第十四話 怪談は異世界の夏でも定番でした 後編
その後も墓地を周り、ガーラント導師――ドニの召喚術で隠れていたアンデットも探知して、片っ端から送還した一行は、彼を連れて屋敷へと帰り、濃く淹れた紅茶で目を覚ましながら話をしていた。
「ガーラント導師は、何故こちらに?」
「ドニでいいですって。普段、ハイマン女史と話している時は、そう呼んでいるでしょう? 『ドニさんの講義って眠いのよねぇ』とか」
「何で知ってるんですか!?」
「ふふ、秘密です。さて、僕がピルケに来た理由ですが、神官としての仕事です。教会の運営する孤児院がパンク寸前だとか、共同墓地の墓守が行方不明だとか、色々と問題があるそうなので私が派遣された訳ですね」
「ん?
疑問顔のリイトにクリムが説明する。
「元々、教会の神官が神聖召喚術――神や
なるほどと納得したリイトは、ドニへと続きを促す。
「孤児院の用事は、孤児を何人か帝都で受け入れる事で早々に話がついたから、共同墓地のことを聞いたんです。そしたらお二人が聞いたという怪談と同じ話を僕も耳にしまして、食屍鬼を退治するために墓地へ向かったんです」
そこでドニは二人に会ったのだと言う。
「だけど、件の食屍鬼は居なかったわね」
クリムの言う通り、現れたアンデットはレイスやゾンビ、スケルトンと言った物ばかりであった。やはり噂に尾ひれがついて広まっただけなのかも知れない。
「ところで、その食屍鬼とやらはいったいどんなアンデットなんだ?」
「体毛のない人間のような姿をしていて、口には大きな牙、肌は薄汚れた緑色をしています。大きな爪で埋葬された死体を掘り起こし、腐肉を食べる化物ですね」
ドニがスラスラ答えると、リイトはこめかみに指をやり、首を傾げて何かを思い出そうとしていた。
無言になったリイトをひとまず置いておき、ドニはクリムに尋ねる。
「バランタインさんは、面白い研究をしているようですね」
びくりとクリムの肩が震えた。恐る恐るドニの顔を覗き込む。
「何でドニさんが、私の研究を知っているの?」
「ハイマン女史から少し。実は僕も、マナスポットについては少し調べていまして」
ドニの言葉にクリムの顔から血の気が引いた。自分より何倍も召喚術に詳しいドニが、自分と同じ研究をしていたのである。クリムより速く、詳細な研究結果を発表されては、彼女の目的がフイになる。
その様子に気付いたドニは、クリムを安心させるように微笑むと、話を続けた。
「ご心配なく。僕の研究している分野は貴女も知っているでしょ?」
「確か『各次元と現世の相対位置について』でしたよね。私もいくつか論文を読みました」
「ではその中で僕が書いた『
大断絶。
ミネルヴァとクリムの話の中で出てきた次元の狭間、リイトがこの世界に来る前に漂っていた暗闇の事である。
クリムが頷くのを見届け、ドニは続ける。
「大断絶は何もない暗黒の空間だとされていますが、正確には濃密な魔力で満たされた場所だと、私は睨んでいます」
クリムは息を呑んだ。その言説が正しければ、世界に遍く存在し、しかし詳細不明なエネルギー『魔力』の正体を突き止められるかもしれない。召喚術学会全体を揺るがす大発見だ。
「世界は次元の膜で覆われ、大断絶の中に浮かんでいると考えられます。そしてその膜の薄い部分から世界に魔力が流れ込み、土地に魔力を満たす訳です。土地に流れ込んだ魔力は川のように地中を流れ、時に池や湖を作る……その湖や大河こそ、マナスポットでは無いかと思うのです」
ドニはここで一口お茶を含んだ。喉の渇きを潤すと、クリムが情報を整理するのを待ってから、続きを語る。
「この説が正しければ、マナスポットに繋がる魔力の川を遡って行く事で、その大元である魔力の源泉、つまりは次元の膜の薄い場所を発見できる。ここで僕の研究と繋がるのですが、その場所からなら次元の膜を抜けて、大断絶や別の次元――
「召喚索引書による、土中魔力の計測が必要、という事ですか」
「その通り! いやぁ、実は神官の仕事は方便で、貴女に協力を頼むのが目的だったんですよ!」
あっけらかんと言うドニに対し、クリムの表情は複雑だ。彼ほどの召喚術士の研究に協力するのは、名を売る上で大きなメリットとなるだろう。しかし、この技術を奪われかねないという懸念もある。研究成果は逐一ミネルヴァに送っているため、明らかな盗作があればドニと同等の力を持つ彼女が守ってくれるだろうが、心配なものは心配だ。
そうした懸念を棚に置けば、作り上げた索引書の実地試験をしてみたいのも事実である。計測結果を使えば、説明により説得力が増すだろう。
リスクとメリットを天秤にかけた熟考の末、クリムが了承の返事をしようと口を開きかけた時だった。
「思い出した」
ぽつり、とリイトが呟く。
「その食屍鬼、ニーズヘッグと似ているんだ」
「ニーズヘッグ? 聞いたことのない名前ですね」
「大樹の根本に隠れ、死体を貪る怪人だ」
研究について協力関係を結ぶのだ、ある程度説明したほうが良いだろう。
そう思ったクリムは、詳細をボカしつつ、リイトが邪竜帝国という組織と戦っている事を告げると、ドニは簡単に納得した。研究以外のことはそこまで深く考えない性質なのだろうか。
「待てよ? 行方不明の墓守、ドニさんの探知に引っかからない食屍鬼……まさか」
リイトの瞳に浮かんだ感情は、クリムにとって見慣れた物だった。
クリムは一つ溜息を吐くと、肩をすくめて言った。
「ドニさん、研究の協力は怪人退治の後になりそうよ」
◆
翌日の深夜、三人は再び共同墓地へと赴いていた。ドニも同行しているのは、話を聞いた彼が協力を申し出たからだ。またレイスが現れた場合、彼の召喚術が無くては太刀打ち出来ないため、リイトとクリムは二つ返事で了承したのである。
「恐らく、話の中で水夫が見たという食屍鬼はニーズヘッグだろう、姿形がよく似ているからな」
「じゃあ墓守は、チンピラやヘルガみたいに取り込まれてるって言うこと?」
「多分な」
三人は墓場の中央まで来ると足を止めた。カンテラを地面に置き、リイトはジーク・ブルーに変身する。
「ニーズヘッグが居るとしたら地面の下だ。クリム、土精を召喚して索敵は出来るか?」
「任せて、ここは魔力が豊富だし、墓地全体をカバー出来るはずよ」
自信満々で召喚索引書を開き、精神を集中する。土中を走る精霊が、埋められた様々なものを教えてくる。
「おっと、こちらもお出ましのようですね」
それを妨害すべく、墓地のあちこちからアンデットの群れが姿を現し始めた。ゾンビ、スケルトン、レイス、そして――
「
「お安いご用です」
ドニの返事を聞き、リイトが駆け出す。目標は邪竜帝国の戦闘員達だ。
「はッ! てりゃァ!」
縦横無尽に駆け回り、バルムンクを振るうたびに戦闘員が倒れていく。障害物が多く、ジーク・カッターは使えそうにないが、今回はドニの助力がある。見れば、ドニの呼び出したらしき純白の鎧と翼を持つ分霊が手を翳すだけで、アンデットの尽くが灰になっていく。
「月の女神の御使いよ、主の夜を汚す輩に鉄槌を」
『月神の使徒』
神の中でも上位に存在する、月の女神が遣わす従属神、あるいは天使とも呼ばれる存在だ。その使命は、平穏な夜を騒がす不届き者に天罰を食らわせる事。その性格は無慈悲にして苛烈。使徒は神敵に容赦しない。
頼もしさに思わず笑みを浮かべるリイトだが、クリムの声に気を引き締める。
「見つけたわ。引きずり出すわよ」
ぼこり、と地面が盛り上がった。
何かに追われるように地中から飛び出してきたのは、黒みがかった緑の鱗を持つ半竜半人。手足からは長い爪が伸び、口にはでたらめに飛び出した乱杭歯、黄色く濁った瞳に生気は無く、まるで死人のようだった。
「猪口才な術を使う小娘だぜェ。どうせならもっと強力な召喚術士を取り込むべきだったかぁ?」
横柄な口調で首を回す怪人こそ、屍竜ニーズヘッグだ。全員が油断なくそちらを睨みつけ、戦闘態勢を取る。
「おいおい、三対一は卑怯じゃねェかぁ?」
怪人のとぼけた口調にも、三人は動じなかった。
「怪物相手に卑怯もクソも無いわ」
「三人相手に、大勢のアンデットをご馳走してくれたヤツが何を言う」
「月神の使徒に慈悲はありません」
むしろ辛辣な言葉を投げかけると、ニーズヘッグは鼻で笑い、ヘラヘラとした口調で告げる。
「まぁまぁ、そう言うなっての。折角だしよ、スリー・オン・スリーで行こうじゃねェか!」
ニーズヘッグが長い爪を指揮者のように振り回す。すると両隣の地面から、二つの影が現れた。
「あれは!?」
所々体は腐り、体のパーツが欠けてはいる物の、そこに居たのは紛れも無くこれまでに倒した怪人――ウイヴルとガルグイユであった。
「ギャハハ、死霊術士を取り込んだ俺様なら、このくらい朝飯前よ」
「死霊術士を取り込んだだと!? まさか、ガルグイユが見たことのない程の雨を降らせたのも……」
「そうさぁ、水精遣いのネーちゃんを取り込んで、力が強化されたってワケ。そして取り込んだのは力だけじゃぁ無いぜ、知識や記憶も頂く事が出来んのさ。だから知ってるぜェ、そこの嬢ちゃんの研究の事もな。おかげで魔力集めが捗って仕方ねェ!」
その言葉に、一番反応したのはクリムだった。
「よくも私の研究を! 刻みなさい、騎士の剣風!」
召喚索引書により強化された騎士王の百裂剣が、暴風の刃となって怪人達を襲う。だが、
「スケルトン共! 盾になりやがれェ!」
突如現れた白骨が、三体の前に立ち上がり、組み合わさって壁となる。強固に結びついた骨の壁は、斬撃に対してびくともしない。
「ならば、これはどうです! 戦神の鉄槌!」
ドニの召喚に応じて、戦神が振るう巨大な鉄槌が顕現し、骨壁を打撃する。分厚い骨の壁も、それには堪らず粉々になった。
「おぉ、怖え怖え。だが、テメエらの技は何となく分かったぜェ」
ニーズヘッグが再び爪を振るうと、三人を分断するように、巨木の根が地面を這いまわった。クリムにはウイヴルが、ドニにはガルグイユが、そしてリイトにはニーズヘッグ自身が対峙する。巨木の根は超えられない高さではないが、目の前の敵を無視して迂闊に動けば、間違いなく背後を襲われるだろう。
「クリム、無理はするな。すぐにこいつを倒して助けに行く」
「何言ってんのよ、一度倒した相手なんか怖くないわ。それよりも、初めて戦うドニさんは大丈夫?」
「なんとかなるでしょう。任せて下さい」
「余裕こいてたら痛い目みるぜ、こういう風になぁ!」
ニーズヘッグが叫び、何処からとも無く現れたレイスがリイトに殺到した。
霊体に対して対抗手段を持たないリイトは、レイスの攻撃を避けるしか無い。
黒いオーラを纏って突撃してくるレイスを紙一重で躱すが、わずかに触れた足先から一気に力が抜けるのを感じた。レイスのエナジードレインだ。
「くっ……」
思わぬ攻撃にリイトが歯噛みした時だった。
「月神の使徒!」
ドニの呼び掛けに応じ、木の根を飛び越えた純白の使徒が黄金の光を浴びせると、見る見るうちにレイス達が消滅していく。
「アンデットは御使いに任せて下さい。こちらも手一杯なので、それ以上は手伝えませんが……」
「十分だ! 感謝する、ドニさん」
そう言うドニであるが、アンデット・ガルグイユの水流殺を、喚び出した大盾で危なげなく防いでいた。『乙女の白盾』、太陽神の娘が持つとされる白き丸盾だ。
「さて、防御はともかく、攻撃はどうしましょうねぇ」
試しに戦神の鉄槌を放ってみたものの、ガルグイユの甲羅で難なく防がれてしまった。神官の喚び出す御業は、防御や治癒に向いているものの、攻撃力に乏しい。ドニは盾の裏で腕を組み、余裕の表情で悩んでいた。
対して苦戦しているのはクリムだ。距離を詰めて戦う事に慣れていないクリムは、初めからアンデット・ウイヴルのダイヤモンド・カッターに責め立てられていた。なんとか風精や土精を駆使し直撃こそは防いでいるものの、服やマントの裾などが少しずつ切り裂かれている。
「騎士の剣風!」
こちらも負けじと召喚術を放つが、斬撃はダイヤモンドの盾に防がれてしまった。茨の女王で動きを封じてもダイヤモンド・カッターで断ち切られてしまうし、巨兵の剣は大振りすぎて当たらない。
「どうしろって言うのよ!」
苦し紛れに石つぶてや、かまいたちを放ってみるが効果は薄い。逆に足を止めた隙を狙った反撃を食らいそうになり、慌てて回避する。
幾度と無く続く一方的な攻撃に、しびれを切らしたクリムがついにキレた。元々そう気の長い方では無いのだが。
「こんなの付き合ってられるかぁ!」
火精を召喚し、クリムは所構わず撃ち放った。相手を無視してリイトと協力すべく、木の根を燃やしにかかったのだ。
だが、三人を分断する根はただの木では無いのか、一向に炭化する様子を見せない。さらに苛つくクリムであったが、そこでふと気付く。火を放ち始めてから、どうもウイヴルの攻撃が散発的になっているのだ。
ダイヤモンドの円盤は、木の根や地面で燃える炎を避けているように見える。
「あ、そっか」
ぽんと手を叩き、クリムはニヤリと笑った。
ドリルめいて回転する四肢の爪を捌きながらリイトが踊る。ニーズヘッグの必殺技『ドリル・クロー』は強力だ。体に穴が空かないよう、注意して立ち回らなくてはならない。
「ヒャハハ! どうしたどうしたぁ!?」
大振りの一撃を大きく下がって躱す。その隙を突いて踏み込もうとしたリイトだが、そこに突然レイスが出現した。
「くっ!」
瞬時に月神の使徒がレイスを消滅させるものの、一瞬動きを止めてしまったのは確かだった。その隙にニーズヘッグは体勢を立て直している。
「オラオラぁ!」
両手両足のドリルの猛攻を受け、堪らずリイトは地面を転がり距離を取る。直撃こそ食らっていないものの、わずかに掠っただけでスーツの耐久値をごっそりと持って行かれた。
「長期戦は不味いな」
ひとりごちたリイトは、半身になって右手のバルムンクを引き絞る。左手は真っ直ぐニーズヘッグへと伸ばし、腰を落として体勢は低く。
「どうせ喰らえばスーツは持たん。ならばあえて防御は捨てる」
勇気の力の殆どをバルムンクと下半身へ。
「体力を吸われるなら、一歩目で全てを出し切る」
大地を踏みしめる蹴り足に、ぐっと力を込める。
「全身全霊で、真正面から打ち破る」
そして、駆けた。
エイユウ・ブースターの応用で、後方の地面を掘り起こす程のスタートダッシュを決めたリイトは、蒼き飛燕となって飛翔する。
「いいねェ! そんならこっちも全力だぁ!」
対するニーズヘッグは両足のドリルを地面に突き刺しアンカーにすると、両手を合わせて一つのドリルを作り出す。
「回転力二倍! グレートドリルだぜ!」
高速回転するニーズヘッグのドリルへ突っ込むリイトの眼前に、幾体ものレイスが立ちはだかるが、意図を理解した使徒がこれまでにない速度で消し去っていく。
剣先が霞むほどの速度。猛烈な運動エネルギーの弾丸となったリイトが、引き絞っていたバルムンクをまっすぐに打ち出す。
「喰らえ、英雄突貫! スワロー・スラストッ!」
蒼き燕の一撃が邪竜のドリルと競り合い、互いを貫き砕かんと、火花を散らしてぶつかり合う。
「うおおおおおおおおおお!」
「ぎゃははははははははは!」
対象的な叫び声が墓場へと響き渡った。
火花は次第に大きくなり、削りあう音は壮絶さを増す。
そして――
「土精よ!」
ニーズヘッグの足元が泥濘み、ドリルで固定していた体勢が崩れた。
「何ぃ!?」
驚愕の声を上げ、再び踏ん張ろうとするニーズヘッグ。だが、
「戦神よ、猛き英雄に戦の加護を!」
戦神の加護を受け、勢いを増したリイトが押し切る。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ドリルとなっていた両爪が砕け、遮るものの無くなったニーズヘッグの胸を、スワロー・スラストの一撃が貫いた。
胸に大穴を開けて吹っ飛ぶニーズヘッグを見送り、突きの残心を解いたリイトが二人を振り返った。
「まさか、俺が最後とはな」
恥ずかしそうに言うリイトに、二人は顔を見合わせて人の悪い笑みを浮かべた。
「だって、相性が悪すぎるんですもの」
クリムの言葉に首を傾げるのはリイトだ。
「そうなるよう、ニーズヘッグは俺たちを分断したんじゃ無いのか?」
「違いますよ、相手にとって相性が悪すぎたんです」
「どういう事だ?」
ますます意味が分からない、とばかりに首を傾げるリイトへ、二人は得意気に話し始めた。
「だって、結局相手はアンデットなのでしょう? それなら僕にとって、送還するのは難いことじゃありません」
「なるほど、だがクリムは?」
「知らないの? ダイヤモンドは熱に弱いのよ。全力で火精を喚んだら、一瞬で炭化したわ。まさかダイヤの指輪を着けたまま火精を召喚して、お父様にこっぴどく叱られた経験がこんな所で生きるなんてね」
没落気味とは言え、腐っても伯爵家の令嬢である。ダイヤモンドを身につけた経験など一度や二度では無かった。学院暮らしが長すぎて、思い出すまでかなりかかったようだが。
と、胸に大穴を開けたニーズヘッグがよろよろと立ち上がる。
三人はすぐに会話を打ち切り、瀕死の敵へと向き直った。
ニーズヘッグは乱杭歯の並ぶ口端を持ち上げ、ヘラヘラとした口調で語り始める。
「へへ、負けちまったが、目的は果たしたぜェ……やはり『竜脈』は川の中じゃなく、地中にあったワケだ。クク、これで『竜脈』の流れは掴んだ。後は源泉を辿って穴を開けるだけ、だ……」
「竜脈? それに源泉だと?」
「もしや、大断絶からマナが流れこむ、源泉の事では……」
「はン! もうそこまで気付いていやがったか。だが、もう遅い。間もなくファブニール様はこの世界に顕現される。嬢ちゃん、テメェの故郷が聖地になるのサ、この世界の新たな神のなぁ! ぎゃはははははははははははは!!」
勝ち誇った哄笑を上げ、ニーズヘッグの体が爆散する。立ち上る黒炎は禍々しくゆらめき、邪悪な模様を描くと、幻のように消え去った。
戦いの痕跡が消え去った後も、ニーズヘッグが残した気味の悪い予言に、三人は墓地の中で暫く立ちすくんでいた。
◆
「ユーリ、留守番は頼んだわよ」
「お任せください、クリム様!」
「アメリーさん、数日後には帝都から迎えの船が来ます。帝都の孤児院に移る子供達が不安がらないよう、しっかりとサポートしてあげてくださいね」
「はい、ガーラント導師」
ユーリやヘルガ、アメリーにゲブルとその手下達が、バランタイン家別宅の門前に集まり、三人を見送っていた。
旅装を整えたリイト、クリム、ドニの三人は、暫しの別れを惜しむと、馬車に乗り込みピルケの街門へと進み始めた。
ニーズヘッグ最期の言葉を聞いた三人は、助け出された墓守らしき老死霊術士を違法召喚の容疑で衛兵に突き出し、屋敷で再び話し合いを持った。その話し合いの末、魔力の流れる川――怪人の言葉を借りれば『竜脈』を辿りつつ、バランタイン領へ向かうことを決めたのだ。
怪人の言葉を信じるのは癪だが、ファブニールの復活を黙って見過ごす訳にはいかないというリイトの主張と、魔力の源泉があるかも知れないバランタイン領の調査をしたいというドニの希望、そして故郷を心配するクリムの気持ちが一致した結果である。
御者は馬術の心得があるドニが担当し、クリムとリイトは警戒に当たる構えだ。徒歩でないのは幾つかの研究資材を載せている事と、少しでも速く移動するため。強化されたクリムの精霊召喚術で、馬が走りやすいよう道を整えてやり、ドニが『神馬の加護』を行使すれば、通常の馬車の何倍も速く移動できる算段であった。
「それにしても、まさかバランタイン家の領地に、魔力の源泉があったなんて……」
「恐らく源泉は地中深くにあるため、地上で生活する我々では気付けなかったのでしょう」
馬車に揺られつつ、召喚術について話す二人を見ながら、リイトは馬車の奥で一人思考の海に浸る。
五人がかりで挑み、英雄ロボに搭乗しても倒しきれなかった邪竜帝国の幹部、ファブニール。
もしヤツが顕現してしまったら、今の自分は勝てるだろうか。これまでの戦いはどれも、クリムやヘルガ、ドニの助けがあったからこそ勝てたと言っても過言ではない。ただの怪人相手でこれなのだ、とてもファブニールに勝つなんて……
「弱気になるな、正義の心と勇気があれば、エイユウジャーは決して負けない」
エイユウジャーは負けない。
だが、たった一人のジーク・ブルーは?
ただの藤原リイトに、一体何ができる?
リイトの疑問に答えられる者は、この世界には居ないのであった。
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