第14話 都倉(6)美貌の毒蛇と同志
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「久しぶりね、こうやって外で会うの」
ベンチにうっすら積もった雪を払いながら、美織先生は僕にほほ笑んだ。まるで恋人同士の会話だ。
「これは私の勘なんだけど、野間君、最近、インターネットカフェの件でいろいろと、動き回ってない?」
心臓がとん、と跳ねた。僕は自分に「大丈夫、やましいことはしていない」と言い聞かせた。
「そんなことないですよ。中学生に調べられることなんて、たかが知れてますし」
それにしても美織先生の警戒心の無さは異常だ。もしこんな会話をしているところを誰かに見られたら、ただでは済まないだろう。先生は免職、僕は……おそらく退学だ。
「そうかしら。君一人だったらそうでしょうけど……お仲間がいるんじゃないの」
美織先生は、かまをかけるような表現で切り込んできた。僕の中で警告ランプが灯った。何か知られているんじゃないのか?
「前に約束したよね。何か新しい動きや情報があったら、お互い教えあうって。……野間君、ひょっとして私を裏切ってない?」
正面から目を覗き込まれ、僕は答えに窮した。恐らく、飛波と一緒のところを目撃されたのに違いない。どうしよう。下手に隠せば事態はさらに悪くなるだろう。
「あ、あの……実は」
「野間君!」
突然、聞き覚えのある声が飛んできた。振り返った僕は絶句した。遊歩道の入り口に飛波が立っていた。
「野間君、手に入れたわよ、例の物」
飛波はいきなり危険な言葉を口にした。例の物とは暗号の事に違いない。不用意にもほどがあると僕は思った。
「ちょっと待ってくれ、今、取り込んでる最中なんだ」
僕が待ったをかけると飛波は足を止め、僕と美織先生とを交互に見た。
「ふうん……。わかった。あっちで待ってるから、どうぞ続きを」
僕は口の形で飛波に「ごめん」というと、美織先生のほうに向きなおった。美織先生の表情は、さきほどまでの険しい物からなぜか薄い笑みへと変わっていた。
「野間君、私の要件はもういいわ。何だか新しい情報はなさそうだし。……ガールフレンドができて忙しいのよね、きっと」
美織先生は、面白がるような口調で言った。何だかおかしな成り行きに、僕は戸惑った。
「ガールフレンドじゃないわ。同志よ」
いきなり飛波が、声を上げた。僕はぎょっとして飛波を見た。表情がこわばっていた。
「同志?」
「いえ、何でもないです。……そう言う言い方はやめてくれ、飛波」
「どうして?どうせ外部の人になんかわからないわ。暗号の事なんて」
飛波は上擦った声で言った。珍しく頬が紅潮している。僕は訝った。どうしたんだろう。あきらかにいつもの飛波じゃない。
「わかるわよ。暗号でしょ?」
今度は美織先生が挑発的な言葉を返した。僕は頭を抱えた。いったい、何が始まるんだ。
「わかるって、いったい何がわかるんです?」
飛波は珍しく感情的な口調になると、挑むような目で美織先生を見た。美織先生は挑発には一切乗らず、口元に笑みを浮かべた。
「零下二七三のことでしょ」
僕はぎょっとして思わずあたりを見回した。なんて言葉を口にするんだ。
「野間君」
「えっ」
美織先生が、見たこともないような冷たい目を僕に向けた。
「こういうことだったのね」
「なんの話ですか」
「暗号の話が出るってことは、だいぶ調べが進んでるんでしょ。おそらく都倉に会った……違うかしら?」
「それは……」
「あなた、お名前は?」
美織先生は、飛波の方を向くといきなり問いかけた。
「縁です。縁飛波」
「飛波さんね。……いい?このままあなたたち二人で冒険ごっこを続けるのなら、いずれは何もかもを失うわよ。それでもいいの?」
「承知の上です」
美織先生の脅しにも、飛波はまるで動じる気配を見せなかった。
「承知の上、か。言う事だけは大人並みね」
そこまで言うと美織先生はふっと息を吐き、くるりと踵を返した。
「野間君」
背中を向けたまま、美織先生は厳しい声で言った。
「裏切りの罪は重いわよ。覚悟してね」
耳に突き刺さるような強い口調で言うと、美織先生はすたすたと歩き出した。僕は去ってゆく背中を見送りながら、今まで味わったことのない恐怖を全身で感じていた。
「野間君。どっか別の場所で話そう。ここは落ち着かないわ」
飛波がいつになく暗い目をして言った。
僕は何と返してよいかわからず、ぶっきらぼうに「ああ」とだけ言った。
〈第十五回に続く〉
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