第8話

 ミリアは布団をかぶりながら考えていた。機関の事、バグラムの事、ファウンドの事、姉の事。

 複数の事が同時に押し寄せた。ミリアの考え方を変えるには、十分すぎる事ばかりだった。そして、そのどれもが理不尽で、悲しい事ばかり。

 でも、それでも。良かった事もある。ファウンドとの出会い。出会い方はこれ以上ないくらい最悪だった。出会ってすぐに、腹を串刺しにされて好意的になる人間などいないだろう。でも、それは彼なりのやり方で、ミリアを救うための方法だった。

 ファウンドは姉の愛する人であり、ミリアの目指した勇者でもある。

 勇者を殺して回る殺人者でありながら、市民を必死に守り、ミリアを二度――いや、三度も救った。

 彼は裁かれるべき人間なのかもしれない。でも、彼がこのまま死ぬのは、どうしても納得がいかなかった。

 ミリアは呟くような小さい声で言う。


「まだ、起きてる?」


 ミリアは暗闇の中で、ファウンドが動いた気がした。そして案の定回答が返ってくる。


「どうした?」

「どうしても聞きたい事があって。あなたはどうして、私を助けたの?」


 ミリアを助ける事。それは、ファウンドにとって、合理的でない選択肢だ。ミリアは復讐という目的を果たすには不要な存在。人一人を誘拐して監禁しておくのは、相応のリスクと労力が必要になる。しかも、ミリアはファウンドを敵視していた。下手をすれば、ミリアは機関に隠れ家の場所を伝えていただろう。そんな危険はファウンドもよく理解していたはずだ。

 だが、彼はミリアを救った。聖剣シールを発動すれば、それだけ寿命が短くなり、復讐を果たす事が難しくなる。それを理解していて、それでもミリアを機関の呪縛から解き放つために、彼はミリアを突き刺した。

 長い沈黙が続いてから、息を吐く音が聞こえた。


「俺にも、分からない」


 その言葉は真剣そのものだった。だから、ミリアは彼が誤魔化そうとしている訳ではない、と思えた。 


「分からない、のね」

「ああ。俺は悪魔だ。悪鬼だ。残虐の限りをつくし、機関に復讐する。そういう存在だ。人を殺す事に戸惑いはない。人の死に悲しむ事もない。だが、そのはずだが。お前を見ていると、どうにも調子が狂う。俺はお前に姉の姿を見ているのかもしれない」

「私がお姉ちゃんの妹だから、助けたって言うの?」

「多分、そうだろう。俺はお前を救って、それを免罪符に彼女に許しを請おうとしているだけかもしれない。下らない」


 ファウンドの声はとても低く、冷たかった。その言葉、一つ一つに嘆きと絶望が内包されているようだった。

 そこでミリアは察した。ファウンドが復讐したい相手は、レイドでもフロイラでもなく、ましてや機関でもない。自分自身なのだ。シールを救えなかった自分。約束を守れなかった自分。そんな自分自身を深く憎んでいるのだ。

 そう、彼は自分自身を許せずにいる。

 ミリアの瞳から途端に涙を流れだした。これは何の涙だろうか。彼の不幸な境遇にだろうか。それとも、彼の生き方にだろうか。何にせよ、ミリアはとにかく悲しかった。

 ミリアはシーツをはねのけ、ファウンドを見た。暗闇で彼の姿はよく見えない。だが、彼の身体がどうにも小さく見えた。


「ファウンド、あなたは……」

「もう、十分だろ? 続きは明日の朝にしよう。眠らせてくれ」


 ファウンドがミリアの言葉を遮る。ミリアに先を話させまいとしているようだった。

 ミリアは後ろ髪を引かれながらも、ベットに潜る。ファウンドには伝えないといけない事が山ほどある。だが、今はそれを言葉にできそうもない。頭がぼんやりする。きっと眠気のせいだろう。寝ればもっとましな事を、彼に言えるかもしれない。彼の言う通り、続きは明日にしよう。

 ミリアは明日必ず、ファウンドと話すと決意して目を閉じた。


ΨΨΨΨ


 ファウンドは寝息を立てる少女を眺めながら、小声で呟く。


「眠ったか?」


 ファウンドの言葉に、彼女はぴくりとも反応しない。

 ファウンドはベットから立ち上がると、ローブを羽織り、聖剣を腰に差す。

 ファウンドは初めから寝るつもりなど無かった。ミリアが起きている時では、必ずついていくと言ってきかないだろう。だがら、初めから黙って出て行くと決めていた。

 ミリアの事はグロウに言ってある。時期に彼がここに来て、彼女の面倒を見てくれるだろう。彼には迷惑をかけてばかりだ。しかも、その仮を返す機会もないだろう。

 これからファウンドは死にに行くのだから。

 ファウンドはミリアの眠る横に立ち、その寝顔を見つめる。ミリアは予想以上に強い少女だった。機関の真実を知って、なお機関に立ち向かおうとしている。そしてデミラに対して、たった一人で立ち向かう姿は勇敢そのものだ。彼女こそ本当の正義の味方なのだろう。

 ファウンドはミリアへ敬意の証として、軽く頭を下げる。ミリアが生きていればこの先、もっとましな世界がまっているだろう。彼女と共にいるのが、これで最後だと思うと本当に残念だ。


「ミリア。どうか長生きしてくれ」


 ファウンドはそんな言葉を残して歩き出す。それから、一度も振り返る事はなく、彼は部屋を出て行った。

 部屋に残ったのは、ミリアの静かな寝息とファウンドの血の臭いとシールの魔力の残り香だけだった。


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