少年、結局一人立ちできず-3

 忘れてたなぁ。

 俺は陽太郎と同列に並ぶことすら許されない奴だった。


「先生! 絶対に撤回させてください!」


 耳がキーンとするほどの大声で我に返った。

 危ない。

 過度なネガティブは何も生まないことはイヤってほど学んだだろうが。


「よー、静かにしろ」

「だってつっきが! ……ごめん」


 人の不細工な顔見て怯むなよ。

 陽太郎も怒りを抑えるのが上手になったな。

 俺も見習わないと。


 先生方は俺が権力を持つことによって生じる問題の問題の芽を、土から現れる前にほじくり返そうとしたがっている。

 笹井本かとりや笹井本杏が引き起こした問題が再び起きることを恐れているのだ。


 俺も教師に恐れられる存在になったか。

 そう思うと、悔しさが少し晴れた。

 考え方を少し変えるだけでも、惨めさは薄まるものらしい。


「それから……生徒会長選は全生徒へ立候補の権利を与えることも条件に出されたんだ」


 うわぁお。

 苦々しい稲田徹ボイスで教頭先生がまた爆弾を落としてくれた。

 俺以外全員OKとは予想外だ。


「……分かりました。他には?」

「それだけだ。日程などは君達の提示した形で問題ないから進めて欲しい」

「な、何を言ってるんですか!?」

「うるせぇよ陽太郎……分かりました」


 教頭先生は何か言いたそうにしているが、もう教頭先生の負担を増やしたくない。


「お時間ありがとうございました。帰るぞ」

「嫌だよ!」

「うるせー。お前が選ばれて、俺が選ばれなかっただけだろうが。いつものことだろ」


 ふむ。

 今の台詞はちょっと格好良かったかも。


「安佐手君……すまない」

「いえ、お時間ありがとうございました」


 しまった。

 自己陶酔の台詞が教頭先生への攻撃のようになってしまった。


「つっき! 待ってよ!」


 教頭先生に申し訳なくていたたまれないっての。

 職員室の中が騒がしかった。

 陽太郎の大声に辟易しているのかもしれない。


 数分前に思いついた台詞を話すべく、空気を吸い込んだ。


「はぁ……はーあ! 先生達は一年坊の俺が怖いんだなー! そりゃー笹井本会長に目ぇ付けられてるからなー!」

「つ、つっき!? やめろよ!」


 やめてたまるか。


「俺を名ばかりの生徒会長にして人身御供に差し出せば解決したのにねー! あの会長からオモチャを取り上げるなんて度胸あるなー!」


 イライラに任せつつ、考えていた台詞を大声でまくし立ててやった。

 棒読みだけど噛まずに言えた。

 偉いぞ俺。


 教頭先生に呼び出された時点で、立候補を拒否された場合と選挙自体させないという場合のプランは練っていた。

 焦らず騒がず考えておけば、案外人はうまく立ち振る舞えるものらしい。

 最悪の事態を想定する大切さを教えてくれた依子先生の旦那氏には感謝しないと。


「もしかして牽制のつもり?」


 察しが良いな。


「そうだよ。これでお前が立候補できなくなったら最悪だからな」

「う……うん」


 笹井本かとりがどう思うか知らんが、陽太郎ならある程度満足してくれるんじゃないだろうか。

 俺よりは歯ごたえがあるはずだ、多分。


「よー、雪かきサボったら条辺先輩に殺されんぞ」


 でも、俺の感情は収まりはしなかった。

 俺の奥底ではこの結末にイライラが止まらなかった。

 何をどうしても、陽太郎と同列に立って戦わせてもらえないのか。


 今の委員長の地位だって陽太郎の推薦だ。

 俺はいつまで陽太郎の影に隠れたままでいなくちゃならないんだろう。


 これがきっと、今の俺の限界なんだ。

 いくらうまく立ち振る舞っているつもりでも、見えざる手が俺をその場にぐっと押しとどめてしまう。



「はーぁ」


 日が傾く時間帯の雪は重たい。

 融けた雪が水を含んで、また凍り始めるからだ。


「はーぁ」


 どうして毎年こんな苦行を強いられる場所に住んでいるんだろう。


「はーぁ」


 今朝から降水確率80%という予報通り、雪はずっと降り続いていた。


「はーぁ」


 自治会室の屋根から落とされる雪はほぼかき氷状のベチャ雪で、とにかく重たい。


「はーぁ」

「死ね」

「へ? うわぁ!」


 ドサドサと雪の塊が降ってきた。

 屋根の雪下ろしを任せちゃいけないランキング不動のナンバー1の条辺先輩だ。

 今日も王者の名に恥じない愚行を働いてくれた。


「ほ、本当に殺す気ですか!?」

「もう一度ビチグソたらしたみてーなため息吐いたら埋めんぞコラァ!」

「今の避けなかったら本当に死んでますって!」

「この程度でくたばったら壁外調査なんて行けねーぞ!」


 いつから自治会は調査兵団になったんだ。


「相変わらず条辺先輩と仲いいね」

「変な嫉妬すんな」


 陽太郎がまた反抗期に入ってしまいそうだ。


「ダメ子! もうドア開くようになったからいいよ!」

「ちっ。命拾いしたな」


 本当に命拾いした。

 山丹先輩の力で自治会室のドアを開けられれば十分だ。

 自治会室はしっかりした寒冷地仕様とはいえ、所詮はプレハブだ。

 屋根に積もった雪の重みで建物が歪むと、ドアや窓が開かなくなってしまう。



「さて、これからのことを話しましょう」


 自治会室の中の暖かさはありがたかった。

 今俺の立候補却下を知っているのは俺と陽太郎と山丹先輩、そして無理矢理この会議に首を突っ込んできた桐花だけだ。

 まずは全員に俺の立候補却下をどう伝えるかだ。


「まずその……これからみんなに伝える方法を考えたいんですけど」


 なんだか恥ずかしい。


「それならもう伝わってるわよ」

「え!?」


 まじかよ。


「桐花ちゃんがみんなに教えちゃったの」

「な、なんで!?」

「大事なことを黙ってる方がおかしい」


 桐花の正論に一刀両断されるのは何度目だ。

 でも、そんな簡単に納得はできなかった。


「い、いや、だからって」

「……立候補、元々できないと思ってた」


 へ?

 桐花さん?


「先生の承認なしにいっぱいルール変えて、直談判して学園祭予算無理やりぶんどって……女の子に大声ブスって言って謹慎になって!」


 どこのクソ野郎だよそいつ。

 それが生徒会長になろうだなんて頭イカれてるな。


「それから、それから……!」

「向井、もう殴れるところがないからそれくらいにして」


 シドイ。

 陽太郎もシドイ。


「とにかく、月人君の擁立を諦めるしかないわ」


 終わった。

 今この瞬間、俺の選挙活動は終わったんだな。

 これで俺は晴れて一介の選挙管理委員か。


「でも、私は月人君の力は絶対に諦められないの」

「へ?」


 俺の力ってなんだろう。

 奸計を巡らせろってことだろうか。


「だから、陽太郎君を絶対に当選させて」


 山丹先輩に真っ直ぐ見つめられる。

 ああ、この目だ。

 この瞳を向けられてしまうと、それに抗える人間は少ない。

 誰にも選ばれていないのに、誰よりも信頼されている事実上の生徒会長をしている山丹先生の跡を継ぐことはできなかった。

 でも、一時だけでもこの人の後任扱いをされていたのは誇っても良いかもしれない。


「元々、笹井本里奈……かとりが生徒会長選挙を無くすまではお祭り騒ぎだったらしいのよ。記念立候補はいっぱい出てくると思う。陽太郎君では少しきついわ」


 どこかの誰かの差し金で陽太郎は思いきりヲタバレしているし、それを挽回できるような活躍は表立ってしていない。

 そのハンデをなんとかしないといけないのか。


 選ばれなかった俺が、常に選ばれている奴をちゃんと選ばれるようにする。

 少し気が重いな。


「月人君」


 山丹先輩の少しハスキーな声が震えていた。


「ごめんなさい。こんなお願いして」


 あぁ、そうか。

 山丹先輩は俺の割り切れない気持ちが分かっていたのか。


「分かりました」


 少しだけ落ち着いた。

 なんとかこの場で出すべき言葉が出た。


「ありがとう。駄目な先輩で、本当にごめんね」


 それ以上は言葉が出なかった。

 鼓動がどんどん速くなって、喉が空気をうまく取り込んでくれなくなった。


「……体育館の掃除」


 桐花が突然席を立った。

 一緒に来いと言われている気がした。


 山丹先輩と陽太郎は長机を挟んで向かい合ったまま、その場から動かなかった。



「え? 何ここ?」


 桐花が俺を案内した場所は、体育館の非常階段下にある人の背の半分しかない金属製の扉だった。


「倉庫?」

「多分」


 忘れ去られたような空間の割に、結構きれいだった。

 どうやら、この空間を見つけて活用していた誰かがいたのかもしれない。


「座って」


 なんだよ。

 さっさと掃除しないと帰りが遅くなっちまうのに。

 だけど、今一番大切な相手から隣に座れという願いを断れなかった。


「……最近、ずっと顔怖い」

「今日で、それも終わりだよ。よーを当選させる方法を考えないと」

「意地張らないで」


 桐花と二人きりになってしまうと、張り詰めていた気分が切れてしまった。

 妬ましさと悔しさと、どこにぶつけて良いか分からない怒りが体中を駆け巡っていた。


「はぁ……ふぅ……」


 呼吸をするたびに、涙と鼻水がだらだらだと垂れた。

 何も納得がいかないまま、俺はここに自分の未練を投げ捨てなきゃいけないのか。

 そして、陽太郎を勝たせないといけない。


 どうして肩にのしかかっていたものが、全て軽くなっていくような気分になるんだろう。

 陽太郎に全部押しつけて、俺はぼうっと過ごしていれば良いのか。


 納得がいかない。

 何も納得がいかなかった。


「……月人」

「え?」


 口を塞がれた。


「……ごめん」

「謝らなくて、いい。これから、いっぱい一緒にいられるから」


 そっか。

 自分の時間が増えるのは間違いない。


「……そ、そうだな。いろんなところ、行けるね」


 そうだ。

 どんなことも、悪いことばかりじゃないんだ。


「……納得した顔、してない」

「そうかな?」


 当たり前だよ。

 何も納得がいかない。

 勝負のスタートラインに立つことすら禁止されてしまった。

 でも、桐花との時間が増えることが約束されたともいえることだ。


 なのに、どうして納得ができないんだ。


「どうしたいか、考えて」

「ど、どうしたいか?」

「陽太郎君と、選挙したいの? 生徒会長に、なりたいの? このままが、いいの?」

「……桐花が、側に居てくれるのはどれ?」


 なんだ、この気持ちの悪い質問返しは。


「全部。これ以外でも」


 予想通りの答えをもらうための質問なんて時間の無駄なのに。

 でも、俺には必要な確認だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る