少年達が停滞しても、祭りは進む-4

 十八時を回ったところで、案内所はまるで在庫が無限のシャッター前最大手だった。

 武者行列がゴールし、舞台上では昨日に引き続いて有名な和太鼓集団の奉納太鼓がクライマックスを迎えていた。


 座席を撤去したので大して人は来ないだろうと思いきや、見物人が多すぎるから撤去したらしい。

 そして、奉納太鼓が終われば今度は花火が上がる。


 花火大会は今日が本番だ。

 八十分間で七千発なので大して大きくはない。

 一万発クラスの花火大会がザラな地域に住んでいるせいか、あまり大きいとも思えなかった。


 俺達の背後にある社務所の裏口から、武将達に続いて姫と若殿役の二人が入ってきた。昼も夜も交代せずに乗っていたようだ。


「お疲れ様です。これ飲んでください」

「あら、ありがとう」


 二人に急いでペットボトルとアイスノンを渡す。

 汗だくで大変そうだ。


「うーん」


 多江が腕を組んで神妙な顔をしていた。


「どうした?」

「我々の業界あるあるって起きないんだねぇ……若殿と姫が熱中症で倒れて急遽主人公とヒロインが務める的なさぁ……うーん」


 俺に負けず劣らずゲーム脳だな。

 そして、どのカップルが乗るかってところで引っかかったらしい。


「言いながら鬱になるなよ」


 俺も鬱々とした気分にさせられてしまった。

 一生選ばれないどころか、まかり間違って乗っけられたら観客から投石を受けそうだ。

 それ以前にあんな目立つようなまねをしようものなら、間違いなく心臓麻痺で死ぬ。

 多江も一生回ってこないだろうと自分を悲観しているんだろうな。

 多江のビジュアルだったら関係者は全力でお願いするはずなんだが。


 ん? そういえば、瀬野川は陽太郎と宣材撮影したんだよな。

 だとしたら間違いなく姫と若殿を頼まれていそうなんだが。


 交野さんに聞いて……いや、邪推されても面倒だから止めておくか。

 しかも今は交野さんも忙しく動き回っているので、チャンスはなさそうだ。

 気遣い屋の陽太郎の奴がきっぱり断ったとは思えないし、瀬野川もわりと目立つことを厭わない奴だからノリノリで了承しそうだ。


「はーいつっきー君とさがわさんは新しい花火会場地図刷り上がったから折って! 三つ折りね」

「旦那ー! さかわですってぇ! 宅急便違いますって」

「宅急便はネコの商標でしょー?」

「いやいや、そうじゃなくて!」


 面倒くせぇ会話しやがって。


「知ってるつっきー? A4三つ折りはA4の紙を横に置いてそこを目印に折ると……あんまりぴったりにはできないんだぜ?」

「なんだそのオチ?」


 そりゃそうだ、横は210ミリに対して縦は297ミリしかない。

 まあこのくらいの誤差なら三つ折用の封筒には入るだろうけど。


 折ったそばから瀬野川が客に渡していく。

 いつの間にか当たりを付けての一折り目が俺、そしてもう一度折りが多江、そして瀬野川が渡すという流れ作業が完成していた。


「時につっきーよぅ」


 手を止めずに小声で呟く多江にどきっとした。

 少し咎め立てるような口調だったからだ。


「もう来週だけど、即売会より大事な予定ってなんなん?」


 あ、詰んだ。

 何も考えてなかった。あはは、どうしよう。


「んーと、とにかく外せないんだよ。それ以前に金がなぁ。杜太と行って来いよ」

「だ、だからそこを強調すんなし!」


 ふぅ、色恋沙汰は会話の主導権が取りやすいな。


「何が困るんだよ? 最強のファンネルを貸してやるのに。返さなくてもいいぞ。今までだって俺と二人だけだったじゃねぇかよ? 杜太だったら何か変わるのか?」

「いやだから、慣れの問題というかそのぉ……追い詰めないでおくれよぅ!」


 女子にしてはデカめの手が多江の頭を掴んだ。


「後で詳しく聞かせろ」

「「ひっ」」


 しまった。

 ここには瀬野川がいたんだった。凄みのある声で言いやがって。


「立ち見エリアなら始まってからでも間に合いますよ」


 鋭い声を出したかと思えば、柔和な声で接客する。

 案内所はやはりコミュ力の高い瀬野川が適任だ。


「二人ともごめーん! それ折らなくていいってさー! テヘッ」


 わーい交野さんひっぱたきたい。

 冷静に考えればA4ペラ一枚をなんで折っていたんだ。


「ちなみにさー、つっきー君とクロネコさんはパソコンいけるんでしょ? この地図A全版とかにできる? 外の看板に貼っちゃいたいんだけど?」


 黒猫?

 どっかの妹の邪気眼系な友達に多江を重ねたのか?

 それとも『さがわ』から宅配便もとい宅急便で猫に行き着いたのか?


「ちょ、クロネコってあたしのことですか?」

「やりますよ」


 花火の打ち上げまで二時間切っているのに何言っているんだか。


「通訳案内所の後ろにパソコンとプリンターとあるから頼むよ! あ、それ終わったらつっきー君撤収でオッケよ! 明日の掃除でまた会おうね。黒猫ちゃんは一度戻ってきてせがわちゃんと一緒に陸君の指示で動いてくれる?」

「あたくしぃ〜瀬川ではございませんのぉ~」


 何ノリノリでモノマネしてるんだか。


「あらぁ、そうでしたのぉ~?」


 モノマネで返す交野さんはやっぱり一度ひっぱたいてやりたいな。

 通訳案内所の裏に移動すると、必死に対応する桐花が見えた。


「ほぇーきりきりすげぇねぇ」


 なんとか対応してはいるものの、限界が近いのは分かった。

 中国人の留学生さんは英語も多少話せるらしく、桐花の手助けをしているくらいだった。


「つっきー、分割印刷したら外の看板に新聞紙を画鋲止めして貼っちゃおう」


 さすが仕事の迅速さと丁寧さには俺の中で定評のある多江だ。


 案内所前の仮設看板に移動して新聞紙を適当に画鋲で張り込む。

 低身長二人にはキツい作業だが、なんとか届いた。


「さっきの話だけど、オンリーにも行かずにどこ行くん?」

「いやぁその……まぁ」


 しまった。なんで考えておかなかったんだ。

 多江の目が寂しそうに伏せられた。


「ど、どうした?」

「……やっぱりあたしにはほんとのこと話しにくい?」


 何を言っているんだ。

 誰にも見つからないように引きこもりますなんて言えるか。


「な、なんのこと?」

「だってほれ」


 多江に携帯を渡された。


『つっきーと来週どこ行くの?』

『http://・・・(URLは省略されました)』


 へ? 誰とのチャット? どういうこと? 全然心当たりがない。


「つっきー手止まってる!」

「い、いや携帯渡してきたのお前だろ!」


 チャット相手は『向井桐花』と表示されていた。

 どうして多江が桐花に行き当たったかは分からないが、とにかく桐花が話を合わせてくれたらしい。

 まずい、桐花さんの優しさに泣きそうなんだ。


「と、時に安佐手の旦那ぁ」


 甘えた声を出しやがって。


「予定変更はしねぇし桐花をこっちの業界に誘う訳ねーだろ」

「ちっ!」


 うわ、すごい舌打ちされた。


「あーもう! あたしを一人にせんでくれよぉ!」

「一人じゃないだろ」

「そうじゃないっての! あーあーあー!」

「静かにしろって」


 この多江の頭を抱える態度を見ても、杜太はしっかり多江の心に食い込めているんじゃないんだろうか。

 杜太は頑張って多江に近づこうと努力しているんだろう。

 俺にはできないことをやってのけているんだ。


 案内所へ戻ると、客は一人もいなかった。

 多江がちょうど良く瀬野川にとっ捕まってくれたので、自分は捕まらないように

 ついに花火の時間が近づいてきてしまった。

 桐花を誘ってしまったことに後悔はないが、なんとも後ろめたかった。

 知り合って間もない女子を誘い出しまったんだ、俺は。

 いや待て。桐花だ。

 別によこしまな気持ちがある訳でもなし、抱いたところで桐花の方からお断りなのは目に見えているじゃないか。


『自転車前で待ってる』


 ぶっきらぼうなチャットを送ってしまった。

 何の前置きもなく突然そこで待ってるよって、気持ち悪すぎるだろう。

 しかも『自転車前』って何?

『自転車置場の前』でしょ! 見直そうよ送る前に!

 社務所を出てしまえば、人混みというミノフスキー粒子で通信ができなくなってしまうんだぞ!


『荷物お願い』


 返事はすぐ戻ってきた。

 お互い最小限のチャットでよく会話ができるもんだ。

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