2章 君の知らない正義の話

2-1「五円玉の中心には穴が空いている」

-----回想-----


 今の平野恵流が目覚めたのは、入学式の最中だった。だだっ広い講堂で、右も左も解らない状態で、平野恵流という意識を初めて認識した。


 恵流は生来のマイペースの助けがあって、平静を保てていた。眼や耳を駆使して、なるべく多くの情報を拾って、白紙に等しい記憶を埋める事に尽力した。


「当学園の校風は知っていると思う。君達はこれから三年間、この現実と空想の交わる学園で、友として同じ時間を過ごし、時には競い合い、切磋琢磨して、己を高めて行く事になるだろう」


 壇上では、ブロンド髪の日本人離れをした容姿の年若い女性の学園長が流暢な日本語で新入生を歓迎する言葉を並べていた。


「この世界は偽りに溢れている。君達ぐらいの歳になれば大多数が仮面を持っているだろうし、上辺だけを取り繕った人付き合いの経験も知っているだろう。さて、君達の身の回りに本物だと断言できる物がどれだけある?」


 恵流の周りには、何もない。唯一残っている常識の鎖が、恵流の理性を支えている。


「他人の意思も他人の境遇も、その目では見る事が叶わない。己の意識も、あるいは君が本体ではないかも知れない。自分がそうではない保証など、ない」


 馬鹿げた話だと、一蹴する事が恵流には出来なかった。


「この学園で生活するには、己を偽る必要に迫られる。そうなった時に、常に頭の片隅に留めて置かなければならない事がある。それは、自分自身だ」


 その瞬間、確かに学園長と目が合った。


「嘘だけを瞞着に包む意味はない。自身の在り方を他人に依存するな。信念を持て、矜持を持て、正義を持て。君達自身が本物なら、周りの世界も全て真実となる。現実であれ、空想であれ、例え表面が虚飾に彩られていても、中身は決して揺るがない」


 この入学式の直後に、恵流は学園長と対峙する事になる。

 そうして課題を出された。期日は恵流の卒業まで。


「報酬は、そうだな。その時、君が求めているもの――で、どうだ!」


『五つの真実を掴め』


 五つの真実は、この時から恵流にとっての記憶の欠片となった。


-----回帰-----

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