第十八話 少年の諦観(ただし、やや前向きな)

少年の諦観(ただし、やや前向きな)-1

 雨が止んだ後の匂いは一番好きな匂いだ。

 特に、近所の林の中を通る遊歩道に立ちこめる匂いが一番好きだった。


 小さい頃はファンヒーターの灯油の匂いが一番好きで、大きくなったらガソリンスタンドで働きたいと本気で思っていた。

 そんな危ないガキだった頃に比べると、少しはまともな人間になったと思う。


 我が家から最寄りの鉄道駅までは徒歩一時間ほど。

 雲は自転車にまたがる気を削ぐほどには厚く、バスに乗ろうと思わせるほどは厚くはなかった。

 頬に風を感じたら折りたたみ傘を開く。

 枝から落ちた水がボタボタと傘を叩いた。


「ふわぁ」


 昨日は久々にネトゲに興じてしまったから寝不足だった。


 ショッピングモールで騒ぎ回ってから数日が経過していた。

 陽太郎は嗣乃と一緒に『学校交流会』だかいう会議に借り出されていた。


 夏休みが始まるや否や、山丹先輩は一年生を『校内組』と『校外組』の二組に分けた。

 校内組は校内の仕事を主に担当し、校外組は他校との折衝を主に担当する。

 で、校内組を任命された俺は本日休業という幸運に恵まれたのだが、同じ校内組に呼び出されてしまった。


「やっぱり歩いてきたんだね」


 声をかけてきたのは、ジャージ姿の白馬だった。

 落ち合うのは駅前って話だったのに。


「まずはおはようだろうが」

「あはは、なんかこんな会話した記憶があるね。でももうお昼だよ」

「そうだっけ?」

「目の隈すごいけど、またネトゲ?」

「あぁ、昨日盛り上がっちゃって」


 盛り上がっていたのは多江と杜太で、俺は完全に蚊帳の外だった。

 杜太が興奮気味に数日前の東京行脚の話をしてくれるのは良いんだが、舞い上がっていて話の内容がまるで汲み取れなかった。

 今頃二人ともグースカ寝ていることだろう。


「なんだか大変だね、安佐手君も」

「は、はい?」


 なんだその感想は。


「僕達みんな安佐手君におんぶにだっこだからさ。仁那ちゃんなんて安佐手君の心配ばかりしてるよ?」


 何を言っていやがる。

 もう周りの心配をする熟年夫婦気取りか? 


 白馬と瀬野川がべったりになったのは、例のお化け屋敷赤っ恥事件の翌日だった。

 みなため息交じりにやっとか、と胸をなで下ろすばかりだった。

 こういうことに鈍感極まりない多江と陽太郎は多少混乱していたが。


「安佐手君、駅前の道、避けてもいい?」

「へ? なんでまた?」

「この前駅前歩いてたら、化粧品の試供品渡されちゃってさ。仁那ちゃんにゲラゲラ笑われたんだよ」

「まぁ、俺が白馬のことを知らないバイトのおねーさんだったら渡すよ」


 白馬の眉間に皺が寄る。


「安佐手君までそういうこと言うんだから。仁那ちゃんてば、僕のそういうところが好きって言うんだよ。気にしてるのに」

「そうか。爆発しろ。砕け散れ」

「えーそういう感想?」


 いや、それ以外の感想を持つ奴はいないだろ。


「おめーらおせぇ!」


 勝手口で待ち構えていた瀬野川は朝から元気だった。

 いや、まだ約束の時間まで十分はあるぞ。

 光画部時間で言えば百三十分早いのに。

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