ベニミツロジック
スズキさん
設定が気になったら読んでね
この世界には世界樹と呼ばれる木々がいたるところに生えている。
正確には人々がまだ小さな国を世界としていた頃、人々から世界樹と呼ばれた大樹が有った。
時代が進み世界各地に散った人間たちはその世界樹の姿によく似た木々をいたるところで発見した。
その発見を昔の人々は最初から有った世界樹こそがその木々の特別変異であり、その他の木が本来の姿であると考えた。
だが年月が進むと人は、その全ての木が地下の根でつながった巨大な一本の樹であるという事実に気づいた。
その樹は更に地中の奥深くどこまでも深くに根を伸ばし、星からエネルギーを吸い取っていた。
そしてその莫大なエネルギーをもって新たな幹を生やし、今ある幹はより高く成長を続けている。
だが、汲み上げられたエネルギー全てがこの世界樹のために使われているわけではない。
時折根を駆け巡るエネルギーが行き場をなくしたり、成長途中の若木が破壊される等の理由で、どうにも消費しきれなくなったエネルギーの波が根を食い破り地上に吹き出すことが有った。
人はその溢れたエネルギーの有用性に古くから気づいており、よく世界樹のそばで取れたことからそれを自然と世界樹の蜜と呼び蜜の湧き出るところを樹脈炉と呼んでていた。
蜜は世界樹以外の全ての動植物に活力を与え繁栄を支えた。
樹脈炉の有る地域では草花が生い茂り他の地域では見られないほどに大きく育った生き物たちが暮らしていた。
しかし蜜は単に恵だけを与えるわけではない。
蜜を長期に渡り摂取し続けると、人も動物も体の内側に蜜が溜まりやがてそれはロウのように凝固してしまう。
更にロウが体内に貯まると皮膚を突き破り体の外にまでどんどん侵食していき、やがてその生き物としての意識すらもなくなってしまう。
そうなってしまえばそれは異形の化物となにも変わらない。ただ暴れ蜜を啜るだけの物。しかも蜜のエネルギーによって身体能力は素のそれを遥かに凌駕した存在。
人々はそんな化物と渡り合う為、自分達も積極的に蜜を摂取し異形の力を得ようとしたり、様々な兵器を開発したりと暮らしを守ろうと奮闘した。
しかし野生の獣よりも弱い人間では蜜のエネルギーに体が持たず、仮に力を得てもいづれは化物に堕ちるという無駄の繰り返し。
兵器開発の面でもやはり特別有効的な手段はなく、良くて一時的な迎撃に留まった。だが着実に知識や経験は貯まり、そして人は長い年月の果てに自分たちの町を安定して守れる力を得る。
それは一人の男のもたらした奇跡だった。
その男は村で一番体がでかかった。
だから自然と村に来る害獣どもの相手をするのは男の仕事になっていた。
多くの勇敢な人々がそう選んだように、男は蜜を飲み体を鍛え延々と現れ続ける化物を狩った。
いつ訪れるかも知れない異形化という恐怖に耐えながら男は毎日一口ほどの蜜を飲んだ。
幸いすぐ化物になるということもなく、男は数年にわたり数十もの化物を狩る。
ある日いつもと同じように男が森の中で蜜を汲んでいると不意に化物の襲撃にあった。
その化物の命を取れはしたが男に付いた傷口も深く、男は己の最後を悟る。
自分が居なくなった後の故郷のことを思ったが不思議となんの感情も沸き起こりはしない。
死を覚悟した男が最後に思ったのは『今日の蜜を飲まずに死ぬのは嫌だ』この一つだけだった。
炉の脇に崩れるように座ると木の椀を取り出し、蜜をすくって口に流し込む。
知らぬうちに男は人の意識を持ったまま化物と同じ蜜を啜るだけの物になっていた。
ゴクリとその太い喉を蜜が通る。
彼はその味を楽しむ間もなくパシャリと音を立てて炉に飲まれ落ちた。
炉に落ちた男は何故か意識がはっきりと澄んでいくような気持ちよさを覚えた。
そういえば炉の底がどうなっているかなど誰も教えてくれなかった。いや誰も知らないのだろう。
深く深く体が沈んでいく間、男はそんなことを思いながら久しぶりの恐怖のない眠りについた。
夢の中でも男は戦っていた。獣の頭を砕き、鳥を射落とし、虫を潰す。
一匹化物を狩り、一杯の蜜を飲む。その一回ごとに人々は男から一歩離れていった。
倒せば倒すほど化物になる危険性が上がる。村人たちは男が怖くなったのだ。
最近村に帰ったのはいつのことか。それは最近と呼べるのか。
化物達の顔は浮かんでくるのに家族の顔はモヤがかかっている。
どれほど沈んだのかトンッと男の背中が硬いものに触れ、体が自然とクルリ下を向く。
底にあったのは……骨、骨、骨。大小様々な生物の骨が一面を埋め尽くしている。
男が殺したものもあれば知らぬものも山ほどあった。
(ああ……地獄ってのはこんなところなのか)
ぼんやりと男がそれを眺めているとどこからか声がした。
『見てみて見てみて、人が居る』
『見ずともそんなのわかってる』
『わかっていても見てみてよ』
『わかっているから見てみない』
小さな子供がじゃれあうような声だった。
「……だれか……居るのか?」
男は自然と口を開けて話しかけていた。
声が泡になってコポコポと上に登っていく。
そして今更ながら水の様な物の中にいるのに苦しさがないことに気づく。
『ねえねえねえねえ今のを聴いた?』
『音も出ないで聞くもない』
『声が出ずとも聴いたでしょ』
『おとこえ無くては聞けぬもの』
またあの声。男は周りを見渡すがやはり骨しかない。
声の出処を探してぐるぐると頭を回す男を笑うようにクスクスと小さな笑い声だけが聞こえる。
「どこにいるんだ」
『それくらいにしなよ。可愛そうだ』
先程までのとは違う声、それとともに幼子ほどの大きさの緑に光る球体が男の前に現れ、
『『はーーい』』
最初の声の二人と思われる赤と青の球体も出てきた。
『人間さん!』
『驚いた?』
青い方の球体が元気よく男の周りを横に回り、赤い方の球体が男の周りを縦にふわふわ回る。
『ごめんね、こんなところに生きた生物が入り込むことなんて珍しくてさ』
『有史上初かもね』
『初じゃないでしょ、お初なの?』
『まあ初めてかそうじゃないかなんてどうでもいい事だよ。気になるのは』
『人間さん人間さん。どうしてあなたは人のまま?』
『人のままのはずがない。きっときっと勘違い』
『勘違い?それは何を勘違い?』
『人で有ると勘違い彼は既に人でない』
きゃっきゃと笑いあう赤と青の球はお互いを追うようにぐるぐるぐるぐる回り、
『……二人共、話をややこしくするならよそでやってくれないか?』
『『はーい』』
そのまま回り続けて何処かへ消えていった。
『返事だけは良いんだから……それでなんだっけ、ああ貴方がどうして人のままそこまで力を取り込めたのかだ』
球体の光が弱まり、中にうっすら細身の人間のような影が透ける。
緑の影は男にすっと近づき両腕を広げるとくるっと反転した。
今自分の前に見えている影は前を向いているのか後ろを向いているのか男には判断がつかない。
『ここがどこだかわかっているだろう?君たち人間が世界樹と呼ぶ物の中だ』
影が広げたままだった両腕をさっとあげる。
今まで穏やかだった炉の中に水流が発生し男の体が左右に揺さぶられる。
「っ!?」
しかし男は別のことに驚きを感じた。
眼下に沈む骨の山の更に奥から、骨を喰らいながら巨大な木の根が現れたのだ。
『君の今まで行ってきた行為はわかっているよ。でも君の中の力と得られるはずの力の量が合わない』
緑の影は平然とその根の先に乗り話を続ける。
『どうして漏れた力よりも君の力が大きいのかがわかれば、今まで私たちが考えていた「人は生き物の中でもあまり強くない」という思いを改めるきっかけになるかもしれないね』
男には影の言う話が全く理解できていなかった。
男は今まで何かを考えながら特別なことをして生きてきたつもりはない。
『人が漏れたエネルギーを回収し高めてくれるなら、私たちの力を貸しても構わない』
何を言っているか理解できず黙ったままの男を放置し影は饒舌に語る。
『おっと勘違いしないでくれよ?人の為にではなく世界樹という一つのためだ。私は嘘は嫌いだ、だから先に言っておく』
『でも外で動くには体がいるか』
「……さっきから何を言ってるんだ」
男が気圧されながら必死に声を搾り出す。
『わからないかい?君のおかげで私たちは人間に興味を持ったということだよ』
とぼけた風もなく自然とそう言うと影は骨に向かって手を振った。
『つっくろつっくろキンコンカン』
『こっわせこっわせギンゴンガン』
赤と青の球が骨を前に楽しく歌っている。
赤の方の声で骨が浮かび、青の方の声で浮かんだ骨が削れていく。
削れた骨がまた赤の声で重なりあい、青の声で更に削れていく。
それを何度も何度も繰り返し最終的に獣のほねで作られた人形が出来上がった。
ただしそれは、人の中で大柄な男よりもふた回り以上も大きなものだった。
『『できたー』』
『獣の骨で守られれば人でも心を保ったまま力を集められるだろう?』
影が人形の腹のあたりをさする。
『でもでもこれではただの木偶?』
『木偶でないよころもだよ』
『ころもは着ると動けるわ』
『ならなら僕らが動こうよ』
『そう。私たちがこれを動かす力を貸してあげる。だから君は人に力を集めさせておくれ』
影がまたすっと手を動かし、木の根が男を人形と影の方へ押す。
影が人形の中に入っていく。その体の半分は人形の中に、もう半分の方にある手が男の手を掴んだ。
それはとても冷たく、なめらかな感触だった。
『じゃあ行こうか』
人形の口からゴボゴボと泡が吐き出され、ゆっくりと浮かんでいった。
これと時を同じく世界各地で世界樹から不思議な歌が聞こえ、どこからか大きな人を模した人形が次々に現れた。
その人形たちは自分勝手に動き回り、地域に住む一番の狩人を選び唯一の友とした。狩人達が言うには人形はたまに不思議な声を出し様々な知恵を与えてくれるのだと。
彼らは何故か人以外の生き物を嫌い、特に蜜に汚染された獣たちには容赦をしなかった。そして人形の勝手な活躍により化物による被害は一気に減り、人々は初めて暮らしに落ち着きを得た。
人は自然とその人形を受け入れ、この人が入ることのできる人形をヨロイ、ヨロイを操る声を世界樹の精霊様と呼んだ。
それから月日は流れ、化物の被害も一つの村で年に数件となると精霊たちも徐々に声を消し、代わりに感情を持たない自分達の分身とその器となる新たなヨロイを作り上げた。
機能が弱められ言葉も発することのできないそれらは人に擬似精霊と名付けられた、力の弱いこの精霊とヨロイたちは同じく力を持たない人々にも広く親しまれるものとなった。
そこから更に時間は進み今では戦闘以外にも農作業や建築、物資運搬などにヨロイが活用されるようになっていた。だが人はヨロイがどこかで作られているのか、ヨロイはどうやって動いているのか、そんな大事なことを忘れ去り、男と始まりの精霊の物語は小さな村のおとぎ話としてのみ伝えられている。
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