第4話【2】規則文字パズル

 世の中にある物事の多くは、規則に従って動いている。「俺は規則には縛られない。自由に生きるんだ」なんて言ったところで、あの発明王エジソンに決められた規則に従って、一日に食事を三回も摂ったりするから笑ってしまう。


 いや、なにも規則に従うことが悪いとは言っていない。規則は大切だ。規則がなくては暗号だって解けやしない。


「ハナ、そろそろティータイムにしよう」


 桜花堂学園高等部一年、風紀委員( 暗号屋出向中)の鳥羽華子が、旧校舎校長室の訪問者にノックされた扉を開くと、そこには小柄で可愛らしい雰囲気をまとった一人の女子生徒が立っていた。


 華子のことを安吾に倣って「ハナ」と呼ぶようになってしまった彼女の正体は、隣の職員会議室で探偵屋を営む知恩院千代。外見は幼く見えるが、華子と同じ高等部の一年に籍を置いている。


 華子を押し退けるようにして校長室の中へと押し入り、千代はまるで自宅に帰って来たかのような我が物顔で、応接ソファーにドカッと腰を下ろした。その辺りにランドセルを投げ出していないか、つい探してしまう。


「第一号の客は来たのか?」


 そんな千代に質問を投げ掛けたのは、向かい側のソファーで足を投げ出して座る安吾。高圧的なその態度、本を読んでいる姿を見せただけで、幼等部の子供たちは泣いてしまいそうだ。


 行儀が悪いのはお互い様なので、そのことについて安吾と千代が衝突することはない。二人を見ていると、自分のほうが「普通」として設定している基準値に誤りがあるのではないかと、華子は真剣に悩んでしまう。


「まだ認知度が低いからね。大きな事件を解決するとか、何か宣伝になることをしないと難しいみたい。さくっと殺人事件が起きてくれると助かるんだけど」


 物騒なことを言う千代。記録上は北野が一人で勝手に転んだ間抜けな事故として扱われているが、殺人未遂事件みたいなものが、そう何度も学園内で起きてもらっては困る。


「そう簡単に殺人事件が起きてたまるか」


 安吾は読んでいる最中のページから目を逸らすことなく、まさに華子が考えていたことと同じ内容を千代に返した。


 華子は感心する。


「ちゃんと常識を持っていたんですね、安吾先輩。人として、私は嬉しいです」


 しかし……、


「待っているだけじゃ駄目だろ。事件が起きないなら、自分から行動を起こせ」


「駄目です。それは絶対に駄目です」


「うん、だから今日は勝負をしようかと思って」


 千代はそう言って、一枚の紙をテーブルの上に置いた。そのつもりで前もって用意していたらしい。


「暗号屋さんに勝ったとなれば、良い宣伝になるでしょ」


「ほう……規則文字パズルか」


 用紙に目を向けた安吾は、口元をほころばせた。食卓にハンバーグを見つけた時の子供の顔だ。目の前に好物を差し出されて、それだけで機嫌が上々。


「規則文字パズルって、どんなパズルなんですか?」


 華子には初めて耳にする言葉だった。安吾の横から覗き込むと、用紙の問題は五つの設問に分けられていた。どの問題にも一つずつ『□』で穴開きになっている箇所があって、そこを埋めるのが目的らしかった。


  ―――――――――――――――


【1】 MVEMJ□UN

【2】 □HNKK

【3】 I□HNHHT

【4】 FBL□

【5】 INS□GRNHK


【1】~【5】は、特定の規則に則って並べられたアルファベットである。それぞれの□に当てはまるアルファベットを導き出し、その答えを順番に並べよ。


  ―――――――――――――――

「一見しただけでは、ただデタラメに並べられているように見える文字。その規則性を解き明かすパズルだ。千代が用意してきたこの問題のように、一部が穴埋めになっているパターンが主流だな。他の文字から規則性を推理して、伏せられた文字を答える」


 そう説明すると安吾は、また別の問題をホワイトボードに書き出し始めた。


「たとえば『SMT□TFS』という問題があったとしよう。まず解答者は『日曜日から土曜日、一週間の曜日を英語にした時の頭文字』という規則性に気づかなければならない。すると穴が開いているのは水曜日なので、その頭文字『W』が答えとなる」


  ―――――――――――――――


【例題】

  SUNDAY   日曜日

  MONDAY   月曜日

  TUESDAY  火曜日

  □        水曜日

  THURSDAY 木曜日

  FRIDAY   金曜日

  SUTURDAY 土曜日


 水曜日→WEDNESDAY


  ―――――――――――――――


「へえ、面白そうですね。私もチャレンジしてみて良いですか?」


 興味を持った華子は、軽い気持ちで問題用紙を手に取りながら言った。テレビのクイズ番組に向かって、答えを大声で叫ぶのと同じノリだ。ところが安吾のほうは最初に見せた好意的な反応から一転、千代の持ち込んだクイズを解くことを渋り始めた。


「この勝負、こちらにメリットがない」


 急にどうしたのかと華子は思ったが、それは至極当然のことだ。


 普段は依頼料を取って暗号解読している安吾が、無償で勝負を受ける義理はない。しかし千代は、それも想定内のことだと言わんばかりに、臆することなく提案した。


「このソファーは学校の備品だよね。だったら桜花堂学園の生徒である私にだって使う権利があるはず。だから賭けない?」


 将棋なら「王手!」、チェスなら「チェックメイト!」、鍋なら「そろそろ雑炊?」。相手を最後まで追い込んだことを示す宣言。


 ちゃんと安吾先輩が逃げられないような論理ロジックを用意して、千花は乗り込んできていた。


「パズルが解ければ俺の勝ち。ソファーはこのまま」と、安吾。


「パズルが解けなきゃ私の勝ち。隣の部屋に運ばせてもらう」と、千代。


 早い話が、応接ソファーの所有権を賭けた勝負。暗号屋としてではなく風紀委員の立場から言わせてもらうなら、学園の物は生徒全員の物です。一部の生徒による独占を看過するわけにはいきません。


 しかし華子が容易に口を挟める雰囲気でもなく……、


「分かった、良いだろう。ただし今後、この部屋にある別の備品を同じ理屈で賭けの対象にしないという条件を飲んでもらう。でなければキリがないからな」


 安吾は提案に応えた。ただし条件付き。今回の勝負で勝ち負けが決まっても「じゃあ次はデスクを賭けて勝負」となれば、部屋中の備品が尽きるまで続いてしまう。それではシマリが悪い。


「OK、それで良いよ。この一回だけで、絶対に暗号屋さんに『ごめんなさい』って言わせてみせるから」


「いや……それだとウチが有利過ぎるな。よし、こちらは俺ではなく、ハナが勝負を受けよう。自分から挑戦するとか言っていたし、ちょうど良い。


「逃げる気?」


「ハナはれっきとした暗号屋の一員だ。もしもハナが負けるようなことがあれば、それは暗号屋が負けたということだ。この俺に勝ったと宣伝してもらって結構。それでもまだ不服なら、賭けの対象をソファーだけでなく、応接セット全部ということにしよう。もちろん給仕付きだ」


「その提案、乗った!」


 安吾の提案に千代は飛びついた。


「給仕付き? それはもしかすると、応接セット一式の中に『お茶を淹れる鳥羽華子』が含まれているということですかッ。勝手に話が盛り上がっているけど、私の意志は無視ですか?」


 手にしていた問題用紙を放り出して、華子はこの場から逃げたくなった。


「とりあえず、私……お茶を淹れてきます」


     ☆


 そして約十分後、華子はホワイトボードの前で唸っていた。


 口は災いの元。一度決まってしまった勝負方法に変更はなく、華子が暗号屋の代表として、千代の挑戦を受けることになってしまった。


 しかしまだホワイトボードには五つの設問を書き写しただけ。一問目からつまずいてしまって、さっきからずっと先へ進めないでいる。このままでは明日から華子の肩書きは、『風紀委員(暗号屋出向中の探偵屋預かり)』だ。


「制限時間がなくたって、日が暮れるまでには終わらせてくれよ」


 そう言って華子にプレッシャーを与えるのは、味方であるはずの安吾。華子の淹れた珈琲を手にして、呑気に横から眺めている。


「珈琲のお替りはいかがですか?」


 誤魔化す華子。


「イイから黙って集中しろ。規則文字パズルを解くコツはに注目することだ。一問目なら、伏せてある文字も合わせて八文字。そこから推測を広げろ」


「八文字……ですか」


 安吾が例題として挙げた問題は、全部で七文字だった。七という数字から連想できるのは、一般的に『虹の色』や『一週間』。そのうち、実際に『一週間(の曜日の名前)』から導かれた『W(水曜日)』が正解だった。


 ようは連想ゲームなのだ。そして連想された条件が合っているかを、後から一つずつ裏付けしていくというのが、安吾の薦めている正攻法らしい。


 華子は思いつく限り、八から連想されるものを頭の中に並べた。


 タコの足、八人組のアイドルグループ、七転び八起き、八王子方面、末広がり。


 だんだんと八種じゃなく、単に八の付く単語になってきてしまっている。


 そこへ突然、安吾がホワイトボードを手のひらで叩いた。


 バンッ。大きな音が響く。


「与えられた順序に従うだけが賢いやり方じゃないぞ。どうしても進まなければ、次に飛ばして二問目から始めたって良いんだ」


 腕組みをしたまま固まっていた華子への新たなアドバイス。安吾の手のひらは、ちょうど二問目のところに置かれていた。


「そうですね」


 定期試験の問題だって、分からないところは飛ばす。華子は二問目へ移ることにした。


「分かりましたから、手を退けてください」


「本当に分かったのか?」


 バンバンバン。


 しつこいぐらい何度も繰り返して叩く。目障りな上、騒々しい。集中しろと言ったクセして、なんて子供じみたことをする人だろうか。


「安吾先輩は私の邪魔をしたいんですか? それだと問題が見えないじゃないですか」


 その隙間から覗くようにして、次の問題を確認する。二問目は五文字。五種で一括りになっているものをイメージしようとする。が、ホワイトボードを叩く安吾の左手が気になって、何も想像できない。左手が邪魔だ。


「暗号屋さん、いくらなんでもそれはルール違反じゃない?」


「そうだ、ルール違反だぁ」


 対戦相手であるはずの千代が庇ってくれたけども、そろそろ安吾には離れたところで見ていて欲しい。


「……って、さっきから立場がおかしくなってませんか? 二人とも、おかしいですよ」


 華子は再び問題と安吾の手に目をやる。


「そうか、分かった」


 安吾は華子にヒントを与えようとしていた。それに対して千代はルール違反だと指摘した。いや、ヒントどころではない。正解そのものだからこそ、千代は黙っていられなかったわけだ。


「安吾先輩、本当に分かりましたから大丈夫ですよ」


 そして今度は華子自身がホワイトボードに左手を置いた。華子のそれぞれの指が、二問目のアルファベットを指し示す。人差し指が『H』を、中指が『N』を、薬指が『K』を、小指がもう一つの『K』を。そして『□』に向いているのは、華子の親指だ。


  ―――――――――――――――


□ 親指   OYAYUBI

H 人差し指 HITOSASIYUBI

N 中指   NAKAYUBI

K 薬指   KUSURIYUBI

K 小指   KOYUBI


  ――――――――――――――― 


「二問目は指の名前。つまり伏せてある文字は『O』です」


 そこに答えを書き込んだ華子は、導き出した答えを伝えた。


「サービスだからね。次に約束を破ったら、反則負けにするよ」


 千代は普段より一オクターブ低い声で言った。


 そう言われても無理はない。ほとんど安吾に答えを教えてもらったようなものだ。次の問題こそ、自分の実力で解いてやろうと華子は決意する。


「はいはい。俺は大人しく珈琲でも飲んでいるよ」


 安吾も肩をすくめてソファーへ戻っていった。珍しく聞きわけが良い。


「次はえーと……」


 華子は三問目へ。


 三問目のアルファベットは七文字。集中力を高めて問題文を見つめ続ける。実は生まれつき特殊な能力を秘めていた華子は、こうやっていると正解がジンワリと浮かび上がるように見えてくる……なんていう妄想。


 実際には目がチカチカしてきて、穴開きの□がカタカナの『ロ』に見えてしまう始末。


「ロ、ロ、ロ、ロ……? いろはにほへと」


 見えた。正解が見えた。偶然かもしれないけど、華子には正解が見えたのだ。


  ―――――――――――――――


 I □ H N H H T

 い ろ は に ほ へ と

 I ROHANIHOHETO


  ―――――――――――――――


 穴開きの『□』はカタカナの『ロ』。それで合っているじゃないか。真のヒーローとは、追い込まれた時にこそ真価を発揮する。特殊能力の開花に自分でもビックリ。


「ここに入るのは『R』です。海外で育った千代ちゃんにしては、ちょっとトリッキーな線を狙ったのかもしれないけど、裏の裏で、結局は日本人には簡単な問題だよ」


 偶然に答えを見つけたことは隠しておいて、それっぽく言ってみた。二人の感心する視線が満更でもない。


 そして華子は、立て続けに四問目へと取りかかった。


「四問目は、FBL……□」


 四文字といえば、真っ先に思いつくのは方角だ。日本語では『東西南北』の順番に並べるけど、『North(北)』・『East(東)』・『West(西)』・『South(南)』と並べて、その頭文字を拾い読むと『NEWS』になる。


 だから「世の中のあらゆる方角で起きた事件」を「ニュース」と呼ぶようになった。ある意味、これも規則文字パズル。しかし残念なことに今回はあまり関係なさそうだった。それにこの語源に関する話は眉唾もので、本当は後からのだとする説のほうが有力。あくまでも『New(新しい)』を複数形にした造語。こちらが正しいとされている。


「奇跡よ、再びッ!」


 また問題をジッと見つめる。


 その先にいる相手が異性だったなら、熱い視線にハートが焦がされるか、もしくは気持ち悪がられて人を呼ばれるかのどちらかだ。それぐらい真剣に、穴が開くほど見つめ続ける。


 今度はだんだんと『B』がお尻に見えてきてしまった。さすがにちょっと、それはアレでしょ……。なんて考えている内に『F』は手を前に伸ばして整列する不良学生に見えてくる。上の横棒がリーゼントに決めた髪型、真ん中の横棒が前へ伸ばした手。体育の時なんかにやらされる「前へならえ」だ。


 じゃあ『L』は何に見える? ふむ……『左下の鍵括弧(コレ→」)』か。


 手を前に伸ばしてして『F』、お尻を後ろに『B』、左下の鍵括弧『L』。前に『F』、後ろに『B』、左の『L』。見えた。


  ―――――――――――――――


F 前 FRONT

B 後 BACK

L 左 LEFT

□ 右 RIGHT


  ――――――――――――――― 


 伏せられている文字は『前後左右』の『右』を示す『R』だ。


「四問目もさっきと同じ『R』が答えです」


 ホワイトボードに書き込んだ後に、もう一度じっくりと『□』を見つめると、先程の『ロ』と同様、『右』の漢字の右下にある『口』部分に見えてくるから不思議だ。


 これで五問中三問を解いた華子。


 中間地点を折り返したわけだけど、それでも千代は余裕の表情を崩さなかった。残りは解けないとでも思っているのか。


「続いて五問目。えーと、1、2、3、5、6、7、8、9。九文字か……ん?」


 文字数を数えると、ゾワゾワとした奇妙な感覚に襲われた。朝、誰もいない家から出掛ける時の「アレ……部屋の電気は消したっけ?」なんていう気持ち悪さにも似ている。華子は感覚の正体が分からないまま、念には念を入れて文字数を数え直す。


「これはッ!」


  ―――――――――――――――


I N S □ G R N H K

1 2 3 4 5 6 7 8 9

      YON


  ――――――――――――――― 


「いち、にい、さん、よん……つまり『YON』です。五問目の答えは『Y』です」


 なんてことはない。数を数えたそのままが答えだったのだ。


 これで二問目から五問目を解き終えた。


 残すは最初に飛ばした一問目のみ。華子はホワイトボードの前を移動し、一問目を書き写した場所へと戻った。


「一問目は八文字……」


 見つめる。唸る。見つめる。唸る。答えは出ない。


「まあ、これでも飲んで気分をリフレッシュさせろ」


 そんな華子に安吾がカップを差し出してくれた。珈琲の匂いが香る。安吾に珈琲を淹れてもらったのは、これが初めてな気がする。応援された嬉しさのあまり目頭を熱くしながら、華子はカップを口元へ運んだ。


「ぶうううッッッ!」


 華子は堪らず口に含んだ苦い液体を噴き出した。それが正面にあったホワイトボードに吹きかかってしまう。


「汚いな。せっかくハナのために淹れてやったのに」


「なんですか、コレは!」


「三倍濃縮エスプレッソだ。三倍がスゴイのは、世の中での常識だぞ」


 途中から妙に静かだと思っていたら、こんなものを作っていたのか。香りを楽しむだとか、味わいに浸るなんて道楽からは程遠い、宇徳安吾流カフェイン摂取。


 華子は邪魔をされて憤慨しながら、ホワイトボードに向き直した。


 華子が噴き出した珈琲の滴が、黒い粒になって飛び散っている。何か拭き取るものを探そうと考えたけども、黒い粒が宇宙の星々にも見えて勿体ない気もした。並んだアルファベットが惑星だ。太陽系の惑星すべてが、まっすぐ一列に並ぶ惑星直列は縁起が悪いなんて言われる。


「そうか……私が昔読んだ図鑑は、パパから譲ってもらったもの」


 当時の太陽系に惑星は九つだった。しかし今では冥王星が格下げされて、八つになっている。発行年日が古いと、未だに過去の情報が記載されている図鑑も多い。


 つまり華子は、星にわされていたのだ。


  ―――――――――――――――


M 水星  MERCURY

V 金星  VENUS

E 地球  EARTH

M 火星  MARS

J 木星  JUPITER

□ 土星  SATURN

U 天王星 URANUS

N 海王星 NEPTUNE


  ――――――――――――――― 


「解けました! 一問目の答えは土星の『SATURNサターン』。だから『S』です。これで全部の答えが出ました!」


 華子は振り返って、安吾と千代の二人に報告した。


  ―――――――――――――――


【1】 S

【2】 O

【3】 R

【4】 R

【5】 Y


  ―――――――――――――――


「すなわち五つの答えを順番に並べると『SORRY《ソーリー》』となる。日本語に訳すと『ごめんなさい』だ。こちらが正解を出した時に備えて、あらかじめ降参のメッセージを用意していたのだろう。勝負は俺たち暗号屋の勝ちだな」


 安吾は最初に問題用紙を見せられた時点で、すでに正解を見破っていたのだろう。出題者よりも先に華子の正解を称えた。


「……はぁ? 何ですって?」


 しかし千代は曇った表情で、安吾の顔を見返した。その瞬間、安吾からお墨付きをもらった答えが間違っているのではないかと、華子は心配になる。


「答えは『SORRY』。降参を示す『ごめんなさい』だ。何度も言わせるな」


 聞き返した千代に安吾が再び告げると、途端に彼女は両手を挙げてソファーの上で飛び跳ねた。


「イヤッホー。暗号屋さんに『ごめんなさい』って言わせた」


 呆気に取られる安吾と華子。千代の手には、録音のできるICレコーダーが握られていた。


「賭けは暗号屋さんの勝ち。このままソファーを使ってもらって結構。でも私は自分の目的を達成させてもらったから、これで満足だよ」


 そう言うと千代は、逃げるように校長室から飛び出していった。


「……へ?」


 状況が飲み込めない華子の隣で、安吾が地団駄を踏んだ。


「あのヤロゥ……俺としたことが小娘ごときにハメられた」


 きっと千代は学園中に言いふらすに違いない。


「探偵屋の知恩院千代は、暗号屋の宇徳安吾に勝負を挑んで、彼に『ごめんなさい』と言わせた」と……。

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