パパさんたちは、心配性

 両手をぐるぐるに縛られた狛谷十石は、キャラバンの面々に囲まれるようにして座り込んでいる。

 彼の持ってきた妖刀はルーミアの後ろに雑に投げ捨てられていて、鉈と鍬も同じように積み重ねられている。ルーミアの血で濡れている妖刀は、なにか禍々しい雰囲気を発していて、キャラバンの面々はそれから目を離すように、十石の方を向いていた。

 十石はといえば、自分を見下ろしているキャラバンの面々に対して、首をせわしく動かしながら睨み続けている。

 今にも食いかかってきそうで、誰も彼も、近づくことができない。

「それで」

 ただ一人。ルーミアを除いて。

 この程度の威嚇は、彼女にとっては、威嚇にすらならない。

「娘がいなくなったって、どういうこと?」

 十石は舌打ちをしてから、ルーミアを顔の上半分を覆う紙越しに睨んだ。

「しらばっくれるな。お前たちが柴をさらったのだろう。化物め!」

「はぁ……めんどくさいわね」

 ルーミアは眉間を強く押すと、十石の目を隠していた紙をどかした。両手をぐるぐるに縛っているから、抵抗することもできない。

 ルーミアは赫々とした眼で十石の目を睨んだ。

「教えなさい。狛谷柴が帰ってこないってどういうこと?」

「昨日。そこにいる犬に連れ出された娘が、帰ってきていないのです」

「確か、家に帰ったはずだけれど」

 ルーミアはキャラバンの面々に視線を向ける。現場を目撃していたメンバーは頷く。

「な、なんでお前ら、狛谷が帰ったのを見てるんだよ……まさか!」

 少しだけ元気になったロッヅが、震える指で頷いたメンバーを指した。

 メンバーはさっと顔をそらした。

「確かに、家に帰る道を歩いた記録はあります。しかし、途中から記録がなくなったのです」

「記録?」

「これです」

 十石は握っていた手を開いた。人の形に切られた紙が風に乗ってルーミアたちの前に現れる。それは式札と呼ばれるものだった。

「娘が家を出ると、それが自動的に彼女の体に引っ付くように設定してあります。これがある限り、娘がいつ家をでたのか、どこにいるのかもすぐ分かります。つまり、GPSをつけているようなものです」

「娘には?」

「内緒です」

「うわぁ……」

 パパ、さいてー。げんめつー。みたいな声をあげたのはエマである。狛谷柴と歳が近い女の子である彼女の表情はゴミ虫ストーカーを見ているかのように歪んでいた。

「分かります……」

 対して、一つ目の団長は涙を流しながら、十石に迫っていた。悲しみの涙ではなく、感動の涙であることは、その表情から明らかだ。ぐるぐるに縛られた両手を掴んで、ぶんぶん振る。

 魅了チャームの効果は、ルーミア本人にしかない。ルーミアの言うことはなんでも聞く木偶となるが、それ以外には普通に対応する。とはいえ、いきなりシルクハットを被った一つ目の化物に両手を掴まれて、同意を得た。という不思議な状況では、正しい反応もなにもできないだろう。

 狼狽する十石に、一つ目の団長は構わず話しかける。

「彼女たちも年頃。『どこに行ってたんだ』とか『なにをしているんだ』と尋ねても、『私の勝手でしょう。制御して監視しようとしないでよ面倒くさい』とつっぱねられてしまう。違うんだ。制御しようとも監視しようともしているわけじゃあない。ただ、心配なんですよ……」

「そうだ。俺たちは心配なんだ!」

 通じ合った。

 分かりますか。と一つ目の団長が涙を流し、十石は同意の頷きを何度もする。

 年頃の娘エマ・サヘルの表情はさらに曇る。

 彼女の肩を、クロクが憐れむようにぽん。と叩く。

「ああいうの、面倒くさいなあ。と思うけど、もう少し歳を取ると、それも愛情だったんだな。と感謝できるようになるから、感謝しな」

「感謝したことある?」

「俺男だから、まずそんなこと聞かれなかった」

「男に生まれたかった……」

 項垂れるエマを前に、心配性なお父さんたちは「それで、これって私でも使えたりしますか?」「浄化の作用はないから、奇っ怪なるものでも使うことはできる。何個ぐらい必要だ?」「分けてくれるんですか?」「もちろんだ。同じ悩みを抱えるもの同士、手を組んでいこう」「ありがとうございます」とかなんとか話して、なんだか仲良くなっていた。

「魅了をする必要なかったかもしれないわね」

 ルーミアは手に持っている紙を放り捨てた。


***


「記録がなくなったのは十一時二十三分だ」

 十石と一つ目の団長の間で取引が行われた後、十石はそう切りだした。

「その時刻に、柴につけていた式札が破壊された。こんな風にな」

 十石は懐からなにかを取りだそうとして、自分の手が縛られているのだということに気がついた。

 縛られた両手を、自分の顔の前にあげる。

「外してくれないか」

「人の首に日本刀を突き刺してくるようなやつを自由にすると思う?」

 ルーミアが睨みながら言うと、魅了状態にある十石に選択権はなくなる。

 十石は悩む素振りをみせてから、一つ目の団長の方に視線を向ける。

「懐に紙片がある。それをとってくれないか。えっと……」

「私のことは、一つ目。でいいですよ」

「一つ目……一つ目小僧か? しかし、小僧。という見た目でもない。なら、一つ目入道か?」

「いえ。私は見上げ入道です」

 言って。一つ目の団長は、息を吸って、少しだけ大きくなって見せた。

 ここにいる誰よりも大きく。誰もが見上げる大きさに。

 十石は見上げながら、驚いたような表情をする。

「なるほど。見上げ入道か。しかし、見上げ入道は首が長いんじゃあなかったか?」

「博識ね」

「ありがとうございます」

「見上げ入道でも、色々な姿が噂されている。という話ですよ。私の見た目は、青坊主に似ているようですよ」

「青坊主? しかし……」

 十石は一つ目の団長の頭を見て、口を噤んだ。

 青坊主には、髪がある。

 耳の上にだけだけど、ちょっとばかしある。

 しかし、一つ目の団長の頭には……。

 だが、誰もさすがにそれを言及したりはしなかった。

「それで、えっと。懐にある式札。でしたっけ」

 一つ目の団長は口から息を吐いて小さくなりながら、十石の懐から紙片を取り出した。

「これですか?」

「そうだ」

 取り出された式札は、ビリビリに破かれていた。

 元は人の形をしていたらしいのだが、今となっては、その頭の部分――丸く切られた紙の部分しか残っておらず、その切り口は、ハサミやカッターのような刃物で切った。というよりは、もっと、力任せにビリビリに破いたような。

「……獣の爪。かしら」

「お前たち吸血鬼の爪は鋭いからなあ。獣みたく」

 ルーミアが呟くと、十石は顔を彼女の方に向けないようにしながら、そう言った。

「だから、私だと思ったと?」

「お前以外に誰がいると。それとも、最近柴の周りをうろちょろしていた子か?」

「知ってたの」

「もちろん。式札から見ていた。狼男だろう」

「うわぁ」

「それはさすがの私も引く……」

「親だからってやって良いことと悪いことの違いも分からねえのかよ……」

「お前らも見てただろうが! 柴も気づいてたからな!」

 十石が喚き、あの日、デートの日、後ろからついてきていた面々(一つ目の団長、クロク、エマ、カラ)はさっと顔をそらした。

「あの子、気づいていたんですねぇ」

「女子って、そういう視線にも敏感なんだな」

「もしくはあのバカが鈍感なだけなのか」

「前者であってほしいけど、ロッヅだしねー」

 一つ目の団長、クロク、エマ、カラ。の順番である。

 全員、苦笑している。前者か後者かと聞かれたら、後者だと分かっているような、そんな表情だ。

「そういえば、ロッヅは?」

 この騒ぎで、フリークショーの中で一番騒ぎそうなロッヅが静かなことに気づいたエマは、ロッヅがさっきまで座っていた隅の方を見た。

 ロッヅの姿がなかった。

 エマは慌てて、キャラバンのドアを確認する。

 ドアは開かれていた。夜風に吹かれて、きい、きい。と音をたてている。

「あいつ、まさか……!」

「ああ。ロッヅだったら、さっき慌てて出て行ったよ」

 不楽がなんでもない風に言った。エマは勢いよく振り向いて、しかし、苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 不楽に気配りができるとは誰も思っていない。

「止めた方がよかった?」

 首を傾げる。エマは忌々しげに不楽を睨んでから、ルーミアの方を見た。

 ルーミアはその視線に自分の眼を合わせないようにしながら、手のひらをひらひらと振る。

「私は不楽の保護者じゃあないわ。彼への文句は、彼に言ってもらえる?」

「ったく……団長、ロッヅがいつの間にか柴ちゃんを探しに出てる」

「え?」

 一つ目の団長はその大きな目を見開いた。

「ど、どうやって。まだ彼女がどこにいるか。そもそも何に攫われたのかすら分かっていないのに!」

「落ち着きなさい。ロッヅなら、見つけられるでしょ」

 慌てる一つ目の団長をたしなめるように、ルーミアは言った。

「ですが……見つけられる?」

「そう。見つけられる。そりゃあ、あの子は、好きな子がピンチだと分かった途端、すぐに、あてもなく動きだすような、軽率でお馬鹿で、アホな子だけれども――」

 ルーミアは己の鼻を指さした。

「――鼻は、すごく利くでしょう。現に、前にロッヅは、この街のたくさんの人の中から、狛谷柴の匂いを嗅ぎ分けて、見つけている」

 だから、問題があるとすれば、その後ね。とルーミアは言う。

「その後。ですか……?」

「狛谷柴を見つけた後。その式札の様子や、一緒にいたはずの『家まで送り届ける妖怪』であり、この街では守り神であるはずの送り犬が送り届けることが出来なかったこの異常事態。あの子一人じゃあ、両手両足失っても救出作戦は失敗するでしょうね」

「じゃあ、早くロッヅを追いかけないと! ああ、でもロッヅの居場所が分からない! ど、どどどうしましょう!」

「落ち着きなさい。見つける方法ならあるから」

 キャラバンの中を慌ただしく駆け回る一つ目の団長に、ルーミアはどうどう。と手を突き出す

「見つける方法? またこの前みたいに推理でもしたのか、嬢ちゃん」

 落ち着こうとしている一つ目の団長の横から、クロクが尋ねた。ルーミアはピクリ、と眉を動かしてからかぶりを振った。

「いえ、今回は推理じゃあないわ」

 前回も推理とかじゃあないけれども。

「なにせ、まだ私は、狛谷柴がどこにいるのか分かってないんだから」

 全員の顔が、きょとんとした表情に変わる。

 こいつはどうして、そんな状態で偉そうに言えるのだ。と表情が語っている。

「見つけてはいないけど、見つける方法は分かっている。ということよ――ねえ、この状況はあなた達にも芳しくはないでしょうし、それに、狼は吸血鬼の命令を聞くものよ」

 それは突然現れた。忽然と姿を現した。

 まるで初めからそこにいたように。まるで初めからそこにいなかったように。

 ぺたんとお座りをしている狼は喉を鳴らした。

 守り神は、家に帰れていない女の子の元に向かって、歩き始めた。

 ルーミアはくすりと、自信満々に笑った。

「さて、行きましょうか」

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