俺と私が一心同体な異世界事情
春見悠
序章 せかいにさよなら
「……はぁぁー」
俺は達成感と虚脱感に包まれ、椅子にもたれて深く息を吐いた。
貼り付き始めてからもう一週間が経つ。
目の前にモニタが3台置かれ、その上に更に3台壁に取り付けてあるモニタには、為替レートと、ある国の主要株が表示されている。
ある国に絞った大企業の株は急激な右肩下がりを示している。同様に貨幣価値も暴落している。
あの国は終わったな。
前代未聞に膨らみ続けたバブルは機関投資家が分散して針を突くように目減りし、堰を切った瞬間、虚栄の経済に終止符が打たれた。
その過程で、散々ハゲタカファンドに混じり暴利を貪った俺は乾いた笑みを浮かべた。
レバレッジをきかせて全力で売りぬき、今までに見たことがない程、悲惨な底値で買い戻した。サーキットブレーカーで回復することもなかった。
税引き前で160億円ほどだろうか。
現在は国債多めのポートフォリオで静観している。
既に某国は実体経済を巻き込み破綻した。
世界の人々から見れば、この巨大な市場は俺のような人間でも中核産業の大株主になれるくらい、安い。
この国が立て直されるとしたら、それは他国の金融に汚染された見せかけの国家となるだろう。某国がそれを許すのなら。
今、俺には一部の資本家、富裕層を抜けば大金という他ない額がある。
思う限りの贅が尽くせるだろう。
働くことなく、死ぬまで娯楽に生きることができる。
そう考えたとしても、ただただ無味乾燥に思えて仕方がない世界。
ここで生きる意味があるのかと問いたくなる。
今までこんな額を見たことがあっただろうか。
努力もせず、ただの小手先で得た利益。
十数年前、公務員になったが、ガチガチのキャリア主義に嫌気がさした俺は、早々に国への忠誠心をなくした。
細々と貯金をやりくりして、公認会計士を目指したところで、結局挫折した。税理士すら無理だった。
自社開発したパッケージを売るソフトハウスで数年働いたが、エンジニアとしての発想の貧弱さに泣きたくなった。
30代をむかえて、残った金で会社を経営したところ、はじめは順風満帆に黒字を出したが、競合企業に睨まれた瞬間、夢のように瓦解した。
設備投資した直後で、金融も手のひらを返し、瞬く間に大赤字になり、運転資金も底を尽きた。
会社は破産し、親に見せる顔もない。ホームレスになることも覚悟した。
財産はなくなり、家族友人知人が一人、また一人と、不通になっていく。
生活保護の受給により、細々と生きる俺には、結局金が全てで、そのためにこんな無残な人生になってしまったと思った。
不思議と自殺する気にはならなかった。
このときの俺は何がために生きていたのだろう。
小口向けの投資が普及してきたのはこのころだった。
PCさえあれば、俺でも口座が開設でき、投資することができるようになった。
俺はハイエナのようにマネーゲームにのめり込んでいった。
どこかで災害が起きれば、関連企業の株を売買し、どこかで暴落が起きれば嬉々として空売りを仕掛けた。
都心の高層マンションに住処を移し、オンラインゲームで金にものを言わせて、年甲斐もなく愉快犯の如く架空の世界の価格操作をし、目当ての装備を手に入れていく。
本命の娯楽がマネーゲームで、暇つぶし程度にネトゲをしていた。
どちらも同時にできるから楽であった。
しかし、本命であるはずのマネーゲームで相場の操作なんてできるわけがない。
そんなのは世界にごく一握りの機関投資家にのみ行える特権だった。
日本の銀行では100兆円もの運用資金があるからこそメガバンクと呼ばれる。
幾ばくかのキャッシュがある身寄りない個人投資家とは世界が違う。
マネーゲームにおいて、俺はただの小粒でしかない。
最初からの敗者でしかない。
そうして今に至り、生涯で見たこともない金を掠め取った。
結局やってきたことは、祭に便乗したハゲタカだった。
他人には、失敗をしながらも、這い上がってきた成功者に見えるだろうか。
それとも、引きこもりの醜い亡者にしか見えないだろうか。
もう一度考える。
この世界で生きる意味があるのかと。
熱にかられた狂気のように笑うことはあった。
手に汗握る瞬間を味わうことは幾度もあった。
けど。
努力が報われた瞬間はあっただろうか。
幸せを感じたことはあっただろうか。
日々の暖かさに触れることはあっただろうか。
言い聞かせてきた。実らないと思える努力ほど無駄だと。
利益のない充実は空虚であると。
ならば努力をせず利益を出せばいいだけだと。
けど。
俺は大切なモノを見落としていたのではないか。
もうそれが何かはわからないし、知りたくもない。
端的に言わせてもらうと。
「俺の人生は豚も食わないクズな人生だ」
生半可に知性がある上に自儘に生きようとしたツケだ。
笑っているとも思えない声が、喉から音をひりだして笑う。
神様がいたとしたら、さぞ天罰を落としたかろう。
――突然、聞きなれない音が鳴り始めた。
大して使わない携帯端末からだ。
恐怖心を煽るかのような、はじめて聴く着信音。
端末には“避難警報”と表示されていた。
詳細を確かめると某国が日本を含む数国に対して、攻撃を行ったとのことだった。
破綻してしまった首脳部が行う手段としてはありえるのだろう。
混乱に乗じて軍部の急進派が台頭したとか。
落ちゆく国家の最後っ屁。
モニタのひとつを国営チャンネルに切り替える。
「――国は日本全域に対し、大陸間弾道ミサイルを発射しました。国防軍は同盟国と協力して迎撃をすでに始めております」
キャスターの表情には焦りや恐怖がまざまざと表れているが、口調は律儀に報道を全うしている。
いつしか、公務員時代の同僚が核弾頭が搭載されたICBMの飽和攻撃に対して、完全に迎撃ができると言っていたのは本当だろうか。
そんな風に疑っている自分に気づき、バカバカしさに笑みを大きくする。
嘘だった場合は、都市ごと俺も蒸発することになる。
恐らく数百発は飛来し、数十発はこの首都を狙うであろう文明の滅ぼし手が辿り着くとしたら、10分程度だろう。
部屋の一面が窓となっているところから見上げても、それは見えない。
それでも確信してしまった俺は笑みをさらに濃くする。
「俺の人生が糞どころか、世界そのものが糞じゃねぇか」
こんな世界に神様がいるわけがねぇ。神様だって願い下げだろうよ。
「いたとしても無用の存在だろうな」
必要ともされず、必要なこともしない不要物。俺と同じか。
いよいよ末期なのか、6台のモニタ全てに砂嵐が映し出されたと思ったら、電源が落ちた。
そのときだった。
「――ほう?」
底冷えのするはっきりと、けれど囁くように声が聞こえる。
「では、試してみようか」
何かに応える前に、全てを消し去る爆音と共に、小宮シンは光に包まれた。
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