セカンドライフ・スーパーハード

@ose

プロローグ 三月二十七日(金)


「そこを何とか、もう一回だけ!」

 両手でおがみ倒す学生服の少年。

 テーブルの上に広がるタロットカード、その向こうには金髪の美女。

 一見すると、どこかの占いの館といった風情ふぜいだが、部屋のすみで異彩をはなつ巨大なブルーのスピーカーと、そこから流れる、およそムーディーとは言いがたい難解なジャズロック。

 さらに、部屋中に散乱さんらんするアナログレコードやカラフルなギターの数々が、ここが、その辺のまっとうな占いの館ではない事を如実にょじつに物語っていた。

 テーブルのむこうに座る金髪美女は、濃紺のうこんのデニムを穿いた長い足をななめに組み直すと、ためいきじりに口を開いた。

「あのね~、いっつも言っているけど、タロット占いってのは、望む結果が出るまで何度も占い直す様なもんじゃないの」

「だって……このままじゃ、二年はぜんとおんなじクラスになれないんでしょ? 絶対ハズれないって言われてるシャーリーねえさんの占いでダメって出たんだもん」

 シャーリーねえさん、と呼ばれた金髪美女はテーブルに広げられたタロットカードに視線を落とし、

「まぁね、こりうる未来が『魔術師』の逆位置で、最終結果が『愚者ぐしゃ』の逆位置と来たらね。のぞみはかなわず――新学期は最悪の気分でスタート確定かくていさね」

「だから、そこを何とか、泣きの一回ということで」

 少年は顔の前で手を合わせ、もう一度、大袈裟おおげさにおがみ倒す。

「僕はこの学園に来る時に、もう一生何があろうと禅とは敵対しないって誓いを立てちゃったんだ。クラス別れたら、一年間色んな学校イベントでぶつかっちゃうでしょ? それが嫌なんだ、ね、この通り、一生のお願い!」

 テーブルに頬杖ほおづえをついたシャーリー姐さんは、困った顔をして、

「やれやれ、あんたの気持ちも分かるけどさ、運命って物は、ある程度最初から決まっちまってる物だからね、残念だけど、何回占っても似たような結果が出るだけだよ」

「そんな~」

 少年はかなしげに肩を落として、テーブルの上のタロットカードを見る。

「コイツとコイツが悪いの? コイツらが反対向きだったら良かったの?」

「そうだね、そいつらは引っくり返ると意味が逆に──」

「えい! こうしてやる!」

 少年はその二枚、魔術師と愚者のカードを無造作むぞうさに引っくり返した。

「ギャッ! な、何て事すんの!」

 シャーリーねえさんは、目を見開いてワナワナとふるえる。

「あ、あれ? 予想を超えるリアクション。冗談のつもりだったんだけど、なんかヤバい事しちゃった?」

「ヤバイも何も、あんた! 今、運命をねじまげたんだよ!」

「またまた、大袈裟おおげさだな~、そんなカード引っくり返したくらいで~」

「普通のタロットカードならね、コイツは特別製なんだ、『伝説の魔女』オールド・ドロシー・クラッターバックのサイン入りなんだよ!」

「す、凄さがイマイチ伝わって来ないけど……つまりは、どうなるの、何が起こるの?」

「さあね、自分の願望の為に運命をねじまげたんだ、生じた因果いんがゆがみがどんな事態を引き起こすか、あたしにも想像つかないよ」

「やだな~、怖がらせようとして──あ、でも、てことは、逆にいえば僕、禅とおんなじクラスにはなれるって事だよね、ね? ね?」

 少年はそう言って、うれしそうにテーブルに身を乗り出す。

「何を呑気のんきな事を、あんただけじゃ無く、あんたの周りの人間達も影響をこうむるんだよ、恐らくは大きな負の影響を、あんたの大事な功刀くぬぎの坊やが、どうかなってもいいのかい?」

「あはは、大丈夫、大丈夫、禅はとびっきりに頑丈だから、それ以外の連中の事なんて、それこそ知ったこっちゃないしね、えへへ~」

うれしそうに笑う少年の優しげな口元に、一瞬だけ邪悪なみが浮かぶ。

 それを見た彼女は眉をしかめ、

「──忘れてたけど、あんた、そういうキャラだったっけ」

 言われた少年は、わるびれもせず、うれしそうにニコニコ笑っている。

「やれやれ、先に言っておくけど知らないよ、身内にどんな不幸が起こっても、あたしゃ責任取らないからね」

「心配性だな~、大丈夫、大丈夫。皆ちょっとやそっとじゃ死なない連中ばかりだから。あ~、でも良かった、これで安心して眠れるや、じゃあね、アリガトね、ねえさん」

「ホントに知らないよ──あ、ちょっと!」

 引き留めるねえさんを置いて、少年は鼻唄混はなうたまじりの上機嫌で部屋を出ていってしまった。 

 部屋にひとり残されたシャーリーねえさんは、あきれ気味の溜息ためいきをつくと、どっさりとイスの背に持たれかかる。

「ま、いっか、あたしも知~らないっと」

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