長い階段
地下鉄の駅へと続く階段を下りる。
一段、一段、また一段。
今日も会社の面接を受けてきた。
いつものようにはたから見ても分かるほどに緊張しながらも、いつものように頑張って受け答えをしたつもりだった。
けれど次から次に難しい、予想外の質問をされて何度も言葉に詰まった。
挙句の果てに面接官から「君、この仕事向いてないと思う」と言われて、また就職への希望を絶たれた。
就職活動を始めて約半年、就活セミナーに行ったり大学のキャリアセンターの人に相談したりと努力はしているのに一向に内定はもらえない。
来る日も来る日も知らない人が自分の会社を自慢するのを聞いて、知らない人からの意味があるのかどうかも分からない質問に答えて、知らない人から「お前なんてうちでは雇えない」という意味のメールを送られて消耗するだけ。「売り手市場」なんて言葉は嘘だ。
卒業論文も書かなければ。
本当は別に入りたいゼミがあったのに、定員と成績の関係で入れず、焦って入ったあのゼミの卒業論文。
興味のある分野とは少しずれたゼミだったけど、入る前は先生は優しそうで、内容もそんなに難しくないと思うよと言っていた。
でも入ってみたら、私には難しすぎたし先生は「こんなことくらい分かるよね」と言ってきちんと指導しないくせに誰かが少しでもミスをするといつまでもネチネチと嫌味を言い続ける最悪な人間だった。
先輩達や同期の子達は悪い人ではなかったけれど、とにかく性格の悪い先生と勉強してもついていけない内容が辛くて毎週ゼミに行くのが本当にきつい。
卒論はなんとか自分の興味のあるテーマで書くことになったけど、先生の酷い言葉や気持ち悪いニヤニヤ顔が思い浮かんで、何を書いても馬鹿にされるんじゃないかと思わずにはいられなくてどうしてもうまく書き進められない。
とにかく今は家に帰ろう。
家族は、就活やゼミで辛いという話をしても、「お前が努力しないからだ、社会はもっと厳しいのにこんなことぐらいで弱音を上げてどうする」と言って話を終わらせる。
学業や就職でそれほど苦労したことがない人達だから、そういう悩みが理解できない。
「留年したり、就職できなかったりなんてみっともないことになったら許さないからな」と脅せば問題は解決するとさえ思っている。
家族は昔から、口では「お前のことが大事だ」とこちらに言い聞かせ続けてきた。幼い頃は、愚かにも信じ続けてきた。
本当に大事ならせめて悩みを聞くくらいはしてくれるはずなのに。
歩きながらぼんやりと自分の着ているスーツを見下ろす。
こんなにほこりだらけでしわくちゃだったっけ。
いつまでこんな毎日を過ごさなきゃいけないんだろう…
脚はまだ階段を下り続けている。
あれ、ここの階段って、こんなに長かったっけ。
ゆっくり歩いても駅に着くまで1分もかからないはずなのに、数分は下り続けてる気がする。
少し脚を速める。階段はまだ終わらない。
顔を上げる。普段ならば当然見えるはずの駅が見えない。見えるのは、ただ無機質な灰色の階段だけ。
どんなに目を凝らして先を見ても、階段階段階段。とにかくそれだけ。
駅があるはずの場所にまで、ずーっと階段が続いている。
いつの間にか走り出していた。
何段駆け下りても階段階段階段。まだ終わらない。
もう何時間走っているのだろう。疲れてきた。階段階段階段。それでも続いている。
息が切れる。もう走れない。階段階段階段。呆然と見下ろす。
でも、まあいいか。
これでもう就活しなくていいし、ゼミにも家にも行かなくていいんだから。
しばらく休むと、一段、一段、また一段と下り始めた。
階段の終わりは、まだ見えない。
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