第4話 敗走と孤立

「そろそろ、頃合いか」

斥候の報告により、戦況を見極めたエルベール伯が側近に命を下す。


「よし! ラバル卿、けいの出番だ。勝利を決めてこい! そのまま敵を追撃し、必ずベレーム卿を捕えよ!」

「承知! 者共、行くぞ!」

 側近のラバル卿が配下を従え戦場に向かう。白い布きれがいくつも揺れて遠ざかる。

同士討ちを避けるため、味方は一人づつ肩口に白い布きれを留めさせ、目印にしている。遠くからでは分からないが、近くならばなんとか判別可能だ。


 夜襲・奇襲はエルベール伯の得意戦術であった。

 

 最初に武名を上げたポンルボイの戦いは、偶然による奇襲であったが、アヴェスガルド司教をベレームに追い払った際の戦いは、デュノー城に滞在する司教に夜襲を仕掛けたものだった。


 見抜かれているかと危惧したが、取り敢えずは上手くいった様だ。


 夜襲に向けた配置に就けるため、ベレーム勢から距離を取って遠巻きに手勢を動かしていた際の事。

 多勢の人の気配に驚いたモリバトの群れが飛び立った際には、これはまずい、と気を揉んだ。


 直接視界に入らない程度には距離を置いていた(ベレーム勢の動きは斥候を多数用いて押さえていた)ので、飛び立つ群れに気付いたかどうか、というところだが、歴戦のメーヌ伯にとって、願望は願望に過ぎない。


 常識外れの時間帯に夜襲を決行したのは、察知されていてなお、その裏をかくための策であった。


 当然メーヌ伯の知る由もないが、遥か東洋古代中国の『孫子 行軍編』に以下の一節がある。

 『鳥のつは、ふくなり。じゅうおどろくは、ふくなり』(鳥が飛び立つのは伏兵があり、獣が驚いて走り出すのは敵の奇襲である)

 

 メーヌ伯にとって幸いだったのは、奇襲の可能性に気付いた敵将が、発言力の無い小領主一人だけであったことだ。


 ラバル卿に念を押したように、エルベール伯の今回の狙いは司教ではなく、ベレーム卿である。

 司教自身の軍事的能力が絶望的なのは明白となっており、すでにメーヌ領内において脅威ではない。

 だが、その背後にある実家のベレーム卿は厄介だ。


 現在、エルベール伯の主敵は、メーヌ南西方向のアンジューのフルク『黒伯ネッラ』である。

 

 北東方面のベレーム家との二正面作戦は危険であり、同盟までは無理でも容易に手出しされない様、処置しておきたい。そのためのベレーム卿狙いである。

 捕えてもすぐに釈放するつもりはない。メーヌ北東方面の安全の担保として、しばらくメーヌに捕虜として留置する算段である。


 ラバル卿の増援で、戦況ははっきりと味方優勢に傾いた模様だ。ベレーム勢が逃げ始めたとの報告が入る。


「よし、我らも追撃に加わるぞ! マイエンヌ卿!」

伯は、ともに駆けだそうとしていた背後の騎士を呼んだ。

「はっ!」

「卿は先に、西の端で粘っている残敵を掃討せよ! しかる後、追撃に加われ!」

「御意!」

「行くぞ!」

 エルベール伯は命を発するや、乗馬に拍車を入れた。近習も遅れじと追随する。


 マイエンヌ卿アモンは、若干気落ちしつつも、部下に行動を命じて動き出した。遅れて本隊の追撃に加わっても、多額の身代金を期待できる様な「よい敵」は残されていまい。貧乏くじである。


 こうなると、味方に置いてきぼりを食らいながら、しぶとく抵抗を続ける、あきらめの悪い間抜けどもには腹が立つ。さっさと片づけて伯爵に合流せねば。




 ワセリンらを送り出した後、殿軍として残ったジロワらは追撃の妨害を始めた。もとより小勢のため、本隊に対する追撃を阻止することなどできない。


 ジロワらが行っているのは、あくまでワセリンらの撤退の支援である。


 ワセリンには本隊とは違う方向、北か東の方角を目指す様命じてある。遠回りになるが、北東方向へ真っ直ぐベレームを目指す本隊がいわば囮にできる可能性がある。


 既に何度かの押し引きの中で、ジロワの剣はすでに折れ、今は戦斧を振り回して戦っている。焚火を目当てに射ればよいメーヌ勢とは異なり、こちらからでは弓を射る訳にもいかないのでオルウェンも剣に持ち替えて戦っている。


 接近戦になってからは、これが噂に聞く狂戦士バーサーカーか、とでもいう様なジロワとル・グロの暴れっぷりが際立ち、敵勢は、割に合わない強敵と対戦してしまったと気づいていた。


 だが、攻められれば強烈に反撃してくるものの、距離を取って構えている限りは守りを固めている。手を出さなければ安全、という状況となっていた。そして、言葉にはされていないが、双方に共通の了解が出来つつあった。


 守るジロワらは、既に大勢が決している以上、期待できる最高の結果は、無事な退却である。引いた敵に追い討ちを掛けようとしないのは、ジロワ側のそのような意図を暗示させたものだった。


 一方の攻め手の側としては、既に本隊は追撃に移っており、今更こんな割に合わない(手強いくせに貧乏そう)小勢に関わって怪我をするより、とっとと本隊に合流してお零れに与かりたい、という事情があった。


 戦のなか、両者の利益が無言のうちに一致する。攻め手が引き気味になり、ジロワが『追撃はしない、行け』という意図を込めて右手の戦斧をだらりと下げた。


 あとは無事にクルスローへ帰り着けるなら、敗戦における結末としては上々の首尾といえる、とジロワは安堵しかけていたところだった。

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