第2話【2】たいとう84
厚かましくて図々しくてワガママで自由奔放好き勝手。
桜花堂学園高等部一年、風紀委員(仮採用期間中)の鳥羽華子は、なりゆき上、彼のことを「安吾先輩」と呼んでみたりはしたものの、心の中では最初からずっと害虫を相手にしているつもりで「宇徳安吾」と呼び捨てにしていた。
しかし黒いカードの暗号解読を境にして、ようやく彼に心を許し始めている。
それでもさすがに今回の指示には戸惑ってしまった。
「明日の朝、誰よりも早く登校しろ。そして全校生徒の下駄箱を回れ」
旧校舎校長室の応接ソファーに座る華子の前には、大量の黒いカードが高く積み上げられていた。
少しでも前屈みになって姿勢を低くすると、視界が遮られて、テーブルを挟んだ向こう側にいる安吾の姿が見えなくなる。もうそれは「黒い
「これを男子生徒全員に配るんですか?」
華子は想像して気が遠くなった。
一般的な公立高校と比較すると一学年あたりの生徒数が少ないといえども、桜花堂学園には幼等部から高等部までが併設されている。全校生徒数は二千人近い。仮に中等部と高等部の男子生徒に限定したとしても、その人数は四百人を越えている。
それを朝の短時間、しかも一人で下駄箱に配布するとなると、結構な重労働だ。
「そんなわけないだろう」
「そうですよね」
安吾が否定したので、華子は安堵した。
いくらなんでも男子生徒全員は非常識。いくら奇人の安吾でも、それぐらいの常識は弁えている。
そう思った華子が間違いだった。
「どうして相手を男子生徒に限定する?」
安吾は真顔で言う。
「へ……?」
華子は自分の耳を疑った。この人は何を言っているのだ?
「恋愛は自由だ。多くの場合、そういった固定概念こそが諸悪の根源。目の前に堂々と姿を現している答えを見えなくしている原因なのだと心得ておけ」
ここで安吾に抗議すれば、人権問題や差別問題を持ち出された挙句、華子が罪悪感を覚えるまで責めたてられるに違いない。そして最後には「汝、隣人を愛せよ」という言葉が、お風呂場の頑固な汚れみたいに耳の奥から落ちてくれなくなるのだ。
「ハイ……どうも、すみませんでした。以後、気をつけます」
降参するなら、まだ傷の浅い内の今。賢明な判断だ。
用意されているカードの高さから枚数を推察すると、男子生徒の人数分だけでは済みそうにない。そのことからも安吾が冗談や冷やかしで言っているわけではないと分かる。
「でもコレを私一人だけで配るんですか」
拒否することを諦めた華子が、その次に言いたいことは「安吾先輩も手伝ってくださいよ」ということ。そういう意味と願いを込めて確認した。
「カードの差出人が誰なのか、ハナは知りたくないのか?」
「そりゃあ知りたいですよ。知りたいですけど……」
それはズルい。人の弱みにつけこむなんて反則だ。クリスマス前になると「良い子にしてなきゃ、ウチにはサンタさんが来ないよ」と、家の手伝いを強要する母親ぐらい卑怯だ。
「まあ最悪、労働が嫌なら学内掲示板にでも張り出してしまえば良い」
安吾は積み上げられた頂上からカードを一枚手に取って、今度は冗談なのか本気なのか分からないようなことを言った。
ただし校則違反を取り締まる立場にある華子が、その提案を許すわけにはいかない。安吾の手からカードを取り上げ、厳しく指導する。
「掲示板の使用は、前もって学園事務所ならびに生徒会への申請と許可が必要です」
「だったら『これを五人に送らなければ、アナタに不幸が訪れる』とか、チェーンメール化させてみるか」
「ダメです」
「それなら学校の公式サイトを乗っ取って……」
「分かりました。明日の朝、私が全部一人で配ります」
華子の負け。安吾はニヤリと笑った。
さて……手紙をもらったら返事を書くのが礼儀だと思う。しかし差出人が誰なのか分からない場合にはどうしたら良いのだろうか。
答えは簡単。手当たり次第、全員に返事を渡してしまえば良い。幸いなことにコピー機という便利な道具が世の中には存在する。
ただしその場合、困ったことに関係のない人間にまで手紙の内容を読まれてしまうということ。
そんなことは気にしないという豪気な性格なら、それで構わない。だけどこういった時にこそ暗号は役に立つ。
安吾が用意したカードは、華子の下駄箱に入れられていたものとサイズ・色・紙質を同じに作られたものだ。書き込まれている文字も同じ
わざわざカードの外見をオリジナルと真似ているのは、これが干支の暗号カードに対する返答だと、目的の相手に報せるためだ。
自分が作ったカードと似た物が下駄箱に入っていれば、それは必然的に自分に対する返事だと分かる。
これで華子の名前を記す必要もない。さすがに自分の名前を書いて、そこら中にばらまくのは抵抗がある。
もちろん外見は同じでも、その内容だけは元とは異なっている。
新しく安吾が作った暗号文に華子が目を通すと、そこには漢字二文字の単語らしきものがずらりと並んでいた。
―――――――――――――――
伊刀・音山・雨一・女子・花人
風力・丁乙・大又・木土
たいとう84
―――――――――――――――
どれも華子が知っている漢字ばかりで、『女子』や『風力』など読み方が分かるものもあれば、見慣れない言葉で読み方すらも分からないものも中には混ざっている。
しかし肝心の相手には、ちゃんと読み解いてもらわなければ意味がない。干支の暗号文を作った人間ならば、同じ発想で簡単に解くことができるように作られているはずだ。
干支の暗号カードの差出人は『十三番目の猫』で、それがヒントになっていた。だとすると新しい暗号も『たいとう84』がヒントになっているに違いない。
「たいとうサン、84歳?」
冗談半分の当てずっぽう。華子は安吾の顔色を伺いながら尋ねた。言った後にすぐ、また馬鹿にされるのではないかと後悔の波が押し寄せてきたが、意外にも安吾の反応は良かった。
「惜しい。ハナもそれなりにアンゴニストとしての素質があるんじゃないか?」
華子の冗談は得てして的外れではなかったようだ。
「アンゴニストって一体?」
「暗号を心から愛して止まない者たちのことを、一般的にアンゴニストと総称する」
絶対に安吾の造語だと華子は確信した。しかし言わせておけば良い。反論の末に失うものはあっても、得るものは何もない。
「……ああ、そうですか。それは素晴らしいことです。今後ともアンゴニストの道を極めるべく精進いたします」
「良い心がけだ。そんなアンゴニスト入門者のハナは、同門の上位者である俺のために、ここは珈琲でも淹れるべきではないだろうか」
安吾は入口脇の器具類を指差して命じた。華子の考えは甘かった。反論しなくても失うものがあるらしい。
「私が……ですか?」
「ハナ以外、他に誰がいる?」
華子が校門でカードを配ることを引き受けたのは、それが安吾のためではなく、自分のためだからだ。
下駄箱にカードを入れたのが誰だかを知りたい。その欲求があるからこそ文句は言えない。しかし関係のない雑用を押し付けられるのは腑に落ちない。
「私は風紀委員会の人間です。伏見先輩のためなら、たとえ私用でも私は労力を惜しみません。しかし安吾先輩からは、むしろ旧校舎不法占拠の件で迷惑を掛けられています。こちらがお茶の一杯ぐらい出してもらっても良いと思うんですけど」
だいいち自分は客だ。干支の暗号解読に千円支払っている。茶菓子を出せとまでは言わない。しかし茶の一杯ぐらいの気遣いは欲しいところだった。
「俺の仕事は暗号解読。あの暗号文には、差出人の名前を示す文言が一切記されていなかった。ならば俺の仕事はすでに終了している」
「それはだって……」
「ああ、そうだな。後は関係ないと、ハナを突き放すのは簡単だ。しかしそれではあまりにも忍びない。こちらも乗りかかった船だ。アフターサービスとして無償で助けてやっている。その厚意を理解せず文句を言うなら、今回の件は干支の暗号解読とは別件だ。相談料を寄越せ」
暗号には暗号を。全校生徒に向けて暗号文を発信して、目的の人物をおびき寄せる。
それは安吾のアイデアだ。しかもそのために専用の暗号とカードまで用意してもらった。
その対価を金銭で清算するとなると、通常料金一回分では済みそうにない。どんな高額を要求されることやら。それが珈琲を淹れる程度で済むなら、お安い御用だった。
「ハイハイ分かりましたよ。珈琲を淹れればイイんですね?」
「嫌そうだな。無理には頼まないぞ。俺が自分で淹れたほうが」
「いいえ是非、私に淹れさせて下さい。私の夢はバリスタです」
華子は表情の筋肉を意識的に動かし、立ち上がろうとする安吾を笑顔で止めた。
「ところで、たいとうサンの件なんですけど」
サイフォンに落とした珈琲をカップに注ぎながら、華子は改めて切り出した。
秘められているメッセージが相手を呼び寄せる内容であるとは聞かされているが、具体的なことは分かっていない。暗号を作ったのが安吾でも、一応は華子からの返事という建前になっているのだ。本人が知らないままというのも、いかがなものかと思う。
安吾は華子が差し出した珈琲カップに一度だけ口をつけると、おもむろに立ち上がり、黒板の前に立った。授業の時間だ。
「この『たいとう』という苗字を漢字表記すると、『台東』だとか『大東』が一般的。変わったところだと『帯刀』と書く人もいるそうだ」
黒板にいくつかの苗字が書き並べられた。
「少し話が逸れるが、漢字の発祥地がどこか知っているか?」
「『漢の字』というぐらいですから、古代中国の『漢』じゃないんですか」
「おしい。古代中国でも時代は『殷』。占いの結果を記すために用いられた甲骨文字が、最初の漢字だと言われている。ちなみに漢字は人類史上、最も文字数の多い文字種だ」
アルファベット26文字に対し、漢字は実に10万文字を越える。
「しかも本家中国から日本に漢字が伝わると、そこでまた新たに日本独自の漢字が誕生するという現象が起きた。『コンセント』や『ストーブ』のように日本で作られた横文字が和製英語なら、いわば日本で誕生した和製漢字。代表的なものを挙げれば『峠』や『辻』、それに『畑』なんかもそうだな」
「日本生まれの漢字ですか」
「正式には『国字』というのだが、その一つとして『たいとう』も存在している。『雲』という漢字を三つ書いて、その下に『龍』を三つ組み合わせたもの」
安吾は先に書いたすべての『たいとう』を消すと、そこへ『雲』をピラミッド形に三つ配置し、その下にも同じ様に『龍』を三つ配置する。
―――――――――――――――
雲
雲 雲
龍
龍 龍
―――――――――――――――
「この一文字で『たいとう』もしくは『たいと』と読む。その画数が実に八十四画。現在確認されている漢字の中で、最も画数の多い漢字だ」
説明された華子は、その文字の配置から雲の合間を飛び交う龍の群れを想像した。
「一説によると『雲』が三つで『たい』、『龍』が三つで『とう』と、実は別々の漢字が連なっているだけとも言われているが、その真偽についてはどうだって良い。要はこの『たいとう』という漢字が話題にされるのは、常に画数についてだということ」
「そうか、前の『十三番目の猫』は『干支の順番に注目しろ』という意味だったから、今度の『たいとう84』は『漢字の画数に注目しろ』ということですね。ということはですよ、ここに書かれている漢字の画数をチェックしていけば、おのずとメッセージが浮かび上がってくるってことですか」
そう言うが早いか、華子はカードに記されていた漢字を黒板に書き写し、そのすぐ脇にそれぞれの画数を順番に書き込んでいった。
―――――――――――――――
伊刀・音山・雨一・女子・花人
62 93 81 33 72
風力・丁乙・大又・木土
92・21・32・43
―――――――――――――――
数字にまで変換すれば、後は楽勝。前回の暗号が参考になっているなら尚更だ。
「えーと、六番目のアルファベットはF、二番目はB、次は……」
画数に続いて、今度はその数字に対応したアルファベットを記していく。
―――――――――――――――
FBICHACCGB
IBBACBDC
―――――――――――――――
「できました」鼻息を荒らげて華子は言った。
「それは、どういう意味になる?」
小馬鹿にした口調で安吾が華子に解説を求めた。
「仕方ない、教えて差しあげましょう」
―――――――――――――――
ホウ
―――――――――――――――
華子は少し考えながら単語を並べていった。
正直に告白すると、途中で間違いだと自分でも気づいていた。でもここまで来たら引き下がれない。強引に単語を使って物語を紡ぎ出す。
「これはアメリカからチャド共和国にやって来た連邦捜査局員の話です。持ち込んだノート型パソコンを使って200ギガバイト容量の動画を見ていました。彼が熱狂的に応援している野球チームの大切な試合の動画です。すると最終局面、勝負どころで敬遠のフォアボール。しかしここで困ったことにパソコンが故障したのです。どうしても最後の結果を知りたかった連邦捜査局員は、偶然に持ち合わせていた電流電圧特性のあるホウ素で、交流電圧から直流電圧に変換してパソコンを修理したのでした」
「……驚いた」
アルファベットの羅列から物語へと発展させた華子には、さすがの安吾も呆れを通り越して、素直に拍手を送っている。後半は強引極まりないが、間違いだと気づきながらも最後まで押し通す精神力には脱帽する。
海外から帰ってきた将校が、一度食べたビーフシチューの味が忘れられなくて、日本でコックにどんな料理だったか伝えて作らせてみたら、同じ材料で別の料理が完成してしまいました。
時には間違いから生まれる大正解だってある。ちなみにこれが、本当にあった肉ジャガ誕生秘話である。
「しかし漢字は二つでワンセット。二文字で単語になっていることを忘れていないか? それだと三文字だったり四文字だったり、バラバラじゃないか」
「……ですよね」
華子は頭をかきながら、再び数字に着目した。双六で言うところの、振り出しに戻る。
「二文字で一組となると、この中で一番大きな数字は『音山』の『93』ですよね」
次に二つの漢字を別々に分けるのではなく、数字の十の位と一の位として考えてみた。干支の暗号だって、二十六種という観点からアルファベットに変換することへ結びついた。最少が『21』で、最大が『93』。
そうすると、そこから次に文字や他の何かへ変換しようとした時、少なくとも93番目が存在するものでなければ成立しない。しかし日本語の平仮名でも濁音・半濁音を入れたって75音しかない。華子は困った。
「そんなに文字数の多い言語なんて他にあったかな?」
漢字が最も数の多い文字だということは先に安吾が語っていたが、漢字には「ABC」や「あいうえお」といったように順番が定まっていないので、数字からの変換が利かない。
華子の解読が始まってから、入れ替わりでソファーへと戻っていた安吾は、その華子の独り言を聞いて腹を抱えて笑っていた。
「くくくッ」
「どうして笑うんですか?」
華子は真剣に考えているというのに、馬鹿にされている気がする。
「ハナは、携帯電話が普及している今の時代に生まれて良かったな。昔のポケベル時代だったなら、きっとハナは待ち合わせの相手と会えないまま、途中で諦めて帰るしかない」
「ポケベル……って何ですか?」
ポケットベル、略してポケベル。
今でも『懐かしCM特集』のようなテレビ番組で、古い映像が流されると、稀に目にすることができる。しかし華子には馴染みのない言葉だった。もちろん実物を目にした経験はない。
携帯電話での会話やメールとは違って短い文章しか表示できず、しかもメッセージを受け取るだけ。こちらからは何も送れなかった
それでも携帯電話の普及率が低かった当時は、家の外でも連絡を取り合うことのできる画期的で便利な
しかし、互いに外出先で連絡を取り合うには、ポケベルを所持していても公衆電話を使う必要がある。誰かと待ち合わせをした時には「今、ドコ? 手を挙げてみて」だとか、「改札脇の銅像のところにいるよ」みたいに、実況中継しながら探すという技は通用しなかった。
「ポケベルは電話の数字を組み合わせて、相手に文字を送っていたそうだ。まあ、俺自身も使ったことはないんだけどな」
現在の通信文明からしてみれば、なんて不便な道具なのだろうか。
「現代に産んでくれた両親に感謝しろよ」
「安吾先輩が何を言いたいのか分かりません。はっきりと言って下さい」
笑われた上に「親に感謝しろ」とは、これ如何に?
回りくどい安吾にイライラが募ってしまう。華子は不機嫌を前面に押し出してアピールしているにもかかわらず、安吾はまたしても声に出して「くくくッ」と笑った。
「いつも正解の近くまで辿り着くのに、それに気がつかず遠く離れていってしまう」
「え……どこに正解が? 近く、近く、近く」
華子は慌てて黒板に視線を戻した。もちろんそこに書かれている上辺だけを眺めても、正解は書かれていない。それでも華子は焦って探す。何を見落としているというのだ。
自分が書いたアルファベットを、指差し確認をしながら必死に見つめる華子。そんな華子に痺れを切らしたのか、安吾はたまらずヒントを口にした。
「そこじゃない。それぞれの単語、後半の漢字の画数だけを見てみろ」
「後ろの漢字ですか?」
そのヒントに従い、単語の二文字目だけを拾っていく。
「刀の2画、山の3画、一の1画、子の3画、人の2画」
それでも華子はまだ分からない。
「単語の前半に置かれている漢字と比べて、何か違わないか?」
「前部分は数字にバラ付きがあるのに対して、後部分はどれも画数が小さいです」
華子はようやく閃いた。というより、すでに安吾によって提示されていたようなものだ。
「あ、もしかして」
―――――――――――――――
12345
1 あいうえお
2 かきくけこ
3 さしすせそ
4 たちつてと
5 なにぬねの
6 はひふへほ
7 まみむめも
8 や/ゆ/よ
9 らりるれろ
0 わ/を/ん
―――――――――――――――
「前半は、『行』、後半は『段』を示しているってことですか」
「やっと気がついたか。1行目の1段目なら『あ』、3行目の5段目なら『そ』。五十音表を見比べればすぐに分かったはずだ」
―――――――――――――――
伊刀・音山・雨一・女子・花人
62 93 81 33 72
ひ る や す み
風力・丁乙・大又・木土
92・21・32・43
り か し つ
―――――――――――――――
「これで浮かび上がる文章は『ひるやすみ、りかしつ』。つまり『昼休み、理科室』。呼び出しの時刻と場所が隠されていたのですね」
解読終了。華子は隠されたメッセージと共に、その目的も理解した。
華子の下駄箱に入っていた暗号を作った者ならば、この暗号も解けるはずである。すなわち、このメッセージを正しく読み取って理科室に現れた者こそ、暗号ラブレターの差出人ということになる。
「どういう気持ちと理由で恋心を暗号に秘めたのかは知らないが、本人にその気さえあれば呼び出しに応じるだろう。そういうわけで明日は寝坊するなよ」
安吾に強く背中を叩かれ、華子は咳き込んだ。
世代的に知らなかった華子は後で詳しく知ることになるのだが、五十音表を用いた変換方法は偶然にも昔、電話からポケベルに文字を発信する際に用いた方法だった。電話機で数字を打ち込むと相手先で文字に変換される仕組みだ。
いや、偶然ではなかったのかもしれない。わざわざ遠回しに使ったことのないポケベルに例えなくとも、それは現代文明にも応用されている変換方法だ。現在の携帯電話でも指先を弾くフリック機能を使わず、キー押下で文字を打ち込む時、『ひ』ならば『6キー』を『2回』だし、『る』ならば『9キー』を『3回』だ。
ならばどうして安吾は急にポケベルなんて物を話に持ち出したのか。
もしかするとこういうことなのかもしれない。
今さら携帯電話の使い方を説明すると不自然だけども、華子が使ったことのない道具なら、詳しく掘り下げて説明しても不自然にはならない。なかなか解読できない華子に最初からヒントを与えるつもりだった。
安吾は単に不器用な人間なのだと、華子は感じた。
本当は人のことを思いやれる優しさを持っているのに、それを表に出すことが恥ずかしい。だから憎まれ口を叩いて、つい本心を隠してしまう。
暗号と同じだ。本当のメッセージを隠す。
安吾が暗号屋である意味に、また触れた気がした。
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