開けてはいけない
sirius2014
第1話
その日、俺は学生時代からの友人の加治と池袋の居酒屋で飲んでいた。
俺と加治は大学の同じサークルに所属していたのだが、共通点が多かったこともあって気が合い、大学を卒業した後も頻繁に会って飲む仲間だった。
俺たち二人の酒の場では、仕事や遊びの話などもよくしていたが、一番話題に登るのは、オカルト系の話だった。これは俺たちの共通点で、俺も加治も、霊だとかオカルトだとか言ったものを、一切信じていなかった。だから二人で飲んだときには、世間で話題になっているオカルトや霊だとかの話題をコケにして盛り上がるのが常だった。
その夜も同様で、話題は仕事や遊びの話から、いつしかオカルト系の話に移っていた。
「この前のテレビの『フライデーナイト』見たか?」
加治が俺に尋ねた。『フライデーナイト』とは、お笑い芸人がひな壇に並んでいろいろな話題で盛り上がるバラエティ番組だった。その番組は、留守録してあったはずだった。
「ああ、あれは録画してあるけど、まだ見てないな。」
「見てみろ、おもしろいぞ。『フライデーナイト』の中で、自称霊能力者の葛城とかいうやつが出るコーナーがあるだろ。」
葛城とは、霊能力者というよりスピリチュアル・カウンセラーと自称している怪しげな中年の男だった。いつも和服を着て、ゲストの守護霊とやらを透視してみせるのが売りだった。だいたい守護霊はゲストの死んだ親族で、生前のエピソードを言い当ててゲストを驚かせるのが、番組を盛り上げる見どころになっていた。
「それでなあ、今回は女性アイドルの沢村杏子がゲストだったんだけどな、葛城のやつ、なんとまだ生きてる沢村の親父の霊を呼び出しちゃたんだ。」
「まじかよ。詳しく教えてくれよ。」
俺は身を乗り出した。元々葛城とかいうやつはうさん臭くて嫌いだった。そいつがやらかした失態の話だったら、ぜひ聞いてみたい。
「沢村杏子って、少し複雑な家庭環境で育っててな、中学生の頃に両親が離婚して本人は母親に引き取られたんだけど、その後母親が再婚して、継父ができたんだ。だけどその後、継父が亡くなって、また母親と二人になっちまったんだ。」
「よくある話だな。」
「で、葛城が沢村を透視したところ、沢村の守護霊は沢村の父親だそうなんだ。それで、葛城がその守護霊である沢村の父親と会話して、沢村が小学校の頃のエピソードを聞きだしたんだよな。」
「あれ、沢村の両親は離婚してて、実父は死んでたのか?」
「そこだよ。死んだのは沢村の継父の方で、実父はまだ生きてたんだ。」
「それはおかしいよな。」
「その通りさ。沢村の両親が離婚したのは、沢村が中学校の頃だから、死んだ継父が沢村の小学校時代のことを知っているはずがないんだ。つまり、葛城はまだ生きている沢村の実父を守護霊にしちまったんだ。」
「単なるリサーチ不足だな。」
「ああ、今ネットではこの話で盛り上がってるぜ。」
「で、沢村杏子の反応はどうだったんだ?」
「さすが、売れっ子アイドルだな。しっかり大人の対応をしてたよ。」
「どっちにしても、葛城はもうだめじゃないか。」
「ああ、きっとこの後、マスコミからフェードアウトして行くさ。」
「いい気味だ。あんな嘘八百並べて金儲けしていたんだからな。」
「もう十分稼いだだろう。潮時だよ。いずれどこかでへましてたさ。」
加治はそう言ったあと、自分のスマートフォンを取り出した。
「そうそう、今ちょっとしたマイブームになってることがあってな。」
加治はスマートフォンを操作すると、液晶画面を俺に見せた。画面には、何かの画像が写っている。
俺はスマホを受け取って画像をよく見てみた。小さな女の子が写っていた。その女の子はスカートを穿いているが、スカートからは足が一本しか出ていなかった。
「なんだ、こりゃ。心霊写真か?」
「そうだ。今、心霊写真を撮るのに凝ってるんだ。」
「ふーん、これ、どうやって撮ったんだ?」
「よく見てみろ。ちゃんとした思考能力がある人間なら、じっくりと見ればタネが分かるはずだ。」
俺は画像をじっくりと見た。女の子は5歳くらいで、神社かどこかの石段の途中に立っている。詳しく見てみると、真っ直ぐ立っていない。微妙に重心が後ろに傾いている。
「わかったよ。」
俺はにやりと笑って、加治にスマホを返しながら言った。
「この女の子、よく見ると重心が後ろにかかってる。片方の足を曲げて、後ろの段に膝をついてるだけだろ。」
「正解。まあ、普通はわかるよな。でもこの写真、心霊写真の投稿サイトに投稿したら、本物扱いされたんだぜ。」
「まじかよ。」
「ああ、霊能力者とかいうやつが、『動物霊がついてる、本人に害はないが、この写真はすぐにお寺に持って行って焼いてもらえ』だってよ。」
「スマホの画像をどうやって焼くんだ?」
「だから、アホなんだよ。こいつはどうだ?」
加治は別の画像を俺に見せた。さっきの画像と同じ女の子が写っていて、今度は両足揃っているが、片方の腕が無かった。
俺はその写真をじっくりと見た。女の子は肘まであるゆったりとした半袖のTシャツを着ている。
「これはただ片腕を背中に回してるだけだな。肘まであるシャツを着てるんで、片腕が消えたように見えるだけだ。」
「さすがだな。」
加治は笑うと、次の画像を見せた。
「じゃあ、これは。」
その画像は朝の駅のホームを撮影した画像だった。今しも駅に電車が到着して、人が乗り降りしていることころだ。だが、電車の出入り口の脇のホームの端から、誰かの手が覗いている。
「どうだ、題して、『ラッシュアワーの駅で、ホームに這い上がろうとする何者かの手』ってところだな。」
俺はその画像を少しだけ眺めただけで、タネが分かってしまった。
「この手、よく見ると爪がないぜ。全体的に立体感が無いし。ただの白い手袋だろ。」
「当たり。」
「こんな写真見て、霊だとかなんとか騒ぐやつ、いるのか?」
「これがいるんだな。この画像は以前、あるテレビ番組で紹介された、れっきとした心霊写真だ。しかも、同じ番組に出演してた自称霊能力者が言うには、ここで昔飛び込み自殺した人の霊だそうだ。俺が置いた手袋なのにな。」
加治は大笑いした。
「ホントに、心霊写真だとか心霊スポットだとか、そんなもんあるわけないのに。実際、そんなものが無いってことを一番よく知ってるのは、それを飯のタネにしている連中さ。」
「確かに。」
「幽霊なんてもんがいるなら、一度でいいからお目にかかってみたいもんだぜ。ばかばかしい。」
俺は少し加治をからかってみたくなった。
「そう言えば、幽霊ってのは、それを信じないでばかにするやつのところに現れるって、聞いたことがあるぜ。」
「そうか、じゃ、俺がばかにすれば、俺のところに現れるんだな。」
「おいおい、おまえ、そんなこと本気で信じてるのか。」
「そんなわきゃないだろ。」
それからも俺と加治はさんざん霊とか妖怪だとかをばかにして盛り上がった。いつのも通りだった。
やがて、俺と加治はけっこう酔っぱらって居酒屋を出た。
それじゃまたな、と言って加治と別れた俺は、帰宅の途に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます