魔法少女って言うな!

芒来 仁

二人の邂逅。

自殺志願者を止めるのは

 放課後の屋上から、周囲を見渡す。

『ホラ、モウ少シダ』

 頭の中に響く、俺を死に誘う言葉に導かれるまま、ここに立っていた。

 覚悟を決めれば、心は平穏を得る。こんなにも心が安らぐのは、生まれて初めてかも知れない。

 そうだ、俺に足りないのはその覚悟だったんだ。最期の一歩を踏み出し、宙を舞う覚悟。たったそれだけのものが欠けていたがために、俺は今日この日までだらだらと無駄で退屈な日々をただひたすら過ごして、いや消耗していたんだ。

 今の俺になら、その最期の一歩が踏み出せる。

『オマエハ、死ヌンダ』

 俺は、死ぬんだ。

 恐らく感じることの出来る浮遊感はほんの一瞬、あとは落下に身を任せて自分の体も操れなくなるだろう。けどそんなのは別に大した問題じゃない。俺は自分の体をただの血まみれの肉塊にすることでこの体から解き放たれ、あの世へ旅立つんだ。

 そんな高揚感に包まれながら、するりとしなやかに屋上の手すりを乗り越えた、その時。


 キィ、とドアのきしむ音。誰かが屋上に上がってきたようだ。あれはクラスメイトの女子……そう、蒔崎だ。俺が飛び降りようとしているのを見て止めに来たのか。全くもってご苦労なことだ。

『止メテモ無駄ダ』

 ――止めても無駄だよ。

 頭の中に響く音をそのまま口へ流し込み、そうひとこと言い放とうとした、その時。先手を打って、彼女が口を開いた。


「あのさ、三十分待ってくんない?」


 ……は? 意味が分からない。

「君、何を言って……」

「アンタ、飛び降りるんでしょ? 別に止めないけどさ、アタシは飛び降り自殺の目撃者になんかなりたくないし。事情聴取に引っ張って行かれたり大変そうじゃん? 三十分待ってくれたらアタシは下校しちゃうからさ、そしたらアンタは自由に飛び降りてくれて良いよ」

 ……何言ってんだこいつ。

「いや……こういう時って止めたりするもんじゃないの!? 『早まるな』とか『親が泣くぞ』とか! それを何? 自分の保身最優先!? 先生呼びに行ったりすらしないの!? 君、何考えてんの!?」

「だってさー、アンタの死ぬ意志が固かったら説得したって無駄じゃん? アタシ、そんな風に人を説得するの苦手だし。それでアンタのこと止められなかったらアタシの方が呼び出し食らいそうだしさ。だったらアンタの自由にさせてあげるのが一番かなって、アタシの見て無いとこで」

 何だこの自己中女。こめかみにピキン、と力が入る。

「何言ってんのお前!? 目の前で人が死のうとしてるのに止めたりしないの!? もしかしたらほんとは死にたくなくて止めて欲しがってるかも知れないんだぞ!?」

「何、アンタほんとは死にたくないの? 止めて欲しかったの?」

「え、お、俺は……ってそういうことじゃなくて! 自分の都合でそういう努力を一切放棄するのがおかしいっつって……ってお前どこ見てんだーー!!」

 こっちが頭に血を上らせて叫んでいるうちに、彼女の視線は俺の方から宙を巡り、校舎裏へ流れて行く。それに対してこっちがさらに絶叫しても彼女は知らんぷりだ。

「んーと……じゃ、アタシの用事は終わったから行くね。じゃ」

 軽い挨拶とともに、彼女はキィ、とドアのきしむ音を立てて校舎の中へ消えていった。


 取り残されたのは、俺一人。

「……何だったんだよ、一体……ぅほゎっ!?」

 落ち着きを取り戻した俺は、いま自分が立っている場所が――校舎の屋上、それも手すりの外側であることを思い出して慌てふためく。そういや俺、高所恐怖症だったんだよ。何で飛び降り自殺なんて思いついた? っていうか俺、何で自殺なんて考えてたんだ?

 手すりの外へ出たときとは打って変わって、ヒザをガクガクと震わせながらへっぴり腰でようやく手すりの内側へ待避する。屋上のコンクリートの床にへたり込み、胸に手を当てしばらく息を整えて、ようやく気持ちが落ち着いてきた。

 それにしても、ここ数日の記憶をいくらたどっても、俺が自殺を選ぶ原因になるようなネタに心当たりが全くない。勉強しないことで親に説教食らうのなんて日常茶飯事だし、試験の結果が悪いのだって今に始まったことじゃない。彼女がいないことにしたって…………生まれてこの方、ずっと変わらず続いているだけのこと……だ……。

「…………帰ろ」

 そうだ。これ以上ここで無い頭をひねったところで答えが出るわけじゃない。無駄に己の気持ちが凹んだだけだ。

 とぼとぼと、屋上を後にした。

 キィ。蒔崎が開けたのと変わらぬ音を立てるドアを通って。

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