ひとつめは覚悟する。

「サヘルの居場所がわかったって、本当ですかっ!?」

 月は頂を越え、ゆっくりと落ちていく。

 しかしそれでも、まだまだ夜は続く。

 丑三つ時――奇しくもそれは、最初の事件が起きた時間帯と同じであった。

 そんな不吉な時間に、街中を徘徊する度胸のある人間はあまりおらず、ひと目は少ない。

 それだけにその群衆は、少し不審で目立っていた。

 いや、もしもここに人だかりができていて、その中に彼らは紛れ込んでいたとしても彼らは衆目に晒され、悪目立ちしていただろう。

 一つ目。二人で一人。頭が二つ。生首を持つ首無し。人狼。手長足長。両生類。

 少なくとも通常ではなく。

 少なくとも異常ではある。

 視線など集めようとしなくても自然に集まってくる。

 一人。

 今ここに集まっていない、欠けているメンバーが最も嫌っていたものを、彼らは当たり前のように受け入れている。

 まあ今、彼らの周りには人はおらず、視線もないのだが。


「本当よ」

 その集団の中心にいる少女は端的に答えた。

 暗闇よりも黒い、フリフリのゴスロリチックなドレスに、暗闇で映える銀色の髪の少女である。

 吸血鬼である彼女にとって、暗闇こそが本領発揮の場であり、暗闇の中でも彼らの姿を捉えることは容易だった。


「ど、どこにいるんですかっ!?」

 と、シルクハットを被った一つ目の男――一つ目の団長は声を荒げながらたずねた。

 その大声に、ルーミアは眉をひそめる。


「その前に一つ、聞きたいことがあるのだけど。いい?」

 と、少女――ルーミア・セルヴィアソンは尋ねる。

 一つ目の団長は、今すぐにでも駆けつけたい様子ではあったけれど、答えない限り居場所を教えられることはない、と判断したようで少し食い気味に頷いた。

 その様子を見て、ルーミアはため息をついた。

「この姿を彼女の前でみせていれば、家出なんてしなかったでしょうね……」

 自分のために躍起になっている、自分のことを大切に思っている人。

 甘えさせてくれる人。

 好きでいてくれる人。

 彼女はそれを望んでいて、気づけていなかったし。

 彼らはそれを与えていたけど、教えることは出来なかった。

 まったく、不器用な家族である。


「どうしてエマ・サヘルが家出をしたのか、あなたは理解してる?」

「……私です」

「そうね。正確には『私たち』でしょうけど」

 ルーミアは頷きながら、それを強調する。


「確かにきっかけは『あの女』で、引き金を引いたのは不楽よ。けれど、その原因はあなた達。それを理解せずに彼女の前に行っても、また追い払われるだけよ」

「はい」

 一つ目の団長は頷く。


「次は間違えません。しっかりと、彼女の悩みと向き合います。なあなあにせずに、それで私が嫌われても、構わない」

「それは最悪の展開でしょうけどね」

 ルーミアは周りにいる『クンストカメラ』の面々を一瞥する。

 誰もが同意見のようだった。

 それを確認してから、ルーミアは口を開く。


「彼女はペリュトンに取り憑かれている。つけこまれている――と言ってもいいかしら。だから、サヘルがいそうな場所を探すよりも、ペリュトンがいそうな場所を探したほうがはやい」

「そ、そうか?」

 疑問を呈したのはクロク――頭の上にもう一つ頭がある男である。


「確かに俺たちはサヘルのいそうな場所には見当もついていない。けど、それを言うならそのなんだ、ペリュトン……だったか? それの居場所だって同じだろう。だったら、接点のあるサヘルから探したほうが――」

「それで、今まで見つからなかったでしょ」

「う……」

 ルーミアの指摘に、クロクはうめいた。


「それに、ペリュトンの居場所ならもう見つけてるわ」

「――は?」

「ペリュトンの視点になってみたら、至極あっさりと分かったわ。まず考えるは彼らの目的」

 ルーミアは指を一本たてる。

「そのための手段」

 指を二本たてる。

「注意点」

 指を三本たてる。

「目的。この街を疑りと疑惑と疑念に満たすこと。不安と不敵と不審で自壊させること」

 指を一本おる。

「手段。人喰い。同種の無差別狩り。これには一応、捕食としての意味合いもあるんだけどね」

 指を一本おる。

「注意点。不安と不敵と不審を煽るには――自壊していく街を楽しむためには、犯人を正体不明にしないといけない。『誰でも犯人になれる状況』にしないといけない」

 指を一本おる。

「ヒント。不楽とロッヅを襲っていた大量のペリュトン。初めはそんなに沢山いなかったらしいけれど、じゃああれだけの数、一体どこから、気づかれずに、短時間で、現れたのかしら?」

 手がかりは四つ。

 シンキングタイムはなし。

 ルーミアの口は矢継ぎ早に答えを言う。

 端的に、あっさりと。

「彼らの居場所は『街から恐ろしく近く、誰もそうそう見ない場所』つまり、ここよ」

 ルーミアが指さしたのは地面――彼女の足が踏んでいるマンホールだった。

「エマ・サヘルは地下下水道の中にいる」


***


 そんな風に。

 まるでというか、さながら推理をしてつきとめたと言わんばかりの力説ではあったけれど、実際のところ、ルーミアがペリュトンの居場所をつきとめたのは、まったくの偶然であった。

 不楽とカラ・バークリーと別れた後、辺りをうろちょろしていたルーミアは、たまに不自然な違和感を覚えていた。

 何らかから拒絶されているような、そんな違和感。

 その違和感に、ルーミアは覚えがあった。

 まだ入ったことのないドアの前に立つと感じるあの拒絶と、全くをもって同じだったのだ。

 吸血鬼は招かれない限り、初めて入る部屋には入ることはできない。

 人はそれを『恥ずかしいから』とか『紳士だから』とか『教育的側面から』とか、色々理由をつけたがってはいるが、紳士でなくとも、恥ずかしがり屋でなくとも、許可なく初見の人の部屋には入らないだろう。とルーミアは思う。

 吸血鬼であるルーミア自身にも、その理由は分からない。

 始祖は『強すぎるがゆえの代償』と言っていたような。

 つまるところ、バランス取りなのだろう。

 ゲームバランス。パワーバランス。

 強すぎると弱体化がはいるし、弱すぎると強化がはいる。

 それはどんな世界でも、変わらない。

 とかく、吸血鬼は人のいる部屋に入ることはできない。

 しかしここは普通の道端であり、近くにドアなんてものはない。

 なら、一体どこからこの違和感はきているのだろうか、とルーミアは少し周りを見渡してから、それが足元のマンホールからだということに気づいた。

 それからは推理の逆算だった。

 ルーミアはあたかも推理をして見つけたように語っていたけれど、実際のところは答えから辻褄をあわせるように推理を当てはめた。という感じだ。

 見栄っ張りだった。

 ルーミアは確認のためにそのマンホールから少し離れて身を隠す。

 しばらくするとそのマンホールは開き、大量のペリュトンが飛びだしてきたのを確認する。

 そうして居場所を特定してから、そのペリュトンの後を追いかけ、不楽たちと合流したのだった。


***


「うっわ、くっさいねーやっぱ」

 マンホールというものは、無論、そう簡単に開くことは出来ないようにできている。

 しかし不楽の手にかかれば鍵や固定は意味をなくし、力業でこじあけられる。

 途端に生臭い汚物の臭いがたちこめ、カラは悲鳴をあげ、ロッヅは犬らしく悲鳴をあげた。

 どうやらこの下は雨水用ではなく汚水用だったらしい。


「さて、今すぐにでも突入する気満々なあなた達に忠告するわ」

「なあじょうちゃん。もう少し近くによって話してくれよ」

「いやよ、服に臭いがつくでしょ」

 マンホールからかなりの距離をとっているルーミアは、さながら、体育館で遠くの人に話しかけるように声を張る。

「あなた達じゃあペリュトンには勝てない」

 割とあっさりと。

 嫌な事実を。

「彼らは負の感情を力にしている。だから、ゆえに、彼らはサヘルと一緒にいるんでしょうけど。今の彼らの強さは、ロッヅなら分かるでしょ?」

 鼻をおさえて悶えていたロッヅの顔が曇る。

 不楽の顔は曇ることはなかったし、なんとも思ってなさそうだった。

「少なくとも『人』が敵う相手でもないし、大勢で襲われたら不楽は自分のことで手一杯になる。それに今回、私は下には行けない。だから――」

 だから――と。

 何人かはここで待機していた方がいい。とルーミアが忠告しようとしたその矢先、ルーミアの中では待機する側に入っていた一つ目の団長が、躊躇もなく、マンホールの穴に飛びこんだ。

「ちょ……っ!!」

 臭いがつくのを気にして距離をとっていたルーミアはマンホールまで走って近づき、その穴を覗き込む。

 その時には既に、一つ目の団長は汚水の中に足をつっこんでいた。

 耳を澄ましてみると、小さいながらも鳥の鳴き声のような声がした。

 気づかれたようだ。

「じょうちゃん、もしかして団長を待機組にしようと思ってたのか?」

「当然よ!」

 慌てて命令をしようとしているルーミアの隣で、クロクは首を傾げた。

 なにを言ってるんだお前は? と言わんばかりのそれに、ルーミアは少しばかり怒りを覚える。

「まだ子供とはいえ、狼男が苦戦して、あまつさえ殺されかけた相手よっ!? ただの一つ目小僧が勝てるわけがないでしょ!」

「一つ目小僧? もしかしてじょうちゃん。団長がなんなのか聞いていないのか?」

「……?」

 ルーミアは眉をひそめる。

 それとほぼ同時に、下水に足をつっこんでいる一つ目の団長に、二匹のペリュトンが襲いかかった。

 左太ももと右肩。

 前見たものよりも、若干肥大化したようにも見える鹿頭の鳥は一つ目の団長に噛みつく。

「あっ!」

 ルーミアは声を上げる。

 目に見えるほど近くで知り合いが襲われている。

 しかし彼女は駆けつけることも出来ない。

 ゆえに、声を上げることしかできなかった。

 無力。

 彼女の力量では決して聞くことのないような言葉が、彼女の脳内で反響する。


「確かに私が悪い」

 マンホールから声がした。

 一つ目の団長の声だ。


「サヘルがあそこまで追いつめられていたのに、落ちこんでいたのに、傷ついていたのに、気づくことも察してやることも慰めることもしなかった私が悪い」

 ただっ! と、一つ目の団長は声を荒げた。

 瞬間。

 一つ目の団長の体が膨れ上がった。

 隆起した。

 いつもの小さな体から。

 ゴツく、いかつい、巨大で強大な、筋肉と筋肉で覆われた体へと。

 かなり広いスペースがとられているはずの下水道が窮屈に感じてしまうほどまでに。

 へと、変化した。


「うちの見世物小屋で一番強いのは、団長だぜ?」

 その筋肉質な肉体に歯をたてているペリュトンを、指の一本一本が丸太のようにぶっとい手で摘みとると、一つ目の団長は壁に叩きつけた。

 その衝撃で頭の上にちょこんと、ミニチュアのようにのっていたシルクハットが落っこちる。

 頭髪のない頭皮があらわになる。


「だからとは言え、あの子を誑かすやつを許す理由にはならないっ!」

 左太ももに噛みついていたペリュトンに掌底を繰りだし、掌と汚水の間で叩き潰す。

 一つ目の団長。

 種族は――見上げ入道。


「ルーミアさん」

 一つ目の団長はその巨大な目で、マンホールから覗き込んでいるルーミアを見た。

「みんなをお願いします。こいつらは私が潰します」

「あ、危ないわよっ!!」

「大丈夫ですよ。私は強いですから」

「そうじゃなくて……不楽」

「なに?」

 ルーミアは背後にいるのであろう不楽に話しかけた。

 恐らく首を傾げているのだろう。

「あなたも下に降りて、団長の手助けをしなさい」

「了解」

「ありがたいですけどルーミアさん。これは私がやるべきことです。私が一人でいきます。行かないといけないんです」

「でも彼女は、サヘルはあなたのことを……」

「本望ですよ」

 ルーミアが言おうとしたことを先読みでもしたように、彼は言う。

「愚鈍な私はあの子になにを言われても仕方ないし、なにをされてもしょうがないんですから」

「……不楽、絶対に彼を殺しちゃダメよ」

「ルーミアさん」

「邪魔はしない」

 ルーミアは言う。

「あなたは私の目を今見ている。だから、あなたを止めることは容易だけど、それはしない」

 ただ、とルーミアは続ける。

 その間にも鳥の鳴き声は激しくなっていく。

「死ぬことは許さない。それはただの欺瞞よ」

「……」

「死にそうになったら、不楽はあなたを助ける。それまでは手出しを一切しない。それならいい?」

「分かりました」

「彼女を連れて帰るのよ」

「分かりました」

 一つ目の団長は笑った。

 その笑みはどこか、自殺志願者の気があるようにも思えた。

 ルーミアの隣を抜けて、不楽は飛び降りる。汚水の中に躊躇なく、両手両膝つきながら着地できるのは、やはり彼らしいといえば彼らしい。

 二人が視界から消えていく。

 それを確認してから、ルーミアは両膝をついた。

「どうしたのさ、ルーミアちゃん。ルーミアちゃんらしくないけど?」

「……次ちゃんづけしたら包帯でぐるぐる巻きにしてから森の中に投げ捨ててやる」

「それでこそルーミアちゃん」

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