絵と愛猫
Yさんが幼稚園生だった頃。休み時間に友達が机で何かやっていた。
「何してるのー?」
「うちの猫ちゃんの絵描いてるの」
机上をちらりと見てみると、なるほどクレヨンと何かが描き込まれた紙が置かれていた。
当時Yさんも猫を飼っていたので、一緒に絵を描くことにした。
必要なものを持ってきて友達の隣に座り、しばらく黙々と紙に向かい合っていた。
描き終わって、「いっせーのせ」 で見せっこすることになった。
「いっせーのせ!」
自信があったYさんは友達が「すごーい」と言ってくるのを待った。
けれど、先に口を開いたのはYさんの描いた絵をまじまじと見つめながら戸惑いの表情をする友達ではなく、Yさんだった。
「…何その絵? 変だよ。猫ちゃんでしょ? なんで色が黒と白と茶色なの? なんでおめめが2つしかないの? なんでよだれ出てないの? ほっぺから変な線が出てるの? あんよが4つもあるの? しっぽも1本しかないし、角はどこにあるの?」
友達の絵の意味が本当に分からなかったYさんに、友達はおずおずと言いにくそうに返した。
「Yちゃんこそ、それって、何…? 猫ちゃん、でしょ? なんか怖いよ… 猫ちゃんってそんなんじゃないよ。こういうのだよ」
友達は、自分の描いた絵をYさんにずいと近づけた。
Yさんは反論しようとした。
違うよ、猫ちゃんってそんなんじゃなくて、青色で、おめめが10個ついてて、鬼さんみたいな角があって、さわるとぐちゃぐちゃしてて、とってもかわいくて、
あれ?
記憶の中にある、自分の家の「猫ちゃん」のイメージがぐにゃりと歪んだ。
いつも膝にのせて撫でていた、おやつをあげると頭の後ろにある口を開けて嬉しそうに食べていた、名前を呼ぶと「ぐおー」と呻きながらべたべたと音を立ててこっちに駆け寄ってきた、「猫ちゃん」の姿が、徐々に違うものに見えてきた。
ふわふわの毛は黒くて、金色の目は2つ、頬から糸のようなものがたくさん生えていて、四足歩行、1本の長い尾をふりふり、こちらにやってくる。「にゃーん」と鳴きながら…
「え? あれ、あれ?」
大好きだった「猫ちゃん」が、全く別の姿の生物へと成り果ててしまったことに呆然とした。
「そんなわけない、家に帰ればいつも通りのぐちゃぐちゃの『猫ちゃん』が出て来てくれる… そう思って帰ったのに、家にいたのは友達の絵に似た、ぐちゃぐちゃじゃなくてふわふわした生き物だった。それ以降、猫があのぐちゃぐちゃした姿に見えることはもうなかった。
本当にこの子はいつも可愛がってた子なのか、今まで私が『猫ちゃん』だと思ってたあの姿は何だったのか、もうなんか全部わけわかんなくなっちゃって…」
それから、Yさんは猫が苦手になってしまったそうだ。
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