あらし

さて、今日もやるか。


俺は趣味の活動をするためにパソコンを開いた。いつも見ている複数のサイトのうちの一つに行き、いつものように適当に目についた記事にコメントを残す。今日はまず、某映画のファン共が語り合っているコメント欄に書き込んだ。


「あんなゴミ映画のどこが面白いんだよwwwww主役ブスだしwwwww」


俺の趣味はこうしてネット上で他人を煽るコメントをしてその反応を見ること。まあいわゆる「荒らし」ってやつだな。スルーされる時もあるが、バカな奴らが必死になって意味不明なことを言いながら反論してきたり、それまでは和やかな雰囲気だったサイトが俺の登場によって険悪になっていくのを見ると、自分の影響力を実感できて本当に楽しい。リアルで会社の部下共をいじめるのも好きだが、ネット上でなら匿名だからより過激なことも書ける。それに、気に入らない政治家や芸能人もブログなどで直接侮辱できる。そいつらの場合はコメントを返してくることはまずないが、きっと画面の前で苦々しい顔をしているんだろうと考えると笑えてくる。


因みに冒頭の映画は俺は見ていない。見てようが見てまいが、とりあえず炎上すりゃ何だっていいんだよ俺は。


お、早速キレてる奴がいる。「個人的な感想を押し付けないでください」だあ?生意気だな。もっと煽ってやーろっとwwwww


そんなある日。


「こんなことも知らねーの?これだからゆとりはwwwww」


朝、仕事をしているといきなりそんな言葉が聞こえてきた。心底相手をバカにしたトーンで。それと同時に、目の前の空間にも「こんなことも知らねーの?これだからゆとりはwwwww」という文章が浮かび上がり、すぐに消えた。頭がズキッとした。

「…おい、今誰か何かしたか?」

室内にいた部下共に尋ねた。数秒の沈黙の後、ニ十数人いたうちの三、四人が「いや、何もしてませんけど?」「どうしました?」などと機嫌と頭が悪そうな顔で聞き返してきただけだった。部屋の隅で作業をしていた二人の女のうちの片方がもう片方に耳打ちしているのがチラッと見えた。なんだ、「あいつ、ボケたのかな?www」とでも話してんのか?舐めやがって、クソ女。そう、普段のように怒鳴ってやろうかと思ったが、急に気味の悪さが襲ってきてそんな気になれなかった。


何故なら、さっき聞こえた声と目の前に浮かんだ文字。あれらは間違いなく、他の誰のものでもない、俺が最も慣れ親しんだ俺自身の声と俺自身の筆跡だったから。


その日から俺の生活は一変した。酷く屈辱的な言葉を、自分の声で、自分の筆跡で感じるようになったのだ。


「うわーこいつきめーwwwww」


「反対派涙目wwwwwざまあwwwww」


「この体験談意味わからん。頭だいじょぶかーい?wwwww」


「やっぱああいう奴らは全員死ぬべきだなwwwww」


「お前調子乗ってんじゃねーぞ!今からお前もお前の家族もみんな殺しに行くからwwwww」


始めのうちは一日に数回程度だったが、徐々にニ時間に一回、一時間に一回、三十分に一回という具合に、頻度が増してきた。いつも唐突に発現し、そもそも原因も分からないので防ぎようがなかった。目をつぶっていても耳をふさいでいても、闇の中に文字は浮かび、無音の中に声は聞こえた。寝ている時でさえこの現象はあり、俺はその度に飛び起きていた。そのせいで不眠症のような状態になっていった。これらを見聞きした後に必ず頭痛がくるのもキツかった。最初はズキッとする程度だったのに、最近では頭が割れそうなレベルの痛みになってきた。遂に俺はまともに仕事が出来なくなった。いや、仕事どころか私生活もままならず、今まであれほど部下共には禁忌だと教えてきた無断欠勤をし続け、今まであれほど蔑んできたひきこもり生活をするようになった。


…ああ、なぜもっと早く気付かなかったんだろう。この俺の耳と目に入り続ける言葉共は、きっと俺がこれまでネットに書いてきた言葉共なんだ。覚えがないものもあるが、多分全部そうなんだろう…。畜生…。




それが何だってんだよ!俺はちょっと遊んでただけじゃねーか!祟るならあのバカで劣ったネットの連中にしろよ!なんで!この俺が!あいつらなんかよりも遥かに上の俺が!こんな目に!





…ダメだ、どこに逃げてもどんなに隠れてもあの声が、筆跡が、そして頭痛が追いかけてくる。今では四六時中聞こえ続けているし、視界は常に文字で覆われているし、頭はもうすでに割れているんじゃないかと錯覚するほどにひっきりなしに痛みを感じ続けている。


ああ…


そうだ。耳を潰そう。ちょうど手に刃物のようなものをもっている感覚がある。耳なんかがあるからこんなものが聞こえてしまうんだ。



…ダメだ。もう何も聞こえないはずなのに、あの忌々しい声はまだ聞こえ続けている…。



目も潰そう。目なんかがあるからあんなものが見えるんだ。あれが見えなくなれば声も聞こえなくなるかも…。



どうなってんだよ。なんで、もう目が見えないはずなのにあれは見えるし、聞こえてもいる…。



頭を潰そう。そうすれば頭痛を感じなくなって、きっと声も文字も分からなくなれる…。きっと今度こそ逃れられる…。


いや待て、考えてみたらもう顔なんてあれ以外の部分はない方がいいんじゃないか?



そう…口以外の部分なんて。口さえあれば食事はできるし。何かあっても言い返せる。じゃあ、口より上の部分は切り落とそう…。



なんなんだ…なんなんだよちくしょう。なんでまだ…。






そういえば、なんだか最近口がどんどんおおきくなってきてる気がする。舌もかなりのびてきたきがする。重くて仕方がないから、このごろはよつんばいで歩いている。てあしの形やながさもかわってきたきがする。






そおいえば おれ ちかごろ なにを くってるんだ? なにかの どうぶつ みつけて すぐ つかまえようとすると にげる から じかん かけて そいつ の せいかつ の いちぶ に なる する と かんたん に つかまえ ら れる おれ ずっと ずっと まえ から こいつら くってた かも


 けど おもいだせ ない ずっと ずっと まえ じぶんが どお してたか ただ その ころから へん な おと きこえ て へん な きごう みえ て うえ のほう が いたかった


なん で だっけ ま い いや





 春。これから始まる生活に対しての期待が溢れる表情で、新居に荷物を運び込んでいた青年は、自分を狙う「化け物」の存在と、それがこう呟いたことには気が付かなかった。



わあ あの いきも の おい しそお そおだ かりして つかま えよお

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