第24話 宴の夜(二)

 ルーアンには雨が降り始めていた。


 宴席の客たちも、既に引き払った深更。

 ブリヨンヌ伯ジルベールは一人、酒杯を傾けながら今宵の成果を反芻していた。


 ジロワの後継支援は口実である。

 目ぼしい対抗馬もない現状、よほどのハプニングが無い限りジロワが継承指名を受けることだろう。


 その状況下であえてこの様な宴を催したのは、ブリヨンヌ伯が非グンノール派貴族に対してどれだけの求心力を発揮できるかの試しでもあった。


 長老イヴリー伯を引っ張り出せたのは一番の成果だ。

 リシャール一世の生母であるブリタニア人奴隷女のスプロータと、彼女を下賜された裕福な製粉業商人エスパロンとの間に生まれたのがイヴリー伯ラウールだ。

 リシャール一世とは異父兄弟の間柄である。

 兄弟とはいえ、本来なら伯爵位を賜るような出自ではないが、ノルマンディー中興の祖リシャール一世には頼りとなる親族がほとんど残されていなかった上、再興にあたっての軍資金をエスパロンが支援した関係で一族の重鎮と見なされるまでになった。当代リシャール二世が幼少の頃には摂政の一人としてグンノール妃と対置する位置にまであったのだ。

 リシャール二世が成年して実権を掌握して以降、表舞台に出ることも減っていたが、今宵の宴に彼を担ぎ出せたことは注目に値する。


 一方で、コルヴェイユ伯モージェに欠席されたのは、いささか残念な点だ。

 コルヴェイユ伯モージェはノルマンディー公リシャール一世とグンノール妃の間の第三子、現公爵とルーアン大司教の弟である。

 本来なら可能性を忖度するまでもなくグンノール派であるはずだが、ブリヨンヌ伯が付け入る隙があるのでは、と思った理由も存在する。

 前公爵の三男で伯爵位にある人物、とはいっても現状実権は無いに等しく、政治の中枢にも参画できていない。伯爵位の方も、ノルマンディー公家から得たものではなく、妻がコルヴェイユ伯の継承権者であったため、『妻の権利としての』コルヴェイユ伯であるに過ぎない。コルヴェイユ伯爵位自体はフランス王の臣下貴族である。

 この様な『冷遇』振りであれば何がしかの不満も抱えていよう、と粉をかけてみたものの。自分にはまだ、彼を惹きつけるほどの魅力は無かったようだ。


 以上の他に、ベレーム卿に対して貸しを作った事は成果の一つだろう。もちろんジロワ卿に対しても、だ。

 そして、ベレーム卿関係の新たな人脈を得たことも成果といえる。代表的なのはモンフォール卿だ。同じリスル川沿いの領地ながら、間に幾人もの領主とその領地が存在し、これまであまり交流もなかったが、今後は違ってくるだろう。


 だが、今宵最大の収穫はフルクの反応を確かめられたことだ。

 彼の父親ジロワに対する反応は、ブリヨンヌ伯の狙いが達成されたことを明らかに示していた。


 彼がフルクに語った、「実の父親は自分である」というのは事実ではない。


 確かにブリヨンヌ伯ジルベールは、フルクの母マリーの美貌に目を付けていた。

 だが、当時ジルベールは有力貴族の娘と婚姻直前であり、周囲からきつく諫められてマリーに手を出すことは出来なかった。

 それきりしばらくは新婚のどさくさで忘れてしまっていたのだ。

 一年ほどのち、雇われ騎士と館の下女が夫婦になって子供が生まれた、と小耳に挟む。その妻の方が、くだんのマリーと知るや、軽い悪戯心で若い夫婦の元を訪れて生まれたての子供に名を授けたのだ。


 あの時、父親である雇われ騎士は、訳が分からず戸惑いながらも感謝の言葉を述べていた。その背後で寝床に半身を起こした妻が、赤子を抱きながら警戒と疑念で蒼褪めた表情でいるのにも気付かずに。


 そうした小さな嫌がらせを成功させて溜飲を下げた後、二人のことはしばらく意識に昇ることも無かった。次にふと思い出した時には、既に二人は家中を去った後であったのだ。


 十数年後、その時の赤子を騎士見習いとして託したい、との依頼を受け取った際には、あの小さな悪戯の成功で得た快感が思い出されてこれを受け入れた。期待したのは、ささやかな鬱憤晴らしの材料程度のものだったのだが。


 ジロワがメーヌ伯を打ち破って以降は、フルクは宴席の余興として連れ回るのに手頃なネタとなっていた。逆に言えば、この時まではその程度の存在であったのだ。


 事情が変わったのは、ジロワとジゼルの婚約が成って以降だ。


 ジロワにエウーゴン領継承の可能性が出ると、フルクには『新たな使途』が生まれた。展開の転び先次第では、(ジゼルの夫として)ジロワが受け継ぐ領地の支配にフルクが影響力を持つ可能性があるのだ。


 ブリヨンヌ伯にとって、フルクの価値が玩具から政治的な道具へと変化した。


 そして、ジロワとの婚姻前にエウーゴン卿とジゼルが死去すると、事情は更に複雑になる。


 エウーゴン領の継承に空白状態が生まれたのだ。


 血縁による継承権を有する人物が存在しない以上、法的には主従契約の主君たるノルマンディー公が名分を握ることになる。

 ただし、これは誰かに保障された絶対的な権利ではない。サリカ法は「自力救済」が原則である。

 もし、ノルマンディー公が弱体で、より強力なものがエウーゴン領を実力で支配した場合、それを覆すにはノルマンディー公が力をもって自ら打倒するしか術は無いのだ。

 つまり今回の件において、ノルマンディー公が継承者選定の主導権を握っている、ということは、ノルマンディー公にその決定を履行させる実力が存在し、それを否定できる他勢力が存在しないことを意味する。


 そうした状況下で、モンゴメリーが仄めかした様に継承者候補として自らを公爵に売り込む術が無い訳ではない。

 だが、公家との関係を頼みとするそのようなやり方は群臣の支持を得られないだろう。公爵の力、というのはつまるところ、従う封臣の力の集合である。


 後に、封建制が崩壊して常備軍が軍事力の中心となり、絶対王政時代に至ると主君一人の意思により無理を通すことも出来るようになるが、この時点では臣下の総意を踏みにじる形で主君が独善的な決定を下すことは難しい。


 誰かを選ぶ役割は公爵にあるが、選ばれる人物については諸人を納得させ得る理由が必要となる。


 その点、ジロワは丁度名声を高めた直後であり、なおかつ正式に婚姻を済ませてはいないとはいえ継承権者の婚約者という立場で順当な候補である。


 ここでモンゴメリーあたりが名乗りを上げても、普段の行いからして誰にも支持はされないだろう。

 そして、ブリヨンヌ伯が立ったとしても、今度はパワーバランス的にグンノール閨閥の(水面下での)反対に遭うだろう。逆もまたしかり、である。


 そういう意味でも、中立的立場のジロワは候補者として有利な位置にあった。


 では、なんら手も打てず、ただ指を咥えて見ているだけか? といえば、そうでもない。ブリヨンヌには、迂遠であるが他者にはない手駒があった。


 フルクである。


 ジロワがエウーゴン領を継承すれば、その死後には最終的にフルクの下に領地諸々が転がり込む可能性がある。


 ジゼルが健在で、もし子が生まれていればフルクの地位は不安定なものになったが、現在の状態だと、ジロワが指名を受ければエウーゴン遺領はジロワ自身の権利による領地となる。そうなればその死後、フルクは確固たる継承者である。


 ブリヨンヌ自身が権利を得られずとも、それを得た者を腹心の臣下として飼い馴らしておけばよい。


 フルクに虚偽を吹き込む一方で、ジロワの継承指名を支持するブリヨンヌ伯の狙いはそこにある。


 今宵の反応を見る限り、ブリヨンヌ伯のはかりごとは上々の首尾を挙げている。フルクの忠誠は既にブリヨンヌ伯の手の内だ。


 口先三寸で実利をものにした。会心の悪戯を成功させた悪童のように、ブリヨンヌは意気揚々とし、あの男ジロワはまったくもって、自分を愉しませてくれるよい玩具だ、とひとりごちた。

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