第27話 密約

「跡をつけられていたようだな」

 隠者風の粗末な道服に身を包んだ初老の男は、ぼそりと呟く。


 窓の外の曲者騒ぎで会話が途切れたあと、見張りの者が報告に来た。


 この屋根裏部屋に居るのは、タルヴァスと従者のジャンこと『赤口のラウル』、それに女装した二コラこと『ブルトンの星占女』およびその娘のアーレッテ。


 そして先ほどの隠者姿の男の五人である。その初老の男の、年経た修道士の様な姿はもちろん変装だ。


女衒ぜげん人攫ひとさらいでは?」

 誘拐して売り払おうと付け狙っていたのだろう。

 お前たちのせいだ、と指摘されても動じることなく空惚けてみせる二コラ。


「このような動きが出来る者なら、是非とも密偵として勧誘スカウトしたいものだな。奴はお前たちの跡を追って現れ、一旦は素知らぬ振りで通り過ぎていったが、後から屋根伝いに忍び寄って来たそうだ。ただの無法者ではあるまい」


「い、一体何者が?」

 タルヴァスが思わず漏らした、しても意味のない質問など黙殺して隠者は続ける。

「それで、お主たちがイスラム由来の毒使いに相違ないのだな?」


「いかにも、然様!」

 問い掛け自体は二コラ達へ向けたものだったが、答えたのはタルヴァスであった。

 うるさげに藪睨やぶにらみする隠者を気にする事もなく、タルヴァスは二コラの持つ毒を誇張交じりの饒舌さで売り込んだ。


「されど!彼の者はあくまで我が手の者でござる。この者のわざを欲するとなれば我を通していただかなければ筋が立ちませんぞ」

 後ろ暗い謀に筋も何も無さそうなものではあるが。


 もともと、二コラへの伝手を求めていた隠者のことを嗅ぎ付けたのは、赤口のラウルことジャンである。


 二コラの後ろ暗い生業なりわいの、仲介役を務めていたラウル(ジャン)のもとに話が伝わると、ジャンはいつもの様に依頼主の身元を調べた。


 依頼主が分かればどの程度危険か、どれ位の報酬が見込めるか、そして時には標的自体ある程度目星が付けられたりする。


 危険が高過ぎたり、報酬が期待出来無さそうだったりで割に合わない仕事ならば、そもそも会わないことすらある。


 依頼は何重もの仲介人を介した上で、数人の最終的な代理人の許へ集まる。代理人は特に口の堅く用心深い連中を厳選していた。


 その数少ない代理人にしても、直接会ったりはしない。

 こちらの身元は徹底的に隠しているし、調べようとすれば直ぐに気付けるようにしてある。


 依頼主の側も秘匿されることが多いが、最初に依頼を受けた仲介人の名だけは必ず要求する様にしている。


 最初の仲介人さえ分かれば、依頼人は大抵その仲介人が接触できる範囲内の人間から繋がっているのだ。


 具体的には、その仲介人が関係を有する人物の中で最も上流階級に繋がる縁のある人間を辿れば大体依頼人は特定できた。


 大金をはたいて毒による暗殺を企むなど、庶民のすることではないからだ。


 それでも、今回は大元を辿るのに苦労した。なんとか経験がものを云い(暗殺の依頼など、する方は稀な経験だが、受ける方は茶飯事である)、相手を突き止めた時にはさすがのラウルも絶句した。これほどの大物はかってない。


 ここでラウルは、もう一つの顔であるジャンとして計算を働かせた。表の顔で立身を図るには、主のタルヴァスに出世してもらうしかない。これはその手掛かりになるのではないか?


 ラウルことジャンは、タルヴァスを巻き込むことに決めた。


 最初は企みの大きさにタルヴァスの腰も引けていた。


 しかし、頼みの綱の叔父ル・マン司教アヴェスガルドは、司教位の後継者として、自分ではなくブロワ伯家に嫁いだ妹の子、つまりタルヴァスの従兄弟を考えていることを知ってしまった。

 メーヌ伯に対抗するため、ブロワ伯の力を借りようというのだ。


 このままでは浮かぶ目のない自分に、一か八かの機会と説得され、ついに折れる。ここからは修羅の途、だ。


 後世の歴史資料には、タルヴァスの冷酷な性格の形成の原因に、ベレーム家内の陰湿な内部抗争があったのではないか、と記録されている。


 父ギョームは評判の高い君主であったが、その亡き後ベレーム家は陰惨な骨肉の争い塗れの家となった。その切っ掛けが、この決断であった。


「それで、そちらの望みは如何ほど?」

 うんざりした顔で隠者が対価を問う。

「それは、的の大きさや重さによりましょう。貴殿のお立場ならば容易な的ではございますまい。こちらとしても、命を秤に乗せる覚悟が必要であれば、それなりの対価が必要でござる」

 タルヴァスは暗に「お前の身元は割れているぞ」と告げている。

 隠者の目が鋭く光り、細められた。


「それを聞けば、もう後戻りはできませんぞ」

 聞いた後、もし断ったなら生きては帰さない。そう目が告げている。

「もとより、この場に及んで無かった事になるなどとは、ゆめ思わぬ」


「……よろしい。されば申し上げよう。此度の的については、貴殿の想像する中でも特に重い方のもの、とお考えいただこう」  


 想像はしていたものの、それを裏付ける発言を得てタルヴァスは喉を鳴らした。


「で、貴殿の望む対価の方は如何ばかりで?」

 隠者の反問に、タルヴァスは意を決して答える。


「されば、……」

 タルヴァスが告げた要求はやや意外だったようで、隠者は興味を惹かれたように見えた。


「ほう、それはそれは……。ふむ、よかろう。承った」

 隠者の答えで商談成立、と気を緩めかけたところに割って入る声が上がった。


「お待ちを」


 声を上げた二コラを、タルヴァスが睨みつける。


「何かな?」

 タルヴァスが制止の声を上げる前に、隠者が機先を制して答えた。


「タルヴァス殿は納得されたようですが、実際に働くのは我らでございます。我らこそその身と命をしろに博打を打つ者。我らの望みを承諾いただかねば、如何にタルヴァス殿が承諾されようとも、我らは動きませぬ」


 タルヴァスの顔色が赤と青を行き来する。

 二コラの発言は、ここまでの取引の前提をぶち壊しにするものだった。


 タルヴァスが交渉に絡むことができたのは、タルヴァスが承諾すれば二コラを動かせる、という前提に立っていたから。そう相手に思わせていられたからだ。


 ここで、二コラがタルヴァスの支配下に無いことが明らかになってしまえば、相手はタルヴァスと交渉する必要などない。二コラと話をつければいいことになる。


 当初、交渉の場に二コラを同席させる予定ではなかった。だが、珍しく強硬に同席を要求し、聞かなければ仕事を受けない、という二コラに折れた結果がこの始末だ。


 まさか、こんなところで手を噛まれることになろうとは! こんなことを企んでいるのなら連れてくるのではなかった!


 タルヴァスは怒髪天を衝く形相でニコラを睨み、ジャンは蒼褪める。


 そんな様子を観察しながら、隠者は悠然と、

「それで、お主の望みとは?」

と、二コラに問うた。


 二コラは隠者の目を見据えて冷静に告げる。

「我らの望みは……」


 二コラの望みを聞いた隠者は、今度は即答を躊躇った。

「……そんなことでよいのか?」

「はい」


 思わず、そんなこと、というほどその望みはともすればささやかなものであった。だが、実際に実現しようとするなら色々面倒な手順を踏まねばならない。


 しばし黙考ののち、二コラの隣に立つアーレッテの顔を見ながら隠者は答えた。

「よかろう。だが途中の手順についてはこちらに任せてもらうぞ。出自を工作せねばならん」

「結構でございます」


 次に、隠者は茫然としているタルヴァスへ向き直って告げた。

「貴殿も安心されよ。先ほど貴殿と約定した対価は取り消したりはせぬ。だが、この者たちの邪魔をすることは許さぬ。その手助けをされよ。よろしいか?」


「……承知した」

 タルヴァスは憎々しげに二コラを睨みつけながら、承諾する。


 密約は成立した。




 タルヴァス達が退去するのを窓の陰から見送る隠者の傍らに、部下が報告のため近寄った。


「さきほどの曲者はシモン以下四名が追跡しております。思ったよりも手練れの様でまだ仕留められていません」

「ふむ。少なくともどこの手の者か、その手掛かりだけでも掴めればな……。まぁ、あちらタルヴァスに引っ付いて来た虫ゆえ、公爵家の筋ではなさそうだが」

「御意。ところで、あの欲の皮が張ったベレームの冷や飯喰らいタルヴァス、まんまと役得をせしめてしまいましたが、よろしかったのですか?」

「あそこまで話を聞かれた上ではな。始末をするのも面倒だ。それに、奴の望んだ対価は見ようによっては我らにとって都合が良い。事が成ったあと、次に段階で役に立ってくれよう」

「そこまで」

お考えでしたか、と感服して見せる部下を傍目に、まずその事を成らせるのが問題なのだがな、と胸中で呟く。


「さて早速、伯爵閣下にご報告せねばならん。戻るぞ」

「はっ」

 

 この邸は地下にある抜け道で通りの向かいに立つ邸と繋がっている。


 抜け道を潜り、向かいの邸で隠者は装いを改めた。


 そして、裏口から部下とともに出て来た時には、すっかりそれなりの地位の騎士の姿となっていた。

 見知った者がいればこう呼んだであろう。


 イエモア伯爵の腹心、フルベール殿と。

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