馬車での出来事

辻馬車が、その広場に来たのは午後6時を過ぎてからだった。

アンドレアは指示通り、フードで顔を隠していた。

辻馬車の中から数人ほどの男が降りてきて、アンドレアの様子をじいっと見た。


「こちらからの指示はひとつだけだ。何が起きても口を利いてはいけない」


男の一人はそういって、全員馬車にのりこんでいった。

アンドレアも遠慮がちに乗り込むと、一気に馬車はスピードを上げ、

平坦な道のりをゆらゆらと進んだ。

それが2時間近くたってからだろうか、

突然馬車を不穏な輩が取り囲んだのは。

乗っていたアンドレアの、フードを掴み、輩は顔を確認した。


「違う」


輩は突然消えうせるように馬車からいなくなっていって、

アンドレアは気絶させられ、その輩の顔かたちをほとんど思い出せずにいた。

しかし目的地に着くうちに、あいつらに見覚えがある気がしていた。


「あいつら?」


「俺のスラム時代の仲間……」


「何故彼らが依頼主を殺すというのです?」


「わからない……わからない……なにも……」


腹に加えられた一撃は、相当な威力があって、アンドレアはそのまま力尽きて眠り始めた。

もう死んだって思い出したくないスラム時代のことを、

こんな形で思い出すなんて、アンドレアに静かな憤りが生まれていた。

奴らは誰だと思って誰を殺そうとしたのだろうか。


アンドレアはとっくに捨てた故郷のことを思い出していた。

あのひどくゴミゴミした場所から、俺と同じように脱出した奴らがいる。

殴られたせいで唾液に血が混じる。

アンドレアはそれを乱暴に拭うと、後金を受け取って、

これを持って一旦実家に帰ってみなければならなくなってしまった。


とっくに捨てたはずの故郷。


アンドレアはあのナイフを硬く握り締めた。そのせいで血がつらつらと流れ落ちてきて、それを気にせずにアンドレアはそこまで遠くない故郷を目指してもう一度旅立った。何かが起きたことを予感しての、旅立ちであった。

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