四月二十四日(金)

          1


「なあ一馬、帰りゲーセンでも拠って帰んね?」

「くくく……よかろう、丁度退屈していた所だ……相手をしてやる」

 一馬は俺の軽い宣戦布告に妙な所のスイッチが入ってしまった様で『ゴゴゴゴォ……』という効果音SEが聞こえそうなオーラを出しながら教科書をバッグに仕舞っている。

 俺達が教室のドアをくぐろうとしたその瞬間。

 ドゴォッッ!!

 真横から飛来した英和辞典が一馬の側頭部を直撃し、真横に半回転した一馬は木製ロッカーに頭を思い切り打ち付けてバッタリと倒れた。

「神門! アンタ今日掃除当番でしょ!!」

 鎮目さん、ひょっとしてご出身は残虐超人だったりします?

「ゴフッ! ごめんね、禅……約束……守れ無かったよ……………………ガクッ」

「一馬―――――――!!」

 襟首をつかまれて引きずられてゆく一馬を見送りながら、でも変に関わったら、じゃあ、アンタも手伝いなさいよ、その方が早く終わるし。そうだよ禅、友達だろ的な流れになるのが目に見えるので。


 よし! たまには一人で帰るか!


 俺が階段を降り、昇降口に向かうべく一階の廊下を歩いていると、校庭側の窓を乗り越えてオセ先輩が入ってきた、着地するなりガクリと膝をついて倒れこむ。

 白いワイシャツに広がる赤黒い血の跡、どうやらひどい手傷を負っている様だ。

「ど、どうしたんすか、先輩」

 意識が朦朧もうろうとしている様子のオセ先輩は俺の声にハッと気が付いた様にこちらを向き、

「おお、助かった。頼むかくまってくれ少年」

 窓の外を見ると、向こうから、足元まで延びた真紅のマントをはためかせた小柄な人物が走って来るのが見える、頭には両端が猫の耳の様にとがった特徴的なフードをかぶり、手にはゴテゴテとアクセサリーの付いた、海兵隊みたいなアサルトライフルを持っている。

 近くまで来て分かった、前見た時と大分印象が違うが、あれは薬局で会ったセシリーだ。

 彼女の方も俺に気づいてフードを外すと、こちらに駆け寄り、窓越しに声をかけて来る。

「また会えたね禅くん、ねえ! こっちに豹みたいな顔した悪魔が来ませんでした?」

 明るく元気のいい声、まるで向日葵ひまわりの様な娘だ、だからといってこの足元の死にかけ君を気持ちよく引き渡す訳にもいかない。俺は適当に誤魔化そうと嘘をつく。

「お、おう、見たぞ。え~と、その辺の地面にゲート的な物を開いてもぐって行った」

「くっ、逃がしたか」

 セシリーは地団駄を踏んで悔しがっている。

「あれ、でもおかしいな、瘴気しょうきセンサーの反応ではまだこの辺にいる事になってる。残留瘴気かな、それにしては濃いし――」

 セシリーは懐から取り出したモバイルデバイスの画面を見て何やらブツブツ言っている。

 まずいな。俺は話をそらそうと彼女が脇に下げているゴツイ突撃小銃M4に目を向けた。

「おっ、格好いい銃だな。お洒落なグレネードランチャーなんて付けちゃって」

「解ります? 嬉しいな」

 セシリーはパッと目を輝かせる。どうやら釣れた様だ。

「えへへ、アッパーを6,8㎜口径のブッシュマスター・8インチ・ガスピストンに換えて、ナイツのRISにM320付けて、後は好き勝手にパーツを組み込んだ感じです。豚さんマークのフラッシュ・ハイダーとか」

「こりゃあ驚いた。兵器マニアか」

「えへへ、禅くんも嫌いじゃないみたいだから、ちょっとだけ見せたげるね」

 セシリーはそういうと真紅のマントをひらりとまくって裏地を見せて来た、俺はギョっと目を見張る。マントの中には小宇宙……ならぬ広大な武器庫が広がっていたのだ。

 整然と銃架に立てられたライフル群から壁一面の膨大な拳銃類、分隊支援火器に対戦車ロケット、重機関銃に、果ては小型の戦車までが見える。何だこりゃ、戦争でもする気か。

「凄いでしょ、私のコレクション、えへへ~」

「うむ、褒めてやる、狂気を感じるレベルだ。しかしコレクションも凄いがこのマントも凄いな、どういう仕組みになってるんだ?」

「知り合いの魔女に作ってもらったんですよ。『四次元ポケットみたいの作って!』って頼んで。エクソシストが魔女の力を借りていいのかってのも微妙な話なんですけど、ま、ウチはバチカンの下請けの民間軍事会社PMCみたいな物なんで、ギリOKという事で」

 彼女は持っていたライフルをマントの中に突っ込んで、一声かける。

「仕舞っといて、ヒスマエル。あ~あ、それにしても惜しかったな、あと少しだったのに」

 ほっ、諦めてくれたか、しかし薬局でも思ったが、素直というかだまされやすいの様だな。

「でもさ、セシリー、なんでオセあの先輩アクマを追っかけ回してたんだ?」

「今言ったでしょ、私エクソシストだって、悪魔を追っかけ回すのが仕事なんです」

 彼女はマントをひるがえして胸を張る。

「まさかあんな凄いのと出くわすとは思いませんでしたけど。驚きましたよ、コードNo,57『Ose』賞金五百八十万ユーロの大物が普通に自販機でブリックパック買ってるんだもの」

 セシリーは目を大きく見開いて、あきれた顔をする。

「でも流石さすがでした、下級悪魔なら一発で仕留めるパリトキシン弾を四発も喰らってケロリとしてましたよ」

 少し深刻そうな顔をするセシリーに俺は言う。

「いや、結構効いてたみたいだぞ」

 今俺の足下で白眼をいてグッタリしているオセ先輩を見る限り。

「本当? 苦しんでました?」

 うん、今、なんか泡吹いてビクンビクン痙攣けいれんしだしたところ。

 俺がうんうんとうなずくのを見たセシリーは、それで自信を付けたのか、

「うん、次は仕留しとめる! 禅くん、あいつ見かけたら教えてね、何でもおごるから、じゃね」

 セシリーはそう行って去っていった、バイバ~イ!

「オセ先輩、オセ先輩、行きましたよ。フンッ!!」

 俺はグッタリして息をしてないオセ先輩を起こすと背中から気合いを入れる。

「ゲホッ! はぁはぁ……あ、あれ?」

「大丈夫ですか?」

「……サタン様に『おおオセよ、しんでしまうとはなにごとぢゃ』って言われる夢見た」

 多分それ夢じゃないです。

「所で何があったんですか? 仮にも魔王ともあろう者が、あんなお嬢ちゃん相手に」

「うぬう、自販機の所で突然因縁を吹っかけられてな『検邪聖省けんじゃせいしょうの方から来ました! ソロモンコード・No,57『Ose』! 正義の名の下に、その首貰い受けます!』な~んてキャンキャン可愛い声で吠えるもんだから、『ふん、ワシに鉄砲なぞ効かんぞ、なんなら試してみるかね?』って撃たせてやったら、いやこれが痛いやら具合悪くなって来るやら、おそらく相当凝った神聖処理をした銀の弾丸にパンチのある毒でも入れたんだろうな。親の仇でもあるまいに一体何の恨みがあるんだ?」

「油断しすぎですよ、あっちはやる気満々みたいだし、プロレス的な受けの美学も程々にしないと今度はホントに狩られますよ」

 とにもかくにもオセ先輩が狩られなくて良かった。なにせ彼は――

「一ユーロ百三十円換算で約七億五千万円だからな……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、こっちの話」

「?? まあいい。それよりどうだ少年、もう帰るんなら、このあとバッティングセンターで一勝負といかんか? この間、遅れをとった借りを返すべく富士の裾野すその敢行かんこうした秘密特訓の成果を見せてやる」

 元気だな、今、死にかけてたはずなのに。

「ほほう、それは聞き捨てなりませんね。いくら先輩とはいえ、その気になれば飛んでる弾丸をおはしでつかむこの俺に、バッティング勝負を挑むとは――当然、賭けるんでしょうね」

「おう、『道観どうかん』の真武大帝しんぶたいていラーメン(全部乗せ)でどうだ」

「あそこなら『クポカ五パーセント引きサービス』がありますからね、無駄に空いてるし、ふふふ、いいでしょう、落ちてる金は拾う主義だ」

 バチバチと火花を散らす俺たち二人の脇をトボトボ猫背で歩く羊顔のロボットが通り過ぎようとする。

「これ、待ちなさいアリス」

「ふわ……あ、功刀先!?」

 アリスは喋ろうとして俺の隣のオセ先輩(知らない人)の存在に気づき、急遽、会釈に切り替える。どうやら『しゃべれないてい』は継続中の様だ。

「こんにちは、アリス、さて俺はこれからこのけだものケモリンとバッティングセンターに行ってラーメンを賭けた勝負をする事になった」

「誰がケモリンだ」

「ヒマなら付き合わないか。体を動かすのは得意だろうし、ラーメン好きだろ?」

 アリスは自分の体に視線を落としてさびしそうに肩を落とす。『でも、ラーメン屋行っても、食べられないし……』と言いたいのだろう。

「アリスよ……聞いて驚くな、今日我々が行く『道観』というラーメン屋さんにはな……『お持ち帰りセット』という物があるのだ!」

『がーん!』と驚愕のポーズを取るアリス。

「うむ、いいリアクションだ」

 アリスはおなべを振るう様な仕草をしてみたり、あ、でもドンブリ無いし、というポーズをしてみたり、様は混乱して良く分からなくなっている様だ。こんな時は。

「ようし、決まり~」

 俺はアリスの手首をつかんで強引に引っ張っていく事にした。

 ヨロヨロとついて来るアリス。


          2


 隣駅に降り立った俺達三人は、商店の点在する住宅街を歩き、国道沿いのバッティングセンターを目指す。

「アリス、紹介が遅れたがこの人はオセ先輩。こんな鉄人タイガーセブンみたいな顔してるけど、実は面倒見の良い、イイ人だから」

「たとえがマニアックすぎる。まあいい、よろしくな中のお嬢ちゃん。困った事があったら何でも言ってこい『いつ何時なんどき、誰の相談でも受ける』のがワシの主義だ」

「怒らすと屋上からケブラーダを放って来るけどな」

「……そんな事したっけか?」

 身に覚えが無い風なオセ先輩を見て、俺はアリスに言う。

「酒が入るといろいろ雑になるから、近づかない方がいいってのも覚えとけな」

 ブォウォウ!

「ムッ!?」

 突然鳴り響くバイクのエンジン音。狭い通りの先に目を向けると、三台のバイクやスクーターに各々二ケツした六人の男達が、道を塞いでこちらを睨んでいる。

「なんだありゃ、真っ昼間から」

 六人はフルフェイスやバンダナで顔を隠し、各々木刀や金属バットで武装している。

「ヤル気満々みたいですよ。なんスか、オセ先輩、またどっかで怨み買ったんでしょ、痴情のもつれ的なヤツ」

「人聞きが悪いな少年、お前こそ、またその辺でいたいけな不良少年を相手に、ヤンキー狩りと称したカツアゲをして回ったんじゃないのか? 飯代欲しさに」

「またって何スか! そんな事した事ないですよ! どんなイメージだ!」

「じゃあ……」

 オセ先輩がアリスの顔を見る。

 アリスは俺の後ろに隠れ、ブンブンと頭を横に振って必死に否定する。

 ブォウウォウォウ!

 今度は後ろから響いた音に振り返れば、こっちにも三台?! 挟まれたか。

「二人とも、こっちに!」

 俺達は脇の小道に入り込んで走ってその場を離れる。

 後から追いかけて来るバイクに、置いてあったポリバケツを投げつけ時間を稼ぐ。

「さて、どうしましょう、ヤっちゃいますか?」

「ヤっちゃうにしても、アスファルト上でやりあうのは勘弁だな、下手ヘタしたら殺しちまう」

 オセ先輩の言葉を受け俺は進言する。

「この先にビル建設予定が不景気でずっと未定になってる広い空き地があります」

「よし、そこに誘い込む、決まりだな」

 目隠しの白い塗装の金属壁に囲まれたビル建設予定地は、ちょっとした運動場程の広さがあった。野っぱらにいくらかの資材の山がビニールシートをかけられて放置されている。

「ほっほう。いいな、地面も土だし、こりゃあ、うってつけだ」

 オセ先輩は嬉しそうに土の地面の上を二度三度ジャンプして踏みしめる。

 俺達三人は襲撃者らを待ち受けるべく奥に生えた一本の大きな椎の木の下に陣取った。

 程なく、バイクのエンジン音も高らかにゲートをくぐってきた真昼の珍走団は、俺達を囲む様に展開し、リアシートの者も地面に降りて散らばった。

 彼等は一定距離を保ったままアクセルを空ぶかしさせてこちらを威嚇して来る。

 オセ先輩が群れの中央に陣取るリーダーとおぼしき黒いフルフェイスのライダーに向かって声を張り上げた。

「何者か?! 名を名乗れい!」

 黒いフルフェイスの珍走団長(暫定)はオセ先輩の問いを無視し、無言のまま、仲間達に合図を出すべく右手をスッと挙げた。

「ふん、戦口上の作法も知らぬか――ならば、先手必勝!」

 ダッと一台のバイクに走りよったオセ先輩は前輪に左足を架けるとそれを踏み台に一気に宙を舞った。

「シャイニング・ウィザードォ!」

 呆気に取られた乗り手の眉間へ水平膝蹴りがクリーンヒット。

 ヘルメットのフェイスプレートをコナゴナに砕いて吹き飛ばす。

 そのまま揉んどり打って地面を転がりピクピクと痙攣する珍走団A。

「オラァ! 次に再起不能になりたい奴はどいつだぁっ!!」

 倒れたバイクのカウルを踏みつけて吠えるオセ先輩。その迫力に一瞬気押された珍走軍団は、だが、誰かが上げた『うおお!』という奇声を合図に一斉に襲い掛かって来た。

 一人でおっ始めてしまったオセ先輩は、嬉々としてその中に踊りこみ、殴る蹴る。

 さすがに強い、だが――俺はアリスの方に向き直り、

「アリス、見ての通りオセ先輩はとてもケンカが強い。だがな、彼の技は基本的に一対一用のものなんだ。投げ技で自分も倒れこんだ所を囲まれると厄介な事になる」

 アリスは『うんうん』と頷いている。

「それにいつオセ先輩の『受けの美学』が発動するか分からない。大技が来るとあえて喰らいに行くからな、あの人。頼む、お前の中国拳法で彼の後ろを守ってやってくれないか」

 アリスはコクコクと頷き、解ったという意思を伝えて来る。そしていざ行こうと一旦向こうを向いたアリスはそこでふと何かに気が付いた様に立ち止まる。

「どうした?」

 尋ねる俺をアリスはスッと指差し『先輩はどうするの?』と小首を傾げて来た。

「俺か? 俺には、ここでやるべき事がある……だから頼んだぞ、アリス!」

 俺の真剣な眼差しを見たアリスはもう一度コクリと呟くと絶招歩法ぜっしょうほほうですっ飛んで行った。

 敵の輪をロングチョップで切り開き――おおっ鉄山靠てつざんこう(背中からの体当たり)!

 交通事故に遭ったみたいに景気よく吹っ飛ぶ珍走団B。

 『劈掛ひかで入って八極はっきょくで決める』流石さすが、分かってるね~、アリスちゃん。

 ムッ! オセ先輩は突っ込んで来たバイクを正面から受け止めて――ウオォ! ノーザンライトボムだ! 400㏄にノーザンライトボムを仕掛けやがった! 無茶すんな~。

 ふふっ、その調子だ、頑張れよ二人とも、俺も二人に負けない様にここで頑張るぜ。

 『解説くん』という重要な役目を!!

 無口なアリスとマニアックなオセ先輩、誰かが解説を入れてやる必要があるんだ。決して闘うのが面倒臭い訳ではないぞ。

 ほら、そんな事言っている間にも、アリスの双撞掌そうとうしょうを受けたバイクがバランバランに砕け散ってる。あの巨体で浸透勁しんとうけいは反則だろ~。

 オセ先輩は、敵の群れにスピアー(アメフトのタックルみたいの)で突っ込んでなぎ払う。

 そこへ猛スピードで突っ込んでくる一台のバイク。

 彼はヘビー級らしからぬ身のこなしですれ違うバイクの騎手に向かって飛びつくと、おお首の周りでぐるんぐるん回って――

 コルバタ・スイングDDT!! キャー、ステキー! オセせんぱーい!

 うむうむ、やはり解説君は必要だな。そう、俺は世の中の役に立っている。絶対だ!

 俺が自分の存在に精一杯頑張って意義付けをしていると、起き上がろうとするオセ先輩の後ろから忍び寄る黒い影、後ろからナイフをもって突進する珍走団Dの姿を見つけた。

 俺は地面に転がるどんぐりを一つ摘み上げるとフンッと親指に力を込めて打ち出した。

 唸るどんぐり! カーン! ヘルメットに命中。一メートルほど吹っ飛んだ珍走団Dは一旦起き上がろうとしたあと、ワンテンポおいて、ばったりと大の字に倒れた。

 どうだ、俺のスパイラル・どんぐりショット(今命名)は、結構痛ぇだろ。

 さて、見回してみれば、どうやらほとんど片付いた様だ。珍走団員達は皆、気絶しているか倒れてうめいているかの状態になっている。

 オセ先輩は部下達に命令を出していた珍走団長とおぼしき男に話を聞くべく、首根っこをつかんで引き起こす。ヘルメットを引っ剥がすと、まだ幼さの残る少年の顔が姿を現した。

「なんだ、貴様ら中坊か? おい、小僧。なぜ我々を襲った?」

「知らね~、ヘラヘラ……」

「ふん、良かろう、喋らんのならば、喋りたくしてやるまでだ」

 オセ先輩は珍走団長の首の後ろをつかんで軽々と持ち上げ、仰向けに担ぎ上げる。

「おぉ、アルゼンチン・バックブリーカー」

 オセ先輩が容赦なく両腕に力を込めると珍走団長の体はメキメキと危険な音を立てる。

「さぁ、誰に頼まれた! 言わんとこのままバーニング・ハンマーをお見舞いするぞ!!」

「痛だだだだ! ち、畜生!」

 たまらず悲鳴を上げる珍走団長。

「さあ早く喋らぬか、喋れば楽になるぞ?」

「だ、騙されねえぞ、喋ったら喋ったで『お前はもう用済みだ』とか言って投げる気だろ」

「ほほう! 思ったより賢いではないか?」

「だ、だろ? 分かったらサッさと下ろせ」

「まあ喋らんでも投げるんだけどな」

「へっ?」

 ズゴスゥッッッ!! 横方向に間っ逆さまに落とされ、哀れ首まで埋まる珍走団長。

「良かったんですか? 誰の命令か聞かなくて」

「おう、面倒臭くなった。というかそもそも、そんなに興味ない事に気が付いた」

 ワオ! 動物レベルゥ! ま、いいや、そんな事より今は、

「さて、早いところ立ち去りましょう。お巡りさんが来たら厄介だ」

「ム? 何故だ? 我々にやましい事なぞ無いぞ」

「あのね、俺らが学園の外で正当防衛(?)とは言え一般人相手に暴れるって事がどんだけヤバイか解ってないでしょ。下手に住民運動でも起ころうものなら学園ごと追い出されかねないですよ」

「ムゥ、それは困るな」

「ちなみに次の学園予定地は、小笠原諸島は父島の南南東、百キロにある謎の無人島ですね。佐○急便が遭難するような秘境ですよ」

「否にリアルなチョイスだな。解ったよ、大人しくずらかるとしよう」

 足早にその場を立ち去りつつ、俺は二人にこの後どうするかについて相談した。

「バッティングセンター行ってストレス発散する筈だった訳だが……はっきり言って暴れまくってもう十分過ぎるくらいストレス発散してしまったぞ」

 アリスもうんうん頷いている。

「ううむ、しゃあない。残念だが今日は帰るか」

 俺たちは消化不良ながら寮への帰途についた。


 帰りのモノレールの中、功刀先輩は隣に座るボクを見上げて話しかけて来る。

「今日は悪かったな、わざわざ付き合わせたのに、何だかおかしな事になっちまってさ」 ボクは手と首を振って『気にしないで』という意志を伝えた。

「しかしあいつら、一体何者だったんだろうな――待てよ、今気が付いたが、ひょっとして、例の行方不明事件と、なんか関係があったりするのか?」

 彼はふと真剣な顔に変り、独り言の様に呟く。

「一応、奥宮先輩に報告しておくか。くそっ、こんな事ならちゃんと話を聞いとくんだった。やれやれ、この人が短気起こしさえしなければ――」

 横を見ると、言われた豹顔の魔人はグーグーと気持よさそうにいびきをかいている。

 ボクと彼は顔を見合わせて苦笑した。

 彼は気を取り直したように話題を変える。

「それはそうと、ラーメン屋、連れて行きたかったな、どんな反応するか見てみたかった」

 彼は残念そうに溜息を吐いた。

「ラーメンはさ、トンコツベースに焦がし味噌とショウガが利いててな、デカイ角煮チャーシューがまたやわらかくて旨いんだ」

 彼はうっとりとした目をして語る。

「店も面白いんだぞ。道教のお寺風の内装でな、関羽像とかあって結構凝ってるんだ。あ、関羽分かんないか」

 彼の言葉にボクは、口元と顎の下で髭の形に手を動かして見せる。

「あはは、知ってるのか、そう、それそれ」

 彼はそう言って嬉しそうに笑う。それを見るボクの胸にふと、ある疑問が浮かぶ。

 この人は、なぜボクに、こんな、薄気味悪い姿のボクに構うんだろう、何のメリットも無い筈なのに、変な人。でも何だろうこの感じ、お節介焼きで、ひょうきん者で、ああ、そうか少し似てるんだ、お兄──ボクは頭に浮かんだその考えを慌てて振り払った。

 そのボクのおかしな挙動に、彼はどうしたのかと少し心配そうな顔をする。

 ――ボクは自然と彼の耳元に顔を寄せ、小さな声で呟く。

「あの、又、今度、別の日にでも、良かったら、連れていって下さい……」

 ボクのその言葉に彼は少し驚いた様に目を見開き、そして嬉しそうに笑った。


          3


 水色のネイルカラーの塗られた長い指で、三つの小振りな水晶玉を、持て遊ぶ様にジャグリングする女。その水晶玉にはそれぞれ異なる人物が、ホログラムの様に映し出されている。

「大した物だな」

「これかい?」

 そう言って女は、指の上で珠を転がすスピードを上げてみせる。

「知人にジャグリング好きのゴブリンキングが居てね、彼から教わったんだ、ちょっとした物だろ」

「ああ、中々の物だ、勿論その水晶玉占いの方もな」

「ふふん、ジョン・ディーとエリザベス一世陛下の御世から水晶玉による遠見は英国魔術師のお家芸さ」

 彼女はそう言ってまた水晶玉を覗き込む。

「やれやれ、それより、またイレギュラーの発生だよ、まったく余計なことをしてくれる」「ふむ、もう数的には十分と云う事だったが」

「あの娘の動き次第では全部おじゃんになるからね、やはり保険を打っておいた方が良さそうだ……あんたにも、もう一働きして貰う事になりそうだね」

 そう言いながら彼女は水晶玉に映る青黒い羊顔のロボットを眺めていた。

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