とある依頼

少々冒険者として名が売れてきた頃だった。

その莫大な報酬と共にアンドレアが指名されたのは。


「おっちゃん、依頼主は誰なんだ?」

酒場の親父が髭を撫でて首をゆっくり横に振る。


「身分をお隠ししているようなのだよ、追求されたら仕事が逃げるかもしれねえ、

今回はあんたの尊敬する相棒は一緒じゃない、

それでも是非にって依頼があったんだ、勿論やるよな?」


「……」


「なあグレイプニル」


アンドレアはグレイプニルの名を呼んだが返事はなかった。


「引き受けるよな?」


勝手に何の相談もなく依頼を受けてしまっても良いものだろうか。

散々迷った末アンドレアはその依頼をどうするのか考えた。

その酒場は表向きはレストランだが、こういった仕事と買い手を繋ぐ場所である。

名が売れてきたとはいってもまだまだひよっこであると自覚しているアンドレアは

そのような依頼がなぜ匿名で送られてくるのか理解できなかった。


でもこれが一番最初に、一人だけで遂行する仕事だ。


「引き受けてくれるのか!」


まだ何も答えをだしていないアンドレアの指を強引に親父が引っ張って

書類に指紋を押させると、上機嫌でそれを奥のほうへと持っていった。


「お、おい!まだやるっていったわけじゃないじゃないか!」


「あんたさんの顔に書いてあったよやりたいってね」


「そ、そうかな?」


顔の表情筋を動かして、パチパチ頬を叩いてアンドレアはヒリヒリする頬を撫でた。

自分のことを知っていて身分を隠さなければならない人物に、一人だけ心当たりがあった。


「それって縦ロール女なんじゃ」

「淑女がこんな所くるかね、全然違ってるよ。穴あきだらけのフードをかぶった男で」

主人はつい依頼主のいでたちを漏らしてしまったが、何食わぬ顔をして棚の酒を調べ始めた。


「依頼は、地方から地方へと巡業する手品師の囮?」


「うん、そうだな」


「命でも狙われてるのかその人」


「俺には詳しいことはわからんよ、でももう決まったからな!絶対にこいよ!」


酒場の親父は吐き捨てるように呟いて、奥のほうへと扉を開けて出て行ってしまった。待ち合わせ場所はカナン広場。目印は黒い辻馬車。自分の仕事はその馬車に乗って依頼主の囮になること。


この仕事は危険かもしれない。


だけどすっかり前金で重たくなった財布を握り締め、アンドレアはその日、上機嫌で南国のワインを楽しんだ。

南国の葡萄はすこし甘ったるく芳醇な香りで満ちていた。

アンドレアはそのあと、酔っ払ったまま靴だけを脱いでベッドに横になった。

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