第2話

 時間は早朝までに遡る。丁度、ミリアがデミラに騙され宿を出た頃合い。すでにファウンドは目的地に到着していた。

 エリクマリアの中央に聳える純白の城。朝日が氷柱のように尖った塔を照らす。エリクマリアの支配力を物語るように、それは無駄に巨大で無意味に威圧的だった。

 勇者機関本部。これがこの世界の正義の象徴。全ての元凶。醜悪なシステムで、世界を牛耳る、偽善者の居城。そして復讐の終着点だ。

 ファウンドは無色透明な瞳でそれを見つめる。ここに来るために死力を尽くした。ここにたどり着くために多くの犠牲を払った。この城を前にすれば何か高ぶる感情があるかもしれない。そう思っていた。

 だが、実際は何もない。この城を見つめていても、心は空虚なまま。何の変化も訪れない。

 ファウンドも初めは増悪にかられていた。枯渇するほど、勇者達の死を欲した。だが、復讐を繰り返すたび……勇者を殺していくたびに、自分の中の何かが欠落していくのを感じていた。きっとゾフィアが魔核と共に、感情を削り取ってしまったのかもしれない。

 はたしてこの復讐を成した時、ファウンドはファウンドのままでいられるのだろうか。自分は一体、どうなってしまうのだろうか。


「……些末な事だな」


 ファウンドは自分の心に答えるように呟く。いずれ、自分の命は費える。おそらく、無事に復讐を果たし終えたとしても、数時間生きていられるかも怪しいだろう。だからこそ、自分が自分でなくなったとして、何の問題があろうか。自分が何者かも分からずに虚しく死んでいく。それはむしろ、自分のような彼女一人守れない人間には、お似合いの死に方だ。

 ファウンドの裾から、パラパラと魔導石の表皮が落ちる。もう時間は残されていない。最後の自分の役目だけは果たさなければならない。

 ファウンドは城の陰に隠れている裏門から、内部に進入する。門兵は二人程度しかいないかった。そのためファウンドは転移することで、容易に内部に入り込めた。

 内部は大理石で出来た廊下と赤い絨毯がしかれている。かなり手入れが行き届いており、どこもかしこも鏡のように輝いている。

 城の内部もかなり手薄だった。ファウンドがまだ勇者をしていたころは、本部内を歩けば必ず数人の勇者に出くわしていた。だが、今は一人も勇者を見かけない。

 それもそのはずだ。何せ全員が街に繰り出し、ファウンドを殺そうと血眼になっているのだ。おかげで、ファウンドは難なく本部に進入できた。

 ファウンドの目立つ行動は全て、勇者機関本部にいる勇者達をおびき出すことにあった。一番初めの殺し――ルイアの時は、自分が殺した事が分かりやすいように折れた名刀サキガケを置いてきた。ガランとの戦闘では、奴の従者にファウンドが帰ってきたことを伝えさせた。フロイラの時は意図してはいなかったが、結果的に機関全体に勇者殺しの存在を強く印象づける事に成功した。

 それが、今、この状況を作っている。

 さすがに平常時ではどんなに魔剣ティンダロスを駆使しようと、本部の深部まで進入することは不可能だろう。

 ファウンドは足音もたてずに走る。彼の目的は本部の地下深くにあった。そこにファウンドの真の目的があった。

 グロウが事前に調べてくれた情報のお陰で、目的地までの道順は全て分かっていた。かなり入り組んでいるため、知らなければたどり着くことはできないだろう。グロウがいなければ、この復讐計画は成り立たなかった。


 ファウンドは頼れる相棒に思いを馳せる。ミリアの事も彼に任せてしまった。今頃、あの頑固者の相手を強いられている事だろう。彼女の事だ。ファウンドを追うと言って、きかないだろう。彼女はシールと似て、一度決め事は絶対に折れない。グロウは彼女を止めるために、相当苦労しているはずだ。

 だが、どんなに頑張ろうと、ファウンドに追いつくことはないだろう。なぜなら、ファウンドが宿を出たのは深夜だ。彼女が朝まで寝ていたとすれば、もう間に合わない。闇市場から勇者本部までは、おおよそ一時間かかる。勇者に見つからないように移動すれば、倍はかかるだろう。現時刻で闇市場にいるとすれば、彼女がここにたどり着く頃には全てが終わっている。

 ファウンドは息を整えるように、壁にもたれ掛かる。本部に進入してから一時間が経過した。目的地が近いのだろう。その証拠に空気中の魔力密度は増え、廊下が狭く見通しの悪いものになっていった。勇者もちらほら確認できる。

 さすがにここまでくると、重要な施設ばかりになる。勇者も一定人数が、必ず警備についているようだった。

 しかし、彼らは気が抜けているようで、居眠りをしているものや、テーブルゲームに興じる者ばかりだ。こんな最深部まで、侵入者が入ってくるはずがないと思っているのだろう。

 おかげでファウンドは、誰に見つかる事もなく進むことができた。そもそも、ファウンドは元暗部。進入は専売特許だった。

 しかし、そんな緩みきった勇者の中にも、感の強い奴はいる。

 ファウンドの転移時の音に気づき、彼の元へ歩み寄ってきた勇者がいた。彼の潜む扉の陰に近づいてくる。


「何かいたよなぁ? 動物か?」


 そして、勇者は扉に手をかける。しかし次の瞬間には、彼は気づかぬ内に心臓を一突きされた。

 ファウンドは声を発する暇もなくそいつを殺すと、手際よく潜んでいた部屋の中に死体を放り投げる。

 潜入ではためらいは禁物だ。即断即決。臨機応変な対応が求められる。一瞬のミスが命とりになる。


「おーい! どうした?」


 さきほど殺した勇者と共にいた従者が叫びながら近寄ってくる。こっちに来る前に逃げる必要がありそうだ。

 だが、ファウンドがその場から離れようとしたその時、胸を引き裂くほどの激しい動悸が彼を襲った。すぐさま、目眩と吐き気が押し寄せる。


「こ、こんな時に……」


 ファウンドは膝をつく。ファウンドのコートの袖から砂が落ちるように、魔導石が流れ落ちていく。


「いつまで、そこにいるんだよ」


 男がファウンドのすぐそばまで近寄ってくる。彼が通路を曲がれば、ファウンドは見つかってしまう。しかし、彼の体の変調は収まる様子がない。左目からは血の涙が流れ、体は痙攣する。ファウンドは立ち上がることすらできない。

 そして、男は通路を曲がり……


「あれ? どこいっ……」


 ファウンドは男の背後に無理矢理転移すると、そのまま彼に剣を突き刺した。だが、その一撃は心臓から逸れ、即死に至らない。


「がわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 男の叫びが木霊する。ファウンドは聖剣を突き刺したまま男をなぎ倒すと、首に膝蹴りを放ち骨を折った。

 これで確実に仕止めた。だが、叫ばれてしまった。ここに勇者達が群がってくる。

 ファウンドの予想通り、勇者達はぞくぞくと現れる。狭い通路では戦闘を回避するのは不可能に近い。ここからは勇者の数だけ戦闘をするはめになる。

 ファウンドは胸を強く握る。魔核にまとわりつく、不快感と痛みが消えない。視界も霞がかかったように白んできている。発作の頻度も増えている。もうゾフィアは魔核の半分以上を食らったのだろう。

 ファウンドは自分の命が僅かだと実感する。聖剣はあと一度が限度だろう。それで、自分の命は完全にゾフィアに食われる。

 だが、あと一度で十分だ。それだけあれば事足りる。復讐は果たせる。

 通路の四方からファウンドに向かって勇者達が迫ってきた。

 ファウンドは彼らを睨むと、重低音を響かせて消えた。

 

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