第12話 都倉(4)噂を信じるなかれ



 百メートルほど先の電話ボックスの扉が開いて、一組の男女が姿を現した。神坂幸人と新牧理名だった。二人は一様に暗い表情を浮かべていた。特に神坂の方はまるで試験にでも落ちたかのようにうなだれていた。


 声をかけたものかどうかためらっていると、僕の視線に気づいたのか、神坂がこちらを見た。ほぼ同時に新牧もこちらに顔を向け、二人はぎょっとしたように目を見開いた。


「野間」と神坂の口が動き、僕は立ち尽くしている二人の方に歩いていった。


「よう、面白いところで会うね」


 僕が言うと、神坂は「まあね」と気乗りしない口調で応じた。


「遊ぶにはちょっと狭いんじゃないか?この箱」


 アナログゲームカフェで馬鹿にされた仕返しにひやかすと、意外にも神坂ではなく、新牧がに僕を睨み付けてきた。


「ちょっと、野間君」


 怒りをあらわにした新牧を、神坂が制した。


「待て、けんかしても仕方ない。……野間、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 あらたまった口調に意表を突かれ、僕は「あ、うん」と応じた。


「さっき『トーキング・キッズ』で会ったな。お前、ゲームに興味があるのか?」


「まあ……多少はな」


「オンライン・ゲームって言うのを聞いたことがあるか?」


「ええと……聞いたことくらいは」


「本当にその程度か?あの店で、お前が『プラネットダークネス・オンライン』っていう言葉を口にするのを聞いたような気がするんだが」


「言ったかなあ、そんな事」


 僕はとぼけて見せた。二人の視線が僕に突き刺さった。


「それとお前、最近、白崎先生とよく話してるだろ。あの人、実はPCに詳しいって言う噂があるんだが、聞いたことないか?」


「へえ、そんな噂があるのかい。そいつは初めて聞いたな」


 僕はとことん白を切り通そうとした。だが、神坂は執拗に問いを重ねた。


「もし、お前もPCやオンラインゲームに詳しいなら、仁本のどこかにオンライン・ゲームができるカフェがあるって話を聞いたことがあるはずだ。どうだ?」


 僕は言葉に詰まった。おそらく『零下二七三』のことだろう。


「そりゃあなんとも危ない噂だな。第一、そんな話に首を突っ込んだりしたら、学校に睨まれるんじゃないか?わざわざ試験前のこの時期に、なぜそんなことに興味を持つ?」


「知りたいんだよ。僕は。わくわくするじゃないか。君もゲーム好きならわかるだろう?」


 神坂は熱のこもった口調で言った。実はそこまでゲーム好きではないとは言いづらい。


「そんなお店があるとして、どうやって探す?たぶん、普通のやり方では見つからないぜ」


「お店の場所を知るための方法がいくつかあって、片っ端から試してみたんだよ。とある電話ボックスから、ある番号にかけると、秘密のオンラインゲームショップに通じる、とかな」


「で、どうだったんだい」


 大体、答えはわかっていた。電話ボックスから暗い顔をして出てきたことが、すべてだ。


「だめだ。どこにも通じやしない。全部、ガセネタだったよ」


 神坂は苦々しい表情になると、絞り出すように言った。


「まあ、そうだろうな。そんなやばい情報が、中学生が聞ける場所においそれと流れるわけがない」


「ああ、そういうことだ。とんだ無駄足だったよ」


 神坂は振り返ると、忌々しげに電話ボックスを睨み付けた。


「残念ながら、僕もそのお店の場所とやらはわからないよ。噂の真偽も含めてね」


「そうか。変な事を聞いて悪かったな。……じゃ、また学校で」


 神坂と新牧は疲れ切った顔で別れを告げると、僕の傍らをすり抜けて去った。


 僕は、思った以上にPCにまつわる噂が広がっていることに愕然とした。

 とにかく、飛波に会って暗号の事をどうするか、それだけでも決めなくちゃならない。


              〈第十三回に続く〉




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る