似合わない

「これ、あげる」


そう言うトモミの手からは、ドラゴンをかたどった銀色のキーホルダーがぶら下がっていた。


「わあ、ありがとう!」


遊びに来ていた親戚の子供は、目を輝かせてそれを受け取った。


トモミは、視界の隅に凍りついた小さな顔を捉えながらも、はしゃぐ子供をニコニコと見つめていた。





「ねえママ。あのキーホルダー、あたしの大事なやつだったんだけど…」


親戚の子が帰った後、台所にいるトモミに小学生の娘がおずおずと言ってきた。


トモミは振り向かずに答える。


「知ってるよ」


「じゃ、じゃあなんで… だってあたしの…」


トモミは鬱陶しそうに振り向き、昔からきれいだきれいだと言われ続けてきた顔を歪めて娘を睨んだ。


「勝手にあんなもの買ってきちゃってさ。あんなのあんたに似合わないよ。女の子なんだからかばんにあんなの付けてたらおかしいじゃない。あの子の方が男の子だから似合ってたでしょ? 今度からは自分に似合う、かわいい女の子らしいキーホルダー買いなさい。分かった?」


リビングから、「○○、また違うの買えばいいじゃん」というめんどくさそうな夫の声が娘に呼びかけるのが聞こえた。


娘は、今にも泣きそうな顔でただだだトモミを見上げるだけだった。




「何考えてるの!?」


翌日、トモミは声を荒げ、今まで集めてきた50個近い高価なアクセサリーがのったテーブルをバンと叩いていた。


娘の友人の保護者達から、娘が学校で友人にたくさんアクセサリーを配っていたらしく、うちの子ももらってきてしまったという連絡があり、慌てて娘の友人達の家々をまわってすべてを取り戻してきたのだった。


「こんなことするなんて、お前泥棒じゃない! なんでこんなことしたの!? ねえ!?」


屈んで両手で娘の両肩を掴み、大きく揺さぶった。


娘は、普段の怯えたような表情からは信じられないほどの無表情で答えた。


「ママには似合わないと思ったから。あの子達の方が似合うと思ったから」


「はあ? なんでお前が決めつけるの⁉ あれ全部でいくらしたと思ってんの⁉ お前の安っぽいキーホルダーとは違うんだよ!」


語気を強め、昨日よりも強く目の前の小さな顔を睨みつける。


小さな顔は何も言わず、瞬きもせずにそんなトモミを凝視し続けている。


トモミは、思わず平手で娘の頬を叩いた。


ぱしっ、と高い音が響いた。娘は叩かれた衝撃でそのまま床に横向きにに倒れた。ごつん、と鈍い音が響き渡った。


それでも、彼女は表情一つ変えず、人形のように目を見開いているばかりだった。


薄気味悪く思いながらも、トモミは娘を見下ろして怒鳴った。


「とにかく、ママは犯罪者なんかと一緒に暮らせないからね! もうお前はママの子じゃないから、さっさと出て行きなさい! ねえ、分かった!?」


娘は、倒れたままトモミへと視線を移し、答えた。




「わかんない」




帰宅したトモミの夫がただいまを言う前に目にしたのは、下を向いたままこちらに全速でかけてくる妻だった。妻は両手を彼の背中に回し、よろけそうになるほど強く抱きしめた。


随分熱烈なおかえりだなと言おうとした声は、言葉にはならずに悲鳴となった。


顔が真っ赤だったのだ。怒りによるものでも、ましてや照れによるものでもない。

スイカの果実のような赤い液体でびっしょりと濡れていて、それがだらだらと際限なく顔中から滴っていた。ところどころに細長い管のようなものが浮き出ていた。


トモミはもう、わけのわからないことをひたすらに叫び続けていた。


「似合わないと思ったから」


廊下の奥から機械のような声が聞こえた。


娘は、左手に包丁を、右手にベージュのフェイスマスクのようなものをぶら下げて直立していた。




「こんなきれいな顔、ママには似合わないと思ったから」

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