In The Bag
ナスカ
第1話 父の蒸発
僕が小学2年生のころ、父さんが蒸発した。浮気をして愛人を作ったとか、自分探しの旅に出たとか、そういう意味じゃなく、僕がみている目の前で、突然に消えてしまった。ドアの隙間から書斎にいる父さんを眺めていた僕は、びっくりしてしまって、その場で座り込んでしまった。母さんは買い物に行っていて、僕だけしかいなかったから、僕が何度説明してもわかってくれないで、「見捨てられた」、「浮気したんだ」とつぶやいて、ただただ、泣いているばかりだった。
父さんは、大学で考古学の勉強をしていた。うれしそうに見せてくれた石や、お皿なんかは、僕にとって何とも思わなかったけれど、あんまりうれしそうだったから、なんだかおかしい気持ちになった。母さんも父さんが大好きで、毎日のように豪華な料理を作って、父さんを喜ばせていた。ある時、父さんが興奮して帰ってきたことがあった。とても珍しいものを見つけたといって、帰ってくるなり書斎に駆け込み、とりつかれたように勉強をしていた。しばらくたってリビングに出てきたとき、父さんは別人のように恐ろしくなっていた。ぼうっとした目でどこかを見つめ、まったく口を利かず、1日中書斎にこもるようになった。母さんに父さんはどうしたのか聞いても黙り込んでしまって、僕は寂しくなってずっと書斎のドアの前におもちゃを並べて遊ぶようになった。
父さんが蒸発したのは、それから2か月ほどたった時で、それからというもの、母さんは少しずつ、変になっていった。目はつりあがり、家事なんかもほとんどしなくなって、母さんを心配して訪ねてくれた人たちにも怒鳴り散らして、ますます怒りっぽくなっていった。僕はいくつもの塾や習い事をさせられ、1番になれなかったときはご飯を作ってくれなかった。嫌で嫌で仕方がなかったけど、母さんに捨てられたくはなかったから、一生懸命頑張った。遊ぶ時間もなくて、友達も全然できなくて、本当に寂しかった。
1年ほどそんな生活が続き、父さんのことも忘れかかっていた時、書斎のほうからうめき声のような音がした。ドアの隙間から覗いてみると、そこには何もなく、父さんのことを思い出して恐ろしくなり、僕は布団にくるまって寝てしまった。あれ以来、僕は書斎に近づけないでいる。
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