卑屈少年と熱血不良教師-3

「その、俺と桐花の距離感の問題ってのはなんですか?」

『そのままの意味だよ』

『つっきー君にその話するつもりなのー?』


 俺は交野家の食卓の話題になるほどの問題児なのか?


『ったりめーよ。せっかくこんな掟破りしてきてんだから言いたい放題言ってやんねーと』

「な、何の話ですか?」


 怖くなってきた。

 一体どんな話をされるんだ。


『構えるほどのことじゃねーし。あたしの意見だからはっきりそうだとも言えないけどさ……多江と、とーたと、桐花、そしてつっきー。共通してることは?』


 分かりやすい分類だな。


「……いじめられっ子とか、ぼっちとかですか?」

『簡単に言うなよぉ。柔らかーく言うと周囲に溶け込めにくい連中だよ。そういう意味じゃ嗣乃も片足突っ込んでるかもな』


 さすが先生だ。

 嗣乃についてもその通りだ。

 正直、友達といえる相手は少ない。


『周囲から理不尽に疎まれてきた人間ってね、ちょっと壊れちまう部分があるのよ。分かる?』

「それが、距離感ですか?」

『そ。人との距離感。この人は信じていいのか駄目なのか、つっきーはいつもそんな感じに考えてない?』

「それは、そうですけど」


 それの何がいけないんだか。


『それってさ、アタシに言わせりゃ少しおかしいのよ。人間対人間なんだから、好きか嫌いかとか、信用できるかできないかのハイ・イイエ……なんてデジタルに考える必要はないだろ?』


 人間だし、当たり前のことを言われても。


「本来だったら、ハイかイイエ……以外にあるってことですか? そ、それってその、人は最初から悪い奴だと思って接するのか、最初から良い奴だと思って接する差じゃないですか?」

『オメーはホントにダメだな! そのどっちでもないって選択肢はねーのかよ!』


 なるほど。

 うん、本当に駄目かもしれない。


『ま、つっきーくらいなら『人見知り』で片付けてしまってもいいけどさ、多江みてーに他人と普通に話せるくせに心は開けないってケースもあるだろ。杜太に至っちゃ絶対自分から話しかけないし。見た目が見た目だからよく話しかけられてるけどさ、相手に慣れるまでテンパって話になんねーだろ』


 確かにそうだ。多江が本当の意味で心を開いている相手は少ない。

 杜太に至っては人見知りが激しくて、グイグイ来る相手からは逃げてしまうほどだ。


 他人を気にしても仕方ない。

 俺自身が他人とどういう態度で接すれば良いかなんて、永遠に分かる気がしなかった。


『ま、つっきーの場合は、まぁまぁ信用できる、やや信用できる……とか、三段階か四段階くらいあるからそれほど心配してないけどさ、問題は桐花よ。あの子にはほんとに二段階だけなんだよ』

「い、いや、あいつにだって段階はもう少しあるとは思うんですけど……その、俺達の中じゃ嗣乃が一番好きみたいですし」

『それはミクロに見過ぎ。もう少し前の段階だよ。桐花にとって他の人間は怖いか怖くないかくらいしかねーんだよ』


 先生の声が心配を帯び始めた。


『で、その怖くないカテゴリーの中に入ってんのは自治会メンバーくらいしかいねーの。特にオメーのことは百パー信用しちゃってる訳よ。今まで桐花の中になかった三段階目ができちまったのよ。盲信って形でさ』

「そ、そんなに……?」


 ずるずると飲み物をすする音がし、クチャクチャという咀嚼音も聞こえた。


『さぁ? あくまでアタシの見立てよ。あの子はオメーの言葉ならなんでも聞いちまうだろ』


 それは、そうかもしれない。

 あまり桐花に反発された記憶がなかった。


「よ、よく見てますね、先生」

『たりめーだ担任だぞ。その分労働しなきゃいけねーんだよこちとら! ついでに顧問だぞ!』


 ついでじゃなくて、顧問である点ももう少し重要視して欲しいな。


『まー、担任としちゃーね、渡りに船ってもんよ。入学前からあの子の育成計画も立ててたし。最初から自治会に突っ込む予定だったのよ。湊に似ててほっとけねーんだわ』


 依子先生の声が、少しだけ優しくなった。


「……山丹先輩って、桐花くらい極端な人だったんですか?」

『桐花ほどしゃべらない子じゃなかったけど、近かったかな。何かあったらすぐ頭抱えて震えるような子でさ』


 リアルはわわ見てみたい……いや、いかん。会話に集中しろ。


「えと、パニック状態は一度見ましたけど」

『例祭の時か? あれはストレスが爆発した時よ。金髪娘を構うようになって久しぶりに出ちまったんだよねぇ』


 先生の今ひとつ危機感がないしゃべり方が気になって仕方がない。

 なんだか話題を誘導されてる気もしてきた。


「なんで、そんなに嬉しそうなんですか?」

『そこ突っ込んじゃう? 突っ込んじゃうかぁ! だよなー! いやさぁ、あのちっこくて病弱な湊がちゃーんと後輩育てようってしてんのがもう嬉しくてさ!』

「昔から付き合いがあるって聞きましたけど、どれくらいなんですか?」

『んーそこそこ長いんよ。同じ町内だったし。あの子ひどい喘息持ちで小学校は特学と病院の往復でね、中三の真ん中くらいでやっとまともに学校来れるようになったんだよ。そんなザマなのにうちの高校受かっちまったんだぜ! すげーだろ? アタシも勉強見てやったけど。あ、入試問題漏らしたりはしてねーからな!』

「も、もしかして、山丹先輩のために先生になろうと思ったんですか?」

『違え! 漫画家だ!』


 ああ、そうだった。

 忘れてた訳じゃないんだけど。


『あの子って家で寝てる時が多かったからさ、漫画いっぱい貸したら凄く喜んだんだよね。でも漫画買うのって金かかるからさ、自分で書けばいいって思い付いたんよ! 崇高だろ! 讃えろ!』

『我が嫁ながら引くわー』


 旦那氏の声に同意したい。

 人に話せるくらい本気の夢ってのは、ちゃんとした動機があるものなんだろうか。


『でねでね、あの子中学に入る歳になってもう大丈夫だろうと思ってバナナフィッシュ貸したらハマっちゃってさぁ……ああ、脇道逸れた』


 感染源はあるんだな。


『ま、とにかく心も体も弱い子で友達も少ないから自治委員会に突っ込んだよね。そしたら中学の同級生だった沼っちも唐突に柔道部辞めてそれに付いて来てさーもうさー……うっへっへ!』


 聞き捨てならぬ事実をぽろぽろと。


「そ、それってやっぱり」

『そりゃ本人に聞け』


 ですよね。

『依ちゃん冷たーい!』と旦那氏が支援してくれたが無駄だった。


『色んな人の世話になって生きてきたからか分からないけどと、にかく滅私奉公みたいに働いちゃってるでしょあの子。その湊が一人の子に手間暇かけるの初めてなんよ! ま、湊のことはおいといて」


 ちっ。面白そうだから聞きたかったのに。

 仕方ない。本題に戻ろう。


「あの、で、席替えは」

『考えておいてやるわ。でもさー、下心もないくせに金髪に構ってていいの? そもそもアンタ多江が本命でしょ……あいたぁ!』


 わー!

 今俺心の中で喀血してるよ! そんなに仲良くしてる姿見てないはずなのになんで分かるの!? どす黒い未練オーラみたいなものが出てるの? やだ、自分が怖い。


『あーメンゴメンゴ! 依子にイエローカード出しといたわ』

『え? 図星? ごめーんね!』


 ぐぬぬ……! やり返された気分だ。


『あ、もしかしてアンタの無茶苦茶な仕事のモチベって失恋からの新しい恋? あだぁ!』

『累積二枚で退場ー。つっきー君ごめんねぇ空気読めない子で』


 そうじゃないんだよ。

 最初のファウルをスルーしてくれれば関係を否定して終わりだったんだよ。


「た、退場になると話が続かないので……それに、ええと、ほら、ほんとに失恋気分だったら引き篭もるタイプの人間なんで」


 うん、半分引き篭もるような気分で仕事しているけど。


『あぁーそうね! そうよね! ソッコー金髪に乗り換えたのかと思ってつっきーの印象上方修正しそうになっちゃったわ。はっはっは!』


 失恋したからそっこー乗り換えるのってどっちかというと高評価なの? うじうじしてるよりはマシってこと?


『あ、今思いついた質問していいか?』

「はぁ、なんでも聞いてくださいよ」


 少し体が強張った。

 電話越しなのに、空気が微妙に変わった気がした。


『桐花の隣をよたろーにするってぇのはどうよ?』

「はぁ、なるほど」


 悪くない手段だ。

 先生がそこを妥協点というのであればそれを飲むしかないか。

 そうなると陽太郎に事実を伝えずに、桐花を上手く支えてもらう方法を考えなきゃならないが。


『おーい、つっきー?』


 いや、もしかしたら桐花本人が陽太郎に秘密を打ち明ける展開へ誘導できるかもしれないな。


『おいつっきー!』


 うるさいな。考えをまとめてるのに。


「はい? なんですか?」

『「はぁ、なるほど」……じゃねえよ!』


 そう言われてもな。それ以外に言える言葉なんてないし。


「いや、先生の代案だったらある程度飲むしかないじゃないですか」


『どうするこの馬鹿?』なんて旦那氏と相談するのやめていただきたいんだが。


『だーから、オメーのその最大効率目指すやり方なんなの? 私情とかねーのかよ!?』

「いや、私情でお願いしてるんですけど?」

『「いや、」じゃねーよ!』


 なんだか瀬野川と会話している気分になってきたな。


『担任がこんなこと言うのもおかしいけどさ、桐花のことはマジで頼みたいのよ。アンタのこのお願いだってアタシにゃ渡りに船ってもんなのよ』

「は、はぁ?」

『そもそもオメーの片割れが桐花のこと最初にナンパしたんだろ? 連帯責任だ連帯責任!』

「へ? いや、嗣乃が悪いことをしたみたいに言わないでくださいよ」

『……悪いことじゃねーけどな、覚えておいて欲しいことがあるんよ。オメーは多分理解できると思うし』


 依子先生の突然の真面目な声に、心が怯んでしまった。


『あのさ、ぼっちって案外楽なんよ。人の気持ちをいちいち考えなくていいし、人と関わらなきゃ面倒くさい感情は最小限で済むっしょ?』


 俺も孤独を求めた中学時代があるからなんとなくは分かる。

 依子先生の言うとおり、人と交流しなければ感情を持て余すことは少ない。


『桐花はさ、オメーらがいなかったらひっそり自治会室の隅っこで打ち込み仕事するだけって感じの気楽な高校生活を送ってたんじゃねーの? 孤独もまた一つの生き方だろ?』

「は、はぁ」


 教師としてはあまりよろしくない発言だ。

 桐花の性格を考えたら、人との関わりを最小限にするルートを選んでも良いだろう。

 今の桐花は俺達といて楽しいと言ってくれているのは確かだ。

 でも、他人と会話する機会が増えた。

 そのせいで、しゃべれなくなるほど緊張してしまうことが増えてしまっているのも確かだ。


『迷っとるねぇ少年。ま、現実にはアンタらがいた訳よ。自治会の二、三年がもし根暗そうな外人が一人黙って座ってたら、遠巻きに眺めて必要最低限の会話しねーだろうよ。塔子は突っかかるだろうけど、怖がられて終わりだね』


 山丹先輩ならゆっくり桐花の氷を溶かそうとするかもしれないが、長い時間がかかりそうだ。


「でも、アンタらが当然のように桐花をつつき回すから他の連中も気安く桐花に絡むのよ。桐花にそういう道を強引に選ばせちまったんだから、アフターケアもしっかりしてやんな」


 嗣乃が桐花の心をこじ開けたことは何ら間違っていないと、今の今まで思っていた。

 人と積極的に関わり合いを持つのは良いことで、孤独は良くないことだとずっと思っていた。

 でも、実際そうとは言い切れない。

 そんな考え方は初めてだった。

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