小谷

@naoya-okamoto

第1話




















エピソード1「小谷との再会」



世間には無分別未成熟で、昆虫のような脳みそしか持たない人間が存在する。

これはそんな虫けらを、雇わざるえない状況で犯した痛恨の物語である。


東日本大震災が起きた。


それまで、20年以上に亘って長い閑散期を経て、最早、廃業も視野に入れていた、曳家業が突然、注目の職業となった。

液状化などで傾いた家を起こすのに、家を持ち揚げ、移動させてゆく技術の専門家である曳家が必要とされる事態になったのだ。



中略



被災地に乗り込むための選抜メンバーを集めることになった時、真っ先に考えたのが、小谷である。

小谷は現在、35歳。16歳から26歳までの間、断続的ではあるが、曳家仕事がある際にはほぼ全ての現場に呼んでいた日雇い人足である。


つい2か月前、涙をぽろぽろと流しながら借金を申し込みに来た小谷のことを考えた。


小谷は、うちの仕事が閑になってきた頃に、義父の板金屋の手伝いに行ってもらっていたのだが、「おんちゃんちの親戚やいう、男みたいな女に偉そうに指図されるのが嫌やき」と、辞めてしまい、その後、他の板金屋で先槍(主任)を任されるまでになるのだが、

スナック勤めの、なかなかの美人を口説いて結婚。2人の子どもを造る。

嫁に、「雨が降れば休み、仕事が切れたら収入が無い」建築業をしていることを非難されて、しぶしぶ同級生が人事課長を務める地元のパチンコ店グループに勤め始める。


そんな中、久しぶりに連絡があったのだが、それは借金の申し出だった。


小谷の家と当方の家は10分も離れていないので、近所の喫茶店で逢うことにした。

ファミリーレストランのようなメニューのある山小屋風の店では、家族連れと学生カップルたちが夕食を採っていた。


「親方、僕もずいぶん努力はしゆうがですよ。でも新しい店長が上にはペコペコ、自分たちにはめちゃくちゃ偉そうなんで、誰かががつんと言うてやらないかんと思うたがですよ。」


「小谷。けんどお前が言いたいこと言うて、それでなんかえいことはあったがかや?」


「いや・・」


「ほんで、どうして金が無いがな。働きよったらあるろがや」


「それが・・前から腰痛があったがやけど、パチンコの大箱を持ったりするがと、スロットの入れ替えの時に無理して持ちよってよ。腰が痛うなって暫く仕事休んじゅうがよ」


小谷は精一杯、頑張っているのだ。という表情を造って話をする。


「それとよ。そのスロットを落としてしもうて、機械の仕入れの半額の16万円を払え。て、店長に糞みたいに言われゆうがなが、」


「けんど仕事中のミスやったら会社が負担してくれるろうが」


「いや。僕はまだ準社員やき。全額は出してもらえんて言われゆう。」


みるみる間に、日焼けはしているものの、かつては「少年隊」のメンバーにでもいそうな彫の深い顔をした小谷の顔面は崩れて、ぼろぼろと大粒の涙が出始めた。


「親方の下で働いていた頃が、一番幸せやった。あの頃に戻りたい(嗚咽)」


「俺も家庭があるきよ。ちょっと、かみさんと相談させてくれ。今夜には返事するき」


「すみません。」


小谷はレシートを持って立ち上がろうとしている。


「お茶代くらい出してやるよ」


小谷は安心したような顔をして、レシートを寄越した。



結局、小谷には5万円だけ貸した。

希望は10万円だったのだが、どうせ返せやしない。

なので「都合が付くときに、うちで働いて返せよ」と言って渡した。

小谷は、ペコペコと頭を下げながら、金を貸してくれなかった兄の悪口を言い始める。

「まあ、確かに貸すつもりが無いんだったら説教をすることはないわな」



エピソード2 小谷 パチンコ屋を辞める



龍馬像のある桂浜から、西に3kmほどの集落で、江戸時代末期に建てられた八幡宮が斜めに傾いているのを直す仕事を受けたので、小谷を呼ぶことにした。


「パチンコ屋が休みか?夜だけの時に来てくれよ」


「親方・・それが・・僕よ、パチンコ屋辞めたがって」


「なんな。ほんならこの現場がある間は、毎日来いよ」


「いや・・それがよ、僕がパチンコ屋を勝手に辞めたがで、かみさんが怒って出て行ってよ。ほんで家のこととかいろいろあるき、毎日は行けんがやけど」


「まあ、えいき来れる日はいつなや?」


結局、小谷は、半日しか来なかった。


それも小谷とも面識のある西城が、自分の経営するギャラリーカフェが休みの日に手伝いに来てくれた日に現れただけだった。


西城は、小谷が辞めた後、ずっと相棒として手伝ってくれている男で、見た目も含めて「ルパン3世」に出てくる石川五右衛門に似ている。

もっとも最近はイ・ビョンホン似とも言われている。


現在ではベリーダンス教室経営に力を注いでいるグラフィックデザイナー伊東さんの、何度目かの事務所の引っ越しを手伝いに行ったときに、カンフー映画話で仲良くなった。

当時は老舗の画廊喫茶でパートタイムで働いているだけだったので、時々のアルバイトに来てもらう間柄になっていた。

私が曳家業の合間に行っていた仕事の一つに、裁判所が管理する収益執行物件の廃棄物の片づけなどがあったのだが、そんな中で行った先のビルの空き店舗を

「ビルを明るいイメージにしたい」との管理者側の意向で喫茶店営業をしてくれるオーナーを探していたという話があって、西城の「いつか自分のギャラリーカフェを持つ」という夢の実現の秋である。と考えた私は少しだけ背中を押した。


私は管理者に一つだけ言った。

「西城の借りる物件に長期賃貸契約は付けないでくださいね。撤退したい。て彼が考えた時にはすぐに辞めることが出来るようお願いします」


私のような年長者ができることは、自分の経験を役立ててもらうことくらいなのだ。

もちろん西城が店を持つことによって、まれにある曳家業の人足のやりくりは苦しくなる。

少しでも曳家仕事を憶えてくれている西城がいなくなるのは大きな痛手だ。

それでも滅びようとしている曳家に都合良く使えるからと留めておくよりも、西城のやってみたいことを実現することを応援する方がずっと価値がある。

そして西城は、たぶん言わないがその後も4年以上に亘って、店休日はもちろん、現場が市内近郊であるときは午前中だけはずっと来てくれているのだ。



エピソード3「小谷は離婚する」


小谷は言った。


「親方。僕よ。離婚することになると思うがやき。パチンコ屋で店長にペコペコ、客にペコペコしゆうのは俺じゃない!て思うてよ。我慢してたけどもう限界やき。職人に戻りたい。て言うたら、嫁がよ。あんたはあたしらあのこと全然考えてない!て怒り出してよ」


小谷は馬鹿だ。結婚して、子どもも造ったのなら、どんな我慢をしてでも彼らに対する責任を果たさなくてはならないのに、自分の気持ちを優先しているのだ。

こういう人間は子どもを造ってはいけないのだ。

政府は、出産に対して収入証明と適正検査を受けさせたうえで、許可を出すべきなのだろう。


そんな小谷を関東に連れて行ってやろう。きっとお互い人生をリセットできる良い機会ではないか。





エピソード4「人生をリセットするチャンス」


小谷を呼び出して、関東への復興工事への同行を誘った。


「今、働いてないがやろが。一緒に来いよ」


「・・・働きゆうで。前に世話になりよった板金屋に行きゆう」


「お前、文句言うて辞めたがやろが?」



借金を申し出に来た小谷は、その板金屋の2代目親方(1代目は競輪で借金が大きくなり夜逃げ)の営業力の無さを飲み会の席で大声で非難。

そして給与保証が無いのなら仕事の多い月は少し貯めておいて苦しい月に回すことを提案、このことは他の作業員から「何考えているんだ!俺たちは来月まで貯めておく金は無い!」と罵られる。

結局、小谷は全員を敵に回して辞職していた。

「俺はみんなのために言うたがやのに。あいつら判ってないがちや」


「うん。まあ、前と同じ給料は貰えんけど。なんか働かんと困るきよ」


「・・・小谷。俺と一緒に関東に行けば・・もっと何とかなるぞ」


小谷はなかなか承諾しなかった。終いには私は腹がたって怒鳴っていた。


「お前。こら!俺が今までお前にモノを頼んだことあるかや?俺が初めて頼みゆうがぞ。黙って付いてゆかしてください。で、えいろうが!」


小谷はうつむきながら言った。


「借金があるがです。今の親方に・・」


「・・・・・」


「それを返していないうちに戻ったと思うたらすぐ辞める。は、いかんきよ。」


「いくらあるがな?」


「20万」


「本当にそれを払うたら、自由になれるがか?」


「はい」



結局、私は自分の父親に頼んで、小谷へ貸す金と、関東への移動の運転資金を借りた。


「俺は小谷のこと知らんけど、直哉が必要と思う人間なら仕方ないろう。もともと土方に来る人間で立派なもんなんてまずおらんがやき」


「すまん。おやじ」







小谷に20万円貸して、2日後の夕方だった。

電話が鳴る。


「親方・・今、家にいますか?」


小谷が敬語で話すときは必ず借金の申し出だ。


「あの・・・2万円だけ貸して欲しいがですけど・・今から行っていいですか?」



小谷は10分もしないうちに玄関前に現れていた。


「あのう。うちの親が和歌山に嫁に行った妹の家に借金を頼みに行ったがですけど・・断られて・・帰ってくる汽車賃が無くなって、僕に車で迎えに来てくれ。て電話がかかってきたがやけど・・ガソリンと高速代が無いき、助けてくれませんか?」



エピソード5「初めての関東での仕事」



私たちは、まずは茨城県神栖市での嵩上げ工事から始めさせてもらった。


4月12日が関東でのデビュー戦。

前日はチャーターした13・5トンの大型車と自分の850kgの小型トラックで茨城に着いた。


着いた当日の夜にはすぐ震度4の地震があって、

ホテルは館内放送で「ただ今の地震でエレベーターが停止しました。外出ご希望のお客様は非常階段をご利用ください」とのアナウンス。その後、オルゴールのような音楽が流れるのだが、これがいつまで経っても鳴り止まない。とうとう耐え切れなくなってフロントに「止めてくれ」と電話した


小谷も井村も初めての地震に驚いて、「夕べはなかなか眠れませんでした」。

自分はこれまで2度ので何度か地震を体験していたので、今は特別な場所に来ているのだから・・と得心してたのだが2人にはものすごいショックだったようだ。


ちなみに、この頃のビジネスホテルの対応は本当に酷い殿さま商売で、本来、フロントに立つべきでないような人間が次から次へと「泊めてくれ」とやってくる稼働の停まった工場の修理作業員に横柄な対応をしていた。風呂が断水で使えなくなっているホテルだけが「それでも良ければ2000円ですが」と低姿勢な接客だった。


そして宿泊した「神栖パークホテル」の隣にあるスーパーマーケットには、店内のあちこちに「地震の揺れで頭上から何かが落下する場合にお備えください」の貼り紙が吊られていた。


当初は茨城で4棟連続して、沈下修正工事をするはずだったのですが、止まらない余震のせいで、「今直してもまた傾くかも知れないので、もう少し見合わせたい」と後の2棟は中止になってしまった。

なので、急ぎ他の現場を獲らなくてはならなくなったのだが、この頃は本当に次から次へと相談物件が来るので、それほど心配もしてないままだった。


ところが・・予想を上回る被害家屋数が判明してくると、政府の「罹災判定」の判断基準が見直されることになった。

その為、「再判定待ち」のために、我々だけではなく全ての業者の工事が停止してしまった。

2棟しか工事をしないまま、ホテル待機が続いた。

小谷と井村には郊外の安価なホテルにいてもらって、その間に自分は、少しでも見積もりをしておこうと、浦安近郊のホテルに待機していた。


2人を連れて来ている以上、給料や出張手当てを払わなくてはならないので。

じりじりと工事の再開を待つ間、何とかならないか?と悩んでいると、「茨城で嵩上げしてある現場の基礎補修の手伝いをしないか?」と現地の大工・平岡さんに声をかけてもらって、小谷と井村を再び一旦、茨城県神栖市に戻すことにした。


震災直後で色々な工事業者が全国から集まっているため、急に茨城に戻るにしてもホテルが獲れず。

何とか、結婚式場に付随している和風ホテルの和室1部屋を抑えた。

小谷にホテル代と当面の食事代を預けて茨城に向かわした。


エピソード5「小谷の詐欺野郎」


ここからが、まるで、「どぶ」のように臭い話になる。


5日後、井村から電話があった。


「親方・・・夕べ、小谷さんと逢いましたよね?」


「何のことな?」


「いや。小谷さんがお金を落として、そのことを親方に相談するために逢いにゆくって言ってたんですが」



昨晩は、葛西にあるマンション建設会社の会長にご招待いただいて、浦安近郊の建設会社3社の方たちと居酒屋で食事をしていたのだが。

もちろん小谷からの電話も無ければ、逢いに来た事実も無かった。なんで?小谷はそういう嘘をついたのだろうか?


「小谷が金を落としたって?何のこと?」


「あの・・小谷さんからは親方には絶対に言うな!心配かけたくないから。って言われていたんですけど・・・小谷さん。親方から預かったお金を無くしてしまったらしくて、それでホテル代とか支払いに困るからって、大工の平岡さんに15万円借りたらしいがです。

でも僕に平岡さんにお金返したいから、貸してくれ土下座して。て泣きつかれて、貰ったばかりの給料を貸したがです。

なのに・・どうも平岡さんにお金返していないみたいなんで、今日、小谷さん、現場に来なかったんで、平岡さんに聞いてみたがです。

そしたらやっぱりお金返して無くて、もしかして僕のお金も返ってこなくなるんがやないろうか?て心配になってしもうたがです」


「うん。判った。とりあえず小谷に電話してみるき」



「いや。親方・・井村先生、親方に言うてしもうたがや。心配かけとうないき言うな!て言うちょったに!」


「そうじゃないろが!俺に逢いに来た?て何の話な?」


「本当は銚子の友だちと、めし食いに行って帰りにお金を無くしちゅうがに気がついてあわてて探したけど、見つからんかったき。昨日は警察に届けに行っちょったがやき。」


「どこの警察な?」


「銚子」


「銚子の何て警察な?」


「いや・・憶えてない」


「届け出に行った警察を憶えてないがか?」


「・・・お金は何とかするき」


「どうしてホテル代を先に払うちょかんかった?」


「後払いにして下さいって言われたきよ」


ガチャン・・・とりあえず電話を切った。


すぐに電話がかかった来た。

小谷かと思っていたら今回の仕事を依頼してくれた関東の沈下修正会社、宇田テクノスの川森社長からだった。


「こんばんわ。今、平岡さんといるんだけど、小谷くんたいへんなんだって?とりあえず平岡さんには僕からお金返しておくけど。

幾らか小谷くんにも渡しておかないと困るんだよね。今からホテルへ行こうか?」


「本当にすみません。明日朝のホテルのチェックアウト費用が無いみたいなんで、10万円だけお願いできますか?」


「判りました。今から届けておきます」


整理すると、この時点で小谷は、私が初めに預けた15万円、平岡さんからの15万円、井村からの15万円 川森社長からの10万円、合計55万円を集めたことになる。

出発時に貸した20万円と合わせると75万円である。

家内が、あまりのことに、高知に残る小谷の親に連絡をしてみると・・・


「うちの息子は岡村さんのために仕事を辞めて関東に行ったけんど、岡村さんも上京したばかりで資金繰りが苦しいき、給料もまだ貰えていない。

夏にはまとめて50万円ほど貰えるのでそれまで仕送りは待って欲しいと言われてちゅうがですよ」


?????給料は1日の遅配もなく、出稼ぎに来てもらっているのに見合うだけの金額を支払っているのだが・・



エピソード6「ホモビデオに出演しろよ」



「ホモビデオに出演しろよ」


一瞬、小谷は何を言われたのか?ときょとんとしている。


翌日、小谷たちと茨城のホテルで合流したのだが、今、小谷が簡単に幾らかのお金を入手できるだろう方法を考えておいたのだが、それは周囲に対して反省の姿を見せる部分も含めて、ホモビデオへ出演することを提案したのだ。


「いや。親方・・・それはようせんで」


「小谷・・ソープランドに行ったことあるよな?女の子は金に困ったらそれを解決する方法としてそういうことをするよな。お前が今できることってなんなや?」


「けんどホモは嫌でぇ」


「お前反省してないがやろ?井村に聞いたぞ」


「えっ何のこと?」


先に井村を呼び出して聞いておいた話をしてやった。


俺と別れての、すぐに茨城に戻ることになった道すがら、井村に「今夜はキャバクラに行こう」としつこく誘ったこと。

「金は俺が持っちゅうき」と言ったにも関わらず、井村がトイレに行った隙に支払いを済ませておいて「今夜は9万円かかったんで半額を出してくれ」と井村から金を獲ったこと。

井村は支払いは小谷がしてくれると思っていたので実際にいくら支払ったのか?見ていない。

それでももしかして、あのキャバクラ代は親方から預かった金だったのでは無いか?と心配になって、共犯者としてまずいと思ったために、小谷に金を貸したとのこと。

キャバクラでメールアドレスを交換したキャバ嬢に何度か連絡してみたが「お店に来てね」とは返信が来るが、どうしても金額のことは教えてくれなかったことなどをゆっくりと話してやった。


小谷はわんわんと大声を出して泣き始めた。



もしかすると自分の人生が変わるかも知れない。そんな期待を込めて上京したのだが、小谷の身勝手な行動のせいでそんな期待は僅か1ヶ月あまりで終わろうとしている。

東名高速を上りながら車中で「俺たち何ヶ月おれるろうか?」と、どきどきしながら話したことは、実際につい最近のことなのに!


※以下は実際に単行本(ハードカバーのみ)を出版した際に、現在読んでもらっている視点からの話との対として「小谷サイド」としてまとめた話にするつもりですが、この企画を忘れないように、一部をここに先に披露しておきます。万が一、本編が未完で終わった場合は「西條」が補筆・完成させてくれるかと思います。その場合は無理に完成させようとはしないで、「G・O・D」のような編集を希望します。



小谷サイド編(抜粋)


俺は親方を裏切った。でもそれは仕方ないことだ。俺にはかわいい子どもがいて、離婚してしまったが、まだまだ愛しい妻もいるんだ。そんな彼らに「お父さんお金送って!」とせがまれたんだ。それに応えるために、誰でも裏切っても構わない。どう非難されようが構わない。

俺は男として、家族を守らなくてはならないのだから。

そして、住みなれた高知を出て、寂しい毎日。友だちも、サッカーを教えてやる息子もそばにいない知らない土地に連れられて来ているんだ。

なあ、少しばかり自分へのご褒美もあって良いだろう?

親方は風俗へ行け!と言うが、俺は風俗は嫌いだ。飲み屋でお姉ちゃんを口説く!やがて女は俺のさわやかな笑顔と少しさみしいけれど、子どもたちのために頑張っている俺に理想の男を見つける。

俺はモテる。宇和島へ応援で行ったときにも石川梨華に似たかわいいスナック嬢を彼女にしてたんだ。

あの時はまずかったな。美由紀との結婚を1ヶ月後に控えていたのに、石川梨華が高知まで会いに来てくれたんだ。

俺は男らしく、もうすぐ結婚することを告白してやった。

あいつはどんなにさみしい気持ちで宇和島へ帰ったんだろ?


昔から小谷は大声で泣く男だった。

現場の後輩の伊東が「小谷さんのこと嫌いなんです」と言っている理由を説明した時も五台山近くの古い百姓家の床下で、お施主さんにも聴こえるほどの大声で泣きだしたことがあった。


「僕はみんなが上手くゆくようにって考えて言いゆうがやのに」はいはい。


小谷は大粒の涙を流しながら話始めた。


「親方は僕が嘘ついているのを知っちょったがや。それやのに僕の嘘につきおうてくれて話を聞いてくれよったがや。すみません」号泣。


以下は小谷の説明


本当に借金は親方に貸してもらった20万円で終わっています。ですが今回は、離婚したばかりの嫁が、家族で暮らしていたマンションを退去するにあたって、滞納していた家賃と故障したまま放置していた車の撤去を急ぎしてくれ。と大家に言われて、仕方なくお金を貸してもらいました。

本当だったら、まだ払わなくても良かったんですが・・少し前には8月の退去時で構わないと言ってくれていたのに・・男である自分がいなくなったんで嫁には言いやすいみたいで色々言われているみたいなんです。

嫁と子どもには迷惑かけられないですから。


「判ったから、服を脱げ!」


「えっ!」


「お前の事情は聞いてやったけど、それは俺や井村を騙して金を集めてもえいって話じゃないよな?それどころか?お前は俺たちになら迷惑かけてもかまん。て考えたんだよな。今、お前が出来ることってなんな?今日の金が無いやつが明日、都合できるはずないよな。

だから服を脱げよ。ホモビデオのオーデション担当にお前の写真を送っちゃおき」


小谷は観念して、上半身、裸になるとポーズを採った。


「こらあ!小谷!もっとカメラに向こうてにこやかな顔をせえや!」



私は元請けである川森社長に簡単なあらましを伝えて、詫びを入れた。


「ご迷惑をかけました。この現場が終わりましたら地元に撤退します。詐欺するようなクズを連れてきた自分が恥ずかしいです。申し訳ござませんでした」




仕事を貰っている、宇田テクノスの川森社長に、小谷と2人で頭を下げた。

川森社長は小谷に向かって、にこやかに「お前さあ。もっとしっかりしろよ!」とやさしく笑いながら話しかけてくれた。

そして、ビールの差し入れまでしてくださった。


前夜、私と2人で電話で会談したのだが川森社長は、「実を獲りましょう。」「働かせて利益をあげましょう」と言ってくださった。

もちろん、この言葉の周囲には、今後、我々が浦安に残ることで施工できる件数が確保できることも冷静に判断してのことなのだろが。

それでも、川森社長の取引先の大工さんから寸借詐欺をしていたことに対する非礼をどう謝罪するか?は、自分の人間としての資質を問われる問題であった。


前夜、私は、個としての自分と、川森社長に対するビジネスマンとしての信義、さらには、現在の東日本大震災によって沈下している家屋の方たちのことを考えて悩み眠れなかった。

依頼主から「残って下さい」と言ってもらっているのに、自分の生き方に酔って撤退することの美学を選ぶのは、いかにも粘りの無い土佐人ならではの「辞めて責任を採る」放棄につながるのか?

しかし、ここで貧乏臭く仕事にしがみつくことの恥ずかしさは、これまでの自分を否定することになるのではないか?

様々な想いが錯綜する。


自分は残ることを選ばせてもらった。

他の仕事を整理して上京したのだ。自分の選抜して連れて行った作業員の非礼を承知したうえで、恥をかかせてもらおう。

自分が利用価値があると判断していただける間は、出来るだけのことをさせていただこう。やがて、震災復興が落ち着いたらさっぱりと高知へ帰ろう。


後日、川森社長は小谷の事件を内田室長に笑いながら話していた。

「考えてみれば判るような気がするよ。田舎から急に出てきてさ。おねえちゃんのいる店にも行きたいよな」


小谷はそんな川森社長のマッチョなやさしさに甘えたのだ。


数日後、小谷は私と西條を前にして、大威張りでこう言った。


「親方、最近、川森さん。めし連れて行ってくれないじゃないですか!俺から今度の土曜日に連れて行ってもらう約束しておきましたから!」


満面のドヤ顔で言う小谷に言いたい。

「恥って言葉知ってますか?」




エピソード7「小谷 現場を休む」


腰痛が酷くなったと言って、1週間近く休んだままの小谷。


相変わらず金も無いのだろう。残業手当も含めると40万近く渡している月もあるのだが、「金が無い」のだ。


高知を出る前に、「これできれいな身になれるがやな!他には借金無いがやな?!」と念押ししたのだが、どうもそうでは無いのだろう。


休日、小谷を誘って、うどんを食べにゆくことにした。

我々が住んでいる富士見から舞浜までは歩いて10分程度、川を渡ればすぐだ。

なので、自分と井村は、ここのところ、浦安では一番、本場のさぬきうどんに近い味である「イクスピアリ」のフードコートにある「玉藻うどん」に通っているのだが、小谷も連れて行ってやろうと思った。


残暑の季節ではあるが、浦安は陽が落ちると海風でずいぶんと涼しくなる。

堤防沿いを歩いて行きながら小谷と話をする。小谷は苦しそうに足を引きずりながら付いてくる。


「腰はどうな?」


「うん。あんまりようない」


「治療はしゆうがか?」


「・・・マッサージは3回行ったけど・・金が無うなったき、行ってない」


「俺が連れて行っちゃったカイロやったら1回300円やろが。」


「僕よ。あそこあんまり合わんきよ。1回 6000円やけど、えいとこ見つけてそこに行きよったがって」


「贅沢やにゃ」


イクスピアリに着いた。


驚いたことに、小谷はイクスピアリに入ったことが無いらしい。


「あっ親方、入って来てくれてえいで。僕は外で待ちゆうき」


「小谷、ここは入場料とかいらんがぞ。うどん一緒を食おうぜ。来いよ」


「あっそうながや」



「玉藻うどん」に並ぶ。小谷は遠慮して「かけうどん」を注文する。


「遠慮せいでえいぞ」


「うん。けんどえいで」


自分は「わかめ」のトッピングを頼んだ。一人暮らしなんでなるべく健康には気を使っているのだ。

「玉藻うどん」では「わかめ」トッピングは紙コップに入れられる。

腰の痛い小谷は先に椅子に座っている。


「ほい。食え」


「ありがとう」


小谷は俺の紙コップに入れられている、わかめを箸で採っては自分のうどんに載せ始めた。

小谷には、わかめはトッピングで無くて、無料で付いているサービス品に思えたようだ。

まあ、これぐらいは指摘せずに黙っておいてやろう。


「お前、このまま現場にも出てこなくて、ずっとマンションで治療もせんまま、すごしててどうするつもりながな?」


「いや、来週から行くで。」


「腰は良うなったがか?」


「完全には良うはならんけど、いつまでも休みゆうと金も無くなるし」


小谷は、うどんを食べ終わると、一息入れてから下を向く。

既におなじみの小谷が借金を申し出るときの決めポーズである。


「あのよ。親方。急で悪いがやけど・・・またお金貸してもらえんろうか?」


「どういた?」


「僕がよ。7月に、日曜ごとに集会に参加することを条件に、真価修会のおじさんにお金借りたが憶えちゅうろう?」


忘れるわけないだろ!と思いつ、黙ってうなづく。



エピソード7「小谷 仮想見合いをする」


「その、おじさんから電話があって、見合いせんといかんことになったがよ」


「お前、前嫁と再婚して、家族でやりなおしたいって言いよったやいか」


「・・・そのつもりながやけど、おじさんの顔もあって見合いせないかんようなってよ。見合いするのに、髪も切ってスーツも買わんといかんきよ。5万くらい貸してもらえんろうか?」


「おじさんに貸してもろうたらえいろうが」


「それがまだ、前の借金を返せてないき。言えんがよ。でもよー親に貸しちゅうお金を返してもらうき、3日後には返せるき」



金を貸してやらなければ、小谷は現場に出てこない。そして小谷はそれを読んでいる。これはネゴシエイトなのだ。

周囲の人間たちは「もうこれ以上、小谷に金を貸すのは止めろ」「小谷をクビにするべきだ」と言う。

もしこれが資金力も人材もそれなりにいるような会社であればそれはそうだろう。

しかし、震災以前は15年近くもほとんど仕事が無くて廃業寸前であった、曳家を再始動したばかりの中で、小谷の経験と建築板金の現場で身につけた技術は重宝すべきものなのだ。

小谷が6月に起こした詐欺事件の後も、何度も何度も自分に問いかけたのだが「今は目の前の現場を仕上げてゆく」ことをもっとも重視すれば、小谷の借金癖は目を瞑って前に進んでゆかなくてはならない時期なのだ。


金を貸してやると、小谷は見合い翌日から現場に現れた。翌日は返済日である。


3時の休憩時間。現場の前の駐車場の入口のコンクリートブロックに座って缶コーヒーを飲む。

井村は、小谷とは仕事中でさえほとんど口を聞かなくなっている。休憩時間も離れた場所にわざわざ行くようなった。

小谷はニコニコ笑いながらと俺のそばに来て座る。


「親方。えいこと言うちゃおか?」


「どうした?見合いで美人が現れたか?」


「まあ、まあやけどよ。それより僕よ。夕べ、ホテルへ行ったがで」


「そりゃ早いにゃ!」


「カラオケ行って、盛り上がったがやけど、向こうから急にキスして来たがって!ほんで勢いでホテルへ行ったがって」


「うわ~急展開やにゃ。ほんでどうやった?久しぶりで気持ちも良かったろが(笑)」


「いや。乳は揉んだけど・・せんかったで。途中で止めた。ここでやってしもうたら、子どもに逢えんようなるって思うて止めた」


「えっ!そりゃ相手に失礼やろが!」


「いや・・相手も、あっうん。ごめんね。そうだよね。そうだよね。逢ってすぐには出来ないよねって言いよったき判ってくれちゅうと思うよ。結婚焦っちゅうがやろうねぇ」



小谷とのつきあいを19年もしているこちらとしては、酒を飲んでホテルに入って、しかも全裸になって抱き合った状態で小谷が交尾を自制できるとは考えられない。

どうして、こんなくだらない嘘をつくのだろうか?


「ほんでよ。親方。ラブホテル代とかにお金遣いすぎたきよ。お金は月末まで待ってもらえんろうか」



エピソード8「小谷は臭い」


小谷はかなりのヘビースモーカーだ。

そして、洗濯物を部屋干ししているせいで、汗をかくと何とも云えない臭いがする。

どんなに、小谷が人に良く思われたくて、快活な返事をして、にこやかな笑顔を見せてもそばに寄ると瞬時にお里が知れる。


雇用主として、小谷が現場にいることで、我々の現場のクリーンなイメージが著しく劣化することを抑えなくてはならない。


「小谷。お前よ。人に金、借りて煙草喫うなや。それと、コンビニで焼き肉弁当とかき揚げそばに「少年ジャンプ」買うのも止めや。金無い人間のすることかや?」


「けんど、腹が空いたら仕事にならんきよ」


「明日から、俺もつきあうき、昼飯はお茶込みで500円以内にしようじゃいか。出来るろが?」


「いや。親方まで一緒にせんでもえいで」


「まあまあ、俺も近ごろ、太りすぎちゅうき(笑)ちょうどえいがよや」


翌日から、我々は、私は菓子パンとサラダ、お茶。小谷はカップヌードルと菓子パン(なるべく安くて量の多いもの)缶コーヒーというような、1食500円生活を続けた。


ちなみに、この時期は仕事も忙しく、不慣れな長期出張に耐えてもらっていることに対するボーナスとして、日当以外に1カ月45千円の食事手当と、マンションの家賃を負担していた。つまり小谷は、給料以外に支給される手当まで使い込んでいたのだ。

そんなこんなで、残業と食事手当を含めると、37万円ほどの給与が振り込まれているにも関わらず、金が無いのだ。


ある昼休み、私が見積もりから帰って来ると、小谷が玄関脇の犬走りに腰かけて煙草を喫いながら「少年ジャンプ」を読んでいた。


「小谷。それどうしたがな?」


「えっ・・煙草は井村先生に貰うたがで。「ジャンプ」はコンビニのごみ箱から拾うたがで」


小谷には我慢や目標というものが無い。

あるのは昆虫のように目に前に見える欲求を満たすことだけが小谷の動力なのだ。



仕事は次から次へと決まっていった。

あの罹災判定基準が変更になったがために一時停止した期間を補おうとするが、ごとく、一生懸命働いた。


宇田テクノスは殺到する依頼をこなすために、2班に増やせないか?と催促してきてくれた。

しかし、充分な経験のある曳家職人が残っているわけもなく、また小谷をチーフとするチームを組むことにもためらいがあった。

小谷は人の上に立てる器では無いのだ。自分が目を離すと小谷は、不必要な箇所にジャッキ穴を開けようとしていたり、或いはその逆だったりする。

要するに仕事の方向性に一貫性が無く、自分がその家に向かった時に、その家の修復した際の完成図が頭の中に描けないのだ。

残念ながらこれは、小谷だけではなく、他でも見受けられることなのだが、左官やクロス工事で化粧すれば良いとは考えている業者も少なからず存在している。


そこで、増やしたアルバイトたちには、チョークで印を点けて、単純作業を順次させてゆく。

家を揚げる、決める作業の際には自分たち本隊が行う。という1・5班制とした。


この頃には、高知でギャラリーカフェを閉店させた西城も合流して、高知組は自分を含めて4名。

それ以外のアルバイトは色々な伝手で集めた。例えばアパレルメーカーの営業くんは土日のみ。高知出身の大学生は月火曜のみ。土日を省く毎日では派遣会社からの紹介で江藤という男が来ていた。


エピソード9「小谷と江藤の共依存」


江藤の仕事ぶりは一目見て「派遣慣れしている」ものだった。

本当に注意したくなる寸止めのところ、ぎりぎりで許容される程度の仕事しかしないのだ。

それでいて、愛想良く誰とも気安く話すのであっと言う間に溶け込むのだ。


そんな江藤を小谷はやたらと可愛がった。

仕事帰りに、毎日、江藤を部屋に連れて帰ってはシャワーを使わせてやってから、わざわざ江藤が便利な東西線の駅までトラックで送ってやるのだ。

一応、小谷は「親方、車使わせてもらって良いですか?」と聞くには聞いてくるが、ガソリンを入れていたためしが無い。

これは仕方ないことなのだが、仕事の規模が僅かでも大きくなってゆくと、ほとんどの作業員がこうした「経費」を使わなくては損なもの。のように考え始めるのだ。

あまり厳しくしても良い結果は出ないが、ここらへんの匙加減は難しい。


ある朝、小谷と江藤が現場に出てこないことがあった。

ようやく昼近く、小谷から眠そうな声で「親方すみません。風邪をひいたみたいです。休ませてください」と電話があった。

しかし、江藤の派遣元の山崎社長は半端でない武闘派である。

私から、江藤が無断欠勤していることを告げられると江藤の携帯に電話しつづけてくれていたらしく。断続的に「すみません。江藤も電源切っているみたいなんです。もう少し待ってください。もし今日の作業で人手が足らないようなら他を今から行かせますが、どうでしょうか?」

夕方、社長に補足された江藤は震える声で電話してきた。

「すみませんでした。小谷さんに部屋飲みに誘われて呑み始めたんんですが、小谷さんのお酒の量が半端で無くて、酔いつぶされてしまいました。」

江藤は、山崎社長の激怒ぶりに怖れをなして全てを正直に打ち明けたためにこの真実が判明したのだ。


後日、江藤から聞いたのだが、連絡が取れた直後の山崎社長の怒りぶりは半端でなく「お前よくも俺に恥をかかせやがって。殺すぞ!こらっ!」の怒声の怖さは伝えられない。と言った。

こちらは後日、小谷から聞いた話だが、山崎社長は小谷にも電話を入れて、「うちの江藤が世話になったみたいで、すみませんね。小谷さんともこれでご縁ができたんで、何かあったら助けますから言ってくださいね。」と言われたという。


もちろん私も仕事帰りに小谷の部屋に寄って、廊下に呼び出して一喝した。

「お前のどぶ臭い匂いを他人になすりつけるなよ!こらぁ!」



エピソード10「小谷先輩に付いて行きます!」



小谷サイド




今日は給料日だ。


みんなもそれなりの金額をもらっているが、俺が一番、貰っているのは間違いなしだ。


だから俺の主催の飲み会をする。


親方は酒もたばこもやらないせいもあるが、飲み会を開かない。建築現場の楽しみは飲み会だ。


一緒にきつい作業をした者同士で、馬鹿話をしたり、時にはキャバクラで頭の悪いおねえちゃんたちにどう生きるべきか?を説教してやるのも楽しい。奴らは馬鹿だから、俺の話を聞いてやたらと歓心する。俺はエロ話しかしない馬鹿な客たちとは違うんだから。




親方は、プライベートを大切するべきだから。と言って、食費を給料とは別に払ってそれで各自好きにすればいい。と言っているが、そんなもんじゃないだろう。


遠く故郷を離れて出稼ぎに来て、みんなでめし食わなくてどういうつもりなんだろ?


いつも部屋にこもってパソコンを使って色々なところとやりとりしていることを話すが、建築職人がパソコンだなんて!そんなもの必要あるのか?!FAXで充分だ。




そうだ。明日の飲み会には、西城も誘ってやろう。あいつはどちらかと言うと、親方派だけど、ここで俺の度量の広さを見せておいてやる必要があるかもな。






小谷から突然、飲み会に誘われた。


まあ、自分は親方たちに遅れること4カ月。新参者なのだから、先輩の呼び出しにはつきあっておくべきだろう。


親方と井村を省いての小谷先輩の飲み会か・・




飲み会は東西線浦安駅の近くの居酒屋で始まった。


驚いたことに、宇田テクノスの営業の義嗣さんまで来ていた。


「西城さんも来たんですか?」


「義嗣さんこそ(笑)」


他は江藤と康太郎だった。どちらも渡りの派遣作業員だ。




酔いの廻った小谷が自分に対して、江藤のことを認めろ!としつこく絡む。




「親方はよ。江藤さんのこと、駄目や。て言うけどよ。江藤さんは真面目やし、俺について来てくれゆうがって。俺はよ。来てくれゆう間、江藤さんとか康太郎を守っちゃらんといかんがよ」


そばで聞いていた江藤がすかさす小谷にビールを注ぐ「小谷さん。ありがとうございます!」


小谷は上機嫌である。



勘定のときになると、小谷は「かまんき。ここは俺が出しちょくき!」


江藤と康太郎は慣れているらしく「小谷さん。ありがとうございます!ごちそうさまです!」と大声で言う。


良い気分になった小谷は「よし次行くぞ!」と繰り出してゆく。




結局、3軒はしごして、支払いは全て小谷がした。


更に4軒目に行こうとしていたのだが、それを自分と義嗣が「明日も仕事があるんですから」と止めたのだ。


小谷は「ちぇっつまらんなぁ。高知やったらツケができるき。朝まで呑みに回ったがやけどよ。」とディズニーランドの閉園時間になって名残り惜しそうにする観光客のように引き揚げるのを残念そうにしていた。




小谷が離婚した妻や子どもたちと家庭をやり直すために、貯金をしなくてはならないことなどを親方から聞いていたが、こんなことを繰り返していたらそういう幸せが得られるはずもないだろう。


やなぎ通りを富士見方向に歩いて行きながら、小谷は独り言のようにつぶやいた。


「西城くん。俺よ。また金が無うなった。明後日あたり、親方に借金せんといかん」




小谷をマンションの廊下へ呼び出して怒鳴ってから4日後。


さっき、今日の仕事も終わって別れたばかりなのに・・小谷からの電話。


「今から話できん?」


どうせ小谷からの話なんて、また借金の申し出なんだろう。


舞浜小学校の向こう岸にある、堤防沿いの散歩道。夏でも涼しい風が吹いてくるので、そこで逢うことにした。

ワンルームの部屋が狭いから、というのもあるが。

はっきり言って、小谷のいつも生乾きのシャツの臭いが堪らないのだ。

井村などは、「小谷さん臭い。きちんと洗濯しているんでしょうかね」と相談してくる。

現場が近くの際には一緒になりたくないので、「自転車で行きます」とさっさと一人で行ってしまうのだ。

小谷は気がついていないのか?車での通勤を辞めようとしない。

小谷の運転は粗く、いつ事故を起こすか?ひやひやものなのだが、本人はそういう運転が出来る自分を「俺は運転が上手い」と思っているのだから困ったものだ。


こちらが、先日の詐欺事件をきっかけに、雇用関係を薄くしておくために。

小谷に対する保険を解約したので、なるだけ運転しないで欲しい。と、はっきり伝えておいたにも関わらず、毎朝毎朝、まるで競争のように早出して車を駐車場から出して、運転席で待っているのだ。


臭いについては、ある時、親方として私から彼に注意をした。

「やっぱり臭い?部屋干しやきやろうか?」

「あのよ。小谷。俺が物干し竿買うちゃおき、普通に干せえや。みんなに迷惑やき」

「いや。ほんなら買うで」

小谷は、自分の借金や元妻等に送らなくてはならない金があるせいか。

生活するためには何もお金をかけていない。

何しろ、カーテンさえ買っていないのだ。

「じゃあ、風呂上りはどうしゆうがな?」

「男は全裸よ(笑)前のマンションから出てきたお姉ちゃんに見られたことあるけど、別にかまんしよ(笑)」


そんな小谷と堤防沿いのベンチで待ち合わせした。


「あのよ。親方、僕からの話って言うたら、どうせまた借金やろうと思うちゅうと思うけどよ。そうじゃなくてよ。僕をクビにして。」



小谷から突然、自ら解雇して欲しい。との申し出があった。

確かに、今の小谷はかつての自分が知っている小谷とは別人になっている。

そして小谷が存在することでずいぶんと精神的にも苦しめられている。

それでも江藤や、ほとんど新人の井村たちだけでは仕事が進まない。

私は12月末で辞めてもらうつもりだから、それまでは「俺に迷惑をかけていると思うのなら働いて恩返ししろ」と言った。

12月末までという言葉には意味があった。


高知から出て来る車の中で、「3か月はいられるかな?」と話していたが。予想を越えて半年が過ぎようとしていた


そしてジャパンテレビの人気番組「報道記者!シッテル」の取材も始まった。

「シッテル」に取材されることになった際には、地元に残している家族にどんな反響があるのか?心配もしたのだが。それは以前に地元新聞に取材された際に「去りゆく技」と紹介されたせいで、子どもたちも含めて「生活だいじょうぶですか?」的な娯楽を近しい方々に提供してしまった苦い経験があったからなのだが。

それでも、ここに来ている以上は「今出来るベストを尽くそう」と取材に応じた。


この番組のオンエアが10月半ば予定なのだ。

「シッテル」が放送されて、その反響で仕事が忙しくなり。そして再び落ち着くだろう頃。このころの私はそれがおおよそ12月末ではないか?と予測していたのだ。


小谷は私に言われると何も断れない。犬程度の脳みそしか無いだけに、主人に逆らうことは出来ないのだ。

小谷は年内一杯は働くと約束した。


エピソード11「一人循環リサイクルショップ」


ある夕方、現場からの帰りの車の中で。

「親方、「チャーリーズエンジェル・フルスロットル」のDVD、借りちゅうけど観る?」と尋ねてきた。

「お前、テレビDVD、売ったがやなかったがか?」

小谷は私や井村が仕事終わりのささやかな楽しみとして、32インチの安売りテレビとDVDデッキを買って部屋で観ているのを羨ましがって。ある時、突発的に9000円で一体型テレビを購入したのだが、2か月も使わないうちに金欠で、「浦安鑑定団」に2000円で売り払ってしまっていたのを聞いていたのだが。

「あっうん。先月末の給料で、小さいがやけど、また買うたで(笑)」


う~~ん一人循環型リサイクル?生活なのか?


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