第4話

 ミリアは綺麗にそろっている十本の指で拳を作りながら、バグラムの言葉を吟味していた。彼の言葉は真実なのだろうか。今作った嘘にしてはできすぎている。ミリアはそう感じていた。しかし、長年信じていた事を、易々とひっくり返すことはミリアにはできなかった。

 困惑しているミリアを前にして、バグラムは話し続ける。


「分かったじゃろう? ファウンドは嬢ちゃんを助けたんじゃ。奴は機関を調査している時に、嬢ちゃんが狙われている事に気付いた。じゃからファウンドは、聖剣シールの受け渡しにお嬢ちゃんが来るよう仕向けたのじゃ。聖剣の奪取と同時に、お嬢ちゃんを機関から救えるようにな。機関はさぞ困っているだろう。お嬢ちゃんに埋め込んだ魔導具が無力化されたせいで、場所が把握できないんじゃからな」

「なんで、ファウンドは私を助けたの? 見ず知らずの私を」


 やっと出た言葉はあまりに弱々しかった。ミリアはそれが自分の声ではないかのように感じた。


「それは儂も推察するほかない。奴は復讐のために機関と戦っておる。しかし、奴は口ではどんな悪行にも手を染めると言っておきながら、まだ心の奥底では勇者の意志を捨てていないのかも知れないな。きっと、彼は汚れた道を歩いておるが、その道に清らかな物が落ちていたら拾わずにいれないのだろう」


 ミリアは自分の膝の下に寝る男を見つめる。身体は魔導具と同化し禍々しい姿だ。まるで悪魔の使い。だが、彼にもまだ正義の心が残っているという。

 ミリアは打ちのめされていた。先ほどまでの威勢は嘘のように消え去り、今は行動を起こすことも億劫だった。そにかく考える時間がほしかった。もっと考える時間が。

 ミリアは懇願するように口から言葉がこぼれた。


「嘘って言って……」

「嘘じゃない。嘘だと思うなら、ここから出て行くといい。すぐにお嬢ちゃんは捕らえられるだろう。儂らの共犯だのなんだの理由をつけてのぉ」


 バグラムの言葉を信じたくない。機関が自分を狙っているなんて、考えたくもなかった。

 だが、ミリアが若くして機関の従者に抜擢された事も、機関本部近くのエリクマリアに配属されたことも、バグラムの言葉が全てを裏付けてしまう。 

 全て、自分自身の才能がもたらした結果だと、驕っていた。だが、それが仕組まれたことなら、どれだけ自分は愚かだったのだろうか。

 勇者を盲信し、機関を崇拝していた。いや、まだ信じている。そう簡単にバグラムの言葉を信じる訳にはいかない。


「まだ、私は信じられない」


 反論する筋の通った道理はない。だが、必死に自分のなかの倫理観が崩れるのを守りたかった。

 バグラムはため息をつくと、確固たる意志のこもった視線をミリアに浴びせた。


「分かった。なら聞かせよう。ファウンドが復讐をしようと思い至った経緯を。儂の知る限りじゃがな。嬢ちゃんを納得させるなら、それで十分じゃろうて」


 ミリアは耳を塞ぎたかった。もう、信じるものを疑うような事実はいらなかった。


「機関は恐ろしく強大な秘密を抱えておる。それが、ファウンドを復讐の鬼へと変えたんじゃ」


 ミリアは息をのむ。

 そして、バグラムが言葉を続けようとしたその時、地響きのような音が鳴り始めた。

 それからすぐに、工房が大きく揺れ始める。


「な、なに!」

「ま、まずい。ここの場所が機関にばれたんじゃ!」

「え!」


 ミリアはバランスを崩し、作業台から落ちて尻餅をつく。ファウンドも振動で、作業台から落下した。


「逃げるんじゃ! 早くここから逃げねば、皆殺しにされるぞ! 工房に張った魔導結界は簡単なものだ。機関が本気で来ればすぐに突破してくる」

「私は……」


 ミリアは戸惑い、目を泳がせる。釣り下がった魔導具が次々に落下していく。


「奴らはこの工房ごと破壊するつもりじゃ! 嬢ちゃんが連れ去られた事を知りながらな!」


 ミリアの胸にその事実が突き刺さる。本当に自分がここにいると分かって、攻撃してきているのか。


「攻撃しないで! ミリア・フォン・ライエンがここにいるわ!」


 ミリアは精一杯の力で叫んだ。だが、振動は収まることがない。そもそも、ここから叫んだところで聞こえるはずもなかった。


「無駄だと言っている!」


 バグラムが叫んだ直後、彼の表情が青ざめるのが見えた。瞬間、工房内が青白い光で包まれた。

 そして、ミリアは強烈な衝撃で吹き飛ばされた。

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