3 潜入! 柔道部

―― 柔道部の連中が怪しいバイトをしている!


 それは、どうでもいい噂だった。

 

 それなのに転校生のイケメン三人組は、熱心に柔道部のことを調べている。

 その理由は分からない。


 菊乃にとって、興味の対象は柔道部の噂ではなく三人組の謎なのだ。


 成り行きで調査に参加させてもらうことになった以上、今更、断るわけにはいかない。


 なので、菊乃は、眼鏡の少年カズに誘われるまま6時間目の授業を抜け出して、柔道部の部室に侵入することに同意してしまった。


 正直、菊乃は自らの選択に後悔しかかっていた。

「なんだかなぁ……こんなくだらないことで授業さぼるなんて」


 乗り気ではない菊乃をよそに、カズは真っすぐに体育館方面に向かう。


 体育館の隣が武道場。それに隣接したプレハブが柔道部と剣道部の部室になっていた。


 部室にはカズと菊乃の2人で潜入する。

 カズがいつの間にか鍵を調達してきたので部室への侵入は意外と楽だった。


(カズ君、どこから鍵もってきたんだろ?)


 そんな疑問を解消するヒマもなく、カズはさっさと室内に入ってしまう。

 仕方なく菊乃も後に続く。

 

 無人の部屋に勝手に入るのは『スパイ』みたいでドキドキする。

 少し、気分が上がってきた菊乃は、やる気になってきた。


「よし! やるぞ!」と、気を引き締める菊乃。

 

 誰かに見られてないか周りを確認! 

 そして、一気に扉の向こうに潜り込む!


「臭っ!」


 それが部屋に入った時の第一印象だった。

 一言でいえば『お父さんの脱ぎたて靴下』いや『お母さんが捨て忘れた冷蔵庫の生もの』みたいな刺激臭……。


「男子のロッカー室って臭っ……みんなそうなの? それともここが別格?」


 菊乃は、鼻から空気を吸わないように口呼吸しながら、トボトボと部室内を歩いた。


 部室の内部は教室半分ほどのスペースにロッカーが4列。

 正面の壁に『初段』とか『二段』とか書いたボードがあって、その横に名前の書かれた木の札が幾つかぶら下がっている。


 特に変わったこともない。

 

 菊乃は具体的に何をすれば良いのか分からず辺りを適当に物色した。

 一方、カズはロッカーをひとつひとつ点検している。


「ね、カズ君。なんか手掛かりあった?」


「……無いみたいだね。ロッカーにはだいたい鍵がかかってるし、開いてるやつもあるけど中は柔道着ぐらいしかないよ」


 素人探偵が部室をうろついたぐらいでは大した発見はできないようだ。

 探索に飽きてしまった菊乃は、もう後悔し始めていた。


(なんか思ったよかツマンナイ……)


 その時、カズが「あれっ!」と、声をあげた。何かを発見したらしい。


 菊乃が目を輝かせる。

「え? なんか見つかったの?」


「うん。これ……何かの当番表みたいなんだけど」


 カズが発見したのはホワイトボードに貼り付けられたA4版の表だった。

 縦軸に日付と曜日。その横に名前が連なっている。

 例えば今日の日付の横には『西野、肥後、小林』と書かれている。


 当番表を眺めながらカズが呟く。

「1日に3人。そうじ当番かな? あれ? でも、なんで金曜と土曜は5人なんだろ? それに日曜にも名前が入ってる」


 そう言われてみれば確かに妙だ。


 菊乃も首をかしげる。

「さあ? なんでだろ。週末は大掃除するんじゃない?」


「分からないな。でも何か意味はあるんだろうね……」


 これ以上の手掛かりはないとみて、部室の探索はそこまでにした。

 そしてカズの提案で、続きは放課後の部活見学で、ということになった。


     *    *    * 


 その日の放課後。

 一応、入部希望という口実で、菊乃とカズは柔道部の練習を見学させてもらうことにした。


「見学させて下さい」と、菊乃が申し出ると、モアイ像みたいな四角い顔の部長が気持ちの悪い声を出した。

「か、歓迎するッス。そっか。待望の女マネージャーかぁ。くぅ~」


 モアイ像のような部長の緩んだ顔を見て菊乃は(キモイ!)と、0.2秒で心の突っ込みを完了した。


「あ~そうだ」と前置きして、モアイの部長は申し訳なさそうに言う。

「最初は河川敷までランニングするから、30分だけ待って欲しいんッス!」


「あ~そうですか」と、表情を変えない菊乃。


 モアイ部長はニカッと微笑む。

 その顔つきに再び(キモイッ!)という心の声。ほとんど条件反射だ。


 柔道部の連中が並んでランニングに出かける様を、ぼんやり見送りながら菊乃が呟いた。

「柔道着にスニーカーって変。それにあの部長、どんだけ女子マネに飢えてるのかしら」


 それを聞いてカズが苦笑する。

「いいんじゃない。ああいう人がいても。青春まっさかりって感じで」


「アタシはヤダ。それにしても30分も待つの? こんなことならわざわざ6時間目抜けることなかったね。部室なら今調べれば良かったのに」


「そ、それはそうだね」と、カズは苦笑する。


 武道場の左半分は畳、右半分が板張りで剣道部のなわばりになっているようだ。


 誰も居ない武道場にカズと2人きり。


 待っている間、菊乃は暇つぶしにカズの横顔を眺めていた。


(カズ君て肌きれい……髪もサラサラだし)


 そこで思いついたことを菊乃がぽつりともらした。

「カズ君てさ。アタシよか背ちっちゃいね」


 一瞬「え!」という顔をしてカズが菊乃の顔を見た。

「……驚いたな。面と向かって言われたのは初めてだよ」


「あ、ごめん。気にしてたんだ。で、でもそこが可愛いトコなんじゃない?」


「可愛いって、あんまり嬉しくないような……」

 そう言って照れる顔がまた少年っぽい。


 多分、そういう仕草が女の子を萌えさせるのだろう。とくに中性的な男の子が好きな子にとってはツボに入るんじゃないかと菊乃は思った。


 話題を変えようとして菊乃は素朴な疑問をぶつけてみた。

「あのさ。何で三人一緒に転校してきたの?」


「ああ、それね。実はボク達三人には共通の保護者がいてね。その人の都合なんだ。それで揃ってこの学校に入ることになったんだ」


「共通の保護者?」


「うん。まあ色々な事情があるんだよ。それぞれ……」

 

 カズが言葉を濁したので、菊乃は悪いことを聞いてしまったような気がした。


 本当は住んでいる場所とか家族のこととか、聞きたいことは沢山あった。

 だが、まさか三人とも複雑な家庭の事情を抱えてるなんて思ってなかったのだ。

「ごめんね。アタシ、まずいことを聞いちゃったよね……」


「大丈夫。慣れてるから。そんな事でヘコんだりしないよ」

 カズはそう答えながら笑顔を見せる。


 しかし、菊乃にはその笑顔が寂しさをごまかすために無理に作られたもののように見えた。


 強烈な母性本能……まるで捨てられた子犬と目があってしまった時のように菊乃の胸がきゅうと締め付けられた。


 そのうち、柔道部より先に剣道部の部員が続々と武道場に入ってきた。

 そして準備運動、素振り、と練習メニューを消化していく。

 菊乃とカズはそんな様子を眺めながら柔道部の帰りを待った。

 

 カズが時計を見る。

「そろそろ帰ってきてもいい頃だね」


 その言葉通り、すぐに柔道部がランニングを終えて帰ってきた。


 汗だくのモアイ部長が菊乃の所に駆け寄ってきて息を弾ませる。

「はぁ、はぁ、お待たせしたッス!」


 菊乃のテンションが一気に下がる。

(何だか、匂ってきそう……)


 モアイ部長は菊乃の方だけを見ながら言った。

「はぁ、はぁ、じっくり見学して欲しいッス。で、返事はいつでもいいッスから!」


 モアイ部長はカズにはまったく興味が無いらしい。

 菊乃がマネージャーになることだけしか考えていないようだ。


 やがて、モアイ部長の掛け声で練習が始まる。

「おーし! 今日は特別、気合い入れっぞ!」


「うぃーッス!」


 二人一組になって互いに投げたり投げられたり。

 それをひたすら繰り返す。

 柔道に興味が無い人には、ぎったんばったんしてるようにしか見えない。

 

 しばらくしてカズが何かに気付いたように呟いた。

「あれ? 変だなあ」


「どうしたの?」


「いや。足りないんだ。という事は……もしかして」

 そのままカズは考え込んでしまった。


 彼が何に気付いたのか気になって菊乃が何度も声をかける。

 だが、その後もカズは何も教えてくれない。


(カズ君のケチ!)


 今回の見学は、菊乃にとっては変な部長に目を付けられただけの大失敗に終わった。

 しかし、カズには何らかの成果があったようだ……。


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