リュトリザ編

第8話 方法は一つ

「リオニア産の新鮮なフルーツをいかがですかー!」

「とおっても美味しいですよー!」

「異国の物売りなんて珍しいな。お嬢ちゃんたち、どこから来たんだい」

 商品に惹かれたというよりは、物珍しさに惹かれて、髭もじゃの男性が屋台を覗きに来る。

「リオニアから姉弟二人で旅をしてきたんです。レーテス海沿岸の太陽の恵みで育った美味しいフルーツですよ。おひとついかがですか?」

 弟にあたる年少の方の少年が愛嬌たっぷりに答える。

「姉弟なのかい。似てないな」

 ――人種が違うじゃないのよ!

 あたしは弟――アウスンの雑な作り話に内心突っ込みを入れながら、とにかくにこにこして誤魔化した。いや、そもそも生まれた世界が違うんだった。

 クマクト族はこの男性と同じく、日焼けした浅黒い肌と堀の深い顔立ちが特徴で、赤や青のはっきりとした色合いの服を好んでいるらしい。今は祭りの最中ということもあるのかもしれない。着飾った人々が村の中を行き来している。

 村といっても、中心にある四、五棟の建物の他は、数日前まで何もない平野に過ぎなかった。

 クマクトの聖地ヒームイン。

 果てしなく広がる乾燥した平野の中に、年に一度だけ形成される、遊牧民の白いテント村だ。人間の数よりも多い家畜の臭いがどこからともなく漂ってくる。

「あのう、このあたりに魔物は出るんでしょうか?」

「魔物? ハハ、怖いのかい? こんな土地には魔物も寄り付かないよ。ご覧のとおりの荒野だ。リオニアに比べたら何もない土地だろうに。あんたらも物好きだな」

「良かった。実は、両親が魔物に襲われて……それでいろいろあって、二人で商売をしなくてはいけなくなったんです。だから……」

 暗い顔をして俯いたアウスンを見て、男が慌てて果物を手に取る。

「そりゃあ、お気の毒に。一つ頂こうかな」

 想定外のアドリブに内心あたしまでぎょっとしていたけど、幸い彼は気づかなかったようだ。アウスンは代金を受け取りながら、何事もなかったかのように世間話を続けた。

「リオニアでは最近、魔物の活動が活発化しているようなんです。このあたりでは何か変わったことはありませんでした?」

「さてね。こっちでは特に何も。日々の生活で手一杯だからな」

「たとえば、ドラゴンとか」

「よそ者に話すことはなにもないよ」

 急によそよそしくなり、男性が仲間の方へと戻っていく。

「口が硬いですね」

 男性を不満気に見送りながら、アウスンが言う。最初に会ったときのような全身鎧姿ではないので、歳相応に見える。

 クマクト族の祭りが華やかにとり行われる傍ら、果物を売り続けて得られた情報は、どうやら祭り最後にドラゴンを呼び出す儀式が行われるらしいということくらいだった。では祭りに張り付いていればドラゴンに会えるのかというと、儀式はクマクト族のみが出席を許された部外者厳禁のものだ。祭りの最終日には、よそ者はヒームインから追い出されてしまう。

「彷徨い竜ルビリム。住処を持たず、常にこの平野をさまよい歩いているといいます。自力でこの広大な平野から探し出すのは不可能に近い。かといって、クマクト族の儀式に乱入するわけにも……」

「いざとなれば、やるしかあるまい」

 屋台の裏手から現れた人物が口を挟む。彼は名を呼びかけたアウスンに人差し指を立て、あたしたちの背後にある木箱の上に腰を下ろした。

 イクタ王子だ。頭までフードを被った外套姿で、口と鼻を布で覆っている。美しい銀髪と整いすぎた顔立ちを隠すためだ。イクタ王子の名前はリオニア国外でも有名らしく、最悪外見的特徴を言っただけで正体がバレるらしい。リオノスの存在も目立ちすぎるので、小さいモフモフの姿に変身してもらって、今は服の中に隠れていてもらっている。

 というわけで、あたしたちはリオニアからきた商人とその護衛といった扮装でリュトリザの村に潜入していた。

 トマクトの聖地ヒームイン。普段はトマクトの巫女だけが住む村だが、年に一度の祭りのときだけ、遊牧のために平野に散らばっていた全一族がこの地に集まるのだ。

「密偵に会った。やはり、ルビリムを呼び出す方法は一つしかないようだな」

 あたしたちは店番をするふりをしながら、イクタ王子の報告に耳を傾けた。

「ルビリムは気まぐれなドラゴンだ。その行き先を縛ることは、誰にもできなかった。十数年前までは。トマクトは何らかの方法で、ルビリムを呼び出すすべを見つけた。トマクトの祭りが始まったのは、その頃かららしい。より正確には、伝統的な祭りに手を加えて、現在の様式となったわけだ。その背後には湖畔の魔法使いが関わっている」

「湖畔の魔法使い……?」

 この世界の事情に暗いあたしに、イクタ王子が解説をしてくれる。

「テルミアで魔法を学べる場所は、実質四つしかない。それぞれ通称で“湖畔”“沼地”“岬”“墓所”と呼ばれている。湖畔はリオニアにある魔法ギルドのことだ。湖畔を出てこんな最果ての地にいること自体、大して能力ある魔法使いではない査証だろうが、その男はここで思わぬ才能を発揮してしまった。トマクト族にルビリムを呼び出す魔法を授けたのは、おそらくやつだろう」

「つまり……?」

「湖畔の魔法使いに近づければ、ルビリムの呼び出し方がわかるかもしれない」

「でも、そんなことしなくても明日になったら、その儀式でドラゴンがここに現れるんでしょ。その後をつけたらいいんじゃない?」

「明日でどうにかできればいいが、失敗すれば、次にルビリムに会えるのは一年後だ。別の手段も出来る限り検討しておくべきだろう。明日の儀式に確実に立ち会える保証もない」

 トマクト族の祭りに間に合うように急いでリオニアからやってきたけど、イクタ王子は別の策も検討していたようだ。確かに、祭りの最中にドラゴンと戦い始めたら迷惑どころの話じゃないだろう。

「ルビリムが既に発狂していれば、マートアのときのように“餌”でおびき寄せることもできるのだが……」

「マートアのときって?」

「……」

 あたしの問いかけに、急にイクタ王子とアウスンが目を見合わせて沈黙する。

「とにかく、まだ時間はあります。ギリギリまで情報収集を続けましょう!」

「おれは湖畔の魔法使いのことをもう少し探ってみる」

 唐突に話をまとめた二人を不思議に思いつつ、視線を戻すと、屋台の前に客がひとり来ていることに気づいた。丁度、大きなプラムみたいな形の果実――名前はタタムといって、弾力のある瑞々しい果肉の果物だ――に手をのばそうとしている。

「いらっしゃいま――」

 客は砂色のケープのようなものを頭からすっぽりと被っていて、人相が判然としない。ただ、フードの下の顔と目があった瞬間、その人物が唇の端を引き上げたのがわかった。客はあたしの見ている前で、手にしたタタムに加えて、さらに二つ、両腕に抱え込むと全速力で走り去った。

「ま、万引き!」

 釣られるように屋台を飛び出して走りだす。こういうことはイクタ王子に任せた方がよかったと頭をよぎるが、少しでも足を緩めれば相手を見失いそうで、追うのをやめられない。

 砂色ケープは町の中央に向かって、人々の間を器用にすり抜けて走っていく。あたしもそこそこ足の速い方だとは思っていたけど、それより少し速い。

 ――男?

 あたしと万引き犯の間に、赤や青の布で華やかに着飾ったトマクト族の一団が横切る。

「すみません! ちょっとすみません!」

 人混みに巻き込まれて、万引き犯の姿を見失ってしまう。そこはすでにヒームインの中心地だった。白いテントに囲まれるように、木造の建物が見える。この周辺では祭りで浮かれて騒いでいる人々はなぜかあまり見当たらず、よそ者にはどことなく居心地の悪い雰囲気だ。

 屋台に戻った方がいいのか、と考えたとき、砂色ケープが目に止まった。トマクト族の人々に囲まれて、砂色ケープの人物が逃げ隠れする様子もなく歩いている。

「あんなところに!」

 撒いたと思って余裕ぶっているのだろうか。あたしはそちらを目掛けて走りだした。

「逃がさないっ」

 走って逃げられないように、腰のあたりにタックルして引き倒す。

「キャッ」

「きゃあ……?」

 可愛らしい悲鳴と、腰回りの華奢な感触にあたしは首を傾げた。相手のフードの下を覗き込むと、同年代くらいの少女の顔がある。浅黒い肌と真っ黒な癖毛、大きな目――事実万引き犯だったとしても嫌疑をかけることすら気が引けるくらい、愛らしい顔立ちの美少女だ。そして見たところ、彼女の手にタタムの実はない。

「まさか、人違い……?」

 冷や汗と同時に、周囲をトマクト族の男たちに囲まれるのを感じる。

「ご、ごめんなさい、これはその……勘違いで……」

「貴様、巫女様に何をする!」

 あたしはトマクト族の男たちに両腕を掴まれて、砂色の少女から引き離された。

「こいつ、数日前にやってきたリオニアの商人だぞ。怪しいと思ってたんだ」

「やはりルビリムを呼び出す秘儀が狙いか」

 ――うわ、図星……。

 一瞬のうちに看破されて弁解の言葉もない。

「儀式が終わるまで、牢屋に入っていてもらうか。儀式が終われば、黙って開放してやる。おれたちは寛大だからな」

「やれやれ、今年も秘儀狙いでやってきたよそ者で牢屋が満杯だぞ」

「そんなにたくさんいるの……!?」

 あたしたち以外にもルビリムを倒そうと考えている者がいるのかとも思って質問すると、男たちは愉快そうに笑った。

「ああ、他の部族の連中がルビリムの恵み欲しさに眼の色を変えてやってくるのさ。少し前まではトマクトはリュトリザでもっとも貧しい部族と蔑まれていたのにな。今では他国からも密偵がくるまでになったか」

「しかしこいつ本当にリオニアの密偵なのか? リオニア出身にすら見えないが……」

「うーん、確かに……他の連中と一緒に牢屋にぶちこむのは可哀想かもな。族長に相談してみるか?」

 あたしの両腕を後ろで縛りながら、男たちがあたしの処遇を話し合っている。あたしは遠巻きに見物する野次馬の中に、イクタ王子とアウスンの姿を認めた。イクタ王子は目が合うと、無言で首を振り、立ち並ぶテントの向こうに姿を消した。あたしの視線を追って、目ざといトマクト族の男たちがそちらへ駆けていく。

 ――もしかして、助けてくれない?

 そして、あたしはヒームインでもっとも大きな建物へと連行された。

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