その騎士が敵か味方かわからない

斉藤なっぱ

第1話

「アンドレア!」


誰かが呼ぶ声がして、アンドレアは目を覚ました。

そこは建て付けの悪いバラック。一歩外に出ればゴミゴミして、ひどく臭う。チンピラ風の男が彷徨うろついていたり、スカートの短すぎる女どもが客引きをしている。洗濯物を干すロープが張り巡らされていて、そこに着古した服が干してある。独特のスラム的な雰囲気を醸し出していた。だけどアンドレアは知っていた、自分たちはそれでも、この国ではまだマシな生活が送れている方だということを。


アンドレアがのんびり構え、いつもの光景に目をやると、彼の表情にはうっすらと笑みすら溢れていた、これは少年にとってはごく当たり前の風景だ。アンドレアはふわあと大あくびをし、チラと時計を確認する。


「母さん、遊んでくるよ」


そう言って直に家を出なければ、商売はできない。まだ若くて美しいアンドレアの母のだ。アンドレアの母は、器用じゃなかったから客をとっていて、今年13になる息子がいるにも関わらず、まるで色々なことがダメだった、でも思春期を迎える子がいる年になってきた彼女は、商売をやめて、新しい事業でも始めようかと、様々なことに挑戦しようとはしていたが、なかなか仕事というものに、熱心に取り組むことはできないのであった。それでもようやく見つけた仕事は護符を作る内職だったが、とても賃金は安い。しばらくはこのスラムから抜け出ることは難しいし、半ば諦めた状態で、アンドレアにため息を吐きながら話すのだった。


「お前の父さんは、アタシが惚れた男の中でもとびきりカッコよかった、でもそりゃあホラ吹きでねえ」


「最初出会ったとき、自分は王室の人間だって、だってとてもよく似ているだろうって言ってた、

でもアタシはそんなところが好きだったのさ」


「お前はとても父さんによく似てるよ、だけど似ているのは見てくれだけで、お前がホラや嘘をついているのを見たことはないよ、お前はきっと立派になる」


妄想のように、懐かしく行方のよくわからない父の事を語る母の姿は、弱々しくて悲しかったが、アンドレアは特に身の上が悲しいと感じたことはなかった、仲間が沢山いたし、何より似たような境遇の奴やそれ以下の奴もたくさんいたからだ、これで悲しい、身の上が気の毒だと思うわけはない。ゴミ溜めのような場所でも、楽しいことはいくらでも見つけられた。アンドレアは自由だった。だけどこのスラムのどこかで誰かが今日も死ぬ、都で何かが起こっていて、負傷した兵士もここに来ることがあった、

国のために戦っていたのに、最終的な命の終末を、このような場所で選ぶのかと、脆さを抱えている人間たちは口にしたが、アンドレアは気にもとめなかった。

乞食もたくさんいる場所だ、少ない所持品や所持金を持ち寄って、助け合って暮らしていくのは、それほど悪くはないと少年は思っていた、少なくとも彼に出会うまでは。


ある日、仲間とつるんでいる路地裏に、場に相応しくない仕立ての良い立派な騎士が共も連れずに一人で歩いてきたのを、見かけて、影になった場所で仲間たちはヒソヒソ噂をしていた。


「おい、貴族が通るぞ」仲間の一人が様子を観察しながら見るように手招きをする。

「なんだってそんな立派なやつがこんな所に?」驚き妬んで、少年の一人は顔を歪ませる。

「身ぐるみ引っペ返してやろうぜ」

「大丈夫かよピエール」


突然そこに現れた育ちの良さそうな好青年は、この現状を見ながら一人でぽつぽつ歩いていた、

アンドレアの目にとまったのは、彼の育ちの良さそうな品格などではない。

腰にぶら下げた如何にもな骨董品の剣だった、こんなところで暮らしているから理解できる、

あれは宝物だということが匂いでわかる。


「おい、アンドレア囲んでやろうぜ」にやにやしながら少年の一人が口にする。

「宝物をぶら下げているなんて、迂闊だな」

「あの剣が?首に巻いてる高そうな毛皮だろ?」他の一人が仕立てのよい服飾品に目をつけている。


その剣には、普通ではないオーラが感じられた、あいつはやばいのではないのかと、アンドレアは仲間を止めようとした、声を掛けようと囲んだ瞬間に、その人間の表情が変わる。

吹っ飛ばされ、壁に打ち付けてしまい、脳震盪のうしんとうを起こしそのまま気を失ってしまう。


「おい、おい!」


仲間の頬を叩いて起こそうとすると、貴族の青年はアンドレアに向かって刃を向け威圧的に物を言った。


「お前も仲間か、ならば容赦せん、子供といえどもな」


青年の琥珀の剣は驚く程よく切れた、アンドレアの長い髪の毛をバッサリといとも簡単に切ってしまうほど、鋭利な刃物だった。


青年が、目を留めたのは、まるで王弟の若い頃によく似た少年の面影、そして年代ものなのではないかと思わせる短刀だった。


「こんなスラムにこんな物が……?」


気絶したアンドレアの手からそれを奪い、青年はなにか思うようにアンドレアの表情を眺めていた。




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