絶切不断の剱技と多機能端末

@HSB

第一部 僕のスマホは異世界でも多機能だった件について

序章

【プロローグ】

「――――――――」

「――――――――」

「――――――――」

 みなさんこんにちは、何が起きているのか分からないと思いますが、安心してください。私にも分かりません。どこにも安心できる部分がない気がしますが、同じ現状の人がいるというのは少しばかりではあっても安心することが出来るのではないでしょうか? 

 まあ、この話は横に置いて置くとして、では、特定の部分を除いてほぼほぼ一般的な中学三年生であった彼のいえ彼らの身に何が起きたのかを少し前、彼らの中学卒業式にまでさかのぼり順を追って説明していきたいと思います。



――「第六十八回私立リネーヨ中学校卒業式をここに閉会式いたします。卒業生退場」

 東京の八王子にある私立リネーヨ中学校体育館の壇上にいる教頭先生の閉式の言葉を合図に卒業生たちが後輩や卒業生の親類の間を通り退場していく。全寮制のこの学校で親類を見る数少ない瞬間のひとつであった卒業式も終わり、卒業生たちは自分たちの教室へと戻っていく。


 卒業生たちは体育館から自分たちの教室に戻ればすぐに会話を始める。あちらこちらで会話する声が聞こえ、先ほどまでの静けさが嘘のようだ。

 各々が会話を楽しんでいる三年K組の教室の中で黒板の前に立ち、ひときわ大きな声で呼び掛けるものがいた。

「今日、この後の打ち上げはどこ行くよ?」

 自称クラスの中心的存在でお調子者でありながらやるときはやる男のすえたけしゅうはクラスの全員に聞こえるような大きな声で呼びかける。

 それに返すようにクラスの男子女子関わらず「近くのファミレスで良いよ」「駅前に新しくできた中華料理屋にしようぜ」「いやいや、せっかくだから遠くの方に行こうぜ?」など多くの声が教室の中を飛び交っている。

 そんな教室の中に最後列の窓側の席に座り、会話には参加せずクラスメイトを眺めている男子がいた。

「ソウ兄はどこに行きたいの?」

 その男子に話しかけたのは肩を少し越えるほどの手入れの行き届いていそうなサラサラとした髪質で、とても綺麗な少し茶色がかった黒髪を頭の両脇で結んでいる。いわゆるツインテールの髪型をした少女であった。

「ん? 僕は特にないかな? みんなの行きたいところで良いよ」

 クラスメイトを眺めていた男子。大切おおぎり想護そうごは話しかけてきた妹の華久良かぐらに返答した。

「まったく、ソウ兄はいつもそうやって自分の意見を言わずに他の人に合わせる」

 華久良は不満そうに頬を膨らませながら想護を見ていた。想護はそんな妹に苦笑いを返すしかなかった。

「そうですよ、お兄さん」

 そんな二人に声をかけてくる女子がいた。彼女の髪は艶が良く、光をキラキラと反射させるほどの黒髪で、その綺麗な髪を窓から吹く風になびかせながら想護たちのいる窓際に歩いてきた。彼女の名前は丹敷にしき優莉ゆりと言い、その淑やかな立ち振る舞いや言葉遣いから育ちの良さを感じさせる。

「お兄さんはもう少し自分の意見を言った方がよろしいと思いますよ?」

「華久良もそう思います!」

 想護は優莉と親友の援護を受けより強く言ってくる妹たちにより一層苦笑いを深めた。

「僕も言うときは言うさ。今回は良いお店とか知らないからみんなの行きたい店に行きたいと思ったからだよ」

「確かにソウ兄さんはそういうのあんまり知らないか……」

「なるほど、理解しましたわ。先ほどは差し出がましいことを失礼いたしました」

 優莉は納得し自分の言ったことが間違っていたことを謝るが、華久良は納得しつつも気に入らないように頬を膨らましている。

 この会話を盗み聞いていたクラスの女子たちが「想護君にお店をおすすめして、女子力アピールをするチャンス!」などと色めき立っていたことに想護たちは気が付かなかった。女子たちの動きを見ていた男子たちはまたか、と思いつつ想護をすこし羨ましそうに見ていた。

「それにしても集は相変わらずだね」

 黒板の前に立ちみんなが言っている意見を聞き、黒板に候補を書きつつ自分の意見を上手通そうとしている集を想護は見ながら華久良と優莉に聞こえるくらいの小さな声で言った。

 その言葉が聞こえたとは思えないので、想護の視線に気が付いたのだろうか、集は想護の方を見て「何か用か?」と目で訴えかけてくる。小学生の時からずっと同じクラスの想護と集だからこそわかるやり取りである。

 より一層打ち上げをするための店決めの会議が白熱し、(主に女子からの意見)何やかんやで店は決まった。しかし、なぜ中学の卒業くらいで、しかも卒業しても大半が同じ高校に進むというのに、わざわざ打ち上げをするのか説明しておこう。

 想護たちが通う学校――私立リネーヨ中学校――は少し特別、いや少し特殊な学校であるためである。リネーヨ中学は凄く大きな大学であるリネーヨ大学の敷地内にあるリネーヨ大学付属高校に付属しているという奇妙な関係があり、そのためリネーヨ中学を卒業してもほぼ全員が同じ高校に行くのである。

 それなら、より打ち上げをする理由がわからないのだが、これには理由わけがある。それはリネーヨ小学校も中学も高校も協調性を大事にし、学校行事のほぼ全てをクラス対抗という形にしているからである。体育祭や文化祭、定期テストまではクラス対抗で競い合う形式になっている。そのためみんながクラスメイトを一つのチームメイトのように思い、学年末などはそのチームを解散するようなものなので、来年も同じクラス仲間違うクラスライバルになるので、特に盛大に祝うのがこの学校の伝統のひとつであるためである。そしてこの三年K組も打ち上げをしようと計画していたのである。

 「よし! 店の予約とかは俺がしとくからみんな絶対来いよ。じゃあ一回自分の部屋に帰ってから集合な。時間とかの詳しいことはバビレでな」

 集は店などの大まかなことは決まったので予約でとれた時間などが決まったら連絡するという旨を伝えた。

 集の話に合ったバビレとは正式にはバビレジョと言い、リネーヨ大学の学生の人が有志で作ったスマートフォンアプリであり、無料で一対一または複数人同時の通話かメールの様なチャットを行うことのでき、画像ファイルなども添付できるなど、他にも色々と出来きる凄まじいアプリである。凄いアプリなのだが、リネーヨの学生と卒業生のみが使えるようになっている安全、安心がモットーなアプリなのである。

 だが、このクラスには一つ問題があった。正しく言えば問題を抱える人物がいた。

「集、僕はどうすれば良いの?」

「はぁ? あぁ、そういや想護はスマホ持ってないんだったな。俺が直接お前の部屋に行くさ」

 想護である。デジタル化し情報化社会となっている現在いまでもスマホどころか携帯電話、パソコンすらほぼ触ったことがない非デジタル派の絶滅危惧種(笑)で機械音痴もとい『機械破壊マシーンクラッシャー』のスキル保有者なのである。

 想護たちが小学生だったときの話だが学校でパソコンを使う授業が数回あり、そのときにパソコンが不具合を起こしたことが十回以上、完全に壊れたことが四回という記録を出し、中学ではそれの倍以上を廃棄に追いやったことから通称『機械破壊マシーンクラッシャー』と呼ばれることもあるのだ。

「ねぇソウ兄? 確かこの前の休日にお父さんとスマホ買いに行ったんじゃないの?」

「あっ! そういえばそうだった」

 自分で買いに行ったにもかかわらず、人生で初のことで今はスマホを持っているということをすっかり忘れていたので、スマホを持っていることを妹から言われ、素っ頓狂な声を上げつつも思い出した想護であった。

「はぁ? ちょっ、お前なんで言ってくれないんだよ?」

 想護と長い付き合いで親友と自負していた集はいつの間にかにスマホを手に入れていた想護になぜ俺に言わなかったと言いつつも、早く連絡先教えろ! とズンズン近づいていく。

 他のクラスメイトたちも「…………なんだと!?」という様に非デジタル化の人物で機械音痴の想護がスマホを買ったという驚愕から固まり、そのあと一斉に俺も、私も、と騒ぎ出す。一部の人は出遅れたと膝をついている有様である。

 本人は自覚していないが想護はクラスメイト同士の仲が凄く良いこの学校のその中でも一際仲の良い三年K組の仲間からの評価が高いのである。

 詳しくはいずれ語るだろうが、想護は積極的に何かをするでもなく、頭が凄く良く定期テストで活躍するでもなく、ましてや体育会系文科系問わず多くの部活で全国大会などに出場し優秀な成績を残すこの学校の人たちの中に混ざり体育祭で活躍するわけでもないのだが、想護はみんなに慕われ、好かれている。

 それは想護の人柄が成せるものなのだが、如何いかんせん人という生き物は自分のことを客観的に見つめ、評価することができないことが原因である。

 想護たちのいる教室後方の窓際の席は想護がスマホを買ったという情報によりクラスメイトたちが想護の電話番号とメールアドレスを求め集まっていた。

「確かバッグに入れっぱなしだから……」

 想護が独り言をつぶやきながらバッグを手に取った。そのとき急にクラスの中が光に包まれた。

 光は徐々に強くなっていく。クラスの中は想護の電話番号、メールアドレスなどと和気あいあいとした雰囲気から一点。突然の事態にみなが動揺し、なんだ? 何が起きている? と一様に驚いて不安げな声を上げるが、悲しきかな変な行事や理事長の思い付きで勝手に始まる可笑おかしなイベントがリネーヨ学校には多くあり、そのため変な事態には慣れている。もとい慣れていしまっているこの生徒たちは驚いている様子はあるが混乱まではしていない。

 それどころか何人かの生徒はと「卒業式の後にこんなイベントがあるなんてやっぱりイカれてるぜ」というような隠しきれない期待と呆れを織り交ぜた顔をしているものさえいる。

 光が一層強くなっていき、近くにいる人たち以外は輪郭すら分からなくなっていく。

 光の強さが最大になったのか目を開けているのが少し辛いというほどの光量で光が強くなるのは止まったのだが、まず華久良が消えた。想護は妹が音もなく消えたのを目の前で見て驚く。集と優莉に妹が消えてしまったことを言おうと口を開いてが声を発することはできなかった。

 集と優莉を見たとき今度は集が消え、優莉もすぐに消えてしまった。そして周りを見ると華久良や集と同じく他の生徒も一人、また一人と消えていく。

 妹たちが消えてしまったことに驚き固まってしまった想護は周りのクラスメイトも消えていることに気が付くのに時間がかかった。五秒もすれば目を開けることも辛かったまばゆい光が少しずつ弱くなり始めていたため、周りを確認した。そこでやっとクラスには自分想護しか残っていないという事実を知った。

 光が弱くなっていることに気が付いた想護は言いようもない不安を感じた。この光がおさまってしまえばクラスのみんなとしばらく会えないのではないか? という気がしたのだ。

 だから想護は願った。妹と親友とクラスメイト仲間と離れたくないと。

 随分と弱まった光は想護の願いを聞き遂げたかのように明滅する。光は明滅しながらも徐々に明るさを取り戻していく。

 そして一際大きく光が瞬いたとき、教室の中には誰もいなくなっていた。

 また、この世界も彼らの価値観もこの瞬間ときを境に一変するのであった



 こんな仲の良い三年K組に悲劇もとい不思議な卒業旅行が突如降りかかるのだった。

 そして時間は冒頭へと戻るのであった。





「まさか、ここリネーヨのしかもとそのクラスが行ってしまうとはのぉ……。さて、アヤツも気づいておるだろうが一応報告はしておくかのぉ?」

 リネーヨ大学付属高校付属中学のとある一室に明かりの灯されていない薄暗い状態のまま椅子に座りつぶやいた人物は異世界に行った彼らのことを思いながら電話に手をかけるのだった。

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