嫌われてる

 ぼくはママとパパに嫌われてる。

 バカなぼくだけど、それくらいは分かる。


 今だって、2人は楽しそうに話しながらおいしそうなお菓子を食べてるのに、ぼくだけ仲間はずれ。

 いつもこのくらい寒い時期になると、2人はよくあの茶色いお菓子を食べる。甘い匂いが漂ってきて、すごくおいしそう。

 でもぼくは、テーブルにすらつかせてもらえない。

 ご飯の時もいつも、2人が落としてくれる小さい硬いつぶつぶを、床をペロペロするみたいにして食べてるくらいだし。

 

「あ? ペットの分際で物欲しそうにしてんじゃねえよ。欲しいなら口で言え」

 ママがお菓子をほおばったままぼくを睨む。ぼくは頑張ってしゃべろうとした。

「きゅうっ、くーん」

 2人は顔をゆがめた。

「キモッ」

 そうしてバカにしたように、それだけじゃなくあきれたように、それでいて本当に気持ち悪そうに声を上げて笑った。

 ぼくはどうしてか、2人みたいにしゃべれなくて、あんな声しか出ない。


 それでもお菓子が欲しくて、四つんばいでテーブルに近づいた。

「そういうとこがキメえんだよ! ちゃんと2本足で歩け!」

 むちゃ言わないでよパパ。ぼくにはできないの。

 前の2本と、後ろの2本を必死で動かして進む。

 動くたびに、ぼく自身の薄い茶色の毛が、目の端にゆらゆらと何度も映りこむ。


 けどそのうち、引っ張られてそれ以上進めなくなった。

 首にはまってる変なわっか。それについてる変なひもが、おうちの柱につながってるんだ。だから決まった範囲しか動けない。

 

 どうにか少しでも動けないかと全身に力を込めて引っ張ってみたけど、やっぱりそれ以上はどうにもならなかった。

「バカだなこいつ、もう行けないってことも分かんねーのか」

 分かってないんじゃないよ。でも、行けるかもしれないと思いたいんだよ。口を大きく開けて、舌を出して、はあはあしながら引っ張り続ける。


「何、お前もしかしてこれが食いたいの? ダメだよ、お前にとっては猛毒だからね。死んじゃうんだよ」

 そっけなく言って、また一口かじりつく。

 嘘だ。ママ達は普通に食べてるじゃないか。

 2人はぼくが嫌いだからくれないだけなんだ。


 だいたい、おかしいよ。

 2人はぼくと全然違うおいしそうなものを食べてるのもそうだし、ぼくが窓から眺めることしかできないお外に出かけてるし、ぼくが着せてもらえない、あのお洋服とかいうきれいな布を着てるし。

 ぼくのことをいないみたいにして、いつも2人だけで笑ってて……


 どうして! どうしてぼくだけがそんなに嫌われなきゃいけないの!


 そう叫ぼうとしたのに、やっぱり声は「きゃんきゃん」としか出なかった。

 

「うるせえ!」

 パパの怒鳴り声と同時に、おなかが一気にへこんで、体が飛び上がり、頭を何かに打った。

 うっ、と目の前が真っ暗になった。




「おいヤバいよ、こいつ死んだんじゃね⁉︎」

 男は先ほど自分が蹴り上げた小さな腹が上下ひとつしなくなったのを確認し、慌てたように騒ぎたてた。


「は? 何殺してんの?」

「殺す気じゃなかったんだよ! どうするこれ?」

「どうするもこうするも…… どっか捨ててくるしかねーだろ。手間かけさせやがってよ」

「殺す気じゃなかったっつってんだろ!」

「まー、やっと死んでくれて助かったけどな。ほら、ダンボールでも持って来いよ、隣の部屋にあったろ」

 

 男に命じた女は、目を見開き床に横たわる、ほんの先刻まで生きていたそれを屈んで覗き込んだ。

 そうして、憎々しげに言い放った。


「本当、子どもなんか産むんじゃなかったわ」


 薄茶色の柔らかな長髪が、床に投げ出されたように広がっていた。

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