第4話

息子が中学校に入学した年に、母が死んだ。

検査で発見されたときには、既に末期の胃癌だった。癌とわかってから、たったの3ヶ月で逝ってしまった。

子供の頃には虐待されてずいぶん憎んだ母だけれど、今では普通の母・姑・祖母になっていたので、もう憎しみは消えていた。

逆に、苦労をかけて申し訳なかったけれど、なんとか人並みの生活を手に入れ、孫の顔も見せてやれたことで、多少の親孝行はできたんじゃないかと思った。

母が死んだ後、母の遺品を整理していて、古いたんすの抽斗から、私の母子手帳が出てきた。兄の母子手帳はどこにもなかった。このときに改めて気が付いたんだけれど、母子手帳どころか、兄の写真も1枚も残っていなかった。

母も死んだことだし、私は兄の記憶の封印を解き、兄が消えた謎を追おうと考えた。

しかし、母の遺品を調べても、どこにも兄の存在を示すものは無かった。

私は遂に恐るべき結論に達せざるを得なかった。

兄は、最初からいなかったのだ。母から虐待されていた私が、頭の中で考え出した人格だったのだ。

私は母の虐待から自分の精神を守るため、『多重人格』となって、自分の中に別人格を生み出したのだ。それは、虐待されている自分を救う頼もしい兄を作り出すことによって、自分の精神のバランスを保つための、ぎりぎりの生理反応だったのかも知れない。

そして母の虐待が治まるとともに、不要になった兄の人格が私の中から消えてしまったのだろう。

そう考えたとき、全ての疑問が氷解した。なぜ兄がいつのまにかいなくなったのか。なぜ兄の存在を示すものが何もないのか。

私は長年の疑問が解けるとともに、幼い頃の追い詰められた自分の精神状態と、そこまで私を追い込んだ母の気持ちに思いを馳せた。

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