大停電

太田心平

停電

福岡市の上空は、どんよりとした雲が建物に覆いかぶさるように横たわっていて、朝からの予報どおりこれから大雨になりそうな気配がしていた。


 株式会社インターコスモに勤める営業部長三島貴之は、これから得意先である福岡県企画政策部国際課の中谷義弘に会うため車を走らせ、高宮通りから百年橋通りへ曲がり、待ち合わせ場所の博多駅近くにある喫茶店迄十分程のところにいた。

時刻は夕方四時頃で、打ち合わせを終えて会社へ戻る車や配送を終えたトラックなどでノロノロ運転が続いており、博多駅周辺はいつものように渋滞が続いていた。

車のラジオからは、空港や博多駅へ向かう百年橋通り、太宰府インターへ向かう三号線バイパスなどの交通渋滞を伝える情報が流れていた。


三島の運転する白のプリウスが、筑紫通りが交差する瑞穂みずほの交差点に差し掛かった時、突然と眼前の青信号がフッ!と消えた。

あっ?と思ったがそのまま流れに従い交差点を通り過ぎた。

バックミラーに目をやると、数台後ろの車もすぐに気付いて交差点の所で速度を落とし慎重に動いていた。

<信号の停電・・・珍しい・・・>

そう思いながら車を走らせていると、近くのコンビニエンスストアやガソリンスタンドなども店内が停電している様子が見えた。次の交差点で早くも渋滞が始まっていた。

<これはかなり広範囲の本格的停電だな。まいったな、約束の時間に間に合わないかもしれない>

三島は腕時計の針に目を落としながら、ハンドルを握る指先を神経質に小刻みに叩いた。約束の時間迄二十分ちょっと。普通であれば楽々行ける距離だが、この分だと間に合わない。急いで中谷へ携帯電話を掛けることにした。

「プップップップッ・・・・ツー、ツー」

みんなが一斉に電話し出したからなのか繋がらない。よく見ると携帯電話のアンテナ表示が立ってなかった。

<携帯の中継局も停電と関係あるのか・・・>

近くのコンビニエンスストアに公衆電話があるのが見えたので、取り敢えずその駐車場へ急いで車を滑らせた。

<やれやれ、とんだ災難だ>

そう思いながら、公衆電話の受話器を取り小銭を押し込むように入れた。

「・・・・・」

反応がなかった。あわてて何度か小銭を入れ直すが、全く反応しない。

<街中停電になっているのか・・・>

あたりを見ると、人々がうろたえた表情であちらこちらに呆然と立ち尽くしていた。


しばらくして街中は、一時の通信障害と停電から復帰し平静を取り戻しつつあった。すぐに携帯電話を開いて見ると、その通信障害のお詫びのテロップが流れていた。

三島は約束の時間に約三十分遅れで博多駅前の駐車場へ止めた車から降りた。

急に降り出した大粒の雨の中を小走りで急ぎ、中谷が待っている博多駅筑紫口にあるホテルセントラーザ二階の喫茶店にたどり着いた。

「いやあ、遅れて申し訳ございません。すぐ近くまで来てたんですが、急な信号の停電で凄い渋滞になってしまって・・・」

百八十センチの長身で"育ちのいい野蛮人"といった風情をし、浅黒く精悍で眼鼻立ちが日本人離れした顔立ちの三島貴之は、中谷が座っている店内の奥の席に近づいた。大雨に濡れた背広の肩口を両手で払いながら開口一番詫びを入れた。

「いやいや、何が原因かまだわかってないみたいだけど、とにかく街中パニック状態だったもんなあ」

ズボンの腰廻りからワイシャツがはみ出そうな脂肪のついた身体を椅子に沈めていた中谷義弘は、そう言いながら片手に持った携帯電話のニュース速報を見ていた。

「何かわかりました?」

三島は席につくと中谷の薄くなりかけた頭髪越しに携帯電話を覗きながら言った。

「う~ん、かなり広範囲の停電だったみたいだけど、自然災害が原因じゃないだろうからなあ、人的なものか何か・・・」

「九州電力の人為的なミスですかね」

「そんなので簡単に停電するようじゃ九電も商売上がったりだろ」

「それもそうですね。だとすれば外部からのサイバー攻撃ですか」

お互い笑いながら、それはないだろうなという雰囲気でウエイトレスの注文にコーヒーを頼み、すぐに仕事の話に移った。


株式会社インターコスモは、官公庁を中心にアジア向けのPRを提案する企画会社である。

三島貴之は、特別に就職活動をしたわけではなかったが、とにかく海外で活躍出来ることがしたかったところに、地元福岡市の国立大学の就職課に"アジア向けのPR提案"という採用の張り紙があったのを見て、一も二も無く応募し入社した。当時は、沢山の企業からの採用が何気に張り紙してあって、完全に売り手市場でもあった。

そしていざ仕事を始めると持ち前の熱心さもあり、新しい企画を次々と提案しそれがクライアントの評価を得て、気付けば三十八歳で部長という役職に就いていた。

三島の仕事は主に、官公庁を中心に観光事業を主体とした企画提案を行い、それに伴うテレビ・新聞・雑誌などのメディアの扱い、イベント展開などのセールスプロモーションを売り上げの核としていた。中谷の福岡県企画政策部国際課は、そのインターコスモの主要取引先であり、韓国・中国などアジアへ向けた日本旅行の企画の委託をインターコスモとの間で進行中であった。

打合せをしようとする今回の企画は、韓国ソウルで開催される韓国国際観光展での九州観光のPRブースを、福岡県が音頭を取り九州各県と協同で出展し、それに合わせて韓国ソウル近郊のコンベンションセンターで韓国旅行エージェントを数社集めて日本・九州観光旅行の説明会を行うというものである。さらに、その韓国の旅行エージェントに対して九州旅行のパッケージツアーを作ってもらうことが狙いであった。

その際に韓国旅行会社の取りまとめを行ってくれる予定になっていたのが、韓国のセジョン旅行という韓国旅行代理店のパク・デホという人物だった。

パク・デホは、三島が二〇〇一年に北九州市で開催されたJAPAN EXPOの際に、韓国からの観光旅行企画を依頼してからの付き合いだった。


中谷と博多駅筑紫口の喫茶店で打合せをして二日後、三島は詳細な参加社の件を詰めるために、再度、福岡県庁にある福岡県企画政策部国際課の中谷の元を訪ねた。

「三島君、ところでパクさんからその後参加社の連絡はあったかね」

中谷はデスクのパソコンを打ち続けながら、ややせっつき気味に言った。

「ええ、実は昨日連絡ありまして、今五十社に案内を出しているそうです。その内三十五社が参加、七社が不参加、八社がまだ未回答ということでした」

「その三十五社は確実かね?それぞれどれぐらいの規模の会社かなあ。その辺分かるかな」

中谷は、回転椅子を廻し脂肪のついたお腹を三島の方へ向け聞いた。

「まだ詳細はわかりませんが、五十社のプロフィールデータを貰うようにしてますから、今週中には回答が来ると思いますけど・・・・」

三島はその三十五社がどの程度の会社なのか聞いてなかったが、一週間ほど前に韓国大田広域市でのパク・デホとの打合せの時、微妙に気になることがあったのを思い出した。


大田(テジョン)広域市は、韓国で五番目の大都市である。

科学EXPOが一九三三年に開催されたほか、市内の儒城区(ユソンク)にハイテク団地「大徳研究団地」を有するなど科学技術都市として知られる。

一九七三年に研究学園団地として指定された大徳研究団地は、韓国科学技術院(KAIST)や韓国電子通信研究院(ETRI)など政府・民間の研究所百社以上が集中しており、原子力や宇宙開発、生命工学などの研究を行っていた。

三島は中谷と打ち合わせる一週間前に、その大田広域市の研究学園団地内にあるマーシーという喫茶店でセジョン旅行のパク・デホからの説明を受けていた。

「パクさん、今回の旅行代理店説明会の参加社は、日本・九州へのアウトバウンドの実績あるところが必須ですけど。それで、何社ぐらい目途が立ちそうですか」

今回の企画の成否が韓国側のアウトバウンド参加社の数にかかっているためズバリ聞いた。

「今あたってますけど、そうですね、まあ多分私の予測では、三十社から五十社ぐらいだと思いますけど。多分三十五社は固いと思いますよ」

オールバックにした髪型でやや角張った顎をしたパク・デホは、ウエイトレスが運んできたコーヒーにフレッシュミルクをなみなみと入れながら答えた。

ミルクがコーヒーに侵食して行って、やがてコーヒーを支配してしまうかのような入れ方だった。パク・デホは縁無し眼鏡の奥からコーヒーに浸食していくミルクをじっと眺めていた。

「そうですか、そうだと助かります。協議会も三十五社以上確保できれば納得すると思います」

三島は今回の企画の一番の難問がこれでひとつ解決すると思いそう答えた。

「ただし条件があります。プレゼンテーションの日程はこちらの希望とさせて下さい。それと会場もこちらでセッティングさせて下さい」

いきなりパク・デホが、見つめていたコーヒーから顔を上げ切り出してきた。

「ええ、まあ会場は問題ないと思います。日程に関しては協議会の希望もあるので調整させて下さい。できるだけご要望に叶うようにしたいと思います」

通常、説明会を行う場合、基本説明する側の日程に従うのが常である。説明を受ける側が日程をリクエストするケースはあまりない。

ままあることだが、パク・デホの否応無しの強い口調に、三島は相手の機嫌を損ねないよう丁重に答えた。


株式会社インターコスモは福岡市の赤坂二丁目、一階にレストランが入った商業ビルの五階にあった。ビルにはネット関連や広告代理店などのPR会社が数多く入っている。この辺りは、福岡市の中心街天神と隣り合わせの西側にあり、多くの企業や主要機関が数多く集まっていた。ビル向かいの昭和通り沿いの歩道には、忙しそうなサラリーマンやオフィスレディが引っ切り無しに行き交っていた。

インターコスモに入社して営業三年目二十五歳になる若菜祐樹がいつものように出勤後のメールチェックをしていると、パク・デホからの受信メールが入っているのを確認した。

「三島さん、セジョン旅行から返事が来てます。え~と、五十社のプロフィールと日程・会場の連絡です」

「わかった。こっちに転送して」

三島はデスクワーク中のパソコンに目を落としたまま言った。

パク・デホからのメールの内容は次のとおりだった。


日程:九月十五日 十一時~ 

会場:ソウル特別市中区忠武路(チュンムロ)一街二十五-九 ホテルベストイン三階


メールに添付されてあった五十社のプロフィールはどこもアウトバウンドの実績のある会社で概ね問題なさそうであった。九月十五日という日程が日本は敬老の日の祝日にあたる時で、主催者である社団法人九州観光協議会として了解してもらえるかどうかが問題である。会場に関してはソウル市内であればそれにこしたことはない。

三島はさっそくクライアントである中谷へ連絡した。

「九月十五日は日本の祝日にあたるけど、向こうは普通の日だから通用しないだろうなあ。わかった、それで了解しよう。決定している会社の調整にまた手間取るようだと面倒だからな」

「そうですね、そうして頂けると話は早いです」

双方調整の話は、簡単に進み日程は九月十五日、ソウル市内のホテルベストインで説明会を行うことで決まった。

それまで二ヶ月あまり、三島は九州観光協議会が行う観光説明会の九州各県との段取りや調整作業に追われた。


ホテルベストインはソウル市内の繁華街、忠武路地区にある五ッ星クラスのホテルである。

忠武路地区は、韓国ソウルの経済の中心地でもあり、ソウル市内の住民の日常に係る多くの衣料・雑貨・食堂などのビルが建ち並んでおり、日本語があまり通じないこともあって普段日本人観光客が寄り付かない所だが、ここホテルベストインだけは多くの日本人観光客で賑わっていた。

説明会の当日になり、会場の仕込みを終えた中谷と三島は、ホテルベストインの一階ロビー横にある喫茶ラウンジで休憩をしていた。

「いやあ、何とか無事に漕ぎ着けたかな。まあ後はシナリオ通り説明会を進行すれば一段落というところかな」

「いや、まだその後の旅行代理店が作る旅行企画の進捗状況が大変ですよ」

「まあそこのところは、おたくに係っているから、よろしく頼むよ」

各県別に、それぞれの観光名所や物産品などの説明を行うわけだが、韓国の旅行エージェントとしては、月並みな説明ではすでに情報としてよく承知しており、今までにない目新しい話題を欲していた。例えば、韓国人に人気があるのは、温泉やゴルフをパックにした商品であるが、もちろんそれだけでは他県との差別化は難しい。特に、昨今北海道へのツアーが人気を集めており、九州地区としては、やはり圧倒的な価格的優位性と近場の立地を武器に対抗するしかなかった。

開始時間三十分前になり、二人は日本からの九州各県の担当者が待機している三階の控え室へ向かった。

二人が控え室へ入ると、各県の担当者七人は席について各々談笑していた。

「みなさん、そろそろ準備の方よろしくお願いします。壇上の左袖に椅子が並んでますから、開始十分前になったらそちらへ移動して下さい」

中谷は、仕事も順調に進捗し、余裕の表情でみんなに説明をした。開始まで二十分前である。


と、その瞬間、突然、控室のドアがけたたましい音を立てて開いた。

ドアが開くと同時に、武装した集団が五人バラバラと入ってきた。全員マシンガンを両手に持っている。日本人全員は、一瞬何が起きたのか理解できず、口をあんぐりと開け阿呆のようにしていた。武装集団のひとりが甲高いハングル語でまくしたてた。

「ヒョンジェ!トゥリョ ウィジャエ クド アンジェ!(全員、後ろの椅子に固まって座れ!)」

日本人全員は仕事柄ハングル語は理解できた。

一番後ろの席にいた三島は、利き手である左手に携帯電話を持っていたので、武装集団に気づかれないようとっさの判断で画面を見ず片手でメール作成画面を開き、ブラインドタッチで入力し会社宛送信した。

<ヒジョウジタイ ゼンイン ゴウトウ ニ オソワレタ>


その頃、営業の若菜は午前中のデスクワークを終え、午後からの営業に備えて提出書類をすぐに取り出せるようパソコンで整理していた。

と、突然パソコンの画面が消えた。一瞬、パソコンのダウンかと思ったら事務所全体が消灯していた。

「うわ、停電か」

「え~、今の保存してないし」

口々にオフィスにいる全員が騒ぎ始めた。

若菜は、ただの停電だからすぐに復帰するだろうと思い、パソコンを前に腕組みしたまま窓の外に何気に目をやった。

クラクションを鳴らす車が数台、交差点で団子状態になっていた。よく見ると信号が点いてない。

<えっ?信号も停電で消えるのか>

そう思いながらも、一応得意先の担当に場合によっては、遅れる旨を連絡しておいた方がいいだろうと思い、携帯電話を掛けた。

「プーッ、プーッ、プーッ」

掛からない。携帯電話のアンテナ表示が立ってなかった。

<えっ?携帯電話も駄目なのか>

そういえばこれと似た現象が二ヶ月程前に起きたことを若菜は思い出した。あの時は、三十分ぐらいで復帰したが、未だに原因はわかっていなかった。時計の針は十時四十分を指していた。

まもなく、ソウルでのプレゼンが始まる時間である。若菜は焦りと不安を覚え、三島に連絡を取らねば、と思ったが、パソコンも電話回線も使えない状態ではどうしようもない。

<何と脆弱な世界なんだ>と思った。


その頃、三島ら九名は全員目隠しをされ車で長時間移動の後、ビルの地下室らしきところに監禁されていた。

<マシンガンまで装備した様子では、ただの強盗ではないだろう。ひょっとして、何かのテロの人質なのか。しかし、何だって俺達なんだ?テロに対する人質であれば政府関係だとか、国家の重要人物ならばありえる話だ。ただの民間会社と地方公務員の、しかもあまり関係のない観光事業に携わる担当者レベルの人間を捕えてどうしようというのだ。先日のアルジェリアのテロも、アルジェリア政府は油田を守るために強硬手段に出た。それ以上に、俺たち民間会社と地方公務員ではあまりにも脆弱だ。日本はアルジェリアと違って、人命尊重を第一義に考えるのは当然のことだ。しかしもし、国家が秤にかけられたらどうだろう?人命第一とはいいながらも、本音は国家を優先させるのではないか?でも、それを強行する政府は、その後は国民の批判を受けて生き残れない・・・・・・>

三島は、蒸し暑い地下室の中でこれからどうなるのか結論の出ない堂々巡りの考えを反芻していた。

「三島君、これは一体どうなってるんだ。どういうことなんだろうか」

中谷は額に脂汗を滲ませながら不安まじりに言った。

「どうもこうも、皆目わかりません。でも、まずは全員の身の安全確保優先でしょう」

「それはそうだが、安全確保と言ってもどうなるのか・・・・・」

中谷は三島に聞くというより、独り言のように言った。

地下室に閉じ込められて三時間が経過し、全員疲労が蓄積していた。


福岡市内の停電は一時間程で復帰した。若菜は早々にデスクに向かい中断していた仕事に取り掛かった。

オフィスにあるテレビモニターには今回の停電に関する臨時ニュースが流れていた。

オフィスにいる全員、仕事をしながらもその臨時ニュースを食い入るように見ている。

”日本全土で三ヶ所の大規模停電が発生した模様です。東京、富山、福岡の三ヶ所ですが、まだ詳しいことはわかっていません。繰り返します....”

「三ヶ所だって、これは普通じゃないな」

「何か計画的なのか」

オフィス内は口々に騒ぐ人の声で騒然としていた。

若菜はニュースの音声を聞きながらも、復帰したパソコンの電源を入れメールを開いた。若菜のパソコンに三島からのメールが届いていた。


<ヒジョウジタイ ゼンイン ゴウトウ ニ オソワレタ>


<・・・・何だ?これは、どういうことなんだ>

若菜には全くもって理解ができなかった。三島特有の何か意味を込めたジョークなのか。

<強盗に襲われたというのはどういうことだ、でも全員って・・・・・・日本人全員のことなのか。全員となると九名になる。九名がいっぺんに強盗に襲われるものだろうか?もしそうだとしたら、九名が抵抗できない圧力って何なんだ>

メールの送信時間は十時四十二分になっていた。調度、停電になった頃だ。

すぐに三島の携帯電話に連絡を入れた。

「・・・・・・」

電源が入ってないのか全く反応がなかった。

若菜はすぐにメールの文面をプリントアウトし、チーム長である大崎雄一郎に報告した。大崎は三島と同期入社で今年三十八歳になる。中堅の管理職で口数が少ない学術肌の人間だった。

「大崎さん、三島さんから連絡が入っていて、それが・・・実は・・・九名全員が強盗に襲われたというメールです。これが三島さんから送られてきたメールです」

若菜はプリントアウトされたメールの文面を差し出しながら一気にまくしたてた。

「えっ?なに、いま何て言った」

大崎は、この会社で強盗に係ることは、今までも今後これからも全くもって予期してなかったことなので、一瞬、若菜が何をふざけているのかと思った。

そうでなくても、各地の大規模停電で世間が震撼としている時である。冗談も休み休み言えと思った。

大崎は、その文面を見ながら半信半疑で言った。

「で、三島とは連絡取れたの」

「まだです。携帯電話が繋がりません。会場のホテルにはこれからです。すぐに確認を取ります」

若菜は手短に言うと、すぐにデスクへ戻った。

大崎は若菜から受け取ったコピー用紙に書かれた現実離れした文字に何度も目を落とした。しかし、状況は深刻な事態にあるのだろうか。三島は、カタカナ文字のブラインドタッチで携帯電話のメールに文字打ちをしていた。そうしなければいけない状況にあったのだろうか。大崎はとにかく三島と連絡を取り、状況を把握しなければどうしようもないと思いつつもどう対処すればいいのか困惑していた。

若菜は、デスクへ戻るとすぐさま会場となっている韓国のホテルベストインの事務所へ国際電話を入れた。

「ネー、ホテルベストイン、イムニダ」

受付の女性担当者がハングル語で電話口に出た。

「もしもし、こちらは、日本にある企画会社でインターコスモの若菜といいいます。恐れ入りますが、本日そちらの会場でプレゼンテーションを行ってます当社の三島貴之というものと連絡を取りたいのですが」

若菜はあわて気味だが丁重に日本語で尋ねた。

「インターコスモ様ですね。わかりました。少々お待ち下さい」

受付の女性は訛りのある日本語で答えた。

ほどなくして、その受付の女性が返答してきた。

「申し訳ありませんが、インターコスモ様では、会場使用の予約は入っておりませんが・・・・」

「えっ?入ってない、そんなはずは・・・・間違いなく本日そちらのホテルで旅行代理店への説明会を行っているはずなんですけど・・・・」

「ええ、インターコスモ様でお調べしましたが、会場使用だけでなく、予約も一切はいっておりません」

<ばかな!セジョン旅行からの連絡で会場押さえをしてもらい、今日、いままさに説明会を行っているはずだ!予約すら入ってないとはどういうことだ>

若菜は埒があかないと思い電話を切った。すぐさま、セジョン旅行に確認の電話を入れた。

「The number you are calling is unavailable right now. Please try again later.....」

<電話が不通になっている・・・・なぜだ、セジョン旅行が不通とはどういうことだ>

若菜は一連の状況をすぐさま大崎に報告した。大崎は次々に襲いかかる不測の事態に困惑していたが、しばらく考え込んだのち状況を打開すべく若菜に伝えた。

「若菜君、すぐにソウルへ行ってくれないか。行って三島を見つけ出すんだ。一応、こちらでも警察へ捜索願いは出しておく。手掛かりはホテルとセジョン旅行がある場所しかないが、ともかく行って調べないことにはどうしようもない。君ともう一人ハングル語ができる前村君を連れて行ってくれ、いいかな」

「わかりました。すぐにそうします」

福岡から韓国ソウルへの出張は、飛行機に乗っている時間が調度一時間、新幹線で大阪迄行くのと大差なく日常的にあることだった。

前村悠紀子は、韓国でのイベントなどに関わってきたこともあり、独学でハングル語を習得し流暢なハングル語を話す。若菜より一年遅れの入社二年目の社員で、若菜と同様に活発で活動的である。彼女がいれば、何かと心強い。若菜は、すぐに彼女に伝えた。

「詳しくは、後ほど話すけれど、今からすぐにソウルへ出発だ。今から準備すれば午後五時の便に間に合うはずだから、自宅へ戻ってすぐに準備してくれないか」

「ソウルですか、わかりました」

悠紀子は、急なことで一瞬、えっ?と思ったが、この会社ではアジアへの急な出張はままあることなので、特段驚くこともなく、すぐさまいまやっていたプレゼン提出用のパワーポイントでの企画書作りのファイルを閉じ準備に取り掛かった。

若菜は、バタバタと航空券とホテルの手配をした。

福岡空港から仁川(インチョン)国際空港までは飛行機で一時間、今から午後五時の便で行けばインチョン空港からソウル市内までは午後八時には入れる予定だ。ホテルベストインはそれからでも問題ないとして、セジョン旅行の方の調べは明日以降になるかもしれないと思った。

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