第5話

 フロイラは凍えるような視線で、ミッシェルを見据えていた。


「あなたぁ、何してくれてるのかなぁ。ファウンドちゃんが死んじゃったら、どうしてくれるのぉ?」


 狂気に彩られた瞳が、ミッシェルを見る。彼女は従者の命に興味がない。答えを間違えれば、彼は確実に殺されるだろう。


「私はあなたの従者です。この身を持って償います」

「違うわぁ。全然、違う」


 魔剣キマイラをミッシェルの喉元に這わせる。


「あなたは私の奴隷ちゃん。あなたはもう私に、全てを捧げてるの。今更、あなたの身体で償いなんかできる訳ないじゃない。どうなるか、分かってるわね? 私、バカな奴隷はすぐ捨てる主義なの」


 フロイラの目が見開かれた。従者は死を覚悟する。

 だが、無数の魔物の奇声が足下から発せられ、フロイラは動きを止める。

 彼女は急いで、魔物の背から落ちるぎりぎりまで駆け寄ると、地面を見下ろした。

 大量の光の粒が舞い上がり、フロイラの髪を持ち上げる。


「あはっ! すごいわぁ。もう、さいっっっこうよ! 生きてるわぁ!」


 フロイラの視線の先にはファウンドがいた。


ΨΨΨ


 ファウンドは聖剣を振るい、魔物の大群を屠る。魔物がシールに少しでも触れれば、身体は蒸発し、源となった人間の死体が落下する。魔法によって生み出された全ては、聖剣シールの前には紙屑も同然。なにもかも無に帰す。

 ファウンドは次から次へと襲ってくる魔物を切り裂きながら、自身の魔力量を鑑みた。魔力はもって五分が限界。それまでにフロイラを倒さなければならない。となれば、今すぐに高所から引きずり降ろす必要がある。


 ファウンドは即決し、巨大な魔物の足下に走る。腹部の怪我が彼の足をぐらつかせる。だが、彼が倒れることはない。魔導石に置換した身体のおかげで、多少の無理はきく。そのため、例え重傷を負っていても、身体を動かす事はできた。

 ファウンドは弾かれるように飛んでくる魔物を斬り伏せ疾走する。彼の眼前に丸太のような足が見える。それは街路を砕き、地面に根をはるようにそそり立っていた。

 まずはこの魔物を地に伏せさせる。この魔物は言わばフロイラの移動要塞だ。この魔物を砕けば、フロイラを同じ大地に立たせることができる。

 彼はそのそびえ立つ足の脇をすり抜け、すれ違いざまに聖剣で切りつけた。魔物の足は、強烈に発光すると消えてなくなる。巨大な魔物はバランスを崩し、顔を街路に叩きつけるように倒れた。噴煙が舞い、複数の魔物が下敷きになる。

 ファウンドは魔物の肩を足場にして飛び上がり、フロイラを攻撃せんと巨大な魔物の背へと這い上がった。

 だが、すでにフロイラの姿は無かった。上空に黒い亀裂が見える。それは少しずつ小さくなり、消えて無くなった。


ΨΨΨ


 フロイラは開いた闇の穴から、街路に降り立った。続いてミッシェルと舌の長い魔物も現れる。彼女はエリムスの力『異空間移動』を使用して、ファウンドから遠く離れた場所へ移動していた。


「ファウンドちゃん。どれだけ、あたしを興奮させたら気が済むのかしらぁ」


 フロイラはうっとりとした表情で、遠くからファウンドを見つめる。あなたの血肉はいったいどんな味なのだろう。あなたの憎悪と怨嗟はどれほど甘美な味なのだろう。早く味わいたい。早くしゃぶりつきだい。早く、早く、早く……

 ミリアの傍らにいるミッシェルが、主人の様相を見咎めて耳元で囁いた。


「フロイラ様、もう少し御身を……」

「ああぁぁぁぁん。もう、興奮しすぎて濡れ濡れよぉぉぉ」


 ミッシェルの言葉を彼女はまるで聞いていない。完全にファウンドに夢中だった。

 すると、視線の先、遠く地面に伏していた巨大な魔物が光の粒となって消滅した。


「あたしの一番のお気に入りがぁん。でもぉ、はぁはぁ、ファウンドちゃんがぁ、手に入ればぁ、何にもいらなぁいのぉ」


 フロイラは自分の身体を愛撫し、息をあらげ始める。

 輝く粒子が定期的に舞い上がり、徐々にフロイラの元へと近づいてくる。ファウンドはフロイラへと着実に迫っていた。


「来るわぁぁぁ。早くきてぇぇ。ああぁん」


 フロイラはよがりながら、身に纏うドレスをかきむしるように引き裂いた。フロイラの豊満な乳房が飛び出し、湿った臀部が露出する。淫らな様相がより淫靡になる。


「フロイラ様、何か手だてを考えるべきでは」 


 状況を見かねたミッシェルが進言する。すると、ミッシェルの胸に痛みが走った。


「えっ」

「じゃあぁ。あなたが行って、足止めしなさぁい」


 胸には魔剣キマイラが刺さっていた。


「ぎゃぐじぇぶりゃぁぁぁぁぁぁ」


 声にならない叫びを上げ、ミッシェルは自分の内から盛り上がる肉の塊に埋もれた。

 肉は彼の全身を覆い隠し、肉の鎧を作り上げる。変身が終わると、脚部の筋肉が盛り上がり、空高く跳躍した。

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