家賃代わりの名推理

シャル青井

【調査依頼権】事件帳

第1の事件 UFOの、UFOによる、UFOのための殺人

事件:犯人はUFOですよ

 賽円山さいえんやま公園。

 M県Z市の北部、市境あたりにある公園である。

 遊具の一つもない、ただの山中の雑木林の中にある空き地を公園と名づけているだけの殺風景な場所だが、それでも、ここは知る人ぞ知る名所でもあった。

 三年前の宇宙人の目撃情報。

 もともとそんなに大きく話題になったわけでもなかったし、今となっては覚えている人も少なくなったが、それでも『そちら側』の人々にとっては、ここはある種の聖域であったのだ。

 今夜、そこに立って空を見上げている老人、宇野忠哉うのちゅうやもまた、そんな『そちら側』の人間であった。

 それまでの宇野を取り巻いていたのは、仕事を退職してから家族にも疎まれ、なにもやる気の起きない日々。

 そんな時に、宇宙と出会い、宇宙の無限の可能性を追求する人々と出会ったのだ。

 しかし最初は、彼らの活動は子供の遊びだと思った。

 自分を揺り動かすような大きな理念を掲げているにも関わらず、彼らの振る舞いはそれにまったくふさわしくなかったのだ。

 宇野にはそれが許せなかった。

『これほどの可能性があるのに、なぜ笑ってぼんやりと空を眺めているだけで満足しているのだ』

 そう決意してからというもの、宇野は組織に改革に取り組んだ。

 それを徹底し、自分の言葉と行動を裏付けるために、ありったけの資金援助も行った。

 こうしてアマチュア精神丸出しのUFO同好会を、正規の調査団顔負けのチームに作り替えたのである。

 大型の各種探知機に、UFO発見時の資材運搬回収用の機械に、各種研究や移動のための費用。

 どれも宇野が資金を出し、宇野がコネを使い、この活動のために揃えた環境である。

 その活動を通し、宇野はこの歳にして最高に人生が充実していた。

 だがそれでも、不満はまだまだ多い。

 観測活動にしてもそうだ。

「まったくだらしがない。そんな根性でUFOが見つけられるものか……」

 ひとり夜空を見上げながら、宇野はぶつぶつと愚痴を漏らす。

 本来なら今日にしても、ちゃんとした装置を用意し、正確な測定を行うはずだったのだ。

 だが、会の他のメンバーは自分たちの都合を優先し、まともに観測をする気も見せない。

 今日ここにいるのは自分一人だけなのだ。

 これでは自分が何のために資金を出したのかもわからないではないか。

 連中はこのUFO調査を天体観測ごっこかなにかと勘違いしているのだ。

 もう少し手綱を締めねばなるまい。

 あらためてそのことを決意する。

 その時だ。

 不意に、ポケットにしまってあった小型の探知機が震えだした。

 これも会のメンバーである研究者に作らせた装置で、特殊な電磁波などを感知すると振動する仕組みになっている。また、万が一UFOに誘拐された時に位置情報などがわかるよう、GPSも搭載している。

 これが振動するということは、なにかしらの動きがあったということである。

「ほらみろ! やはり努力は報われるのだ!」

 探知機を手に取り、宇野はあらためて空を見上げる。

 遠くに、星とも飛行機とも違う点滅する光が見える。

「おお、おおっ……!」

 なんとかしてそれを確認しようと背を伸ばし、目を凝らす。

 すると、その空からなにかが迫ってきているのが目に入った。

「えっ?」

 それは質量を持ち、自分をめがけて一直線に落ちてきている。

 宇野忠哉がその自らに迫る危機に気が付いた時には、既にそれは彼を打ち付ける直前であった。



「……ねえランサ、あなた、宇宙人って信じる?」

 時間は夜の十時。

 ベランダで夜空を見ていた少女は慌て込んで部屋に戻ってくると、中で雑誌を読んでいる探偵にそう尋ねた。

「……相変わらず唐突ですね。どうしたんです、一体?」

「いまね、北の空に奇妙な光が飛んでいたのよ。……あの動き、どう見てもあれは地球の飛行機なんかじゃない……、となれば、外宇宙からの侵略者が乗ったUFOに間違いないわ。地球は狙われているのよ!」

 少女は大真面目な顔で言ったが、ランサと呼ばれた探偵は小さく肩をすくめただけで、聞く耳持たずに本を読み続けている。

「聞いてるの? ランサ!」

「聞いてますよ。宇宙人、ですか……、でもまあきっと、そうなったら地球防衛隊とか遠い星から来た巨大ヒーローみたいな、怪獣退治の専門家が助けてくれますよ……」

 いかにも投げやりな探偵の返答。当然、そのやる気のない態度に少女は怒りを露わにする。

「ちょっと、なによランサ、あなた、その歳にもなって地球防衛隊や巨大ヒーローなんか信じてるの?子供向けのSF番組じゃあるまいし、そんな都合のいい存在があるわけ無いじゃない。地球は私たちの手で守っていくかなければならないのよ!」

 少女は宇宙人を信じてはいても、その対抗手段はまったく信じる気はないらしい。

 意見を徹底的に否定された探偵はただただ苦笑する。

 もちろん、そんな探偵の苦笑いなど気に留めた様子もなく、少女は話を続けている。

「いいこと? 宇宙人達はまず手始めに、この街を占領するつもりだわ。いえ、もしかしたらこの瞬間にはもうすでに市民に混じって活動しているかも知れない……。さあランサ、出動よ! この街の、いいえ、世界の平和を守らないと!!」

 一人で勝手に盛り上がったあげくに探偵をけしかける少女。

 もっとも、当の探偵自身はまったく聞く耳持たず、足を投げ出したまま相変わらずつまらなさげに雑誌を読んでいるのだが。

「まあ、百万歩譲って宇宙人がいたとして、それがわざわざこんな街に来ますかねぇ……」

 雑誌に視線をやったまま顔も上げず、さももっともらしい意見を口にするばかりの探偵。それに対し、少女はとうとう堪忍袋の緒を切らし、つかつかと彼の元へと歩み寄った。

「なによ、こんなオカルト雑誌を読んでるくせに、宇宙人には興味ないの!?」

 少女は探偵から雑誌を取り上げる。

 少女がごちるのも無理はない。探偵がさきほどまで読んでいた雑誌は、その手のオカルトマニア御用達の雑誌なのである。

 今月号の巻頭をかざっているのは【超解明!キリストはやはり宇宙人だった!!?】という記事で、この罰当たりかつ突拍子もない特集から、雑誌の方向性やスタンスがわかるというものだ。

「ネタはネタ、ジョークはジョークとして楽しむ物です。それに私、宇宙人よりも転生モノの方が好きですから。実は、私の前世は誇り高き騎士団長だったんですよ?」

 探偵はようやく少女に視線を向けて、わざとらしいほどの真顔でそう言ってのけた。

「ふん、なーにが誇り高き騎士よ。覇気も威厳も全然ないくせに。……まったく、どうなっても知らないわよ……」

 調査に動くどころか椅子から立ち上がる素振りすら見せない探偵の様子に、少女は呆れ返ってため息をつく。

「それよりそろそろ帰ったらどうです? もう十時ですよ」

「帰るって言っても階段降りたらすぐじゃない」

「ケジメは大切です。それに私も眠い」

 そう言って、探偵は大きくあくびをしてみせる。

 少女はそれを見て、呆れたようにため息を付いた。

「じゃあいいわ。今月の【調】、ここで使わせてもらうわ」

【調査依頼権】。

 その言葉を聞き、ランサは頭を掻き、諦めの表情で立ち上がった。

「……わかりましたよ、お伴します。それにこの時間に女子高生が一人で出歩いていたら、それこそ問題になりますしね」

「お気遣いどうも。じゃあ行くわよ。宇宙人にこの街を渡したりなんかしないんだから!」

「はいはい……」

 勇ましく飛び出していく少女の後を、探偵はゆっくりと続いていった。


 M県Z市。

 人口三十万弱の、極々普通の地方都市である。

 かつては港町として栄えたといわれているものの、十五世紀という遠い昔に起こったの地震で港は崩壊したといわれ、それ以降はまさにありきたりな地方の一都市となっていた。

 現在の主な産業は主に造船方面を中心とした重工業で、全国的に見てもそれなりのシェアを占めているというが、認識としては街外れの港の方に行けば工場があるという程度で、市民にその実感はほとんどない。

 そんなZ市の駅裏のマンションに居を構える、一つの探偵事務所がある。

『ランサ探偵事務所』

 杉高すぎたかランサという人物が所長を務める、自称・極々平凡で小さな探偵事務所で、主な業務内容として掲げられているのは不倫調査と素行調査、あとはせいぜい家出人の捜索ぐらいとなっている。

「しかし、宇宙人調査は探偵の仕事の範疇なのかねえ……」

 その探偵、杉高ランサは、事務所にかかった看板を一瞥し、玄関に鍵をかけながらそうぼやく。

 杉高ランサ、探偵、二十九歳、独身。

 ランサという一風変わった名前であるが、正真正銘の本名であり、漢字で書くと『蘭三』となる。

 名前の由来は、祖父の名がらんで、父の名が蘭二らんじ、その息子だから蘭三らんさという、至極単純なものであった。

 本人はその響きは好きだったが、あまりにも安易すぎる由来と、なにより『蘭』の漢字を書くのが面倒だという理由で、字面としてはあまり気に入ってはいない。そのため、よっぽど公式の文書でない限りカタカナで『ランサ』と書くようにしていたし、彼の名刺や事務所の名前も、カタカナで『杉高ランサ』と表記されているのである。

「なにやってるのよランサ、遅いわよ!」

 先をゆく少女がそう言って探偵を呼び立てる。

 この少女は民辻たみつじユリナ。市内にある私立T高校に通う一五歳の高校一年生。

 ランサの実質的な同居人であり、自称、ランサの探偵助手兼一番弟子という事になっている。

 実質的な、というのは、本来ユリナの住居はこのマンションの一階にある管理人室なのだが、登校中と睡眠時間以外はほとんどこちらの部屋、つまりランサの事務所に入り浸っており、ランサに対してちょっかいをかけるのが日課だからである。

 ちなみにユリナもカタカナで名乗っているが、これも彼女が勝手にランサに倣ったもので、本来の漢字は百合奈である。

「宇宙人だって眠いでしょうし時差ボケもあるでしょうから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

「時差ボケって……相変わらず呑気ね」

 頬を膨らませて不満を述べる少女に、ランサはやる気のない表情で苦笑する。

 少女とランサの関係の始まりは、今から十年前にさかのぼる。

 ランサがまだ大学生だった頃、偶然ある事件に巻き込まれてしまい、その過程で、この少女、民辻ユリナを助け出す格好となったのである。

 その事件がきっかけで、杉高ランサは現在の探偵への道を歩み出すことになったのであるが、それと同時に、この、民辻ユリナがランサの人生に顔を出す原因ともなった。

 とはいえ、しばらくはランサとユリナの関係は休眠状態になる。ランサは当時はまだ学生であったし、ユリナも幼く、普通に両親の側にいたので、彼らの接点はなくなったのだ。

 事態が変動したのは大学卒業の後、五年ほど他の探偵の助手としての修行期間を終え、自らの探偵事務所を構えようとした時である。

 物件探しで現在の事務所を無料で提供してくれたのが、このマンションの管理人のであるユリナの両親だった。そしてその時に、ランサは約七年ぶりに自分が助けた少女とも再会することとなった。

 ユリナの両親は当然ながら娘の命の恩人であるランサに感謝の念を強く抱いており、なにかとランサに対して気を回してくれて家族同然のつきあいをしてくれたし、助け出されたユリナ自身に至っては、その憬れは計り知れないものであったのもまた当然であろう。

 そうして、ランサの探偵生活は、ユリナの両親、つまり民辻家の管理するこのマンションの中の事務所で始まり、今に至るのである。

「で、どこに向かいます。具体的な場所の当てなんかはあるんですか?」

 愛車であるミニバンにエンジンをかけながら、ランサは助手席の少女にそう尋ねる。

「もちろん、北の賽円山公園よ」

「はあ、それはまたなぜです」

 ランサもその公園は知っている。北の山の奥、市境付近にある公園とは名ばかりの空き地だ。昼間でもほとんど人気がなく、ほとんどの市民から忘れられた場所である。

「あそこはUFO目撃情報の実績もあるホットスポットだからね。常識よ、常識」

「そうなんですか」

 こういう時、ランサは素直にユリナの意見を聞くことが多い。

 この好奇心の塊のような少女は、普段の態度や言動は無茶苦茶でも、間違った情報を流すことをよしとはしないのだ。

 それがユリナの自称探偵助手としての矜持なのだろうとランサは思っていたし、その点に関してだけは、ランサは彼女を信頼さえもしていた。

「三年くらい前に、宇宙人が出たという目撃情報があったのよ。まあ、その時は見間違いってことですぐに沈静化したんだけど」

「なるほど……。三年前となると私はこの街にいませんでしたからね」

 見間違いであるというのはおそらく正解だろう。

 ランサは基本的には宇宙人といった存在を信じていないし、もしその宇宙人が事実ならもっと大騒ぎになっているはずだ。それこそ、この街にいなかった自分でも知っているほどの。

 しかし、それと同時に、見間違いを引き起こすようななにかがある可能性は否定してはいない。

 それならば探偵の出番というわけだ。

 もちろんそれによって収益など上がらないし、なにも得られるものはないだろう。

 しかし、それでもランサはそういう調査をしたいと思っているのだ。

 探偵をするからには、不倫調査と素行調査だけでは面白く無い。

 だからこそ、ランサはユリナの強引な行動に不満を口にしながらも従い続けているのだ。

「でもよかったんですか? こんなところで今月の【調査依頼権】を使ってしまって」

 車を走らせながら、ランサはさり気なくそう尋ねる。

【調査依頼権】とは。

 ランサがあのマンションに事務所を構えてから、ユリナたち民辻家にせめてもの家賃代わりにと提案した条件である。

 そんな条件なしでも民辻家の依頼なら無条件無報酬で受けるつもりではあったのだが、一応の一線を引いておくという話になり、こういう形となったのである。

 もっとも、一般家庭が一般的な生活を送っている限り、そうそう探偵のお世話になることなどない。

 それに民辻家は既に探偵との接触を持つことになってしまっているのだ。

 これ以上、波乱はあってほしくない。

 しかし、それをぶち壊すのが一家の一人娘であり、ランサを探偵の道へと向かわせることになった、隣にいる少女である。

 ユリナはその【調査依頼権】を徹底的に利用し、ランサの事件に首を突っ込んだり自分の興味あることにランサを巻き込んだりし続けているのである。

 だが、さらに重要な点は、この少女の持ってくる事件はよく大事になってしまうことだ。概ね、三回に一回は『刺激的な事件』に遭遇することになる。

 ランサはそれを思い知っており、ユリナを守らねばという責任感と、とんでもない事件に出会えるという好奇心が、背中を後押しするのである。


 賽円山公園の駐車場ということになっている草地には、意外にも先客の車があった。

 森林に囲まれ外灯もない駐車場はほぼ闇の中のため、ランサの車のヘッドライトの光だけではハッキリとしたことはわからないが、それは白いバンのようである。

 中に人の気配はなく、どうやら公園の方に出て行っているらしい。これが放置車両でなければの話だが。

「やっぱりあの光を見た人がいたのよ」

「物好きは我々だけではないということですか……」

 ランサは呆れながら、先ゆくユリナの後に続く。

 鬱蒼とした雑木林の中にある道は暗く、公園と謳っているもののロクに整地もされていないため、こう暗いと足元を照らしながら出なければまともに進めない。

 ランサも先行したユリナも、草をかき分けながら進むのが精一杯である。

 だが空き地が見えた時、ユリナはそこで立ち止まる。

「ねえ見て、ランサ、あれ……」

 指差すの先の空き地の中央に、大きな横たわる物陰が一つ。

 ライトを向けると、それが倒れた人であることがわかる。

「大丈夫ですか!?」

 確認するが早いか、ランサは茂みを飛び出してその倒れた人物に駆け寄るが、すぐにその足は止まった。

 そして、後を追ってきたユリナを手で制すと、ゆっくりと声を押し殺して指示を出す。

「お嬢様はそこで……。ひとまず、救急と警察に連絡してください……」

 ランサの目の前にあったのは、一人の老人の死体だった。

 暗いのでハッキリとしたことはわからないが、おそらく致命傷は頭部から出血。凶器は……この脇に落ちている大きな石だろうか。

 そちらにライトを向けると、そこにもべっとりと赤い血が付着しているのが確認できた。間違いないだろう。

「まったく、お嬢様の事件はすぐに大事になるな……」

 周囲の様子を確認しながら、ランサは感情もなくぼんやりとそうつぶやいた。


 通報からすぐに警察隊が駆けつけ、深夜にもかかわらず賽円山公園はここ数年でも最も騒がしくなっていた。

「こんな公園にこんなに人が集まるのは、開園以来初めてでは」

「さあどうだか。まあ、前にも宇宙人騒ぎとかあったわけだしね」

 せわしなく行き交う警察官たちを脇目に見ながら、ランサとユリナはぼんやりと空き地の隅に立ち尽くしていた。

 第一発見者ということでいくらか疑いの目は向けられたものの、警察側も既にこの探偵と助手のことは認識しており、どちらかというと『またあいつらか』という視線のほうが痛い。

「まったく、お前たちはすぐに事件に巻き込まれるな」

 まさにそんな警察側の気持ちを代弁するかのように探偵たちに話しかけたのは、ガッチリとした体格の、くたびれたスーツ姿の男性だった。

 その男性に特異な点があるとすれば、右の袖が質量なく風になびいていることだろう。

 ランサはその声の主を確認すると、呆れたような声を返した。

「そうは言いますが、私だってなにも好き好んでいつも巻き込まれているわけではないですよ」

「そうよ原田さん。今回だって完全に偶然だし」

「あー、わかったわかった。いいから捜査の邪魔にならないようにおとなしくしてろ」

 男の名は原田蓮次郎はらだれんじろう

 今年で四十二歳になるM県警地域課特別係所属の警察官で、十年前のユリナの事件の際、ランサたちの力となった刑事だ。

 元々は県下でも名の知れた敏腕刑事であったが、その十年前の事件で右腕を失ってしまい、それ以来閑職について長い余生のような人生を過ごしているのである。

 その怪我については『右腕だけですんだのは奇跡』との診断が当時の医者の見識であり、本来なら死んでいてもおかしくない程だったという。それゆえにか、彼は事件の後しばらくしてから刑事課からの転属願いを出し、敏腕も見る影無いほどの抜け殻となって現在に至っている。転属後しばらくは当然『死を見て彼は臆病になってしまった』との風聞が彼に付きまとったが、誰より原田自身が自らの臆病ぶりを嘆いていたために、次第に誰もその事には触れなくなっていき、原田蓮次郎という敏腕刑事は歴史の中に埋没していった。

「そもそも、先生こそもう刑事でもないのに、なんで現場に来るんですか?」

「そりゃ、俺が元刑事だからだよ。現場で折り合いをつけるにも、橋渡し役がいたほうがいいに決まってる」

 元刑事、と名乗った通り、原田はもう刑事ではない。

 なにか事件があった際にはこうして所轄側の現場保存の指揮を執ったりしているが、あくまで裏方。事件の捜査には加わらない。

 それが今の原田蓮次郎の立ち位置なのだ。

「俺としてはお前らがこうやっていつもいつも事件現場にいるほうがよっぽど不思議だ。それにランサよ。こんな時間までユリナちゃんを連れ回すのは関心しないな」

「その点はご心配なく原田さん。今回ランサを連れ出したのは私の方ですから」

 割って入ってユリナがそう自己主張する。

 ユリナにとって原田はランサと同じく恩人であり、だからこそ遠慮せずに話をするように心がけているのだろう。

 ユリナのそういった心情は、ランサから見ても明らかであったし、おそらく原田だってそれを察している

「今回も、だろうが……。まったく、若い娘なんだから少しは色々と自覚した方がいいぞ。おっさんからの忠告だ」

「ご親切にどうも。でも私、名探偵の助手ですから」

 名探偵の助手、という言葉を使って原田の言葉に反発するユリナを見て、ランサは苦笑いするしかない。名探偵とは誰なのか。

 しかもこの手のやり取りは、原田とユリナが顔を合わせるとたいていの現場で繰り返されるものでもあるのだ。

 しかしそう笑ってばかりもいられない。

 なにしろ目の前に事件が、死体がある。

 一応は第一発見者で容疑者の片隅に名が連なっている以上、事件が早急に解決されることを考えねばなるまい。

「それで、今回の事件はいったいどうなってるんです?」

「お前さんたちも見た通り、爺さんが岩で撲殺されたんだが、どうにも妙でな。まあ、詳しいことは日が昇って明るくなってからになるとは思うが、見たところ争った形跡がない。そしてもちろん犯人の姿もない。じゃあこれはなんだって話だな」

「自殺?」

 ユリナの言葉も一理はある。

 争うこともなく、凶器もそのままで倒れていたら、自殺と考えても不自然はない。

 こんな場所で、狂気が岩などではなければの話だが。

 それにもう一点、この岩がどこから来たかだ。

 もちろん、勝手な推理をすればいいランサと違い、原田の方はあらゆる可能性を鑑みなければならないのだろう。その発言はあくまで慎重だ。

「なにしろこの状況だからな、可能性には入ってくるだろう。まあ、不自然さは満載だが、リソースは割かざるを得ないわけだ。で、ランサよ。お前の見立てはどうだ? もう真犯人もわかったりしてるんじゃないのか?」

 原田のからかうような言葉に対し、ランサは特にこれといった感情を見せることなく、ただ平然と結論を口にする。

「ああ、それなら多分、犯人はUFOですよ」

 それが、この探偵の導き出した解だった。

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