クッキー
本日のお題は『クッキー』です。
冷蔵庫で冷やし固め、カットして焼くアイスボックスクッキーもあれば、ほろほろと口の中でほどけるような食感のものもあり、多種多様なお菓子ですね。
ココアとアーモンドも鉄板だし、チョコチップもいいし、くるみが入っていると心躍ります。
たくさんの種類があるクッキーですが、料理家である山本麗子さんのレシピが一番好きです。
彼女のクッキーは、周りをメロンパンの上にかかっているようなもので覆っているんです。それがカリカリとした食感にキャラメルっぽい風味で、焦がし気味なくらいが美味しいんですよ。
私にとって、クッキーは生まれて初めて挑戦したお菓子でした。
当時、我が家ではガスオーブンを使っていました。電気と違って、ガスだと調節が難しいんです。
友達と一緒に作ったところ、その調節に失敗して見事に黒こげになりました。わくわくしながら焼き時間を待っていたのに、天板いっぱいに並ぶ黒ずんだ塊を見たときのショックといったら……。
悔しくてぼろぼろ泣いてしまったところ、友達はその焦げたクッキーを「美味しいよ」と頬張ってくれました。彼女とは何十年も会っていませんが、今頃どうしているのかと時々思い出します。優しい彼女のことだから、きっと穏やかに暮らしていると思います。
中学生になると、たった一度きりでしたがバレンタインにクッキーを作ったことがありました。チョコレートトリュフを綺麗に作る自信がなく、自分のレパートリーの中で一番まともに作れるものを贈ろうと思いついたんです。それがクッキーでした。
ところが、「これは綺麗に出来た!」と思うクッキーを厳選してラッピングしたものの、勇気が出せず渡せないまま、結局自分で三分もかからずに食べてしまったのです。
その相手には二年ほど片想いしましたが、告白する勇気もなく諦めてしまい、進学先も違うことから自然と離れてしまいました。彼のその後は知りませんが、あえて知りたくない気もします。
たくさん作ってきただけに思い出も多いのですが、一番思い入れがあるのはオレンジクッキーです。
私が生まれて初めて一人暮らしをした場所は北海道札幌市で、大学卒業間近という頃でした。
地元でもなく、親戚もいないし、土地勘もそんなにない。親からの仕送りもなく、仕事探しもこれからという状態で飛び出してしまったのです。
家賃や光熱費の手続きや支払い方法を、そのとき初めて知りました。そして仕事を探すプレッシャー、お金がないと何もできない惨めさ、明日の米を心配する不安。そんなものもその頃に学びました。
両親の偉大さが身にしみたものです。人がひとり社会で生きていくのには、こんなに場所と契約とお金がいる。家族全員を養っていくことを当然のようにこなしている両親に心から感謝しました。
節約に節約を重ね、ストレスやプレッシャーに負けず稼ぐ日々。地下鉄ですれ違う人々が、誰もが幸せそうで妬ましく思えたときもありました。家に帰ると待っているのは、暗くて寒いがらんとした部屋です。どんなに美味しくご飯を作っても「美味しい」と言ってくれる相手もいないし、体調を崩しても看病するのは自分自身。生まれて初めて知る『孤独』に押しつぶされそうだったんだと思います。
そんな生活の中、たった一つの楽しみがオレンジクッキーでした。
近所にとある洋菓子店があり、そこのオレンジクッキーが大好物だったのです。今では駅前にある百貨店にも進出している名店なんですが、当時はまだ中心街には店舗を構えていませんでした。
給料日やちょっといいことがあった日に、そのクッキーを買ってちょっとずつ味わって食べたのが本当に嬉しかったのを覚えています。小さな贅沢にかじりつくことで、心のどこかにゆとりをもたせようとしたんでしょうね。口に広がるオレンジの香りに「頑張ってるね、明日もその調子でいこうよ」と励まされた気分でした。
それ以来、オレンジ味のクッキーは私にとって特別なお菓子なのです。
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