2-14 ゾフィーと料理と不穏な手紙 2

 わたくしと八百屋の若い女店主、イーシャさんが連れて行かれたのは、南東のスラム街。

 その中の老朽化した家でした。



「おう、帰ってきたか」

「おう帰ってきたかじゃねーよ。どうしておめえが居るんだ?」

 男が呆れたよう声を上げた。


 どうやら、家でくつろいでいる彼らのご友人らしき方は、いないはずだと思っていたようです。

 この家が誰の住居だとか、そういったことはきっと問題ではないのでしょう。


「いやさぁ、二人が皆に黙って美味しい思いをしようとしてるって聞いてさ。他の連中もじきに集まるぜ」

「そんなことだろうと思ったよ。やめてくれよ、前みたいにせっかくの上玉を一夜でダメにすんのは」

「あれは遊び過ぎたな。今回は加減するさ」

「当然よ。まぁ?そのために二人連れてきたってわけだがな」


 何が面白いのか、下品な笑い声を上げる三人。


「ああ、あと頭目から手紙が来てたぜ。そろそろ、だそうだ」

「やっとか。これまでの鬱憤が晴らせるってもんだ」

「今まで手の届かなかった澄まし顔の女共も、成金商人も、地獄を見せてやろうじゃねーか」

「細けぇことは、そこに置いてあっから」

 何やら、あまり聞こえの良くない話をしています。


「そんなことより、他が来る前にちょいと味見といこうか……」

 男が、話題を打ち切り、がさつな腕がわたくしの肩に回されようとしました。

 部屋の真ん中へ一歩進むように、腕を避けます。

 それをして良いのはあなたではありません。決して。


「おいおい。何のつもりだ。性奴隷ちゃんよ?」

「汚らわしい。あなた方に指を触れさせることはありえません」

 ズルリと現れるはわたくしの大鎌。

「ご安心ください。殺しは致しません。ただ後悔と反省をその心に刻ませていただきます」


 それはわたくしの手を離れ、独り手に踊りだす。

 最早狭い空間に制限を覚える必要はありません。

 新しく知った魔法を存分に試します。


 鎌の通り道にある空間を無かったことにしてしまえば良いのです。

 ほんの隙間にほんの瞬間。

 それが起こったところで、世界は整合性を失いません。


 それは、対象が人でも変わりません。

 一部をすり抜けつつ、任意の箇所を実体として扱う。

 袈裟懸けに普通なら真っ二つに割れるはずが、体表や行動を阻害する内部のみ、破壊できます。

 この大鎌でも、相手に致命傷を与えずに敵を無力にすることができるのです。


 突然の変化に理解が追いつかない男たち。

 ソファーや椅子に身を預けたまま咄嗟に動けない内に処理をしていきます。


 一人。椅子に座る男を下からすくい上げるように、足の根本の腱を裂きます。

 二人。ソファーの男が立ち上がった所で、大鎌が飛来し、肩から腰にかけて浅めの裂傷を刻みます。

 三人。立っていた男が腰の剣を抜き、身をかがめようとした。

 ……ああ、動くので、胴の中身だけ切り裂いてしまいました。


 動態を捉えるのは難しいですね。

 魔力も食いますし、余裕が無いときは諦めざる得ないでしょう。


 意味不明な症状に崩れ落ちるように床に突っ伏す男。

 死ぬ程痛いと思いますが、生命量を見る限り、まぁ死ぬことはないでしょう。

 良かったですね運が良くて。


「うぅ。痛ぇよ。なんだよこれ」

「おいおいやべぇ奴なんじゃねぇか?」

「わかった! もうやめてくれ!」


 呻く者、恐る者、謝る者。

 三者三様の体で、もう抵抗する気力が無いことを示している。



 しかし、彼らは一体何の集まりなのでしょうか。

 賊が群れて人さらい等の悪事を働くのは茶飯事でしょう。

 しかし、彼らの会話から嫌なものを感じました。


 頭目から手紙。

 端が折れているテーブルの上にある白い紙がそうなのでしょう。

 ペラリとめくると数行の文章が書かれてます。



 諸君

 我ら悲願の成就は遠くない。

 来週土の日に我が家に集わん。



 簡素ですが、何か大きな意味があるように思えます。

 悲願とは何か。

 集うという我が家とはどこか。

 一体何をしようというのか。


 まあいいでしょう。

 とにかくわたくしは買い物をしに来たのです。

 彼女に店頭に立ってていただかないと。


「二度と関わらないでください。さ、イーシャさん、行きましょう」

「は、はい」


 足が竦んでしまっている女主人の手を引き、家から出ると、5、6人の男たちが肩を並べてこちらに向かっています。


「おい、あの二人、今日の女じゃねぇのか」


 頭が悪そうですのに、そんなところだけ妙に勘が利く彼ら。

「走りますよ」

 コクコクと頷くイーシャさんも何とか走り出します。


「家の奴ら、傷だらけで、震えてますぜ」

「チッ、馬鹿ども。ほっとけ。女を追うぞ」


 仲間の命よりも己の欲望。

 彼らがどういった繋がりかはわかりませんが、口を開くたび価値が下がる人種のようです。


「ほら急ぎなさい。市街地に出られれば、彼らも手出しできません」

 とは言いながらも、逃げきれそうもないことは見てわかります。

 仕方がありません。


 歌を紡ぐ。


 わたくしの行動に彼女がこちらを見ますが、気に留めはしません。

 振り返り、男たちを視野に収めます。


「アイシクルグラベル!」


 小さな雹が見る間に大きな礫へと変化。

 横殴りに降るように、男たちに注がれます。

 足止めにはなるでしょう。


「こちらへ」

 ポカンとしている女主人の手を引き、路地裏へ。

「少しお待ちください」


 そう言ってわたくしはまた路地へ飛び出します。

 手には大鎌。

 雹をやり過ごした男たちをまとめて裂かんと振りかぶります。


 金属を砕く音が響きます。

 続いて男の叫び。


 体格の良い男が大剣で鎌を防ごうとしたのです。


 そんなもので止められるわたくしの鎌ではありませんが、瞬間的な動作に対応してすり抜けることは難しく、空間の無視に狂いが生じます。


 狂った結果が、折れた剣と同じく男も寸断されたのです。

 わたくしの気遣いが無駄となってしまいました。

 思ったよりも魔力を使うんですよ?


 彼らにとって幸いというべきか、その大剣と男のおかげと言うべきか、残りの男たちには刃が届きませんでした。


しかし、呆然と二つに分かれた男が霧と共に核を残し消えた様子を眺め、こちらを見ました。


「バ、化け物」


 一人の男が怯懦し、言いました。

 この後に及んで、死の可能性に気づいたようです。


「化け物で結構です」

 わたくしは、鎌を回転。刃の先端を彼らに向けます。

「ですので、二度とわたくしの目の前に出ないでいただけますか?」

 そう言い放ち、彼らの首根を鎌で掻い潜らせる。


「ヒィッ!」

 一瞬遅れて聞こえる悲鳴。


 何が起こったのかもわからず、腰を抜かす男たち。

 断ちはしませんが、彼らに死の恐怖を植えてあげました。



「さ、参りましょう。売っていただきたい野菜がありますので」

 路地裏から、顔を出すように見ていた彼女に声をかける。


 青ざめた表情でわたくしを見る女主人。

 ふっと彼女が首を引っ込めるイーシャさん。

 彼女の方へ行くと、路地裏を駆け、逃げていく様子がわかりました。

 誰から逃げたのでしょう。

 いえ、わかっています。わたくしから逃げたのです。


 やはり彼女もそうなのでしょうか。

 仕方がないとも思います。

 人殺しに毛ほどに思うこともない残虐性の発露。

 それはわたくしが魔族だからなのか、生きて培ったものなのか。

 何にせよ、死んでいい人類は魔物以上に存在するものだと思ってます。


 己の身を守るため、大切なものを守るためなら、全てを断つでしょう。

 それを相手に知ってほしいとも、理解してほしいとも思いません。

 ただ、わたくしが安らかになれるお方の側に居て、お二方も安らかになれることがわたくしの生き方です。


 そんなわたくしが魔族であることは、誰にもわからないはずですが、やはりそういった考えや行動は魔族のように見えるのでしょうか。

 自分ではよくわかりません。

 そんなことより、これでは野菜が買えません。


 東南の地区を抜け、ようやく侯都らしさがわかるようになると、頬に手を添え、どうしようかと思案します。

 市場には他の店もありましたし、大丈夫でしょう。

 時間が気になりますが、まだ明るいうちですので。




 東広場に戻ると、そこには買い物客以外のざわつきも加わってました。

 警官が数人います。


 わたくしたちが先程の家に向かった道から、何人も警官が駆けて来て、あっという間に十数人に増えます。

 警官が集まっているところは八百屋。イーシャさんのお店。

 彼女も既に戻ってきているようで、警官の一人と話しています。


 わたくしはそっと避けるように、離れようとします。

 が、彼女と目が合ってしまいました。

 警官にお辞儀をしながら、輪を抜けてこちらに来る彼女。


「あ、あの!」

 わたくしから逃げたはずなのに、わざわざ声を掛けてきました。

「あ、ありがとうございま……す。それと、ごめんなさい」

 首を竦め、尻すぼみに礼を告げる彼女。


「わたくしは野菜が買いたいだけでしたので」

「そうでしたね。たったそれだけのために、助けていただいてしまいました」

「ええ。それだけのために。もちろんお代はありますので」

「でしたら、こちらへ。店頭にて是非選びくだいませ」

「ええ。お言葉に甘えて」


 警官の方を見やると、彼女が言う。

「あと、あなた……ゾフィーリアさんのことは黙っておきますからね」

「ありがとうございます」

 きっと彼女も優しいのでしょう。

「それぐらいおやすい御用です。ささ。本日は、北トラシント産夏野菜が入荷してます。おすすめですよ?」

 会話していく内に、不安や恐怖が抜けていったのか、彼女本来の明るい性格が出てきました。


 改めて思います。

 人は掲示と生まれにより決められていることがあったとしても、会話や関わり合いで、変えていけることを。

 逆に、どうしようもなく暴力のみによって、変えられる存在もあることを。


 しかし、悪く考えれば、人の気持ちは移ろいやすい。

 イーシャさんだって、普段の場所で、警官がいるから、わたくしと話せた。

 話しかけてみれば、大丈夫そうだから、気楽になれた。

 もしかしたら、裏切られることだってあるかもしれない。


 いいえ。そんな考え方をしていては、何も実を結べないのでしょう。



「はぁ~」

 気を張っていたせいか、どっと疲れがきました。

 魔力を消費しているからでしょう。

 今日はどうしてか忙しい一日でした。


 いえいえ。

 本日で最も大事な時間がこれから待っているのです。

 魔力が少ないとか、そんなことは問題ではありません。

 腕によりをかけて作りましょう。



  ●



「ただいま戻りました」

「遅かったね、ゾフィー」

 シン様が階段の上から覗くように顔を出しました。お顔はシア様ですが。


「ご心配をお掛けしました」

「ゾフィーに何も無ければ大丈夫。ああ、調理場でクルカが待ってるよ」

「そうでした。今すぐ準備します」

「焦らなくてもいいから。納得のいくまで、頑張って」

 ご主人様が応援してくださっている。

 それだけでわたくしの体温が上がります。 

「ありがとうございます。シン様」



「ゾフィーリア様」

「クルカさん。お待たせしました」

 調理場に行くと、備品の確認をしているクルカがいます。

「いえ。お気になさらず結構ですので……」

 そう言うと、クルカは目を細め、考え込んでいるのか、悩んでいるのか。

 彼女らしくない態度です。

「どうしました?」

「失礼致しました。ゾフィーリア様宛にお手紙がございます」

 手近に置いておいたのか、手際よく渡されるのは、魔封印が施された便箋とペーパーナイフ。

 手紙にはゾフィーリア様へ、と書かれているだけで、送り名はありません。

「自分はお待ちしてますので、先に手紙をご確認されたほうが、良いかと」

「そうですね」

 と言いながらも、心当たりが全くないことに疑問を覚える。


 すぐ隣の部屋の応接間へ足を運び、魔封を自らの署名で以って解き、ナイフを通すと、一枚の紙が出てきた。

 冒頭には、招待状、とある。



 おめでとうございます。

 貴方様をケッセルハイム邸で行われる交流会に招待することが決定しました。

 来週、土の日22刻より開催されますので、ご参加いただけましたら幸いです。


 なお、私共は、貴方様の秘密を存じております。

 また、本日男性を一人殺されましたことも。

 どのような事情であれ、私共はこのような行為を好ましく思わず、できましたら貴方様と会い詳しい話を聞きたいと考えております。

 込み入った話になると思いますので、お一人でお越しくださいますようお願い申し上げます。

 また、この招待は内密に。

 貴方様が善良な方であることを見守っております。

 何卒、宜しくお願いします。



 白々しい。

 つまるところ、これは脅迫文以外の何物でありません。

 秘密を握り、意のままに動かそうとする。

 下衆な政治家や貴族が好みそうな方法です。


 即刻、ご主人様にご相談すべきでしょう。

 ですが、それとなくわたくしを監視していることもほのめかしてもいます。

 わたくしの身上や行動について、世間に話題にされたら、きっとご主人様はお困りになるでしょう。

 一緒に居られなくなるかもしれません。

 わたくしは二階へ向かう足を止めました。


 来週土の日。

 男たちが頭目と呼ぶ人が、彼らを集める日と同じ。

 いつから巻き込まれたのでしょう。

 それはわかりません。

 しかし。

 きっとこれは、わたくしだけで解決しなければならない問題。

 わたくしの良心による行動が不幸を呼び込むことは、もう嫌なのです。

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