間を進み、イーワンはあちらこちらに目を取られながらもそれについていく。人混みを縫うようにして、奥にあるカウンターへと辿り着く。

 カウンターの奥にもギルドの象徴シンボルたる鉄鍋が掲げてある。

 書類に目を落としていた身なりの良い受付はファイの姿を見つけると柔らかにほほ笑んだ。いわゆる営業スマイル、というヤツだ。


「これはこれは。タータマソさん、シラタキ商会にようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件で?」

「買い取りだ。魔物の素材を一揃い。それといつもの木工品だ」

「おや? 魔物の素材とはこれは珍しい。冒険者相手に新たな商売でも始めましたか?」


 にんまりと受付の男はその表情を緩め、書類を脇にやる。


「景気の良さそうな話にはいつでも私どもの蓋は開かれておりますとも。利益とは分かち合うもの。タータマソさんが持ち寄った具材が上質であれば、私どもの鍋も旨味が増すというものです」


 受付の言葉を要約すれば『うまい話なら一枚噛ませろ。その方がお前も得だろう?』

 ゲームの頃から変わらぬシラタキ商会のスタンスだ。

 シラタキ商会では扱う商品を選り好みしない。文字通り『なんでも扱う』のがシラタキ商会である。おおよそ、ここで手に入らぬ者はないといっても過言ではない。

 例外はイーワンの装備のような廃人ハイエンド級の装備ぐらいか。


「がっつかないでもそのつもりだよ。それにちょいとアタシの手には余りそうでね。無駄は商人に取っちゃ大罪だが、強欲もまた大罪だ。まったく難儀な生き物だよ」

しかり、ですな。しかしタータマソさんの手に余るほどとなると、如何様いかような商品で?」


 受付の軽口をファイは苦笑交じりにいなし、余裕を持って受け応える。探りもほどほどに本題に入った相手に、ファイは笑みを深める。

 幼い少女のようなファイが浮かべるそれは愛らしいが、その笑みは商人としての武装だ。


白晶犀はくしょうさいの素材。しかも肝から革、骨、肉と一揃い。もちろん角もね。しかも傷無しだ」

「それは……! ……確かに大物ですな」


 ファイの言葉に一瞬、受付は目を見張ったがすぐに平然を取り戻す。その眼差しからは先ほどまでのおどけるような気配は消え、あくまで損得勘定を優先する商人のそれへと変わっていた。

 正面に立たずとも分かるその気配の変わりようにイーワンは思わず舌を巻く。しかし、その視線を受け止めるファイはどこ吹く風といった風情で笑みを崩さない。


「さっそく商品を拝見させていただきたいのですが……」

「あぁ。荷に積んである。積めるだけ積んだんだが、載り切らなくてね。担いで来ようかと思ったくらいだよ」


 ファイのこの言葉は冗句じょうくではなかった。

 白晶犀はくしょうさいは1体が大きい。イーワンが仕留めた数は18頭にもおよびその素材は膨大な量になっていた。

 血を抜き、解体し、比較的金になる素材を選んで荷に積み込んだがそれも全てではない。元よりファイにとって予定外の積荷だったのだ。

 特に金になる角を選り分けて積むというの手もあったが、ファイはそうしなかった。

 カルハ村のような小さな村落では外貨を得る機会は少ない。

 行き来するのは村で必要な物品を運ぶファイのような行商人ぐらい。あとはせいぜい年に数度、訪れる徴税官ちょうぜいかん程度だという。

 ファイが岩塩と引き換えにこの白晶犀はくしょうさいの素材を仕入れたように、物品のやり取りの大半が物々交換で行われる。

 それでは急病人など金が入り用になった際に困るのだ。

 だからこそ、冬になれば村の女たちはいざという時の蓄えになるよう織物を作り、金に換えられるものを備えておく。しかしこれだって元手がタダなわけではない。

 布や糸はもちろん、それらを染める染料。針だってずっと使い続けられるわけではない。だからこそ、モンスターの素材――特に白晶犀はくしょうさいの角のような腐らず、値崩れしづらい品はとても貴重で重宝される。

 ファイはそれがよく分かっているからこそ、角のほとんどは村へと置いてきた。代わりに痛みやすい肝などを中心に仕入れていたのだった。


 魔物の肝はポーションの原料となる。ゲームだった頃から稼ぎのいい部位ではあったが、ドロップ率は低く設定されている。ゲームにも慣れ、初心者の頃を卒業する頃合いに背伸びしたプレイヤーがポーションの使い過ぎなどにより赤字を抱え込む。するとプレイヤーたちは金策と経験値稼ぎを兼ねられる肝を求め、狩場を「胆~、モンスターの肝はどこじゃ~」と虚ろな目で武器を振り回す姿はもはや風物詩。

 AWO名物、妖怪肝漁ようかいきもあさりである。


「しかし白晶犀はくしょうさいとは……討伐なさったのは後ろの御仁ですか?」


 受付の視線がファイの背後に控えるイーワンへと向けられる。その眼差しは笑みの形に歪んでいるが、明らかに値踏みの意図が込められていた。


「ん……まぁな。それがどうかしたか?」

「いえいえ! 腕利きの方と知り合えた幸運に感謝しているのですよ。まったく、タータマソさんが羨ましい」


 ぶっきらぼうに返せば、まるで仮面を嵌めるように受付の男は破顔する。朗らかなその笑みはいかにも人が好さそうであり、だからこそイーワンは苦手な相手だと本能的に悟る。

 この手の相手は煮ても焼いても食えはしない。ましてや男の相手などしても楽しくないことは明白だ。

 イーワンが会話を続ける気が無いことを悟ったのか、受付の男は視線をファイへと戻し、口を開く。


「人の縁は金では買えぬとは言いますが、金貨が人を運ぶというのもまた事実。縁に恵まれた商人は、やはり金運にも恵まれていると思われる。どうやらタータマソさんもそんな運の良い商人のおひとりのようだ。ちょうど本日は商会長がこちらにいらしていますので、査定にはぜひお立合い頂けるようお聞きしてきましょう」


 そう言い残すと受付の男は笑みを深め、席を立ちカウンターの奥へと消えて行った。

 カウンターに取り残される形になったイーワンは隣にいるファイに声をかける。周囲は相変わらず活気ある喧騒に包まれているのだが、どこか遠くの音のようにさえ聞こえる。

 願わくば先ほどの受付の男の言葉がこの喧騒に紛れた聞き間違いであってほしいと思いながら。


「今さ。あの人、商会長を呼んでくるって言ってた?」

「言ってたね。珍しい。年中、金貨を数えているようなあの人がこの辺にまで来るなんて珍しいこともあるもんだ。何か大口の取引でもあるのかね……て大丈夫かい? 顔が真っ青だけど……」


 さして気にした風もなく、イーワンの儚い願いはついえる。

 ここはシラタキ商会。そしてその『商会長ギルドマスター』――つまりはである。

 『性悪のセリエラ』でさえ「アレと一緒にされるぐらいなら引退する」とまで言わしめる例のである。

 控えめに言って、気分が良くなる方がどうかしている。吐きそうだ。


「おやおや。もしかしてェ~とは思ったが思ったけどマジにお前とは」


 妙に甲高い耳に残る声。

 

「あぁ、クソ。最悪だ。なんでよりによってコイツなんだ」


 商会の奥から表れたその男の姿を見て、思わずイーワンは舌打ちをする。

 受付の男を伴い、現れたのは豪奢ごうしゃなローブを身に着けた長身の男だ。細やかな金糸きんし随所ずいしょにあしらったそれはイーワンの銀棍と同じく超一級品の廃人ハイエンド級装備である『おごそかなるミアプラキドゥス』である。おおよそレベル4000以下のキャラクターが使う魔術をほぼ無条件に無効化するとんでもない代物だ。このローブ一着だけで、プレイヤーが何人破産したか見当もつかない。

 細く白い指は一見すると女性のように美しいが、それも全ての指に嵌められた悪趣味極まりない金の指輪が台無しにしている。金の大蛇が巻きつくようなデザインのそれを悪趣味以外の何と言い表せばいいのか。無論、ただのアクセサリーなどではなくその全てが途方もない値札がつく廃人ハイエンド級装備である。だが基本的に一点者であり、オーダーメイドが基本となる廃人ハイエンド級装備である以上、デザインはある程度融通ゆうづうが利くはずだ。

 好き好んでこのようなデザインにしている以上、やはりイーワンとしては悪趣味と言わざる得ない。


 そして、それらを際立たせるのが細い金髪の隙間から伸びる長い耳。

 水の魔法への高い適性を示すその澄んだ青い目はいっそ詐欺だろうとイーワンはいつも思う。

 そう、この男は――『守銭奴の鍋太郎』というプレイヤーの種族はよりにもよってエルフなのだ。


「旧知の友人にずいぶんな言い草じゃねェか、『ぎん』。テメェはまた女連れかよ」

「……イーワン。アンタ、商会長と知り合いなのかい?」


 ファイも受付の男も驚いた様子でイーワンを見つめるが。


「いや、知らない。赤の他人。見たことも無い。あったとしても知らない」

「オイオイ、そりゃねェだろ! ったくテメェは男相手だといつもそれだ」


 こんな趣味の悪い知人、イーワンとてごめんだ。隣を歩きたくないプレイヤー第一位は伊達ではない。


『エルフ』――ドワーフと並んで、ファンタジーではもっともメジャーな種族だろう。古今東西問わず、神秘的なその姿は根強い人気があり、ドワーフとはその認知度は二分する。当然、AWOでも人気の種族だ。その容姿や能力も一般的に認知されているものとほぼ変わらない。

 ドワーフが山の者ならば、エルフは森の者だ。

 森と共存し、風と水を愛する種族である。木々の上で暮らす為か、長身かつ手足が長い者が多く細身。風の声を聞くというその耳は先端が木葉このはのように尖っているのが特徴だ。

 力こそ強くはないが身軽であり、視力や聴力に優れており弓を持たせれば風を読み、落ちる木葉さえ射落いおとすと言われている。

 長命種ちょうめいしゅである為か、俗世的ぞくせてきな物を嫌い、詩や音楽をたしなむ者が多いのもドワーフとは正反対である。

 ゲームであった頃もその辺りは変わらずエルフのプレイヤーの多くはその身軽さを活かした軽戦士や魔術師が多かった。

 筋力で劣るエルフはどうしても装備できる武具防具に制限が多く、エルフらしい革装備などが好まれる。


 つまり、だ。

 この目の前にいるこの鍋太郎の格好はAWOがゲームだったから、という事とは全く関係がなく単に悪趣味だからである。

 極めつけが、この――


「クカカカッ! このシラタキ商会の商会長サマの俺様にそんな答え方すんのはテメェぐらいだよ、イーワン。男が相手だとその愛想の欠片もねェクセは相変わらずだな」


 そう言って下品に笑う鍋太郎の歯はその全てが金色に輝いている。

 当然ながらAWOはゲームであり、虫歯など実装されているはずもない。この金歯に関しては他の装備のように何か特別な効果があるわけでもない完全な『趣味』である。


――やっぱ頭おかしいんじゃないかな、コイツ。


 エルフの神秘的な雰囲気を冒涜的なほどに凌辱りょうじょくするこの姿は当然ながら一般ユーザーどころか、同族であるエルフにすら評判が悪い。

 エルフで唯一サーバーランク十位以内に入っているにも関わらず、である。

 エルフのくせに見せびらかすような高級装備で身を固めた総金歯の拝金主義者はいきんしゅぎしゃ

 それが鍋太郎というプレイヤーだった。


「こんなところで立ち話もなんだ。さっさと商談にしようや。……積もる話もあるだろうしな?」

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