スマートワールド

東西南喜多

第一章:現実と仮想が交わる日

第1話:おわりのはじまり

 スマート・ワールド――

 高性能情報通信端末スマートフォン専用オンラインゲーム。

 ゲーム製作会社『アウタークリエイト』が五年前にサービスを開始し、累計登録者数が七〇〇万人を越えた超人気ゲーム。

 開発運営は日本法人が行っているが、専用アプリケーションをダウンロードすれば海外の端末でもプレイが可能となる。そのため、海外サーバーも順次増設されており、海外でもプレイヤー数を増やしている。現在では携帯電話各社の端末にプリインストールされるほどの人気で、現在も登録者数を伸ばしており、近々アニメや漫画などのマルチメディア展開する予定も示唆されている。


「くっそぉ……成功率六〇パーセントで三連続失敗って、マジかよ」


 ゲームは剣と魔法のファンタジー世界“リ・ヴァイス”を旅し、来たるべく“厄災の日”を乗り越えるのが最終目的となっている。

 種族は、能力が平均的な普人族、魔導力と呼ばれる魔力に特化した魔族、筋力に特化した獣人族、器用さと運に特化した妖精族の四種族から選べる。

 普人族以外は、更に一族選択することで容姿が色々と変わる。獣人族であれば、犬人族、猫人族、虎人族、兎人族など、選んだ一族の特性を模した容姿になり、そこから耳や尻尾の色や形などを変更出来る。

 また、一族の中には一定の確率で出現する『レア一族』と呼ばれるものがあり、その代表的なものが妖精族のエルフである。もちろん、他の種族――普人族以外――にもレア一族は存在するが、キャラメイクはとある理由でチャンスが一度きりしかないため、一族選択にエルフが出現しなければ選択することが出来ない。ゲーム内でもエルフ人口は確か数万人弱だったはずだから、その狭き門具合が分かるというものだ。

 ワールドマップや町並みは立体表示で、八頭身のアバターが画面内を縦横無尽に走り回る。とはいえ、スマートフォンなので移動は目的地をタップすることで自動移動となる。あとは、ゲーム内通貨を支払うことで瞬間移動も可能である。


「この成功率、あてにならないからなぁ」


 もちろん、ファンタジーの世界なので、モンスターもいれば、お宝いっぱいの迷宮――ダンジョンもある。

ダンジョンへ移動には、まずクエストを受注して移動先ルートを開拓する必要がある。

 一度移動先を開拓すれば、その後はクエスト選択による直接移動か、ワールドマップで移動先をタップする選択移動が可能となる。直接移動は馬車移動のみ。選択移動は徒歩で移動か馬車で移動かを選べるが、馬車移動はゲーム内通貨が必要となる。

 ダンジョン内も立体表示スリーディされており、移動は画面の下部に表示される移動キーをタップすることで行う。回目以降はダンジョンマップから目的地をタップしての自動移動も可能だが、どちらも分岐地点や階段で選択肢が表示されるため、それらを選んでダンジョンの奥へと進んで行き、ボスを倒してクリアとなる。各所で出現する選択肢はパーティを組んでいる場合、多数決で決定されるので事前にマップ情報を調べ、ルートに関して話し合いをすることが多い。


「前は、もっと低くて六連続成功とかあったし……」


 戦闘は時間経過アクティブタイムのコマンド選択ターン方式。

 画面内には自分のアバターとモンスター。パーティを組んでいる場合、他アバターは画面下部に纏めて簡易表示となる。


 ただ、闘技場と呼ばれるコンテンツはこの限りでない。

 闘技場は一対一の対人戦闘(NPC戦闘も含む)とパーティ戦闘の二種類がある。パーティ戦闘は従来の戦闘システムに準じているが、一対一の対人戦闘は等身大アバター同士の戦闘となり、『攻撃』、『防御』、『スキル』のアイコンをタップし、移動は画面をスワイプすることで横移動、ジャンプ、しゃがむなどの動作が可能となる。また、『スキル』アイコンは五種類のスキルを登録して、アイコンをフリックして使用するのだが、これが慣れるまで結構大変だったりする。

 職業柄、闘技場に行くよりダンジョンにいって素材集めをしていることが多かったからな。闘技場に行くときは大抵新作装備の性能テストだったし、死に戻り覚悟だったし。


 モンスターのドロップ品はゲーム開始当初は入札方式とダイス方式の二種からパーティ結成時に選択することになっていた。

 入札方式は最高額を入札したプレイヤーが落札し、落札額を残りの人数で分配するシステムを取っている。ダイス方式は数字の一番高いプレイヤーがドロップ品を獲得出来るようになる。ただ、この方式は詐欺行為も可能で、入札金をいきなり吊り上げて気付かなった別のプレイヤーが入札して落札ことがあり、現在ではダイス方式のみとなった。

 ダイス方式は数字の一番高いプレイヤーが獲得出来るので運の要素が高いが、パーティ内で話し合いを行い、必要なプレイヤーがダイスを振って取り抜けることが主流となっている。

 ダンジョンは通常の固定フロア方式と自動生成階層ランダムダンジョン方式の二種類を採用しており、自動生成階層ランダムダンジョン方式は毎回階層の数や構造が異なり、報酬やボスドロップも違ってくる。


「今月はちょっと厳しいからなぁ……課金合成するのも、あと一回かぁ。あー、でも――倉庫の期限が切れるから、そっちに回さないと駄目だわ」


 アバターを着飾るもよし、冒険に明け暮れるもよし。

 基本プレイは無料。課金アイテムも多数存在しているが、課金なしでもゲーム内のオークションシステム――『市場』でゲーム内マネーを使って入手は可能となっている。月額課金制も導入されており、アイテムは最低一〇エルン(一エルン、一円換算)から購入可能となるため、一〇代の若年層がプレイヤーの半数近くを占めている。



 ☆☆☆☆☆



 スマートフォンの画面を眺めつつ、自然と漏れるため息は何度目だろうか。

 画面中央に表示された『合成失敗』の文字が妙に憎たらしいのだが、スマートフォンに八つ当たりしても仕方ない。


「ああ、くそっ。素材はあと一回分……げっ、最上級強化石も少なくなってる」


 インベントリにある素材の数量を確認しつつ、次失敗したらまた素材集めに奔走しなくていけないと思うと憂鬱になってしまう。

 何せ、現在合成で使用している素材は『スマート・ワールド』内で最高難易度を誇った多人数攻略型インスタントダンジョン『ナイトメア・ハウス』でしか入手出来ない代物なのだ。

 全五層構造。ダンジョンフロアの広さはスマートワールド随一を誇り、徘徊するモンスターは最高レベルの強敵揃い。クリアまでに最短でも三時間はかかり、片手間で出来るような生易しいものではなかった。

 そもそも、パソコンなどでクライアントをインストールする大規模多人数同時参加型オンラインゲームであれば、多人数攻略型インスタントダンジョンも納得は出来るし、色々と楽しいと思う。だが、『スマート・ワールド』はスマートフォンのゲームなのだ。


「前のままならよかったが、ちょっと面倒だなぁ」


 スマートフォン――通信端末に過ぎない、ゲーム専用機でもない端末でそんなものをさせるなと言いたい。スマートフォンのゲームでレイドパーティ組んで攻略しろって、そりゃ無茶だよ運営さん。と、何度思ったことか。

 実装当初は物珍しさもあって人は集まったが、一年近く経った現在では募集なんてまったく見かけないし、オワコンやら『スマート・ワールド』唯一の汚点など言われている。

 実際、今作っているアイテムの素材以外で『ナイトメア・ハウス』に来ることはない。

 このダンジョンで出る素材以上の代物は他のダンジョンに存在しているし、現在実装されている最強装備を作成するのに必要な素材は、通称“新・四強窟”と呼ばれれる四つのインスタントダンジョンにある。


「そういえば、あかりが旧・四強窟に行きたいって言ってたな」


 四強窟は四年前に実装された“旧・四強窟”と、半年前に実装された“新・四強窟”がある。

 『スマート・ワールド』は通常六人でフルパーティとなるが、四強窟は新旧どちらも四人パーティ限定のダンジョンで、しかも、ダンジョン突入後クリアまでに“一時間”の制限付きという鬼畜っぷりを発揮している。そして、ダンジョンの最終ボスは、プレイヤーのレベル合計がボスのレベルになるぶっ壊れた仕様となっており、カンストプレイヤー四人――現在のレベルカンストは一〇〇――で行くと、ボスはレベル四〇〇になってしまう。

 ボスの討伐にカンストパーティで一〇分前後。ボスまでの道程は一六ある階層を踏破しないといけないが、フロア自体はそれほど広くない。単純な構造でフロアの最初で複数のルートから一つを選んで進み、下の階層へ行くことになる。ただ、モンスターの出現率はルートごとに設定が異なり、モンスターが登場する通常ルートと呼ばれるものから、モンスターが一切出現しないご褒美ルートと呼ばれるものもある。そして、もう一つ――一歩歩くごとにモンスターが出現する鬼畜ルートが存在する。そんなルートを選んでしまうと時間内にクリアすることが難しくなるため、現状での最強装備を持つカンストパーティでもルート次第ではクリアが難しくなる鬼畜仕様なのだ。

 それに比べれば、『ナイトメア・ハウス』は最高難易度を謳っていたのは、実装当時の一年前。現在では先月のアップデートで一部のドロップが他のダンジョンでも入手可能となり、更に難易度調整が入ったおかげで装備さえ揃っていればソロでもクリア可能なまでに難易度は低下した。ただ、面倒な仕様を追加してくれおかげで、『ナイトメア・ハウス』は未だに不人気ナンバーワンのダンジョンであったりする。


「とりま、ナイトメアに行くか」


 装備の確認をしてワールドマップから『ナイトメア・ハウス』を選択してタップ。

ローディング画面を横目にペットボトルの蓋を開けて一口。


「げっ……一〇階層ってことは、ナイトメア・クィーンかよ」


 ローディングが終わり、薄暗いダンジョンが表示される。左上にある“一/一〇”の数字を“を見て思わず声が漏れてしまう。

 先月のアップデートで難易度が下方修正されたが、何を思ったのか『ナイトメア・ハウス』をランダムダンジョンに変更してしまった。とはいえ、ダンジョンフロアの広さは半分以下に縮小され、モンスターはそのままだがレベルやらスキルが調整され、出現は最高で二体までに変更されたのは純粋に嬉しかった。何せ、今まではグループで出現するモンスターは最低で五体、最高で一〇体という鬼畜仕様だったからな。

 モンスターの弱体化や出現数の調整にフロア縮小で、装備さえ揃っていればソロでも攻略可能なダンジョンとなったのは嬉しく、楽でいい。ただ、ランダムにする必要はなかったと思うんだ、面倒だし。

 ダンジョン入場と共にランダムでフロア数が変化し、五階層を基本として一〇階層を上限としているが、ダンジョンが一〇階層の場合、最終ボスがナイトメア・クィーンと呼ばれるレアボスになる。だが、このボスがまた曲者だったりする。


「こいつ、何もドロップしないからなぁ……はぁ」


 ナイトメア・クィーンに挑戦すること六回。

 レアボスだけあって攻撃も結構えげつなく、楽勝とは言えないにしても現在まで全戦全勝である。ただ、今のところ一度もドロップ品を落としたことがないのだ、このボスは。

 ポーションすら落とさないとかふざけてるのかと言いたいが、仕様なのか不具合なのか、未だに運営から音沙汰はない。


「――っと、もうこんな時間か」


 気付けば午後一一時を回っていた。

 相変わらず、このゲームをやっていると時間の間隔が麻痺してしまう。明日は学校だからそろそろ寝ないと行けないし。一〇階層なら一時間弱くらいか。


「行くしかないかぁ」


 やる前からやる気を削ぐとは、ナイトメア・クィーン恐るべし。と思いながら、 テーブルにスマートフォンを置き、片手にペットボトルを持ったまま画面をタップしてダンジョン探索を開始した――



☆☆☆☆☆



 本日も晴天なり。

 睡魔というモンスターと戦いながら長い午前中の授業を終え、午後の英気を養うための昼食を終え、紙パックのジュースを片手に雲一つない空を窓越しに見上る。


 ……もうすぐ夏だねぇ。


 梅雨も終わり、あと数日で七月。蒼天の空に目を細め、すぐにスマートフォンの画面に目を落とす。


「おっ――レアドロ、ゲット」


 ダンジョンボスを倒し、ドロップ品を確認したらレアドロップ品があった。


「おお、さすがだな。んで、何が出たんだ?」

「『クロネースの剛皮』だ。中距離職なら軽鎧作るのに必要だけど、俺もお前も使わないからな」

「だなぁ……あ、灯ちゃんは密偵スカウトじゃなかったか?」

「今は狩人ハンターを育成中だ。それに、コレはすでに必要枚数を渡してる」

「……さすがは、シスコン」

「うっせぇ。誰がシスコンだ」


 本当に余計なひと言を吐くだ、こいつは。

 まぁ、今にはじまったことではないのであしらい方も心得たものだ。


「ところで、渉」

「ん?」

「なぁ、渉」

「だから、何だよ?」


 適当に返事を返しながらドロップ品を種類別に倉庫へと入れていたら、どこか神妙な雰囲気を漂わせた大男――悪友、米倉祥吾よねくらしょうごが真っ直ぐに見つめていた。

 身長一九〇センチ、体重九六キロの筋骨隆々な大男に見つめられても嬉しいわけがない。これで友人でなければお尻の危険を感じる熱視線である。


「今度のアプデ、どう思う?」

「今度のって……五周年記念のイベントか?」


 次のイベントはすでに決まっている。


「そう、『世界の終焉ワールド・エンド』」


 “スマート・ワールド”サービス開始五周年記念イベント。

世界の終焉ワールド・エンド』と銘打たれたイベントが、来たる七月一日のアップデートで実装される予定となっている。

 期間は今までのイベントでは類を見ない一年間という長期イベントで、その間にレベル上限の解放や新規ダンジョン、新種モンスターの追加もあるらしい。


「……で、どう思う? 錬金術師さん」

「どうって、何が?」

「いや、アタリハズレがあるだろ、このゲーム」


なるほど。祥吾の言いたいことは理解した。


「さすがに、今回は一年間の長期イベだからハズレたらゲームそのものが終了ってことになると思うぞ」

「だよな……と、なればアタリの可能性は高いか」

「アタリかハズレかで言えばアタリだと思うが、今の情報だけ見ると、イベントと言うよりもただのアプデに近い気もするけどな」

「まぁ、確かにな。公式サイトに載ってる情報だけ見ても、イベント自体の情報って少ないからなぁ」


 祥吾の言うように公式サイトを確認しても、レベル上限の解放や新規ダンジョン、モンスターの追加は載っているが、肝心のイベント内容が未だに公開されていないのだ。


「明後日なのに、随分とのんびりしてるよなぁ」

「その辺はいつも通りだと思うけど。――で、次はどこ行くんだ?」

「あ、っと――『聖生せいりゅうの洞窟』に行こうぜ」

聖生せいりゅうか。もしかして、『聖鎧せいがいの欠片』目当てか?」


 守護騎士は防御力が命だからな。パーティの肉壁たてだし。


「それで覇聖シリーズは揃うんだっけ?」

「ああ、これも渉のおかげだわ。愛してるぞー」

「キモいわ、ボケ」


 インスタントダンジョンには等級と難易度が存在する。

各ダンジョンには適正レベルという、攻略の目安となるレベル設定がされており、下級、上級の二種はソロでも踏破可能な一般ダンジョンに分類される。その上に当たる最上級と英雄級の二種はパーティ推奨とされている。

 そして、ダンジョンは難易度ⅠからⅢの間で選択出来るようになっている。

 下級で難易度Ⅰと言えば、一番簡単なダンジョンとなり、Ⅲともなれば適正レベルでも油断すると死亡することがある難易度となる。もちろん、難易度が高いほどダンジョン内でのドロップ品はレア度が向上し、難易度Ⅲでしかドロップしないアイテムもある。

 最上級と英雄級のダンジョンには難易度設定は存在しないが、エンドコンテンツ的な扱いのダンジョンが多く、難易度的にはⅢ以上であると思う。

 今回、祥吾が行きたいという『聖生せいりゅうの洞窟』は上級ダンジョンだが、聖鎧の欠片は難易度Ⅲでしかドロップしない希少素材なのだ。それだけの希少素材を使って出来る“覇聖”シリーズはセット効果を持つレア装備なのだが、防御特化なので人気は今ひとつである。ただ、祥吾がこれに拘る理由はある程度理解しているので俺からは何も言うことはない。


「欠片があと一個で“覇聖の鎧”が出来るんだけど、かれこれ二〇回以上行ってるけど出てくれないんだよ」

「……運悪いなぁ」

「ほっとけ。だから、渉に頼んでだよ――強運の錬金術師様」

「はいはい。時間もないし、さっさと行くぞ」


 祥吾と二人で一〇分程度か。

 休み時間終了までには間に合いそうだが、気合を入れて行きますかね。



☆★★★☆



 大体的にテレビCMも流れる、現在人気ナンバーワンのスマートフォン専用オンラインゲーム『スマート・ワールド』のサービス開始五周年記念イベント。


 世界の終焉ワールド・エンド――。


 アップデートを数日後に控え、ネット上でも様々な情報や憶測が飛び交っている。真偽のほどは定かではないが、運営が情報公開を遅らせているために好き勝手な憶測が飛び交っているのが現状である。

 もっとも、このお祭り騒ぎを楽しんでいる節もあるので、殺伐とした雰囲気ではないのだが。


 ただ、心してほしい。

 その名が占めす本当の意味を――


「終わりのはじまり……か」


 パソコンのディスプレイから漏れる光が唯一の光源である部屋の中。

 有名掲示板サイトのスレッドには、五周年記念のイベントに関する憶測や情報が次々と書き込まれていく。それを眺めながら、ディスプレイの光に照らされた男が薄ら笑いを浮かべ、そして、瞑目する。それは懺悔のような悲壮感を滲ませながら、どこか、決意に満ちた表情を浮かべてゆっくりと目を開く。


「もう、止まれない……そうだろ、――――」


 静かに、そこにはいない誰かに向かって声をかけ、男はゆっくりと席を立つ。


「さぁ、はじめよう。そして、運命に抗って見せてくれ……」


 そして、微かに震える指先でキーボードのキーを押す。


「我らを……、……しろ、人間……」


 カチッと妙に小気味よい音が室内に響き、次いでディスプレイの表示が切り替わる。その表示を一瞥し、男は歩み出す。

ディスプレイの光が唯一の光源である室内で、しかし、男の手は光を鈍く反射する。

 その手に持つ金属の刃。赤黒く染まった刃を手に男は静かに壁に向かって歩き出す。

 扉も何もただの壁に向かって歩き出した男。一歩、また一歩と壁につかづいていくにつれ、ジジっと耳障りな雑音を小さく放ち、男の身体が揺らぎ、輪郭が歪んで滲みはじめる。


 そして、壁をすり抜けるようにして男の姿は完全に掻き消えた――



☆☆☆☆☆



 男が去った室内。

 ただ無機質な機械の駆動音のみが響く。パソコンのディスプレイに表示されていた複雑な英数字の羅列は何かのプログラムだったようで、小さくアラーム音を一度鳴らし、ディスプレイには数字の羅列が新たに表示され、徐々に数字を減らしていく。

 それはカウントダウン。

 終焉のはじまりを告げるカウントダウン。


 五周年記念イベント『世界の終焉ワールド・エンド

 開始まで、三八時間五八分二五秒……。


 これが、世界を狂わせる“終わりのはじまり”であった――

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