彼女に捧げる鎮魂歌 -Double Cross Hommage-
宮城 由貴
Prologue
始まりは決まって
鼻から入り込み、肺まで押し込んでくる
だが、それはもっと湿り気を帯びた、ぬめるような感触で嗅覚神経を刺激する。
血の臭いだ。
むせかえるその臭いを触媒にして、立ち尽くす悠の足下から、得体の知れないモノが無数に浮かび上がってくる。
それは腕であり、脚であり、内臓を無惨にはみ出させた胴であり、──胴から離れた頭、だった。
かつて人間の
だが、そこには明らかに人ではないなにかも混ざっていた。
鱗や獣毛の生えた、鋭い爪を持つ腕。
ヒトにはあり得ない太さの筋肉をまといながら、やはりヒトでなければあり得ない関節を持つ脚。
狼のような長い
彼我の境界も定かではなくなった
ぎこちなく足下に視線を落とす。制服姿の少女が、異形のモノたちに囲まれて静かに横たわっていた。
膝の力が抜けた。後頭部に激しく痺れる感覚がある。少女のそばに手をついて
悠から視線を外し、あらぬかたを
「
悠は少女の名を呼んだ。むろん、こたえはない。吐息をもらすように小さく開いた薄桃色の唇から、ひとすじの赤い血が流れ落ちている。
リップクリームやファンデーションすら嫌って使おうとしなかった彼女の、それが最初で最後の化粧だった。
その血を
その手もべっとりと血に染まっていた。
ああ、そうだ。
悠は唐突に理解した。
ぼくが睦生をこんな姿にしたんだ。
ぼくが睦生を引き裂いて、ばらばらにしたんだ。
ぼくが睦生を殺したんだ。
周りにたくさん転がっている、あのケモノやニンゲンたちのように。
ぜんぶぼくがやったんだ。あれも。あれも。あの死体も全部。
呆然と見つめる視線の先で、悠の右腕が変貌しようとしていた。みしみしと音を立て、一息の間に硬質化し、筋肉が膨張して太さを増し、凶悪な爪が伸びる。
「やめろ……」
やめろ。やめてくれ。
右腕は言うことを聞かない。眼前の睦生を粉々に打ち砕いてしまえば、この絶望から逃れられるとでもいうように。
やめろ。やめろ。たのむからやめてくれ。
やめろ。やめろ。やめろやめろやめろやめろやめろやめ
右腕が振り下ろされた。
「────っ!!」
* * *
目覚めると、そこはいつもの寝室だった。
カーテンの
悠はのろのろとベッドから身を起こした。右腕を持ち上げ、朝日にかざす。なんの変哲もない、見慣れた右腕がそこにあった。
大きく息をついて、悠は下ろした右腕で膝を抱え込んだ。
涙は出なかった。それはいつものことだ。
ただ、
だけど、これでいい。
この夢を見続ける限り、あんなちからは絶対に使おうとは思わない。自分の命が尽きるまで、このちからを封じておくことができる。だから、これでいい。
ひとつ頭を振って、悠は立ち上がった。つけ放しにしていたナイトスタンドを消し、ベッド以外の調度がほとんどない、殺風景な寝室を出る。
今日も一日が始まる。
昨日と同じ、そして明日も同じであろう、なにもない一日が。
──To be continued ; First Contact phase#1
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます